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2011年7月25日 (月)

洒落(しゃれ、言葉遊び)、地口(じぐち)、秀句(しゅうく)、語呂合(ごろあわせ)、記憶和歌(語呂合の便利な文句)、謎(なぞ)、都々逸(どどいつ)、漫才(まんざい)、段駄羅(だんだら)、方言、とは(2011.7.25)

   洒落(しゃれ)とは、座興にいう気のきいた文句です。日本人にとっては文芸であり、ユーモアを解し、風流を嗜(たしな)む国民性の特徴でもあるという。言葉の洒落(しゃれ)には、地口(じぐち)、秀句(しゅうく、こせごと、かすりとも)、語呂合(ごろあわせ、もじり、語路とも)などがあります。また、人々は昔から、日常生活のちょっとしたことを覚えるのに、記憶和歌(きおくわか、語呂合、ごろあわせ)などを作りました。

 また、言葉遊びには、(なぞ)として、頓智謎解き(とんちなぞとき)、寄席(よせ)での謎解きのほか、都々逸(どどいつ)、漫才(まんざい)などの遊びもあります。

○ 地口(じぐち)

 地口(じぐち)とは、俚諺(りげん)・俗語(ぞくご)などに同音または声音の似通った別の語をあてて、意味の違った文句を作る洒落(しゃれ)です。

舌切り雀」では、「着た切り雀

年の若いのに白髪が見える」では、「沖の暗いのに白帆が見える

 江戸時代、京保年間(1716~1736)にはじめて発生、掛行灯(かけあんどん)に地口の文句を記し、戯画を描き加えたものを地口行灯(じぐちあんどん)といい、神社の祭礼の際などに参道に掛け並べられました。

○ 秀句(しゅうく、こせごととも)

 秀句(しゅうく)とは、本来は優れた詩歌の句を意味しましたが、和歌では巧みな表現、すなわち縁語や掛詞(かけことば)による技巧的表現をさすようになりました。その後、言語遊技の技巧上の顛末を表現するために、こせごと、と呼ぶようになりました。巧みに言いかけたしゃれ句、かるくち、すく、狂、ともいう。

 「高野山 谷の蛍も ひじり哉(かな)」では、ひじり火尻の言掛けです。

 「四方(よも)に春 きたぞ みな見よ 西東」では、きた来たみな見よ皆見よの言掛けです。

(俳諧作法書、毛吹草、1638年(寛永15年)より) 

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御室桜(おむろざくら、お多福桜とも、仁和寺、真言宗、御室、右京区、京都、google画像) 仁和寺(にんなじ、右京区、京都、Wikipedia): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%81%E5%92%8C%E5%AF%BA

(解説) 私は、京都大学大学院(理学研究科化学専攻)の学生であった1965年(昭和40年)の頃、京都の御室仁和寺(おむろにんなじ)を訪れ、境内で「私しゃ お多福 御室(おむろ)の桜 はなは 低うとも 人は好く」、という句の立て札を見つけ、ほとんどの桜の木の高さが人の背丈ほどしかないので、なるほど! と感嘆したことがあります。この句では、はなの言掛けです

 また、1969年(昭和44年)4月、金沢大学(理学部化学科)に助手として勤務し、1975年(昭和50年)1月、アリゾナ大学(ツーソン、アリゾナ、U.S.A.)のリベラルアーツ(化学科)のH.Freiser(ヘンリー・フライザー)教授の下に博士研究員として留学することになった頃、同郷(德島)で何かとお世話になっていた金沢大学理学部(生物学科)の里見信生講師から、縁起担ぎの小さな蛙(かえる)のお守りをいただいたことがあります。 これは、「無事に日本にかえることを祈っている」ということで、かえる(カエル)と帰るの言掛けです。 アリゾナ大学(化学科、ツーソン、アリゾナ、米国):http://parking.arizona.edu/parkingmap/index.php?revNum=1&accordIndex=0&startMap=Building&mapLines=&mapOLays=&mapMIDs=41&mapZoom=15&mapLat=32.230736&mapLng=-110.951571.                         

○ 語呂合(ごろあわせ、もじり、語路とも)

 語呂合(ごろあわせ、語路合せとも)は、江戸時代、天明年間(1781~1789)に発生、江戸で流行しました。蜀山人(しょくさんじん、1749~1823)は、「天明の頃、地口変じて語路といふものとなれり。語路とは、ことばつづきによりて、さもなき言のそれときこゆるなり」と述べています。(仮名世説、1825年(文政8年)より)

 「田舎侍 茶店にあぐら」では、「死なざやむまい 三味線枕

 「水汲む親父 秋の夕暮れ」では、「いずくも同じ 秋の夕暮れ

○ 記憶和歌(きおくわか、語呂合の便利な文句

 漢字(区別) 

