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2010年3月18日 (木)

北陸の地震(活断層)にまつわる歴史災害、加賀と能登(石川)、福井、富山、岐阜の歴史的な地震、とは(2010.3.18)

  石川県で発生している歴史的な地震では、森本(金沢市)から大聖寺(加賀市)の周辺に、また、能登半島の地域に、大きな被害が出ています。能登半島で発生する地震には、周期性(約70年?)が感じられます。 富山県、石川県、福井県の3県は、岐阜県の大地震の時、濃尾断層帯活動の震源が近く、直下型の震動も連動し、大きな被害を受けています。

 加賀(金沢、石川)の地震として、江戸時代には、1799年(寛政11年)6月29日(旧暦5月26日)、午後4時過ぎ、金沢地震、金沢城下が地震に直撃されました。M6クラスの地震で、金沢市街地から北東方向に活断層(森本断層)が延びており、この断層から生じた地震と考えられています。加賀では上下動が激しく、屋根石が1尺(30.3cm)が飛び上がったという。金沢城で石垣破損、城下で潰家4169戸、能美、石川、河北郡で損家1003戸、潰家964戸、全体で死者15人など、大きな被害を受けています。

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森本、富樫断層(左 点線は断層位置(推定)、右 森本断層、梅田町、金沢、google画像)

(解説) 森本断層が、弥生時代後期(約2000年前)頃に活動を行ない、M7クラスの大地震を発生させていたことが確認されています。(石川県森本断層調査グループ、石川県環境安全部、金沢市の森本活断層の発掘調査(1997) より)。 森本、富樫断層(調査、石川県): http://www.pref.ishikawa.lg.jp/bousai/bousai_g/morimoto_togashi/

 加賀(大聖寺、石川)の地震として、江戸時代には、1640年(寛永17年)11月23日の地震(M6.25~6.75)、加賀大聖寺地震、石川県の加賀大聖寺では家屋の損潰多く、人畜の死傷が多く、また、福井県では死傷者多数、昭和時代には、1952年(昭和27年)3月7日の地震(M6.5)、大聖寺沖地震、石川県では死者7人、福井県では北海で被害が大きく、壁の剥落、山崩れ、道路の亀裂など、大きな被害を受けました。 

 能登半島(石川)が震源であった地震は、江戸時代には、1729年(京保14年)8月1日の地震(M6.6~7.0)、能登、佐渡、死者5人など、1833年(天保4年)12月7日の地震(M7.5)、羽前、羽後、越後、佐渡、能登で死者約100人など、明治時代には、1892年(明治25年)12月5日の地震(M6.4)、死者1人など、昭和時代には、1933年(昭和8年)9月21日の地震(M6.0)、死者3人など、大きな被害を受けています。

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能登地震(上 災害状況図、2007年(平成19年)3月25日、下 震央(本震、余震)分布図、2007年(平成19年)3月25日~6月11日、能登、石川、google画像)

(解説) 平成時代には、2007年(平成19年)の地震(M6.9)、震源は輪島市西南西沖40kmの日本海、震源の深さ約11km、海底から陸地の一部を含む14km程の活断層による直下型の地震で、家屋全壊684戸、死者1人、負傷者358人など、大きな被害が出ました。能登半島で起こる地震には、周期性(約70年ごとに1回は起こる?)が感じられます。

 福井県で発生した大地震には、1948年(昭和23年)6月28日、午後4時13分、M7.1の福井地震があります。その引き金は、丸岡城の2km西を北北西から南南東に延びる沖積層に厚く覆われていた活断層が、断層の東側が70cm上昇して左横ずれ方向に最大2mずれ動いたことによることが、確認されています。福井県では、死者3728人、負傷者2万1750人、家屋全壊3万5382戸、市内の建物の8割が全壊、2000棟近くが焼失しました。石川県では死者41人、負傷者453人など、大きな被害を受けました。

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福井地震(大和百貨店、7階建の1階が潰れ、各階の梁が著しく破壊され、火災による被害も受け損壊、小林啓美氏撮影、1948年(昭和23年)6月28日、福井市、google画像) 福井地震(日本地震学会): http://www.zisin.jp/modules/pico/index.php?content_id=1373

 岐阜県で発生した大地震の北陸3県への影響として、安土桃山時代には、1586年(天正14年)1月18日、天正地震(岐阜県)、M7.8の時、岐阜県では、白川谷で山崩れが起き圧死者多数、帰雲城が埋没、富山県では、西部(震度6?)、城の崩壊で圧死者多数、江戸時代には、1858年(安政5年)4月9日、飛騨地震(岐阜県)、M7.0~7.1の時、岐阜県では飛騨で死者209人など、富山県では、岐阜県境に位置する跡津川断層沿いや富山平野東部の地域で大きな被害を受け、県内の死者は百数十以上、石川県でも、加賀藩で死者147人など、大きな被害を受けました。

