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2009年7月16日 (木)

冬の雪を氷室に納め夏に江戸の徳川将軍に献上、金沢城(玉泉院丸の穴蔵)と兼六園(山崎山裏の凹地)の氷室、日本最古の噴水、とは(2009.7.16)

  奈良時代、冬に氷を納め夏まで貯蔵する施設があり、氷室(ひむろ)と呼ばれていました。日本書紀の闘鶏(つげ)氷室の氷貢納起源説話、長屋王家の都祁氷室(つげひむろ、氷室の管理職)関係の木簡(もっかん)によれば、氷室は径と深さは約3mのすり鉢状の坑(あな)で、茅(かや)等を敷き氷を積み草で覆ったもので、製氷池を伴ったものです。

 奈良時代に朝廷御用達の氷は御蓋山の山麓で作られた氷室から献上されたとあります。仰られている『日本書紀』の氷室起源説話などに基づく神社は奈良県天理市福住町浄土184に鎮座している都祁氷室神社ではないかと推測されます。コメントありがとうございました。(Yahoo! ブログ、氷室神社、my norityさんより、2016.3.23)

 平安時代、延喜式によれば、元日節会で氷室の氷の厚さを計って奏上し、新年の作柄を報告(氷様奏、ひのためしのそう)、4~9月には、山城、大和、河内、近江、丹波の10ヶ所21室の天皇に献上しました。氷室は、一般的に近代初期まで各地で利用され、遺跡も発掘されています。

 兼六園の山崎山の裏にある凹地(おうち)が、氷室跡(ひむろあと)です。冬に降り積もった雪を凹地に投げ込み、藁(わら)で覆い、雪を固く締まった雪氷として貯えたそうです。この氷室跡は、兼六園が一般市民に開放された、明治以降から昭和の半ばにかけて、庶民の氷室として使われていました。藩政時代、1839年(天保10年)の氷室の位置は、絵図では谷とだけ説明されています。

 一方、金沢城内には、加賀5代藩主前田綱紀(つなのり)が造らせた、玉泉院丸(ぎょくせんいんまる、2代藩主、利長夫人が居住)氷室がありました。この氷室は、穴蔵を掘り、その周囲を戸室石で囲い、その中に冬に雪を詰めた木箱を入れ、その外回りにも雪を詰めて夏まで貯えていました。この管理は、城中露地(茶庭)の管理人、手木足軽(てこあしがる)に守らせていたそうです。というわけで、下郷稔氏は、江戸の徳川将軍に献上した氷室の氷は、兼六園のものではなく、玉泉院丸の氷ではないかとのご意見です。

 江戸時代、加賀藩では、旧暦6月1日(今の暦では7月1日)に氷室から凍った雪を切り出し(氷室開き)、桐の二重造りの長持ちに納め、八人の飛脚(八枚肩)により、遠く江戸の加賀邸に昼夜をついで急送されました。その氷は、徳川将軍に献上すると共に家臣にも分け与え、夏に雪を食べて風流を楽しんだと言われています。また、江戸に送られてきた氷雪の保存のためと思われる氷室が加賀藩江戸上屋敷にもあったそうです。

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日本最古の噴水と氷室跡(兼六園、金沢)

(解説) 1631年(寛永8年)、加賀の城下町で火災が起こり、金沢城の本丸も焼けてしまいました。そのため、加賀3代藩主、前田利常は、防火用水、農業用水として、また城周辺の空堀に水を満たすため(金沢城防衛)、犀川の水を兼六園経由で金沢城内まで運ぶ辰巳用水を板屋兵四郎にに造らせたと言われています。その時に逆サイホンの原理(伏越の理、ふしこしのり)を利用して、霞が池の水面と同じ高さの金沢城の二の丸まで水を木樋(のち石管)で引き入れました。これは、江戸の神田上水の技術を導入したものと考えられています。 辰巳用水板屋兵四郎、逆サイホンの原理含む): http://suido-ishizue.jp/nihon/03/01.html. 金沢の用水(金沢市キッズページ): http://www4.city.kanazawa.lg.jp/kids/01/keikan/yousui.html