 漢字の記憶に便利な歌では、「」、「」、「」の区別は、「キ・コの声 オノレ・ツチノト下につく、 イ・スデは なかばに シ・ミはみなつく」とか「ミ・シは上、 ヤム・イはスデになかばノミ、 オノレ・ツチノト・コ・キ下につく」。「」、「」、「」、「」、「」の区別は、「言うは誰、金は錐(きり)なり、手にて推(お)す、木は椎(しい)なるぞ、 禾(のぎ)は稚(おさな)し」 また、「」、「」、「」、「」の区別は、「木は栽(うえ)る、衣裁(た)つなり、異なるは、戴(いただ)くなり、車載(の)すなり

単位(換算)

 マイルでは、「陸でいうマイルは二七十四、四十五と一にこそ」

 華氏では、「摂氏(せっし)に九をかけ それを五にて割り、三十二足せば 華氏(かし)の度となる」

年月(大小)

 一年の日数月の大小を覚えるために、「一年は 三百六十五日間 五時間と四十八分四十六秒」。「一三五、七八十や十二月、は二四六九(にしむく、西向く)十一(さむらい)と知れ」。 この歌(にしむく さむらい)は、子供の頃、母親から教えてもらったことを覚えています。

数値(換算)

 √2=1.41421356、「ひとよ ひとよに ひとみごろ

 √3=1・7320508、「ひとなみに おごれや人並みに 奢れや)

 √5=2.2360679、「ふじさんろく おうむなく富士山麓 オウム鳴く)」

 π=3.14159265、「さんいし いこくに むこう産医師 異国に 向こう)」

年号(歴史)

 平安遷都 794年、なくよ うぐいす へいあんきょう(鳴くよ 鶯 平安京) 

 鎌倉幕府 1192年、いいくに つくろう(いい国 作ろう

 応仁の乱 1467年、ひとのよ むなしい おうにんのらん(人の世 空しい 応仁の乱)  

化学(炎色反応、周期律) 

 炎色反応 Li Na K Cu Sr Ba については、「リアカ(Li、 赤) ナキ(Na 、黄) ケイムラ(K、 紫) ドウセ(Cu、 青) カリルト スレモ クレナイ(Sr、 紅) バリョク(Ba、 緑)、リアカー なき けい村 どうせ 借りると するも くれない  ばりょく)」

 周期律(元素の原子番号順、1~20番) H He Li Be B  C  N  O  F Ne  Na Mg Al Si P S Cl Ar K Ca (1~20番) については、「スイ(水、H)ヘイ(兵、He)ノ  り(離、Li)ベツ(別、Be)カ ホカノ(他の、B、C、N、O) フネ(船、F、Ne)ガキタ(水兵の 離別か 他の 船が来た)。 ナマエアル(名前ある、Na、Mg、Al) シリニ(尻に、Si、P) イオウカ(硫黄か、S) クロアリカ(黒蟻か、Cl、Ar、K) カユシ(痒し、Ca) (名前ある 尻に 硫黄か 黒蟻か 痒し)」

 私が中学校、高等学校の生徒のとき、いつの頃からか覚えた、記憶に残るいくつかの記憶和歌(きおくわか、語呂合の便利な文句)などがあり、時折思い出して、今も使っていますが、とても便利です。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑、岩波書店(1991); 樋口清之監修: 生活歳時記、p.95、便利な記憶和歌、p.297、都々逸の起源、三宝出版(1994); 鈴木棠三: ことば遊び、講談社(2009).

(参考資料) 地口(じぐち、言葉遊び、フリー百科事典、ウイキペデイア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E5%8F%A3

語呂合せ(ごろあわせ、記憶術、フリー百科事典、ウイキペデイア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%9E%E5%91%82%E5%90%88%E3%82%8F%E3%81%9B

(追加説明)  言葉遊びには、(なぞ)として、頓智謎解き(とんちなぞとき)、寄席(よせ)での謎解きのほか、都々逸(どどいつ)、漫才(まんざい)などの遊びもあります。

○ 頓智謎解き(とんちなぞとき)、寄席(よせ)での謎解きは、 1814年(文化11年)10月頃、江戸、浅草観音の境内に小屋掛けし、頓智謎の看板を掲げて興行を始めた謎解き坊、春雪(しゅんせつ、はるゆきとも、たやすく解ける意!、生没未詳、盲人)と名のる座頭は、一席16文で、客からカケの言葉を出題させて解いていたという。 はげあたま とかけて  おとし味噌 ととく 心は すらずとよい(我衣より)、 十六七の娘 とかけて 繁盛な店 ととく 心は もうけがあろう(豊芥子日記より)

 1817年(文化13年)、三笑亭可楽(さんしょうていからく、1777~1833)は、春雪(しゅんせつ)が江戸を去った年の冬頃から謎解きをはじめたという。 可楽のなぞ とかけて けいせいの帯び ととく 心は かけてからとく(板行 可楽なぞ、表紙より) 

