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2011年6月10日 (金)

ウラン(天王星の名に由来)、原子力(核エネルギーの利用と問題)、放射能(人体と生命への影響)、私の体験(放射性トレーサーによる溶媒抽出の研究)、とは(2011.6.10)

   1789年、M. H. Klaproth(M. H. クラプロート、1743~1817、ドイツ)は、Saxony(ザクセン、ドイツ)地方産のピッチブレンド(閃ウラン鉱)から新元素(のちウラン酸化物と判明!)を発見し、1781年、F. W. Herschel(F. W. ハーシェル、1738~1822、ドイツ生まれ、イギリス)が発見した新惑星、Uranus(ウラヌス天王星)にちなんでウラン命名しました。

○ 原子力(核エネルギーの利用と問題)

 原子核分裂(げんしかくぶんれつ)は、ウラン、トリウム、プルトニウムなどの重い原子核が、中性子などの照射によってほぼ同程度の大きさの2個の原子核に分裂する現象で、1938年、Otto Hahn(オットーハーン、1879~1968、ドイツ)らが発見しました。この際、大きなエネルギーの放出を伴い、これを用いて原子爆弾原子力発電が開発されました。

 1945年7月、人類初の核実験がアラモゴード(ニューメキシコ、米国)で成功し、J. R. Oppenheimer(J. R. オッペンハイマー、1904~1967、米国)は、実験責任者でしたが、広島(ウラン爆弾)、長崎(プルトニウム爆弾)への原爆投下後、「科学者は罪を知った」と語ったという。

 原子力発電は、化石燃料を利用する火力発電での問題、燃料の燃焼によって二酸化炭素や硫黄酸化物などの地球環境に影響を与える排ガスを生じず、また、他のいろいろなエネルギーに少ない損失で変えることができるというすぐれた性質をもっています。しかし、原子炉の核燃料の中には、核分裂によって生じた有害な放射性物質蓄積さtれます。放射性物質が外部に洩(も)れると環境汚染をひき起こすことが考えられるので、使用済の燃料をいかに安全に長期間管理するかという問題を抱えています

 1979年3月28日、スリーマイル島(ペンシルバニア、米国)での炉心熔融(メルトダウン)による放射性物質(希ガスのキセノン、ヨウ素)の放出(水素爆発は起こらず、セシウムの放出は確認されていない)、1986年4月26日、チェルノブイリ(ソ連、のちウクライナ)での炉心が直接大気に露出し、約10日間、大量の放射性物質(希ガスのキセノン、ヨウ素、セシウム、ストロンチウムなど)放出などの原子力発電所大事故がありました。

 一方、福島(日本)の場合は、2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災のとき起きた、東京電力福島第一原発での炉心熔融(メルトダウン)から炉心貫通(メルトスルー)、水素爆発による放射性物質(希ガスのキセノン、ヨウ素、セシウム、ストロンチウム、コバルト、テルル、プルトニウムも確認!など)放出の大事故ですが、今なお解決の先が見えない深刻な状態です。 

 2000年4月、事故14年目の追悼式で、ロシア副首相は、チェルノブイル事故当時の現場処理に携わった86万人の作業員の内、5万5千人以上が亡くなった事実を明らかにしました。2005年には、ロシアの社会保険発展相が、この事故で健康を害した人は、ロシアで145万人であると述べています。2006年4月現在、ロシア、ウクライナ、ベラルーシの健康被害者は700万人とされています。

 なかでも、これらの国の子供たちの白血病甲状腺障害は悲惨なものです。また、事故後に生まれた18才以下の子供たちのなかで、体内被ばくによって健康を害している人は22万6千人いるという。被害は年を経るにつれて大きくなるであろうし、そのうちに肝臓ガンなどの晩発性のガン患者があらわれるであろう。ーーーーーー

 国や電力会社は何を考えているのだろうか。自分たちが、今、よければ私たちの子孫はどんなに苦しんでもよいというのだろうか? 皆さん、どうぞ放射能の恐ろしさをお友達に、家族に話していただきたい。人類は滅亡するかも知れないのだ。

 私たちは節約をして生きなければならない。特に電気は節約しなければならない。力を合わせて、地球を守ろうではないか!(いのちと放射能(ちくま文庫)、文庫版への長いあとがき、2007年8月15日 柳澤桂子、より)

 使用済み核燃料(再処理と保管の政策)

