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2010年9月20日 (月)

秋(2010年9月20日)、犀川の遊歩道沿いを散策したときに見られたヒガンバナ(彼岸花)とキクイモ(菊芋)の花咲く風景

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ヒガンバナ(彼岸花曼珠沙華、マンジュシャゲとも、犀川遊歩道沿い、桜田、金沢、2010年(平成23年)9月27日撮影)

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キクイモ(菊芋、キク科ヒマワリ属の花、クズ(葛)と共生、桜田、金沢、2010年9月20日撮影)

 私は2010年、9月20日、犀川の土手の遊歩道を散策したのですが、ヒガンバナ(彼岸花)が、今年はどうしたことか(夏の猛暑、異常気象の影響?)、その姿が全く見られませんでした。

(参考文献) 樋口清之: 暮らしのジャーナル、生活歳時記、p.548、曼珠沙華、p.549、秋分、秋分の日、三宝出版(1994); 高橋勝雄: 山渓名前図鑑、野草の名前 秋・冬、p.37、イタドリ、p.252~253、曼珠沙華、山と渓谷社(2003).

(追加説明) ヒガンバナ(彼岸花)

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ヒガンバナ(彼岸花、犀川遊歩道沿い、桜田、金沢)

 ヒガンバナ彼岸花、別名は曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、天国の花の意味、古代インドの梵語で赤い花を表します)は、秋の彼岸(ひがん)の頃に花が咲く時に葉がないのは、この世(此岸、しがん)でなく、あの世(彼岸、ひがん、仏教における理想の境地)の花だという。

 別名で、死人花、捨子花、幽霊花、仏花、仏様花などは、死に関する名前ですが、決して不快な花ではなく、これは、墓地に植えられることが多かったためだろうか? この他、狐のたんぽぽ、狐のかみそり、狐のたいまつ、狐ぐさ、狐ばな、狐のおうぎ、狐のかんざし、などがあります。昔の人は、狐が化けたものと思ったのかもしれません。

 普通、日本各地に分布し、人里近くの草やぶ、土手、道端に自生します。もともとは、中国の長江(揚子江)の流域が原産地で、古い時代(奈良時代以前と平安時代以降の2説があります)に日本へ渡来しました。

 遠く、祖先の誰かが飢餓(きが)の時を考え、墓地や川の土手などに植えたものではないか、という。その球根には多量のデンプン質が含まれています。が、危険なリコリンというアルカロイド毒も含まれているので、水に晒(さら)して溶解させ、除去する必要があります(要注意!)。植村 榮: 化学よもやま話 4 GONSHAN. GONSHAN. 何処へ行く 彼岸花の毒、化学と工業、Vol.67-9 September, p808(2014).

(参考資料) 曼珠沙華(まんじゅしゃげ、google画像): http://www.google.co.jp/images?hl=ja&rlz=1T4GGIH_jaJP278JP279&q=%E6%9B%BC%E7%8F%A0%E6%B2%99%E8%8F%AF&um=1&ie=UTF-8&source=og&sa=N&tab=wi

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