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2010年10月24日 (日)

日本の金属鉱山下のカドミウム汚染(農用地土壌、健康障害)、尾小屋鉱山(石川)、鉱毒耐性の藻、コケ、シダ(ヘビノネゴザ)の状態分析、尾小屋鉱毒の川に魚を戻そう、北陸地方の金属鉱山、とは(2010.10.24)

  1968年(昭和43年)5月、厚生省(のち厚生労働省)は、神通川流域(富山県)の農村で多発していたイタイイタイ病は、その上流の三井金属鉱業神岡鉱山(岐阜県)から流出したカドミウムが原因であると認めました。そして、カドミウムを含む用水や米、その他の農産物を常時飲食することにより、人体中にカドミウムが長年にわたって蓄積された結果起こる腎臓の慢性中毒症であることが明らかにされました。

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日本のカドミウムの農用地土壌汚染対策(農と環境と医療(北里大学学長室通信)、北里研究所、北里、神奈川、google画像)

(解説) 国がイタイイタイ病の原因をカドミウムと認めたことから、全国の金属鉱山下の河川流域、製錬所地域において、1ppm(ppmは百万分率)以上のカドミウムを含む玄米を生産する水田は、農用地土壌汚染防止法により、土地改良(客土など)の対象とされました。(カドミウムの農用地土壌汚染対策(農と環境と医療、北里大学学長室通信): http://www.kitasato-u.ac.jp/daigaku/noui/newsletter/noui_no47.html.)

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日本のカドミウム汚染地域と地域住民の健康障害(金沢医科大学公衆衛生学教室、内灘、石川、google画像)

(解説) 神通川流域(富山、神岡鉱山下)以外に、梯川流域(石川、尾小屋鉱山下)、市川流域(兵庫、生野銀山下)、小坂町地域(秋田、小坂鉱山下)、安中市地域(群馬、東邦亜鉛対州鉱山下、安中製錬所周辺)、巌原町佐須地域(長崎対馬、東邦亜鉛対州鉱山下、佐須川、椎根川水系域)などの地域において、潜在的な腎臓障害を持つ多くのイタイイタイ病患者が確認されました。(イタイイタイ病(イタイイタイ病の発見、金沢医科大学公衆衛生学教室ホームページ): http://www.kanazawa-med.ac.jp/~pubhealt/itaiitai/itai1.html.)

○ 尾小屋鉱山

 尾小屋鉱山(おごやこうざん)は、石川県小松市、加賀山地にある銅山です。小松の市街地から約13kmの山間、梯川(かけはしがわ)の支流鄕谷川(ごうたにがわ)の上流にある尾小屋町に着き、その裏山が尾小屋鉱山です。

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尾小屋鉱山(おごやこうざん、尾小屋、小松、石川)

(解説) 尾小屋鉱山(おごやこうざん)は、1682年(天和2年)頃に金山として始まり、銅鉱脈は、1678年(延宝6年)、加賀藩(5代)藩主、前田綱紀(まえだつなのり、1643~1724)の頃の発見と言われています。その採掘を手がけたのは、石黒源次(1783、天明3年)、山岸三郎兵衛(1879、明治12年)、吉田八百松外6名、元加賀藩家老、横山隆平と弟の隆興(1880、明治13年)、横山隆平、隆宝館尾小屋鉱山(1881年、明治14年)、日本鉱業株式会社尾小屋鉱山(1931,昭和6年)、北陸鉱山株式会社(日本鉱業系列新会社)(1962年、昭和37年)へと、時代の流れにより経営者が変わっています。

 そこでは、主として、黄銅鉱、閃亜鉛鉱、方鉛鉱、黄鉄鉱などが採掘され、選鉱、製錬により、銅のほか亜鉛、鉛、硫化鉄、金、銀などを産出していました。しかし、産銅価格の低迷と鉱害の発生が原因で、1971年(昭和46年)12月、閉山やむなきにいたり、約300年の幕を閉じました。

