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2009年12月18日 (金)

野々村仁清(京焼色絵の祖)と国宝の色絵雉香炉(石川県立美術館蔵)、とは(2009.12.18)

  江戸時代、17世紀頃、野々村仁清(ののむらにんせい)によって作られた国宝 色絵雉香炉重要文化財 色絵雌雉香炉が、石川県立美術館の第一展示室に常設展示されています。1969年(昭和44年)、金沢城址にキャンパスがあった金沢大学に勤務し始めた頃、近くの金沢伝統工芸の展示場で、この国宝の色絵雉香炉を見て、これが国宝なるものか、と感嘆して眺めたことを、今も印象深く思い出します。

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色絵香炉(いろえこうろ、野々村仁清作、左 重要文化財 色絵雌雉香炉、右 国宝 色絵雉香炉、石川県立美術館蔵、金沢、絵ハガキ)

(解説) 色絵雉香炉は、装飾的な香炉で、尾を水平に延ばし鋭く前方を見る雄雉が色彩豊かに表現されています。首と胴部は黒の上に緑をかけ、羽毛を細い金の線描でくくり表現されています。加賀3代藩主前田利常の注文により作られたと思われますが、金沢城下の素封家(そほうか、財産家)、山川家(初代、甚平)が収集伝世し、1951年(昭和26年)、国宝に指定、1958年(昭和33年)、山川家から石川県に寄贈されました。

 なお、重要文化財の色絵雌雉香炉は、尾を斜めに上げ、毛繕いしている雌雉が地味な色合いで表現されています。同じく仁清作ですが、作風上かなり違った感じがします。

 野々村仁清(生没年未詳)は、江戸前期の陶工です。丹波国(たんばのくに、野々村、北桑田、京都)の生まれ、通称清右衛門、号は仁清、元禄年間(1688~1704年)没と伝えらています。

 粟田口(あわたぐち、京都)、瀬戸(せと、尾張、愛知)で学び、1647年(正保4年)頃、御室仁和寺(おむろにんなじ、真言宗御室派、京都)の門前にて(かま)を開きました。出生地と仁和寺の一字をもらって野々村仁清し、窯の名前を御室窯(おむろがま)としました。茶人、金森宗和(かなもりそうわ、武士、茶人、宗和流の祖、名は重近、宗和は道号、飛騨高山、岐阜)、1584年(天正12年)~1656年(明暦2年)、の指導のもと、茶陶(唐物、瀬戸写しの茶入れなど)を製作、京焼色絵陶器大成しました。

 金森宗和は、飛騨国高山城主の長男で、豊臣秀吉、1537年(天文6年)~1598年(慶長3年)に仕え、飛騨守に叙せられました。ところが、父に勘当され、京都に蟄居(ちっきょ)して茶道に専念しました。大徳寺(だいとくじ、臨済宗、京都)で出家、小堀遠州、1579年(天正7年)~1647年(正保4年)らと親交があり、宗和流の開祖となりました。公家好みの優美な茶風で、俗に姫宗和と呼ばれました。加賀藩3代藩主前田利常、1594年(文禄2年)~1658年(万治元年)による召し抱えについては、金森七之助方氏(2代)、1610年(慶長15年)~1664年(寛文4年)が出仕、金森家は加賀藩(金沢)に仕え1700石を領しました。

色絵梅花図平水指(いろえばいかずひらみずさし、野々村仁清作、重要文化財、石川県立美術館蔵、金沢、google画像) 

(解説) 水指(みずさし、茶碗のすすぎ、釜に足す水を入れる容器)には、側面いっぱいに梅の老木が描かれ、黒や赤のほか、ところどころに金彩や銀彩の梅花も添えられています。京風の洗練された意匠で、狩野派や土佐派の画風、漆器の蒔絵などを取り入れ、金と銀を巧みに使いながら、華麗で優美な世界を作っています。明治時代の九谷焼の名工、九谷庄三、1816年(文化13年)~1883年(明治16年)の彩色金襴手の画風に影響を与えているような感じがしました。

  野々村 仁清は、優れた轆轤(ろくろ)技法による優美な成形(法螺貝、雉、宝舟の置物、香炉など)と、華麗な色絵を得意としました。代表作、色絵藤花文茶壺国宝)はMOA美術館(熱海、静岡)、また色絵雉子香炉国宝)は石川県立美術館(金沢)が所蔵、一般の人々が鑑賞できるよう、常設室展示されています。

(参考文献) 小百科事典、平凡社(1973); 永原慶二監修: 日本史事典、岩波書店(1999); 北国新聞社出版局編: 日本の金箔は99%が金沢産、北国新聞社(2006).

(参考資料) 野々村仁清(K.Saiki、2005年、平成17年): http://udgw.jp/logos/chado/report/05.html

石川県立美術館(野々村仁清、所蔵品データベース、かなざわ、google画像): http://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/syozou/sakuhin_list_sakka.php?Id=960

MOA美術館(野々村仁清、色絵藤花文茶壺、熱海、静岡、google画像): http://www.moaart.or.jp/owned.php?id=1076

金沢和菓子の歴史背景(いいねっと金沢): http://www4.city.kanazawa.lg.jp/17003/dentou/bunka/wagashi/index.html

(追加説明)○ 京焼(きょうやき)は、京都の陶磁器です。江戸初期すでに粟田口、八坂、音羽、清水、御菩薩(みぞろ)、修学院、清閑寺、押小路(おしこうじ)などに窯があったが、17世紀中頃、野々村仁清(ののむらにんせい)、次いで尾形乾山(おがたけんざん)が出て、京焼独特の優雅な色絵模様を完成、地方の高松、虫明(むしあけ)、赤膚(あかはだ)、淡路の諸窯にも影響を与えました。やがて清水焼(きよみずやき)が磁器を取り入れて京焼の主流となり、奥田頴川(おくだえいせん)、その門下の青木木米(あおきもくべい)、仁阿弥道八(にんあみ どうはち)、欽古堂亀祐(きんこどうきすけ)、また永楽保全(えいらくほぜん)、永楽和全(えいらくわぜん)が出て、第二の京焼黄金時代となりました。

○ 磁器染付に用いる鉱物顔料呉須(ごす、天然産、中国の地方名)は、酸化コバルトを主成分として鉄、マンガン、ニッケルなどを含んでいます。

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