 日本では、使用済み燃料の再処理ができないので、イギリスとフランスに頼んで再処理してもらっていました。が、もう再処理してくれないばかりか、残っている使用済み燃料を返してきました。そこで、下北半島、六ヶ所村(青森)にフランスの技術を採用して再処理工場をつくり、使用済み燃料を再処理して、プルトニウムを取り出す計画が立てられました。

 再処理工場というのは、使用済み燃料を切り刻んで、硝酸溶液のなかに溶かして、使用済み燃料の中にあるウラン(94%)、プルトニウム(1%)、核分裂生成物(5%)を分けて取り出すための施設です。

 セラフィールド(イギリス)の再処理工場からの放射性セシウム-137の放出により、ヨーロッパ周辺の海域において、表面海水の放射性セシウムによる汚染が起こりました。周辺諸国からの抗議もあり、現在は放射能の放出が大幅に減少しています。 また、セラフィールド(イギリス)とラ・アーグ(フランス)の再処理工場付近では高率な白血病の発生が、政府によって確認されているという。

 イギリスとフランスで再処理され副生する高レベルガラス固化体は、日本に返還され、現在、六ヶ所再処理工場で保管されています。このガラス固化体の側に立つと数秒で死亡するとのこと、40年ほど冷却したのち、地下深く埋めてしまおうとしています。これは、数万年、生命環境から隔離しなければなりません。

 一方、米国、カナダ、北欧、ドイツでは、使用済み燃料を再処理せず、そのまま保管する政策をとっています。この方式でも使用済み燃料を数万年の間、管理しなければなりません。が、再処理して環境を汚染するよりはまだましな選択です。完全な埋め捨てにはせず、科学技術の進歩を待ち、その時点で取り出し再利用も可能にしておくようです。

 ところで、日本の再処理工場、原子力発電所などの排気筒では、空中に大量の放射性希ガス、Kr(クリプトン)ー85、放射性炭素、C(炭素)-14などが放出され、また、海洋放出口では、沖合3km、水深44mから使用済み燃料のトリチウムなどのいろいろな放射性廃液が放出されています。

 これは、国の放射能規制法が余りに非現実的なものであり、この「国による不法行為」には、原子力(核燃料サイクル)を最優先させる国のエネルギー政策、その背景には、大規模予算に群がる官僚、政治家、電気事業者、大企業の緊密な利権関係が挙げられています。 (2007年8月、柳澤桂子: いのちと放射能(ちくま文庫)、 解説、永田文夫(三陸の海を放射能から守る岩手の会 世話人)、より).

 また、高木仁三郎(たかぎじんざぶろう、1938~2000)核化学者は、著書の中で、原子力の歴史の総括として、「このへんで核の時代に終止符を打ち、現存する核兵器やプルトニウムや放射性廃棄物を、知恵を合わせて厳格に管理していくことに努め、より平和で安全なものへと文明を転換していく努力をすれば、まだ間に合うと思うのです。

 ーーーー、日本でも、その方向にもっと大胆に踏み出すことが望まれます。大事なことは、私たちが未来を自分の手にすることができると、希望を持ち続けることでしょう。開けてしまったパンドラの箱を閉じることはできないでしょうが、その中に残った「希望」を取り出し、育てていくことはできるのではないでしょうか」と訴えておられます。 (2000年7月、高木仁三郎: 原子力の神話からの解放(講談社)、パンドラの箱は閉じることはできるのかー結びに代えて、より)

○ 放射線(医学、農業、工業、考古学、トレーサー法への利用)

  原子核の崩壊によって出る放射線には、物質を突き抜ける能力(透過力)の小さい順に、α線(アルファ線、ヘリウムの原子核の流れ)、β線(ベータ線、高速の電子の流れ)、γ線(ガンマ線、非常に波長の短い電磁波)などがあります。これらの放射線を放出する性質を放射能(ほうしゃのう)といい、いずれも気体を電離(物質中の原子から電子を引きはがしてイオンをつくること)し、写真作用、蛍光作用を示します。

 放射能をもつ原子核が崩壊によって初めの数の半分になるまでの時間半減期(はんげんき)という。 放射性元素半減期は、(ウラン)-239は23.5分、(ヨウ素)-131は8.04日、Sr(ストロンチウム)-89は50.5日、Cs(セシウム)-134は2.06年、Kr(クリプトン)-85は10.7年、Sr(ストロンチウム)-90は28.8年、Te(テルル)ー132は3.20日、Pu(プルトニウム)ー239は2.41×10の4乗年、(カリウム)-40は1.28×10の9乗年、(ウラン)-238は4.47×10の9乗年、Th(トリウム)-232は1.41×10の10乗年などです。