 ところで、水圧を計るために造られたと思われる日本最古の噴水(高さ約3.5m)が、今も時雨亭跡の前で勢いよく噴き上げています。しかしながら、この噴水の築造の確かな史料はなく、1860年(万延元年)頃の作成と推定される兼六園図にも、噴水は見られないので、金沢城二の丸御居間に造られた噴水と同じ、加賀13代藩主前田斉泰の頃の、1861年(文久元年)に築造されたと考えられています。

 一方、その取水口山崎山に設けられており、すぐ裏に氷室がありその地域は、金沢城から巽(たつみ、東南)の方角にあり、外惣構(そとそうがまえ)掘、土累(どるい、土居)とケヤキの植樹などがあり、金沢城の防御の目的もあったと考えられています。そして、氷室の位置が、図面では谷との記録は、城の隠れた守りの一つとも考えられ、ここの氷を江戸に運んだとは考えにくそうです。

 兼六園の東隅にある山崎山(周約160m、高さ9m、長さ60m)は、野生のケヤキ(24mほど)が生えたかなりの自然林ですが、昔はケヤキの巨木を等間隔で植えてあったそうです。いわば、金沢城を大木で覆い隠して守っていることになります。

 今では、崖の東南側に氷室遺跡があり、水をたたえています。その西側斜面はなだらかで多数のカエデの植栽があり、紅葉の美しさから紅葉山(もみじやま)とも呼ばれています。

 湯涌温泉(ゆわくおんせん、金沢)の地域では、氷室小屋に大寒の雪が詰め込まれ(氷室の仕込み)、6月に雪が取り出される(氷室開き)など、歴史的伝統行事として復古保存されています。また、金沢市とその周辺では、7月1日に氷を模したと言われる氷室饅頭(紅白、あん入り饅頭)を食べて無病息災を祈る習慣が続いています。

(参考文献) 永原慶二監修、石上英一ほか8名編: 岩波日本史事典、岩波書店(1999);下郷稔: 兼六園歳時記、p、38-39,藩政時代にあったのか、兼六園の氷室、能登印刷出版部(1993); 株式会社橋本確文堂企画出版室編: 特別名勝兼六園ーその歴史と文化ー、橋本確文堂(1997); 竹井巌: 金沢の氷室と雪氷利用、北陸大学紀要、28号、p.49~62(2004); 宮元健次: 名城の由来、そこで何が起きたのか、光文社新書(2006).

(参考資料) 金沢城惣構跡かなざわじょうそうがまえあといいねっと金沢、金沢市ホームページ): http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11104/bunkazaimain/shiteibunkazai/kinenbutsu/sougameato.html.

(追加説明) ○ 氷室の行事

 江戸時代に、加賀の氷雪を江戸に運んだこと、またこれを徳川将軍に献上したことについては、加賀藩前田家の公式文書には記載がないそうです。江戸の前田家に仕えていた古老からの聞き書きによるものです。

 一方、江戸時代には、六月朔日(新暦7月1日)は、徳川幕府が幕藩体制の中で、氷室の日(氷室の節句)とし、庶民を含めた年中行事が行われて いました。1838年(天保9年)の「東都歳時記」には、六月朔日して「氷室御祝儀(賜氷の節)加州候御藩邸に氷室ありて今日氷献上あり。」と記載されています。(朝倉治彦校注: 東洋文庫177、東都歳時記2、p.74、平凡社(1987)より)

○ 日本最古の噴水の根拠

 下郷稔: 兼六園の今昔 加賀百万石の庭、p.139~141 最古説を競う噴水 日本庭園では珍しい修景施設、中日新聞社(1999)には、噴水の築造年は確かな資料がなく特定できないが、偕楽園の噴水は水戸9代藩主・徳川斉昭が、天保13年(1842)に完成させたことになっているが、兼六園の噴水は年代のない絵巻に載っているので、看板の文久元年(1861)ではなくてほぼ偕楽園と同時期だろうと推測し、日本最古の噴水とのことです。

偕楽園の噴水(護国神社、玉龍泉、郷土いいとこ再発見、水戸商工会議所、茨城県):http://mito.inetcci.or.jp/110iitoko/shiseki/03gokoku.html

 

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