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2011年6月17日 (金)

イネ(稲)にまつわる歴史伝承、イネの起源、分類と品種、米の栄養成分、イネの生育と栽培、病虫害、収穫、米の生産と流通、jひゃくまん穀、とは(2011.6.17)

   (いね、イネ科、一年生作物)は、世界では、古くから栽培され、紀元前数千年すでに、インド、中国などで栽培されていました。日本へは、紀元前1世紀ごろ(縄文末期までに)まず北九州に伝えられ、以後次第に東に進み、北上したという。古くから年貢(ねんぐ)や小作料もおもに(こめ)で納められていました。

 は、イネの籾(もみ)から籾殻(もみがら)を除いた果実である玄米、および各種精白米強化米(ビタミンなどの栄養成分を加えた米)の総称です。 みのる(実る、稔る)は、広辞苑には、「稲がみのる」、実るほど頭(あたま)の下がる(頭(こうべ)を垂(た)れる、とも)稲穂(いなほ)かな、その意味は、学識(がくしき、学問や物事を正しく判断、評価する力)や徳行(とっこう、人のふみ行うべき道にかなったよい行い)が深まると、その人柄態度が謙虚(けんきょ、ひかえめで素直なこと)になることにたとえる、とあります。

○ 起源

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世界のお米の分布ジャポニカ種、ジャバニカ種、インデイカ種、google画像) 世界のお米の分布(ミツハシ・丸紅ライス(株)、東京): http://www.mmrice.jp/info/knowledge.html

(解説) インドから東南アジアの熱帯地方には、20数種のイネ属の野生種自生しています。イネの起源については、1種の野生種より生じたとする単元説と、2種以上の交雑を経て栽培イネになったとする多元説があります。 サチバ種は東南アジア起源で、現在、世界各地の熱帯、温帯で栽培されています。サチバ種には、籾(もみ)の丸くて短い日本型(ジャポニカ種)、細長いインド型(ジャバニカ種)、大粒のジャワ型(インデイカ種)の3亜種があります。また、グラベリマ種はアフリカ起源で、現在はアフリカの一部でわずかに栽培されています。

 細胞遺伝学的には、オリザ、サチバ、フォルマ、スポンタネア以外は、栽培イネに直接関係しないと言われています。イネ栽培の発祥地は現在のところ、東南アジアの熱帯から亜熱帯説が最も有力です。そこから、東アジア、西アジア、地中海沿岸、17世紀に新大陸に伝わったという。

 分類と品種

イネの品種は非常に多く、外米といわれ米粒が大形で細長く砕けやすいインド型と、丸く砕けにくくて粘りのある日本型に大別され、各々澱粉(でんぷん)の性質によってうるち)ともち、餅とも)があります。水の要求量により、水稲陸稲とがありますが、植物学的には同一です。

 また、成熟(せいじゅく、十分に実ること)が遅いか速いかによって、早稲(わせ、早生とも)、中稲(なかて、中手とも)、晩稲(おくて、晩生)があります。現在日本では、水稲日本型うるち米が全収穫量のほとんどを占めています。明治以後、品種改良により多くの品種が作られ、栽培限界が急速に北上し、北海道での栽培が可能となりました。現在は1000品種以上あります。 

 現在、作付け日本一はコシヒカリですが、ササニシキ、日本晴、あきたこまち、ひとめぼれなども人気が高い品種です。水稲の品種開発、2008年(平成20)年3月(農林水産省): http://www.komenet.jp/

○ 栄養成分 

日本産、うるち)米の各種栄養成分の含量は、ふつう玄米(カッコ内は白米)100g中、水分は15.5(15.5)g、糖質72.5(76.6)g、タンパク質7.4(6.2)g、脂質2.3(0.8)g、リン0.3(0.15)g、カルシウム10(6)mg、1.1(0.4)mg、ビタミンB1 0.36(0.09)mg、B2 0.1(0.03)mg、ニコチン酸4.5(1.4)mg、などです。精白度が高くなるにつれて糖質以外の栄養素は少なくなります。糯(もち)米は粳(うるち)米と比べて各栄養素の含有率はほぼ同じですが、形態上は一般に糯(もち)米のほうが透明度が低いです。

○ 生育と栽培

 イネ(稲)の栽培(稲作)は、北緯50°から南緯35°で行われ、大部分は東南アジアが主産地で、生産、消費されますが、米国、ブラジル、イタリア、メキシコ、スペインその他アジア以外でも生産されています。直接本田に種子をまく直播(じきまき)栽培は、一貫した機械化が可能で米国などでは広く行われていますが、日本では陸稲を除けば、非常に部分的です。