○ 尾小屋鉱山下、郷谷川下流、梯川流域のカドミウム汚染

 尾小屋鉱山が、重金属鉱害発生源として注目されたのは、1970年(昭和45年)5月、尾小屋鉱山下の梯川(かけはしがわ)流域の農用地の産米から1.0ppm(ppmは百万分率、百万分の一という極めて少ない量)以上のカドミウムを含むものが多く検出され、また、梯川中部河川水から基準値(0.01ppm)を上まわる0.012ppmのカドミウムが検出されてからです。

 1972年(昭和47年)から名古屋鉱山保安監督部(のち中部近畿鉱山保安監督部)、日本鉱業(株)、北陸鉱山(株)、石川県、小松市による鉱害調査と鉱害防止が始まり、1977年(昭和52年)からカドミウム汚染田の客土による土地改良事業も着手され、1986年(昭和61年)には、その約半分の225ヘクタールが指定解除されました。

1992年(平成4年)、小松市のカドミウム汚染田や導水路で最後まで汚染地区として残っていた25.8ヘクタールが、石川県公害対策審議会土壌部会で指定解除となり、17年ぶりに全地区で汚染に終止符が打たれました。汚染指定は小松市の総水田面積の1割強に及び、地表約20cmの土を入れ替える(客土)大規模な工事が行われました。土を入れ替えた水田は山土などを入れたため赤色が目立つので観察田を設け土壌改良を続けるという。

○ 尾小屋鉱山下、郷谷川上流、梯川水系に生息する生物

 1971年(昭和46年)末閉山の尾小屋鉱山(小松、石川)では、主に黄銅鉱が採掘され、採鉱と選鉱に伴う鉱山廃水の汚染により、梯川(かけはしがわ)水系の郷谷川(ごうたにがわ)と梯川の一部を含む約16kmの水域には、生物はほとんど生存しなくなっていました。

 1997年(平成9年)頃、旧尾小屋(おごや)鉱山(小松、石川)下の梯川(かけはしがわ)の鉱毒汚染と水質浄化を河底の礫石に付着した藻類、特にケイソウ(珪藻)の分布状態を調べたことがあります。尾小屋鉱山近くの梯川の岸辺には、重金属耐性のコケ植物(ホンモンジゴケ、キヘチマゴケ)、シダ植物(ヘビノネゴザ)が群生しているのが見られました。

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郷谷川の岸辺のヘビノネゴザと河床の礫石の藻(梯川流域、尾小屋、小松、石川)

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ケイソウの顕微鏡写真(1~6 マガリケイソウ、 7~8 コバンケイソウ

(解説) 尾小屋鉱山に近づくほど藻類中の重金属濃度が高く、特に銅が多く検出され、また、銅、亜鉛、鉛、カドミウムなど鉱山から排出される重金属に耐性が強いとされるマガリケイソウ、コバンケイソウが上流ほど多く、ここでは魚は認められず、下流に行くに従って、この種が減少、他の種類が増える傾向が見られました。 一方、ごく普通の河川に見られるヒゲモが見られる下流方面では、アユやウグイなどの魚が生息するようになっていました。鄕谷川の岸辺には、シダ植物、ヘビノネゴザの群生が見られました。

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郷谷川の岸辺に群生するヘビノネゴザの根、葉柄、葉身などの組織中の銅、鉛、亜鉛及びカドミウム(ppm)の分布

(解説) 尾小屋鉱山下の梯川流域、郷谷川の岸辺に群生するヘビノネゴザのには、銅と鉛は主として根に、亜鉛は根から葉まで全身に、カドミウムは主として葉に取り込まれていることが分かりました。

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ルベアン酸とジチゾンで染色したヘビノネゴザの根の銅(左図)と亜鉛(右図)の分布の顕微鏡写真

(解説) このシダ植物の組織中の銅と亜鉛分布状態をミクロトームによる横断切片の有機試薬染色(銅はルベアン酸、亜鉛はジチゾン)ー顕微鏡観察(400倍)したところ、ヘビノネゴザの根は表皮でおおわれ、その内部に皮層と中心柱があり、中心柱ははっきりした内皮に囲まれた二原型の放射中心柱となっているが、横断切片は、ヘビノネゴザの皮層の細胞壁がルベアン酸で黒色に染色され、銅の大部分がそこに集積されていることが分かりました。一方、ヘビノネゴザの根の皮層の細胞壁と細胞内部、中心柱など組織細胞全体がジチゾンで赤色に染色され、亜鉛の大部分が組織全体に集積されていることが分かりました。