 放射線は、医学では、病気の診断やがんの治療、農業では、突然変異を起こさせて植物を品種改良したり、食品保存のために発芽をおさえたりするのに利用されています。工業では、ジェットエンジンなどの非破壊検査(対象を壊さずに内部を調べること)、プラスチックの強度や耐熱性の向上、医療器具の減菌などに使われています。考古学では、微量な放射線を出す元素の分析を利用して年代測定を行っています。また、植物などに微量の放射性同位体を注入することにより、生体内での元素の動きや化学反応のしくみを調べることができます。このような放射性同位体の利用法をトレーサー法といい、農学、医学、工業などで広く用いられています。

 放射能(人体と生命への影響)

 2005年(平成17年)6月、米国科学アカデミーは「放射能の被ばくには、これ以下なら安全と言える量はない」ことを、大規模疫学(えきがく)調査に基づき公表しました。

 柳澤桂子(やなぎさわけいこ、1938~ )、生命科学者によれば、「少量の放射線でも危険!放射能の生命への作用については、細胞分裂中DNA複製されるとき最も放射線に弱く傷つきやすいということ、細胞分裂が盛んな胎児子ども最も被害を受けやすいこと、また放射能の種類によっては、体内に入ると、(ヨウ素)-131は甲状腺Sr(ストロンチウム)-90はなど特定の臓器に集まり、被ばくされます」とのことです。また、放射性Cs(セシウム)ー137は全身に、のち数ヶ月で尿中に排出され、放射性希ガスのKr(クリプトン)-85は吸い込んでも、血液と循環し、呼気として排出されるという。

 人間が大量の放射線を浴びると吐き気、嘔吐(おうと)、下痢(げり)や神経症状などの急性放射線障害を起こし、ひどい場合には死に至ります。また、急性障害が起こらない量の放射線でも、浴びた放射線の量に応じて、後になってがん遺伝子障害を発病する危険が増えると考えられています。

○ 私の体験(放射性トレーサーによる溶媒抽出の研究)

001

京都大学放射性同位元素総合センター、1961年(昭和36年)当時の分館(京都大学化学研究所、放射性同位元素総合研究室) 京都大学放射性同位元素総合センター(ホームページ): http://www.rirc.kyoto-u.ac.jp/

 私は、1964年(昭和39年)、京都大学大学院(理学研究科化学専攻、放射化学研究室、修士課程)の学生の頃、北部構内(追分町、北白川、左京区)の京都大学化学研究所、放射性同位元素総合研究室(1971年、昭和46年より京都大学放射性同位元素総合センター、2011年、平成23年より京都大学 環境安全保健機構へ)で、はじめて、放射性トレーサーとして、Eu(ユーロピウム)ー152(半減期13.5年),ー154(半減期8.59年)を用い、β・ジケトン(ベンゾイルトリフルオロアセトン)による希土類元素(ユーロピウム)の溶媒抽出における酸素および窒素原子含有溶媒の協同効果を研究したことがあります。

 実験室に入室したとき、白衣姿の重松恒信(1916~2003)先生が大きなビーカーの中の溶液をガラス棒で攪拌(かくはん)しておられましたが、それはウラン溶液ということで強く印象に残っています。

T. Shigematsu(重松), T. Tabushi(田伏), M. Matsui(松井), T. Honjo(本浄): The Solvent Extraction of Europium Ions with Benzoyltrifluoroacetone. The Synergistic Effect of Oxygen- and Nitrogen-containing Solvents, Bull. Chem. Soc. Jpn(日本化学会欧文誌).,39(巻), 165-169(ページ)(1966). 