 可楽(からく)に次いで、都々逸坊扇歌(どどいつぼうせんか、1804?~1852、常陸、のち茨城)も寄席で謎解きを演じたという。都々逸を歌い、客が掛ける謎にそのまま節をつけて解いて聞かせました。大阪にも巡業しましたが、天王寺の塔という題が出た時、三味線に合わせて、天王寺の塔 とかけては ハエハエ、 虎屋の饅頭 ととく わいなわいな、 とうで五じゅうじゃ ないかいな、 とやりました。 

○ 都々逸(どどいつ)は、俗曲の一種、最も代表的な座敷歌で、典型的な近世歌謡曲、7・7・7・5型をもっています。19世紀はじめ名古屋(熱田の宮の私娼街)で起こり、天保年間(1830~1844)に都々逸坊扇歌江戸の寄席で、新しい曲風で歌って以来普及しました。「そいつはどいつじゃ」の囃子詞(はやしことば)が曲名となりました。 

 世間では、私娼女(ししょうめ、飯盛女とも)を「おかめ」といって軽蔑しましたが、ここに集まってきた遊治郎の間に、「おかめ買うやつあ 頭で知れる。 油付けずの二枚折」という唄が唄い出され、神戸節、名古屋節の名で諸国に伝わりました。しかもこの唄の終わりには、「そいつはどいつじゃ、 どどいつどいどい」というおはやしがつきました。それで、しゃれ好きの連中が、この唄を「どどいつ節」というようになったという。 

 この流行俗謡には、雅言を用いず、主に男女相愛の情を口語をもって作り、ふつう7・7・7・5の4句を重ねます。「潮来(いたこ)」「よしこの節」より化したという。

 潮来節は、江戸後期の流行歌で、潮来(茨城)の舟唄が座敷唄となり、文化・文政年間に大流行しました。元歌は「潮来出島の 真菰(まこも、イネ科の大形多年草)の中に あやめ咲くとや しをらしや」。

 よしこの節は、江戸時代の流行歌で、潮来節の変化したものとされ、囃子詞(はやしことば)「よしこのよしこの」といったからという。内容・形式は都々逸と同系統で、文政の頃から三都に行われ、上方では明治時代まで唄われました。

○ 漫才(まんざい)は、二人(ぼけ・つっこみ)が掛合いで滑稽な話をかわす演芸、またその芸人のことです。関西で、大正中期、万歳(まんざい)が舞台で演じられることから始まり、昭和初年掛合い話が中心となりました。

 万歳(まんざい)は、年の始めに、風折烏帽子(かざおりえぼうし)を戴き、素襖(すおう)を着て、腰鼓を打ち、当年の繁盛を祝い、賀詞を歌って舞い、米銭を請うものです。太夫と才蔵とが連れ立ち、才蔵のいう駄洒落(だじゃれ)を太夫がたしなめるという形式で、滑稽な掛合いを演じます。千秋万歳(せんずまんざい)に始まり、出身地により、大和万歳、三河万歳、尾張万歳、伊予万歳などがあります。漫才はこれらの現代化で、関西に起りました。

○ 江戸時代輪島(能登、石川)の塗職人の間ではやった言葉あそびに「段駄羅(だんだら)」がありました。これは、俳句や川柳と同じ五七五の形式で、真ん中の七の部分に同じ音で二つの意味を持たせ、前半と後半を別の世界でつなげるものです。輪島市が募集した最優秀に、金沢市白菊町、大鋸谷晃子さん(68)の「常識は覆るかな/靴買えるがなヘソクリで」、優秀賞には同市泉野町、吉村雅彦さん(72)の「就職も神頼みする/上田のみする減反で」が選ばれました。(2011年(平成23年)5月28日(土)、北陸中日新聞、朝刊より)

〇 方言きときと

 方言東西横綱は「きのどくな」(ありがとう)と「きときと」(生き生き)。以下、「だら」「ねまる」「やわやわ」など約400語の並ぶ「方言番付」が、富山県内では人気の土産物だ。1枚約100円。2006年から道の駅などで販売され、一昨年は約7500枚が世に出た。

 富山弁について、方言研究家の簑島良二さん(86)は、「交通の難所で、独自の言葉が育った」と分析。「きと」(思いがけなく、急に)を重ねた「きときと」など古来由来と思われるものも多いという。「冬の朝、きんかんなまなま気いつけて」(冬の朝、雪道が凍ってつるつるの状態だから気をつけて)

 鳥取県米子市の夏の風物詩「米子がいな祭」。「がいな」は「大きい」「すごい」を意味する山陰地方の方言で、鳥取人にはおなじみだ。

 島根県出雲市の出雲弁、だんだん」は「ありがとう」を意味する。「ほんにだんだんね」(本当にありがとうね)

(朝日新聞: 方言きときと、400語掲載「番付」人気、富山、きんかんなまなま、がいな、だんだん、2017年(平成29年)2月5日(日)より)

 

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