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2010年7月 3日 (土)

白山(石川、福井、岐阜)、白山比咩神社(石川)にまつわる歴史伝承、白山夏山開き、白山登山の思い出、とは(2010.7.3)

   白山(はくさん、しらやまとも)は、加賀(石川)、越前(福井)、美濃(岐阜)の3ヶ国境に聳(そび)える休火山で、主峰の御前峰(ごぜんがみね)は標高2702mです。この山を神体(しんたい)と仰(あお)ぐ山岳信仰(さんがくしんこう)が、白山信仰(はくさんしんこう)です。 

 泰澄和尚(たいちょうわじょう)伝記(10世紀に成立)によれば、奈良時代、717年(養老元年)、越前の僧、泰澄(たいちょう)、682年~767年(神護景雲元年)が白山の頂上で妙理大権現(みょうりだいごんげん、本地仏である十一面観音)を感得(かんとく)し、そこを行場として開いたとの伝説があります。

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白山概要(標高 2702m、御前峰(ごぜんがみね)、大汝峰(おおなんじみね)、剣ヶ峰(けんがみね)の三峰からなる休火山、白山砂防、金沢河川国道事務所、流域対策課、google画像)

(解説) 御前峰の白山奥宮(はくさんおくのみや)への信仰は、手取川(てどりがわ、石川)、九頭竜川(くずりゅうがわ、福井)、長良川(ながらがわ、岐阜)の水源であるところから、加賀、越前、美濃の3ヶ国の平野をうるおす水神の山、農耕の神として信仰が始まり、やがて京都の都から最も近く、万年雪をいただく白き神々のすみかとして信仰の幅を広げて行きました。

 そして、神仏習合(しんぶつしゅうごう)の信仰として、平安時代以降大いに栄えました。平安末期に京都の延暦寺の支配下に組み込まれ、社僧優位の下に、惣長吏(そうちょうり)が統轄(とうかつ)しました。

 白山の登山口の三つの馬場(ばんば)に、白山寺(神宮寺とも、神社に付属した寺、加賀馬場)、平泉寺(越前馬場)、長滝寺(美濃馬場)があり、中宮(ちゅうぐう)、本宮(ほんぐう)が設置され、別当寺(べっとうじ)がこれを管轄(かんかつ)しましたが、明治神仏分離令(しんぶつぶんりれい)により仏教色は排除されました。

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白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ、上 北参道の大鳥居(おおとりい)、 中 手水舎(てみずや、ちょうずやとも)、右の立て札の芭蕉の句には、白山を越(こし)の白峰(しらね)と詠(よ)んでいます。 下 神社の本殿(ほんでん)、左右は阿吽(あうん)の獅子(しし、狛犬、こまいぬ)、鶴来、白山市、石川)

(解説) 白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)は、かって、神社であるのに鳥居(とりい)がないと言われた時期がありましたが、神仏分離令が出された明治以降、仏教色が失われた代わりに、今は、大鳥居が表参道、北参道などの入り口に建てられています。江戸中期に建立された本殿以外は、昭和大造営によって大々的に増改築された社殿です。

 現在では、白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)は、白山神社(はくさんじんじゃ)とも呼ばれ、鶴来(つるぎ、白山市、石川)に鎮座(ちんざ)し、全国に約2000社の白山神社総本社となっています。

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白山御前峰山頂の御来光(7月1日、午前4時44分、白山市、石川、北陸中日新聞(夕刊)、川上智世氏撮影、google画像)

(解説) 7月1日(木)、白山夏山開きを迎えました。 北陸中日新聞(夕刊)によれば、御前峰の山頂(2702m)は2年ぶりに晴天となり、一面の雲海の上に輝く御来光が見え、登山客らを感動させました。

〇 白山登山の思い出

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白山頂上手前、クロユリ群生のお花畑、1972年(昭和47年)7月撮影

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白山頂上、御来光、1984年(昭和59年)7月撮影

 私は、1972年(昭和47年)7月、職場の仲間(金沢大学、教官2人と学生5人)と、また、1984年(昭和59年)7月、家族(息子と2人)と、この2回だけですが、白山登山をしたことがあります。白山頂上手前では、クロユリが群生していたお花畑、ウグイスの声、また、白山頂上では、荘厳な御来光を目にし、白山神社神職の音頭で万歳三唱したことが、今でも懐かしく想い出されます。

 また、白山頂上周辺では、万年雪の雪渓、風化(ふうか)した溶岩なども見られ、白山がかっては活火山であったことを実感しました。 江戸時代、1659年(万治 2年) に起こった白山噴火が、記録に残る最後の噴火となっています。 

(参考文献) 下中邦彦編:小百科事典、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991); 石川県の歴史散歩研究会(代表、奥村哲)編: 石川県の歴史散歩、山川出版社(1993); 日本史事典、岩波書店(1999); 山本尚幸編: 週刊 神社紀行、45、白山比咩神社、白き嶺に舞い降りた女神、学研(2003).

(参考資料) 白山自然保護センター(ホームページ、石川県): http://www.pref.ishikawa.lg.jp/hakusan/

白山の概要(白山砂防、金沢河川国道事務所、流域対策課):http://www.hrr.mlit.go.jp/kanazawa/mb5_kouhou/activity/sabo_fe/fe2/hakusannsabou-2.html

白山のお花畑(白山、google画像): http://www.google.co.jp/images?hl=ja&rlz=1T4GGIH_jaJP278JP279&q=%E7%99%BD%E5%B1%B1%E3%81%AE%E3%81%8A%E8%8A%B1%E7%95%91&um=1&ie=UTF-8&source=og&sa=N&tab=wi

白山比咩神社(ホームページ、白山市、石川): http://www.shirayama.or.jp/

白山(車で行く百名山登山、長谷川淳): http://www11.ocn.ne.jp/~fuji101/; http://www11.ocn.ne.jp/~fuji101/hokurikukinki/hakusan.html

(追加説明)

 昔の登山は、信仰行事であったため、特に、富士山(静岡)、木曽御岳(長野)、出羽月山(山形)などの霊峰にあっては、夏期一定の期間を限って登拝(とうはい)をゆるしていました。これを山開き(やまびらき)といい、秋の初めに閉山祭、山納祭を行う例が多い。現在の山開きは、スポーツとしての登山の開始期を意味するようになりました。(樋口清之(監修)、生活歳時記、三宝出版、より)

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