 論文リスト(1957~1979、重松恒信教授): http://inter3.kuicr.kyoto-u.ac.jp/publications/pub1957-1979_J.html

 放射性物質を扱うということで、病院のような雰囲気の実験室への入退室のとき、スリッパを履きかえ、白衣も着替え、放射能汚染をチェックしました。実験台の上には、片面がビニールあるいはポリエチレンシートの防水した濾紙(ろし)を敷き、ビニールあるいはゴム手袋をはめ、実験しました。

 抽出分液漏斗(ぶんえきろうと)中の水溶液と有機溶媒中の希土類元素(ユーロピウム)の放射能は、安全ピペッターを用いて、それぞれの溶液の一定量をガラス試験管に採取し、NaI(ヨウ化ナトリウム、Tl、タリウム)シンチレーションカウンターでγ(ガンマ)線を計数し、抽出率を算出、ユーロピウムの抽出挙動を調べました。

 小さなガラスビンに入ったユーロピウムの高放射性原液(オークリッジ・ナショナルラボラトリー、テネシー、米国)は、鉛ブロックで囲まれた鉛の容器内に貯蔵されていて、1分間に数十万カウント程度の強さの量を注射針で採取し、実験のとき数万カウントになるよう酸でうすめて使用しました。

 実験廃液は、水溶液と有機溶液に分けてポリ容器に入れて保管し、また濾紙やペーパータオルなどの紙類はビニールの袋に入れ、放射性物質の管理規則に従い処理されました。ガラス器具は塩酸あるいは硝酸溶液に浸した後、水道水、蒸留水で順次洗浄し、自然乾燥あるいは電気乾燥しました。

 実験室には、手で持ってγ(ガンマ)線を測定できる、GM(ガイガーミューラー)カウンターが置いてあって、放射能汚染をチェックしました。水溶液中の水素イオン濃度を測定する日立・堀場pHメーターのガラス電極に放射性物質が塩酸あるいは硝酸で洗浄しても落ちないほど強く吸着していて、GM(ガイガーミューラー)カウンターの針が大きく振れて驚いたことを覚えています。

  実験中は必ず白衣にフイルムバッチをつけ、定期的に放射能の被ばくをチェックし、大学の保健管理センターでは血液検査を受け、徹底的な健康管理が行われていました。

 また、京都大学原子炉実験所(熊取、泉南、大阪)に、1964年(昭和39年)頃、はじめて、指導を受けていた田伏先生と訪れ、筒井先生、東村先生、岩田先生による管理の研究施設を見学し、会議にもオブザーバーとして出席しました。その後、トレーサー実験のため、原子炉の熱中性子による希土類元素(Nd、Tb,Lu)酸化物の照射の時、また、ずっと後、金沢に来てから小山先生主催の研究報告会の時など、何度か訪れたことがあります。

 1963年(昭和38年)、初代所長として木村毅一教授(1904~1992)が就任され、1968年(昭和43年)、京都大学本部近くの教室で研究の想い出話を交えた定年退官の最終講義をされることになり、私も研究仲間にさそわれて拝聴したのですが、真ん前の席で湯川秀樹教授(1907~1981)が静かにうなずきながら聞いておられ、講義を終えた木村教授が涙を流さんばかりに感激しておられたのが印象に残っています。

 京都大学原子炉実験所記念碑には、木村教授の言葉、「凡てのことは、今ここにこめられてあり、今ここはおのずからある」が刻まれています。仏教雑誌で見た「一切」を、「凡て」に替えた言葉という。京都大学原子炉実験所(ホ-ムページ): http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/

(参考文献) E. Peligot: Ann, Chim. Phys., (3) 5, 5~47(1842);  本浄高治: 無機化合物の有機溶媒への抽出の歴史、1842~1941、化学史研究、第16号、p.22~27(1981); 新村出編: 広辞苑、岩波書店(1991); 太田次郎、山崎和夫編(太田、山崎、磯崎、植松、江里口、西田、福岡、本浄、増沢、本川、山崎、山本ほか13名): Science、高等学校 理科総合A(改訂版)、物質とエネルギー、啓林館(2005); 柳澤桂子: いのちと放射能、ちくま文庫(2007); 高木仁三郎: 原子力神話からの解放ー日本を滅ぼす九つの呪縛、講談社(2011).