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毒の川に魚を戻そう 石川県小松市の郷谷川、 左 足尾鉱毒事件の渡良瀬川、2010年(平成22年)9月20日(月)、北陸中日新聞、朝刊、より)

(解説) 石川県小松市の尾小屋鉱山下、梯川支流、郷谷川では魚が思うように増えないが、一方、北関東(栃木、群馬県)の足尾銅山下、渡良瀬川ではサケが戻ってきたという。また、郷谷川の上流の抗廃水が流れ出る場所から約7km下流まで、魚はほとんどいないという。このことは、今も尾小屋鉱山の多量の銅、亜鉛などを含む酸性抗廃水が梯川水系の郷谷川にたれ流されている所が何ヶ所かある可能性が高く、近くに適切な大きさの溜池(沈殿池など)つくり、消石灰で中和し、特に銅などの重金属を沈殿除去して排出する必要があると思われます。

 私は、1982年(昭和57年)11月16日、里見信生先生(金沢大学生物学教室)のご案内で、ほかに教職員(2名、西川、高木)、学生(4名、八田、畠、?)と共に、はじめて、梯川流域の小松市出村の白山神社境内、その周辺のカドミウム汚染廃田、尾小屋鉱山周辺などを訪れ、そこで群落をなすシダ植物、ヘビノネゴザの重金属(銅、亜鉛、鉛、カドミウムなど)の取り込み状態について調査、研究したことがあります。その後も、、尾小屋鉱山による梯川流域の河川水、河底泥、川沿いの土壌、廃田などの重金属(銅、鉛、亜鉛、カドミウムなど)汚染と浄化の状態について調査、研究を続け、そこへは何回となく訪れました。

(参考文献) 里見信生: ヘビノネゴザと鉱山、北陸の植物、7巻、p.26(1958); 本浄、八田、西川、里見: 尾小屋鉱山による梯川重金属汚染流域に群落をなすシダ植物ヘビノネゴザの銅および亜鉛の集積について、植物地理・分類研究、32巻、p.158~160(1984); 本浄高治: 指標植物中の重金属の状態分析ー尾小屋鉱山による白山神社重金属汚染地域に群落をなすシダ植物ヘビノネゴザの銅と亜鉛の集積状態についてー、植物地理・分類研究、35巻、p.165~170(1987); 石川県の歴史散歩研究会: 石川県の歴史散歩、山川出版(1993); 石川化学教育研究会編: 科学風土記、加賀・能登のサイエンス、p.136~137、本浄高治、尾小屋鉱山ーカドミウム汚染ー、裳華房(1997); 中西、墨田、弓田、山田、本浄: 石川県尾小屋鉱山下の梯川及び鄕谷川における重金属汚染とその藻における状態(英文)、Anal.Sci.20巻、p.73~78(2004); 山田隆史、墨田迪彰、中西良明、本浄高治: 石川県旧銅山下の河川における付着珪藻群集の分布と化学種分析からみた重金属汚染状態、分析化学、53巻、p.883~889(2004). 

(参考資料) 尾小屋鉱山(日本の金属鉱山、持元宏編): http://www.miningjapan.org/idx/ogoya/index.html.

(追加説明) ○ ヘビノネゴザと鉱山 石川県鶴来町の南方に現在黄銅鉱を採掘している中島鉱山がある。この附近の河原一帯にはヘビノネゴザが大群落をなしている。又、同じく石川県石川郡能美郡国府村の奥にある銅山(遊泉寺銅山!)でも同様の事実を見た。尾小屋鉱山でもそうだと言う。ヘビノネゴザが鉱山と関係ある事について古くは三宅驥一氏が、へびのねござト鉱質トノ関係(植物学雑誌、11巻、p.404(明治30年、1897)で論じておられるし、最近では山中二男氏の、鉱山地帯の研究(予報)、植物分類地理、15巻、p.199(昭和29,1954)に述べられている。(里見信生、北陸の植物、7巻、p.26(昭和33年、1958)、より)