 日本では、イネの栽培(稲作)はほとんど水田で営まれ、細分化した耕地に多量の労働力と肥料を要しましたが、第2次大戦後は、土地改良、品種改良、農薬の普及、技術改善、機械の導入などで稲作投下の労働量はかなり減少しています。

〇 くらべてみよう昔といまのコメ作り

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くらべてみよう昔といまのコメ作り(農林水産省):http://www.maff.go.jp/j/agri_school/a_kome/

(解説) 日本の場合、水稲では一般に苗代(なわしろ)に種子をまき、約40日後に田植をします。田植に先立ち本田耕起(こうき、水田を耕す)、代掻(しろかき、牛や馬が引きずるくわ、トラックターなどで水田の土をかきならす)を行います。なお従来は田植後数回、中耕除草が行われましたが、除草剤の進歩と中耕の効果が疑問視されたため、今日ではほとんど行われていません。最近では、田植機により苗を植えると同時に肥料もまけるようになっています。

 イネ(稲)は基部で多数にに分かれ(分けつ)束生し、1メートル内外に生長します。草丈は、改良種では1mを超えず、茎の内部は中空で数個の節があります。は長線形で、葉身と葉鞘(ようしょう、葉の下部が鞘、さや、状)とからなり互生(ごせい、葉が交互に一枚ずつ方向を異にしていること)します。

  田植後約30日での生長点が分化し、葉鞘(ようしょう)に包まれた初穂ができ、さらに約30日後に出穂(しゅっすい)します。出穂前25日くらいに硫安などの窒素肥料を追肥します。には100個内外の小花がつき、雄しべ6本、雌しべ1本、柱頭は羽毛状で二つに分かれます。出穂当日または翌日、午前中に開花、自家受粉し、種子は開花後30~40日、秋に完熟(かんじゅく)します。

○ 病虫害

イネ(稲)の病気の大部分は糸状菌の寄生によるものです。いもち病、萎縮病(いしゅくびょう)、菌核病(きんかくびょう)など数十種が知られているが、特に全国的に被害の大きいのは、いもち病である。これらの病気に対しては、抵抗性の強い品種の選択、適切な農薬による防除、ウンカ類などの媒介昆虫の駆除が必要です。イネ(稲)の害虫は、特に被害の大きいニカメイチュウ、サンカメイチュウ、ウンカ類のほか、イネドロオイムシ、イネハモグリバエ、イネカメムシ、イネヨトウなど120種以上が知られています。いずれも適当な殺虫剤により駆除が可能です。

○ 収穫

日本では1970年現在、水稲陸稲の合計で作付面積は約292万ヘクタール、収穫量は約1269万トンです。作付面積の約97%は水稲で、刈り取りは従来の鎌(かま)によるものから、人力、動力刈取機へと進歩し、米国で行われているコンバイン(刈取りと脱穀)も導入されつつありました。刈った穂は束にして稲掛に掛けえ乾燥し、脱穀後、籾摺(もみすり)機にかけて玄米にし、出荷や貯蔵するのが普通でした。

 最近は、コンバイン(稲刈り、籾の乾燥、籾殻を取り除き玄米とする)を使う農家がほとんどで、さらにカントリーエレベーター(大型乾燥機と温度と湿度を管理した貯蔵庫のサイロタワーをエレベーターでつないだ大型倉庫)という施設に、乾燥から出荷(籾をすり玄米にして全国各地に送る)までをまかせる農家が増えています。

 なお中国南部などでは同一の田で年2回イネを栽培、収穫します。これを二期作といいます。日本では一毛作にせよ二毛作にせよ、年1回栽培、収穫するのが普通ですが、四国南部高知では二期作が行われています。 

○ 生産と流通

 米(こめ)は、古くは「晴」の日の食物に用いられ、主食として普遍化したのは比較的に新しい。明治以後、主食品中に占める割合が高くなり、現在の食生活変貌(へんぼう)の過程にもなお第1位の主食です。しかし、酒、みそ、醤油、菓子などの原料としての消費も増加しています。

 1968年の世界総生産量は28351万トン(籾、もみ)、日本の輸出量は小麦に比して少なく約700万トン(精米)で、この頃はタイ、ビルマ、米国、アラブ連合大輸出国でした。日本は耕地面積328万ヘクタール、生産量1877万トン(籾、もみ)、輸入量は27万トン(精米)でした。1969年(昭和44年)、流通に政府が関与しない自主流通米の制度が導入され、1992年(平成4年)、食糧管理制度撤廃されました。そして、1993年(平成5年)、ウルグアイ・ラウンド交渉で、米の市場開放が決まり、農民は、休耕や他の農作物への転換を余儀なくされました。農林水産省(参考になるホームページ、イネ・コメ・田んぼ含む): http://www.maff.go.jp/j/agri_school/a_zyoho/sanko.html#01