(参考資料) ウランの科学的歴史(ウランガラス同好会): http://uranglass.gooside.com/UranHistory/UranHistory.htm

(追加説明) ○ ウラン元素の発見者、M. H. Klaproth(M. H. クラプロート)は、天然産の黄色酸化物を炭素で還元して黒色の金属性物質を得て、これをウランの金属だと考えました。その後、約50年間、それを疑う人は誰もいなかったのですが、1841年E. M. Peligot(E. M. ペリゴー、1811~1890、フランス)が無水四塩化ウランを金属カリウムで還元し、金属ウランの単離(たんり)にはじめて成功し、M. H. Klaproth(クラプロート)が得たものはウランの酸化物UO2であることを明らかにしました。したがって、E. M. Peligot(ペリゴー)こそ近代ウラン化学のパイオニアーと考えられます。

 ウラン鉱物放射線は、1897年、A. H. Becquerel(A. H. ベクレル、1852~1908、フランス)によって発見されました。その翌年、1898年、Pierre ・Curie(ピエール・キュリー、1859~1906、フランス)、Marie・ Curie(マリ・キュリー、1867~1934、ポーランド生まれ、フランス)夫妻は、ヨアヒムスタール鉱山(チェコスロバキア)で得たウラン鉱石からラジウムポロニウム抽出成功し、自然に放射性壊変を起こす元素の存在が世界で初めて明らかにされました。 

○ 放射能をもつ放射性元素として、天然に存在するものはウラン系列、アクチニウム系列、トリウム系列の諸元素があります。また、人工的につくられるネプツニウム系列の元素もこれに属します。なお、超ウラン元素はすべて人工放射性元素です。

 超ウラン元素(ネプチニウム、プルトニウム)の命名は、ウランにおけるウラヌス(天王星)と同じように、その当時発見された新惑星名にちなんで、ネプチニウムはNeptune(ネプチューン、海王星)、プルトニウムはPluto(プルトー、冥王星)が当てられました。これらの元素は、1940年、ウランに中性子をぶつけてつくり出された最初の超ウラン元素で、E. M. McMillan(E. M. マクミラン、1907~1991、米国)とP. H. Abelson(P. H. アベルソン、1913~2004、米国)によって人工合成されました。

○ 原子は原子核と電子からできています。原子核は正の電気をもつ陽子と電気をもたない中性子からできています。原子核の陽子や中性子の数は原子の種類によって異なります。自然界に存在する原子には、原子番号(陽子の数)は同じであるが、質量数の異なる原子が存在し、これらを互いに同位体アイソトープ)という。原子核中の陽子の数と中性子の数の和を、その原子の質量数という。

 天然の元素の中で最も原子番号の大きいウランには、質量数の異なるU(ウラン)-238、U(ウラン)ー235、U(ウラン)ー234の同位体があります。 このうちU(ウラン)ー235に中性子をぶつけると、ウランの原子核は2つに分裂し大きなエネルギーを放出します。これを核分裂という。

 Uー235の核分裂と連鎖反応については、まずウランの原子核に中性子が当たり、核分裂すると、2~3個の中性子と放射線が飛び出し、分裂した核などの運動エネルギーとなります。核分裂で飛び出した中性子は、また別のウランの原子を核分裂させます。このように、核分裂が連続的に起こる反応を連鎖反応という。 U-235が1kg核分裂をしたときに生じるエネルギーは、石油2000kl(ドラム缶約1万本)のエネルギーに相当します。

○ 無機化合物の有機溶媒への抽出の歴史 1842年、E. M. Peligot(E. M. ペリゴー、1811~1890、フランス)が硝酸ウラニルの硝酸水溶液からジエチルエーテルへの溶解と抽出の発見がイオン会合抽出の最初の報告です。無機化合物の有機溶媒への抽出に関する発展の足どりはかなり遅かったのですが、第二次世界大戦(1939年9月1日~1945年8月15日)後、アメリカで溶媒抽出法がウラン、プルトニウムなど核エネルギー工業に必要な超純物質を得るための最もすぐれた手段であることが認識され、大きな発展をとげるようになりました。

 そして、E. M. Peligotによる硝酸ウラニルのエーテル抽出の発見が約100年後原子エネルギー開発において息を吹き返し、日本と世界の歴史を大きく変えることになりました。その後、エーテル(エチルエーテルとも)は沸点が35℃と低く、引火性があるので、より安定なリン酸トリブチル(TBP、沸点289℃)が開発され、ウラン、プルトニウムの抽出剤として用いられました。

○ 核燃料再処理 原子爆弾製造のマンハッタン計画では、照射ウランからプルトニウムを抽出するのに、リン酸ビスマス法の名で知られている沈殿分離法(共沈)が用いられました。しかし、現在では、抽出剤にリン酸トリブチル(TBP)、トリオクチルアミン(TOA),テノイルトリフルオロアセトン(TTA)を用いるPu(プルトニウム、Ⅳ)の溶媒抽出法が広く用いられています。(大木、大沢、田中、千原編: 化学辞典、東京化学同人(1994).より)

