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2011年9月15日 (木)

埋没林(魚津、富山)、完新世(沖積世、現世とも、地球の温暖な間氷期)、スギ(杉)の原生林の跡、入善(富山)沖の海底林、全国の埋没林(化石林含む)、ホタルイカ、とは(2011.9.15)

   津(うおづ、富山)は、片貝川と早月川の2つの河川にはさまれた扇状地、古くから海上交通の要所で、江戸期には新川(にいかわ)木綿や米の集散地であり、北洋漁業の基地としても発展してきました。

○ 魚津(富山)埋没林

 1930年(昭和5年)、魚津港(富山)の修築工事が開始されると、標高0メートル以下の地中から多数の樹根(じゅこん)が出土し、日本海側の地盤沈降の証拠として注目を集めました。樹痕は樹齢(じゅれい)が数百年を数えるものが、この時の工事だけでも200~300株も出土したと記録されています。

魚津埋没林博物館(ホームページ、魚津、富山):https://www.city.uozu.toyama.jp/nekkolnd/ .

(解説) 約1500~2000年前の温暖化地球の温暖な間氷期、沖積世、完新世!)にともなう海面の上昇などが原因で、海岸近くの森が水没し、片貝川の氾濫(はんらん)など、河川による堆積作用で地中に埋もれたことが判明しています。そこはスギ(杉)の原生林の跡で、出土する大型樹痕はスギ(杉)がほとんどで、根際の直径が3m、推定樹齢が数百年に及ぶ大木もあり、ハンノキ(榛の木)、カシ(樫)、ヤナギ(柳)、サクラ(桜)、トチ(栃)などが確認されています。

 完新世(かんしんせい、沖積世、現世とも)は地質時代名で、第四紀の最後の時期(1万年前~現在)です。1万年前頃に氷期から間氷期に変わり、その後は現在とほぼ同じ気候が続いています。現在の川、湖、海、砂漠などにおいて形成された堆積物で代表される時代で、人類の文化段階では、新石器時代以降に相当します。

 埋没林は、魚津港一帯のおもに波打ち際付近から内陸部の地中に埋蔵されています。埋蔵林が根を張った地盤は現在の海面より低い高さにあり、海面が変動したことを示しています。

 約3000年前の縄文時代の後期末の土器片が樹根の間から採集されており、かっては扇状地の末端にひろがっていた大森林のなかを縄文人たちが狩猟や採集にゆったりと歩いていたと想像されます。樹根のほか、樹幹、種子、花粉、昆虫類などが出土しており、植物は70種以上、昆虫は30種以上が確認されています。

 埋没林を今日まで1500年間ほど保存させたものは、魚津港一帯の豊富で良質な湧水の地下水(河川の伏流水、立山の雪解け水!)で、標高0m以下が常時水浸しになっていたため、腐(くさ)らずに残ったものと考えられています。

 魚津埋没林は、過去における海岸線の変化や当時の植生を知るうえで、貴重であることから、その包蔵地(ほうぞうち)が、1936年(昭和11年)に国の天然記念物に、さらに1955年(昭和30年)には特別天然記念物に指定されました。また、その指定地魚津埋没林博物館の敷地となっており、同館で埋没林の実物を観察することができます。

○ 入善(富山)沖海底林

 1980年(昭和55年)、黒部川の下流の扇状地、入善町(にゅうぜんまち、富山)の吉原(よしはら)沖で、北陸スキンダイビングクラブの人たちによって、海面下20~40mの海底の谷になったところから、多くの樹根(じゅこん、ハンノキ、ヤナギ、ヤマグワ、アオハダ、カエデ、コナラなど)が発見されました。

海底林入善沖、入善町、富山):. https://www.town.nyuzen.toyama.jp/bunka/shisetsu/shizen/o-kaiterin.html

 これは、8000~1万年ほど前、後氷期の海進で水没した海底林で、海底の湧水地点を中心に残存しており、木材の保存が海の中から湧出する地下水(黒部川の伏流水、立山の雪解け水!)と深い関係があることが分かりました。また、富山湾岸の四方沖、神通川河口付近でも同じような埋没林が発見されています。

 全国の埋没林(化石林含む)

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埋没林(まいぼつりん、化石林(かせきりん)含む、全国では約40ヶ所ほど、化石林(かせきりん)は、森林などの樹木が土砂などで埋まり、珪化木となった樹木林のことです、google画像) 