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濃尾大震災(上 濃尾断層帯位置図、 下 長良川鉄橋の被害、1891年(明治24年)10月28日、濃尾地震、長良川、岐阜、岐阜県歴史資料館蔵、google画像)

 明治時代には、1891年(明治24年)10月28日、濃尾地震(岐阜県)、M8.0(日本国内で発生した、世界でも最大級の内陸直下型地震)の時、岐阜県では、死者4990人(愛知県を含めると、死者7273人、家屋全壊14万戸)など、福井県では越前で死者12人、負傷者105人、富山県では越中で家屋全壊2戸など、昭和時代には、1961年(昭和36年)8月19日、北美濃地震、M7.0の時、岐阜県では死者3人など、石川県では白山周辺、山沿い地方で崩落、亀裂、落石が発生、死者4人、負傷者7人、. 家屋半壊1戸など、福井県では死者1人、負傷者15人など、大きな被害を受けました。

 岐阜県を震源とする大地震の時には、震源が濃尾断層帯の活動による直下型であり、富山県、石川県、福井県の3県、愛知県とも近く、大きな被害が出たものと思います。

(参考文献) 寒川旭: 地震の日本史、大地は何を語るのか、中公新書(2007); 水谷仁編: ”そのとき”は確実にやってくる、連動して発生する巨大地震、Newton(ニュートン)別冊、ニュートンプレス(2008).

(参考資料)  2007年(平成19年)能登半島地震関連(国土地理院): http://www.gsi.go.jp/BOUSAI/isikawa-index.html;

2007年度(平成19年)のと半島地震特集(気象庁); http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/2007_03_25_noto/index.html

濃尾大震災(岐阜県総合防災ポータル): http://www.pref.gifu.lg.jp/bosai-bohan/bosai/bosai-oyakudachi-joho/saigai-siryo/noubi.html

(追加説明) ○ M(マグニチュード)とは、地震の際に放出されるエネルギーの大きさを表す指標です。Mは地震計で記録されたゆれの大きさ(振幅)などを基に計算され、地震エネルギーの対数値(たいすうち)として表され、1増えるとエネルギーは約32倍、2増えるとエネルギーは約1000倍(32×32)など、巨大になります。一般に、M7以上を大地震、8以上を巨大地震、9以上を超巨大地震と呼んでいます。

 地震の際に放出されるエネルギーの大きさをE(単位はJ、ジュール)、マグニチュードをMとするとlog10E = 4.8 + 1.5M という関係があります。1935年(昭和10年)、アメリカの地震学者チャールズ、リヒターによって初めて定義されました。

○ 震度とは、各観測地点ごとに記録されたゆれの激しさのことです。地震波は遠くに伝わるにつれて弱まるので、地震が観測地点の直下で発生した場合、M(地震の規模)は小さいにもかかわらず、最高ランクの震度7のゆれを示し、その近くでは大きな被害を受けることになります。

○ 加賀(石川県)という地名は、災害に関係があり、自然の力で欠(か)けた土地、波により多くの崖(がけ)ができたことを意味するという。(楠原祐介:この地名があぶない、幻冬舎新書(2011)より)

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コメント

阪神淡路、中越、東日本、先ごろの熊本、日本は、地震の活動期に入ったと、さすがにメディアでも報じています。熊本の震災での鹿児島の川内原発の稼動が本当にこのままでよいか?、大変気になります。
戦中の福井地震もあまり情報はありませんが、とりわけ「原発銀座」といわれる若狭湾地域に当時、どの程度の影響を及ぼしていたか、検証が必要と思います。
私は、父方の祖父から福井での大きい地震のことを聞き、3.11の後に、非常に気になっております。

(返信)
鹿児島の九州電力、川内原発は、国内最大級の断層地帯、中央構造線の延長線上に近く、熊本地震後、田中俊一原子力規制委員長は記者会見で「今すぐ止めるという、安全上の問題はない」と説明しました。

一方、日本海側では、海底にある活断層が動くと考えられています。そのため、日本海で起きる津波は、陸地に到達するまでの時間が短く、地震の規模の割に津波が高くなる、と言われています。また、海底の断層のことは分からないことが多く、記録が残っている地震も限られているようです。

ということで、”天災は忘れたころにやってくる”!、原発を止めない限り、この先も安全の保証はなく、核燃料の廃棄物の問題もあり、まさかの大地震に対する備えを怠るべきではないと思います。

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