 ウラン同位元素(U-235,U-238)の熱拡散による分離 天然のウランには-238(99.28%)とー235(0.715%)の同位体があり、-235は原子核燃料に使われています。両者はウランのフッ化物(UF6)にして加熱すると56℃でガスとなるので、細いノズルから噴出させ、質量数の違いによる拡散速度の差を利用(1分子質量のわずかの差を利用)して分離し、-235の含有量を高めることができます。原子爆弾製造のマンハッタン計画において、ー235がこの方法で分離濃縮されたのは有名です。現在では遠心分離法が広く用いられています。(本浄(代表)、今泉、上田、澤田、田口、永長、長谷川、山田共著: 基礎分析化学、化学同人(1998).より)

○ 日本では、1957年(昭和32年)8月27日、午前5時23分、茨城県東海村の日本原子力研究所(のち日本原子力研究開発機構)の実験用1号原子炉が臨界(りんかい、中性子がウランー235にぶつかり、安定した核分裂の連鎖反応が続くこと)に成功し、はじめて、「原子の火」がともり、その後の原子力発電につながりました。1970年(昭和45年)代に原子力発電所の建設ラッシュとなり、1971年(昭和46年)には福島第1原発の運転が始まりました。(2011年(平成23年)6月4日(土)、サザエさんをさがして、原子力発電、「本当のあたたかさとは何だろう、何のために発展するのか?」、朝日新聞、朝刊より

○ 人の世 私たちはこの広大な宇宙の一点に生きています。150億年という宇宙の歴史の一点に生きています。時間的空間的に宇宙というスケールで自分を見つめてみようではありませんか。この宇宙の中で、人間とは自分とはいったい何なのでしょう。40億年の生命の歴史の中で、私とはいったい何なのでしょう。人間はどこからきて、どこえいくのでしょう。

 1.1日1日をていねいに、心をこめて生きること 2.お互いの人間存在の尊厳をみとめ合って(できればいたわりと愛情をもって)生きること 3.それと自然との接触を怠らぬこと 

結局のところ人の世詩も幸せもこの他になく、それ以外はすべて空しいことにすぎないのではないかな。

 これは、医師であった細川宏((ほそかわひろし、1922~1967、解剖学者、東大医学部教授)氏が、ガンで亡くなる28日前に書き残されたものです。これは、細川氏だけでなく、多くの宗教家や修行者や思索者や苦しみを生きぬいた人々が到達する共通の結論です。すべての欲を捨て去ったときに、人間は人間にとって一番大切なものが何であるかということを知るのです。(2007年8月、柳澤桂子: いのちと放射能(ちくま文庫)、 より)

しなう心  苦痛のはげしい時こそ しなやかな心を失うまい やわらかにしなう心である ふりつむ雪の重さを静かに受けとり 軟らかく身を撓(たわ)めつつ 春を待つ細い竹のしなやかさを思い浮かべて じっと苦しみに耐えてみよう(悲しみに耐える人の心情に重なり合います、細川宏さんの遺稿詩集、詩集 病者・花、現代社、より)

○ 素顔を見つめる  諸君。諸君がもし生活に多少とも退屈し、おれはこのままでええんやろうかと、ふと思われることがあればーーー、いやいや、きっと、そう思われるにちがいない。ーーーー そう思われたならば、ワシは諸君に一つの場所に行ってみることをお奨めする。それは病院だ。ーーー、病院とは、生活のなかで他人にみせる仮面ばかりかむっているワシらが、遂に自分の素顔とむきあわねばならぬ場所だ。

 わしは長い間、病院生活をやっとったから、これだけは確実に言えるのだが、夕暮れに灯(ともしび)がうるむ病院の窓では社会の地位や仕事がなんであれ、自分の人生をじっとふりかえる人びとが住んでいる。病苦のおかげでみんな、そうせざるをえんのでなア。 ワシらの生活には仮面をぬいで、自分の素顔とみきあおうとする時はそうざらにない。いや、ひょっとすると、素顔をみることが怖(おそろ)しいのかもしれんなア。ーーー(樋口清之編:生活歳時記、p.328、遠藤周作(1923~1996,作家)、素顔を見つめる、ぐうたら生活入門、三宝出版、より)

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