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2010年10月 1日 (金)

秋、10月のはじめ、示野中橋から眺めたわが家、犀川のシラサギ、近くの誉田神社(示野中町)の盤持ち石(力石)、とは(2010.10.1)

 10月の声を聞き、今年の夏の猛暑、その後の残暑もやっと過ぎ去り、朝夕は肌寒さを感じるようになってきました。今日の金沢の空は、朝方から晴れていて、日中は暑くなりそうです。

 ところで、10月は、旧暦で神無月(かんなづき)と呼び、一般的には、諸国の神々が出雲大社に集まり、その土地土地の神が留守になる神無月(かみなしづき、出雲だけは神有月)という信仰に基づくものです。しかし、その由来については異説も多いという。その他の異名には、初霜月、小春、小六月、陽月、無陽月、良月、孟冬、玄冬、玄英、始水、応境など多くの呼び名があり、これからも寒暖の変化がうかがえます。

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示野中橋の石碑 示野中橋モニュメント由来の説明、  モニュメント傍からサーパスマンションを遠望、手前が二番館、その右隣がわが家の一番館、示野中町、金沢、2010年(平成22年)7月28日撮影)

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シラサギ 犀川の上流の中州の浅瀬近くを飛んでいるシラサギ、  犀川の浅瀬でじっと立って、魚(落ち鮎!)を狙(ねら)っているシラサギ、全身が真っ白い鳥の群れ、桜田、金沢、2010年(平成22年)10月1日撮影) 

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盤持ち石(ばんもちいし、ばんぶちいし、さし石、力石とも、誉田神社(ほんだじんじゃ)、示野中町、金沢、2010年(平成22年)10月1日撮影)

 盤持ち石の由来によれば、数百年の昔より、当町をはじめ近在の人達がお宮の境内や村の広場のバンブチ場に集まって腕と力量を競い合った石です。格好な石が数個あって、目方の重いものや担ぎ難いものは、米、何斗石と呼ばれ、これを担ぐのは力だけでなく技が必要でした。当時米一俵(五斗俵七十五キロ)を担ぐと一人前の若衆として仲間入りが出来ました。なお、この盤持ちは昭和初期まで続けられました。

 私は、わが家近くの犀川の周辺を散策していた時、シラサギの群れが犀川の中州の浅瀬近くを飛んでいるのが目につき、また犀川の浅瀬に立ち、魚(落ち鮎!)を捕獲している姿が見られたのでデジカメ写真に撮りました。

 また、犀川の示野中橋から歩いて数分の示野中町の誉田神社(ほんだじんじゃ)にお参りした時、盤持ち石(ばんもちいし、ばんぶちいしさし石、力石とも)が境内に展示されていたので、これもデジカメ写真に撮りました。

(参考文献) 樋口清之(監修): 暮らしのジャーナル、生活歳時記、新装改訂版、三宝出版(1994).

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