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2009年6月 7日 (日)

兼六園の中の名水、金城霊沢と金沢神社の手水舎の水、金沢市内の湧水の水質(ヘキサダイヤグラム)、とは(2009.6.7)

 金沢城はもと真宗(一向宗)の本拠地、金沢御坊の跡地といわれ、ことに兼六園から金沢城址にかけての小立野台地は砂金層を大量に含み、戦国時代には流浪の金屋(かなや)たちが砂金を採掘し、金沢御坊成立の起因となりました。

 このとき沢水を利用して採金したので、「金堀沢」、「金洗沢」などと呼ばれ、金沢の名の起源となっています。そこの立て札には、その昔、芋掘藤五郎(いもほりとうごろう)がこの泉で掘ってきた山芋(やまいも)の自然薯(じねんじょ)の根毛(こんもう)に付着していた砂金を洗い、金洗(かなあらい)沢と呼ばれ、金沢の地名の起こりとなったわき水の伝説が見られます。現在も兼六園の南端には金沢の名称発祥の地「金城霊沢(きんじょうれいたく)」があり、今も絶えることなく水鉢の底から清水が湧き出しています。山芋(やまいも)の自然薯(じねんじょ)(食材事典):http://www2.odn.ne.jp/shokuzai/A2003/Yamaimo.htm.

兼六園(ホームページ、景観地図、金城霊沢含む、丸の内、金沢、石川): http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kenrokuen/point.html.

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金城霊沢(兼六園、金沢)

 金城霊沢ほとりには、学問の神、菅原道真を祭る金沢神社があります。手水鉢(ちょうずばち)に流れ出る水の源は霊沢のすぐ裏にあり、水脈は全く同じものです。その手水舎(ちょうずや)の横に「水のいわれ」の立て札が立っています。

 いわくー「この水は明治11年医学校教師オランダ人ホルトルマン氏の分析にによれば良質の甘水で殆ど混合物がなく少しく硫化シャンカリウムの応検あり軽量の鉄を含むという。効用は貧血及び心臓の衰弱せる人に効あり。以上」。ホルトルマンは、明治初期に兼六園の中にあった医学館附属理化学校(時雨(しぐれ)亭跡、日本最初の噴水前)においてサイエンス(化学、物理、鉱山学、地質学、薬学など)を教えていたお雇い外国人スロイスの後任として、金沢医学校に来任しています。

金沢神社(金澤神社とも、お水取り、手水舎、兼六、金沢、石川): http://www.kanazawa-jj.or.jp/08.html.

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金沢神社の手水舎(てみずや、兼六園、金沢)

(解説) 百年ほど前、すでにこの水が名水であること、水にチオシアン酸カリウムを加えると、少しばかり血赤色を呈するほどの鉄分(第二鉄イオン)を含むということが確かめられています。血の成分ともなる鉄分は薬効があり、また胃に穴のあいた手遅れの患者が、この水を飲用して数ヶ年生きながらえたといわれています。

 なお、毎年6月の金沢百万石まつりの頃に、兼六園茶会の「お水とり」の行事が行われています。まず霊沢の水が金沢神社の宮司によりくみ上げられ、お祓いし、茶筅(ちゃせん)供養をした後、茶会が催されます。

 手水舎(てみずや)で手を洗い、口を漱(すす)ぐ作法は、略式の禊払い(みそぎはらい)で、水の浄化力によって罪や穢(けが)れ、災いを祓(はら)うという宗教儀礼です。何よりも穢(けが)れを嫌(きら)う神を拝するにあたって、先ずは身を清めることが必要でした。

(参考文献) 田中喜男編: 写真図説 金沢の500年、砂金台地、図書刊行会(1982); 石川県兼六園管理事務所、「兼六園」編集委員会編: 「兼六園」、北国出版社(1987); 株式会社橋本確文堂企画出版室編: 特別名勝兼六園ーその歴史と文化ー、本浄高治、兼六園と文化・水の文化ー兼六園の中の名水ー、橋本確文堂(1997); 岩浅真利子: 兼六園にある金城霊沢の水質と水源について(年末報告)、金沢大学理学部化学科分析化学研究室(2005).

(参考資料) 芋掘藤五郎(いもほりとうごろう、ふるさと紹介コーナー、鶴来信用金庫、白山市、石川):http://www.shinkin.co.jp/tsurugi/huru010/hu1110/hu1110.html. ところで、芋掘藤五郎の伝説は、日本全国に分布する炭焼き長者の話と一致しています。 全国炭焼き長者伝説(民俗学伝承ひろいあげ辞典): http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/53070559.html.

金城霊沢の秘密(美多幸夫ブログ、金沢): http://reitaku.web-kanazawa.com/.

