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2010年1月21日 (木)

冬(2010年1月21日)、わが家(桜田、金沢)から眺める霊峰白山、加賀100万石前田藩主の眠る野田山、金沢出身の作家、室生犀星のふるさと、犀川の風景

 石川県は全国的にみて、雨の多い地方ですが、降水の大部分は雪です。冬にシベリア方面から吹いてくる冷たい北風は、暖かい日本海の大量の水蒸気を白山を中心とした加賀山地に運び、山にぶち当て、大雪をもたらします。この雪はやがて清らかな水に変わり、郷土の豊かな自然を生み出す源(みなもと)となります。

 白山は標高2702m、石川、福井、富山、岐阜の4県を含む白山国立公園に指定されています。高山植物の宝庫として知られる頂上部、裾野に広がる広大なブナ林、野生動物など、貴重な自然が残されています。(石川県白山自然保護センター、ホームページ):http://www.pref.ishikawa.jp/hakusan/index.htm.)

 野田山は金沢市街の南西部、標高約180mの小高い山で、豊かな自然に恵まれ、加賀藩主前田家墓地はじめ多くの著名人、一般市民が眠る、墓石約5万の一大霊園地となっています。1587年(天正15年)、初代藩主前田利家の兄利久をここに葬ったのが墓地の始まりとされています。 野田山墓地(前田家墓地): http://kimassi.net/nodaboti/nodaboti.html).

 犀川の源流は、石川、富山の3市(金沢、白山、南砺)の境、白山国立公園の北端、標高1644mの奈良岳(ならだけ)にあり、全長34km、日本海に向かって流れています。

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白山(背後の右端の雪に覆われている一番高い山、標高 2702m)、野田山(手前中央の金沢市街に近い低い山、右隣は野々市市) 

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野田山墓地(手前の金沢市街に近い低い山一帯、標高 約180m)、左端背後の山麓に金沢大学(角間キャンパス)

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犀川源流は上流の標高1644mの奈良岳)、背後は卯辰山、手前は金沢の中心街、片町、香林坊、金沢城、兼六園

 私は、1969年(昭和44年)4月、京都大学(大学院理学研究科化学専攻博士課程修了)から金沢大学(理学部化学教室分析化学研究室)に勤務し、約3年ほど一人で金沢市内に下宿、中央通町(米沢様方)、長町(岩岸様方)、長土塀町(中島様方)、山科町(古町様方)と、転居を繰り返したことがあります。

 その後、家庭を持ち、1972年(昭和47年)5月~2003年(平成15年)3月まで、野田山の麓、平和町(金沢)の公務員宿舎(1丁目、あと3丁目、3階)に住んでいました。 

 2003年(平成15年)4月には、桜田町(金沢)のサーパスマンション(一番館、10階)に転居し、2006年(平成18年)3月、金沢大学を定年退職、金沢大学名誉教授となりました。

 わが家のベランダから、東南方向には、日本三名山、白山、加賀100万石前田藩主の眠る野田山を遠望し、眼下には、金沢出身の作家、室生犀星のふるさと、犀川の流れを眺めることができます。  

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