  現在、世界米生産量は、中国(31%)が最大で、以下、インド(22%)、インドネシア(9%)、バングラデシュ(7%)、ベトナム(5%)、タイ(4%)、ミャンマー(ビルマ、2%)、フィリピン(2%)、ブラジル(1.9%)、日本(1.7%)、米国(1.7%)、パキスタン(1.4%)などの順となっています。 世界米生産量(NOCS!公式サイト、USDA,米農務省、2010年8月発表資料) : http://nocs.myvnc.com/study/geo/rice.htm

 私が小学生の戦後まもなくの頃は、郷里(引野、松島、のち上板、德島)の自宅近くの東、西北の畑では陸稲、大麦、小麦、粟(あわ)、タカキビ、コキビ、トウモロコシ(ナンバ)のほか、サトウキビ、サツマイモ、サトイモ、ジャガイモ、タマネギ、ネブカ、ワケギ、ラッキョウ、大根、カブラ、白菜、キャベツ(玉菜)、菜の花(アブラナ、ナタネ)、ゴマ、フキ、ゴボウ、ニンジン、コンニャク玉、ホウレンソウ、春菊(シュンギク)、アカジソ、アオジソ、ニラ、パセリ、落花生(ソコマメ)、カボチャ、大豆、ソラマメ、エンドウ、アズキ、ササゲ、インゲンマメ、枝豆(アゼマメ)、ショウガ、ミョウガ、トウガラシ、ピーマン、トマト、キュウリ、スイカ、キンウリ、マクワウリ、カンピョウ、クサイチゴ(フウユウ柿の木の下の周辺)、ウド、タバコ、ワタ(綿花)、桑、茶、柿、桃、など、近くの西の田畑では水稲と大麦の二毛作、遠くの南の田では湿地であり水稲のみを栽培していました。梅雨前の4~5月頃、水田で綱(つな)を張り、長方形の木枠(きわく)などを使い、手で苗を植えていました。が、しばしば水田のヒル(蛭)が足に吸いつき、取り除くと真っ赤に出血したことがありました。

 また、田の草を手で、あるいは手押しの草取り機、八反ずり(田すりとも)などで取り除き、水の管理(溜池と用水、野井戸、バケツつき鎖の滑車、ポンプつき発動機など)、稲刈り、ハデかけ(乾燥)、リヤカーによる稲束の自宅の庭への運搬などの手伝いをしました。米と麦の最終の脱穀作業は、農協から借りた機械(井関農機、松山、愛媛など)を使い、順番に各家を回り、地域ごと(隣組)の協同作業で行われていました。作業後、自宅周辺の黄色に熟して甘い大きなタナカビワ、小ビワなどみんなで一緒に食べていたのを覚えています。

 春先、田んぼには、田起こし前に、緑肥として、レンゲ(蓮華)が植えられていて、きれいな赤紫の花が咲いていたのを覚えています。また、家の近くの水田には、よく鯉(こい)を放して(草取り?)いました。が、台風の頃には田の水があふれ、かなりの鯉がいなくなっていました。大きくなった赤鯉(あかごい)は自宅の井戸に放し飼いしていました。その頃は、水田のタニシ(田螺)をバケツに一杯になるほど取り、甘辛く煮て食たのが懐かしく思い出されます。

(参考文献) 下中邦彦: 小百科事典、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑、岩波書店(1991).

(追加資料)

〇 ひゃくまん穀(ごく) 石川県産米新品種 開発9年 食味よく大粒

ひゃくまん穀(石川県オリジナル米品種、石川県):http://www.pref.ishikawa.lg.jp/nousan/hyakumangoku/index.html

ひゃくまん穀(ウィキペディア): https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%82%83%E3%81%8F%E3%81%BE%E3%82%93%E7%A9%80

 石川県が9年かけて開発した米の新品種の名称が、2017年(平成29年)3月29日、「ひゃくまん穀(ごく)」に決まった。名称に寄せられた9516通の中から決まった。県産の米であることがわかりやすい点が重視された。谷本正憲知事は「江戸時代はお米が加賀百万石を支えた。その歴史を現代に生かす名前」と評価した。

 県生産流通課によると、ひゃくまん穀はコシヒカリより粒が大きく、粘り強い食感が特徴だ。冷めてもおいしさが保たれ、おにぎりや弁当にも向くという。栽培では茎が固く倒れにくいほか、収穫がコシヒカリより2週間ほど遅く、時期が重ならない利点がある。 県産米の新品種は2003年の「ゆめみづほ」以来となる。(朝日新聞、2017.3.30)

 

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