(追加説明) ○ 金沢金洗い沢、その昔、砂金を洗って取ったことが名前の由来となっています。金沢にまつわる民話、芋掘り藤五郎は、掘った芋の根に砂金がたくさんからまっており、それを取って藤五郎夫妻は幸せに暮らしたというものです。実は民話だけでなく、金沢を流れる犀川からは砂金が取れ、昔からたくさんの人が川に入って砂金を取ってきました。江戸時代、1608年(慶長13年)、犀川上流にあった倉谷鉱山は、鉛、亜鉛を主に産出した鉱山でしたが、産出していました。その周辺の金を含んだ鉱脈から、砂金が川に流れ込んだと考えられています。砂金は激しい流れにのって上流から流されてくるのですが、岩の割れ目や、ポットボール(甌穴、おうけつ)のような穴があると、そこにもぐり込んでたまります。その場所に草など生えていると、根っこにからまることが多いので、そこを探しワンカケ法により今でも砂金採取することができます。(石川化学教育研究会編: 科学風土記、加賀・能登のサイエンス、四ヶ浦弘、砂金、裳華房(1997).より) 

○ 金沢城はもと真宗(一向宗)の本拠地、金沢御坊跡地といわれ、ことに兼六園から金沢城址にかけての小立野台地砂金層を大量に含み、戦国期には流浪の金屋たちが砂金を採掘し、金沢御坊成立の起因となりました。このとき沢水を利用して採金(ワンカケ法)したので、金掘沢、金洗い沢などと呼ばれ、金沢の名の起源となっています。現在も兼六園の南端には、金沢の名称発生の地、金城霊沢があり、今も絶えることなく水鉢の底から清水が湧き出しています。(石川化学教育研究会編: 科学風土記、加賀・能登のサイエンス、本浄高治、金城霊沢、金沢の名の由来、裳華房(1997).より)

○ 金城霊沢水質(2005年11月、成分イオン量)は、、水温14.5℃、pH6.1、カルシウムイオン6.6ppm、マグネシウムイオン5.4ppm、ナトリウムイオン20.4ppm、カリウムイオン6.6ppm、重炭酸イオン55ppm、塩化物イオン11ppm、硫酸イオン20ppmなどの成分を含む名水でした。ppmは百万分率(100万の中の1の割合)にあたる量です。

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金沢市内の湧水、犀川、浅野川の水質のヘキサダイアグラム

(解説) 金城霊沢水質(2005年11月、ヘキサダイヤグラム解析図)は、各種イオンの溶存量の少ない犀川や浅野川と異なるもので、淡水性の滞留時間の長い被圧地下水に分類されるナトリウムイオンー重炭酸イオン型とよく似ていました。(用語解説、各種イオン、ヘキサダイアグラム解析含む): http://unit.aist.go.jp/georesenv/gwrg/glossary.html.)

○ 金沢神社手水舎水質(2005年11月、成分イオン量)は、、水温15.2℃、pH5. 7、カルシウムイオン5.4ppm、マグネシウムイオン3.5ppm、ナトリウムイオン20.8ppm、カリウムイオン8.3ppm、重炭酸イオン40ppm、塩化物イオン14ppm、硫酸イオン25ppmなどの成分を含む名水でした。ppmは百万分率(100万の中の1の割合)にあたる量です。

 金沢神社手水舎水質(2005年11月、ヘキサダイヤグラム解析図)は、金城霊沢と非常によく似ていて、水源が同じであることが確認できました。

○ 卯辰山花菖蒲園の湧き水水質(2005年9月、成分イオン量)は、、水温16.0℃、pH6. 7、カルシウムイオン6.6ppm、マグネシウムイオン2.4ppm、ナトリウムイオン18.2ppm、カリウムイオン3.6ppm、重炭酸イオン59ppm、塩化物イオン21ppm、硫酸イオン20ppmなどの成分を含む名水でした。ppmは百万分率(100万の中の1の割合)にあたる量です。

 卯辰山花菖蒲園の湧き水水質(2005年9月、ヘキサダイヤグラム解析図)は、金城霊沢と金沢神社の手水舎の水と非常によく似ていることから、これらの湧き水は、医王山(いおうぜん)のふもとの小立野台地(こだつのだいち)の下を流れる医王山系の伏流水であると考えられました。 

○ その後、兼六園が整備されるにあたり、藩校、明倫堂は、1822年(文政5年)、仙石町に移されましたが、金沢神社は第12代藩主、前田斉広(まえだなりなが、1782~1824)のときに建てられた竹沢御殿の鎮守社として、災難除けの神、家業繁栄の神、交通安全の神をあわせ祭り、朝夕兼六園を散策された藩公が領内の平和と繁栄を祈願されたという。一般の人々が自由に神社へ参拝できるようになったのは、1874年(明治7年)5月7日、兼六園が一般に公開されてからです。(金沢神社発行、金沢神社由緒、より)  竹沢御殿(石川新情報書府、兼六園、金沢): http://shofu.pref.ishikawa.jp/inpaku/castle/yomoya/kenrokuen_03.htm. 竹沢御殿の規模(石川新情報書府、兼六園、金沢): http://shofu.pref.ishikawa.jp/shofu/meienki/rekishi/period_d/d01.html.

 

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