 石川県の金属鉱山には、古くから、宝達金山、金平金銅山、倉谷金銀山、鞍ヶ嶽金山、白山金山、下白山金山、九谷金山、中島銅山、遊泉寺銅山、阿手銅山、尾小屋金銅山などが知られています。カドミウム汚染については、1975年(昭和45年)5月31日、中島銅山(鶴来、石川)による手取川水系の汚染、1985年(昭和60年)6月27日、阿手銅山(大日スキー場、鳥越、石川)による阿手川水系(阿手川上流の金山谷川)の汚染などが認められました。(北国新聞、朝刊より)

 遊泉寺銅山(ゆうせんじどうざん、鵜川町、小松、石川)は、1807年(文化4年)に創業し、藩政時代には加賀藩の有力な財源として栄えました。明治に入ると、吉田茂元首相の実兄である竹内明太郎氏が経営にあたり、機械化を進め、地下270mまで掘り下げ、大規模な採掘をしました。最盛期の1916~1917年(大正5~6年)の頃は月産約56トンを誇っていました。1916年(大正5年)、鉱山用機械を製作する小松鉄工所を興し、今日の大手建設メーカー・コマツの起源とされています。しかし、第1次世界大戦(1914~1918)終了と共に、銅山はすたれ、百年余の歴史を閉じました。(小松東部丘陵(21)、遊泉寺銅山、加賀藩の貴重な財源、1988年(昭和63年)2月22日(月)、北国新聞、朝刊より) コマツ発祥の地、遊泉寺銅山跡(小松だよ!全員集合!!、石川): http://repobitanw.web.fc2.com/page004.html. 遊泉寺銅山跡記念公園(ブナの中庭で、石川):http://blog.goo.ne.jp/repu/e/557b79332d8dde3f6b756ed6550ead85.

 1991年(平成3年)5月10日、小松鉄工所が分離独立してできた小松製作所は、創立70周年を記念して、発祥の地、小松市鵜川町で、遊泉寺銅山跡記念碑の除幕式を行いました。その後、2010年(平成22年)、大手建機メーカー・コマツは、JR小松駅近くの小松工場を金沢港(金沢市大野町)近くの金沢工場に移転し、その跡地は、来年5月、研修センター、記念館、緑地公園などに整備されることになっています。また、関係者らによる遊泉寺銅山再生チームが発足、残っている銅山の展望台、高さ20mの煙突などを生かし、遊歩道を整備するなど、市の新たな観光名所として充実させる予定です。コマツKOMATSU、ホームページ): http://www.komatsu.co.jp/

○ 福井県の金属鉱山については、面谷鉱山(おもだにこうざん、大野郡和泉村、1922年(大正11年)9月、完全閉山)は銅、中竜鉱山(なかたつこうざん、大野郡和泉村、1987年(昭和62年)10月16日、閉山、のちアドベンチャーランド中竜、2006年(平成18年)11月30日、営業終了)では亜鉛をおもに産出していました。そこの鉱山周辺では、いづれも、シダ植物、ヘビノネゴザの群生を確認しました。また、面谷鉱山の近くの川には、銅に耐性のあるマガリ珪藻しか生息していないことが分かりました。 面谷鉱山(大野市観光協会、福井);http://jigyo.h-onoya.co.jp/archives/718. 

○ 富山県の金属鉱山としては、古くから、松倉金山、虎谷金山、河原波金山(以上旧松倉村)、下田金山(げたきんざん、上市町)、吉野銀山(大沢野町)、亀谷銀山(おがいぎんざん、大山町)、長棟鉛山(なだとえんざん、大沢野町)などが知られていました。松倉金山: http://heartland.geocities.jp/matsukurajyou/mount/matukurakinzan/matukurakinzan.htm

○ 尾小屋地下実験施設(金沢大学環日本海域環境センター、低レベル放射能実験施設(LLRL)、尾小屋、小松、石川):http://llrl.ku-unet.ocn.ne.jp/

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