三瓶小豆原埋没林(さんべあずきはらまいぼつりん、三瓶、大日市、島根)http://nature-sanbe.jp/azukihara/(約4000年前の巨大地底林、直立状態で残存する幹の規模が際だっています)

地底の森ミュージアム(ちていのもりみゅうじあむ、仙台市富沢遺跡保存館、宮城県): http://inoues.net/museum/chitei_museum.html(富沢遺跡の埋没林は約2万前のもので、埋没林と旧石器が同時に発見されています)

化石林(かせきりん、桑島、白山市、石川): http://www.google.co.jp/search?hl=ja&rlz=1T4GGIH_jaJP278JP279&q=%E5%8C%96%E7%9F%B3%E6%9E%97%E3%80%80%E6%89%8B%E5%8F%96%E5%B7%9D&um=1&ie=UTF-8&tbm=isch&source=og&sa=N&tab=wi&biw=1024&bih=584(約1億5000万年以前の手取川流域の日本最古の珪化木産地、天然記念物となっています). 手取川流域の珪化木産地(文化財選集、文化庁):http://www.weblio.jp/content/%E6%89%8B%E5%8F%96%E5%B7%9D%E6%B5%81%E5%9F%9F%E3%81%AE%E7%8F%AA%E5%8C%96%E6%9C%A8%E7%94%A3%E5%9C%B0.

松任沖海底林(まっとうおきかいていりん、白山市、石川): http://www.city.hakusan.lg.jp/kyouiku/bunkazaihogo/contents_list/bunkazaitoppu/mishiteibunkazai/mattookikaiteirin.html(約8000年前のハンノキの株根です)

化石林公園(かせきりんこうえん、美濃加茂市、岐阜):http://www.h3.dion.ne.jp/~masaken/ootabasisyoukai.htm.(木曽川太田橋周辺では、中村累層中部地層から約1900万年前の珪化木が400本以上発見され、公園となっています)

化石林(かせきりん、甲西町、滋賀): 野洲川の河川敷では、約260万年まえの古琵琶湖層群から、立ち木の化石林が発見されています。

埋没林(画像、google画像検索): http://www.google.co.jp/search?q=%E5%9F%8B%E6%B2%A1%E6%9E%97&hl=ja&rlz=1T4GGIH_jaJP278JP279&prmd=ivns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=geltTqOCMaPumAW_-sj_Dw&ved=0CDsQsAQ&biw=1024&bih=584.

 私は、これまでに、魚津埋没林博物館を何回か訪れる機会があり、埋没林を直接目にしましたが、いつもながら巨大な埋没林の樹根には驚かされました。また、立山の雪解け水が富山湾の水中からも湧き出しており、埋没林はその湧き水に守られ腐らず埋まっていたとのこと、自然の神秘を実感しました。

 また、私は、手取川流域の珪化木産地(石川郡白峰村桑島、のち石川県白山市女原)の化石壁下の手取川の河原に、手取ダム(ロックフィル型、着工/竣工、1969~1979年)の工事中に、マイカー(ファミリア1500CC)で何度か訪れたことがあり、そこで珪化木とかシダの化石を拾ったことがあります。

 ここは、多くの生物の化石(哺乳類のハクサノドン・アルカエウスの歯の形が残った下顎の骨、ヘビに似た姿の爬虫類「カガナイアス・ハクサンエンシス」の背骨や骨盤、古代動物「モンチリクタス・クワジマエンシス」の歯など)が出土する世界的な化石産地となっています。(北陸中日新聞(冨田章午):太古へ誘う桑島の化石、白山恐竜パーク、新種紹介の企画展、2017年(平成29年)8月13日(日)より)

桑島化石壁(桑島、白峰、石川郡、のち白山市、石川): http://www.pref.ishikawa.lg.jp/hakusan/publish/sizen/sizen30.html.

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第4版)、岩波書店(1991); 富山歴史県歴史散歩研究会編(高井進 編集委員長): 富山県の歴史散歩(新版)、山川出版(1995); 魚津市教育委員会編(教育長 長島潔): 魚津の文化財、魚津教育委員会(2006).

(追加説明) ○ 埋没(まいぼつ)とは、広辞苑によれば、埋もれかくれること。埋もれて見えなくなること。

 埋没谷(まいぼつこく)は、平野の地下にある、沖積層(ちゅうせきそう)で埋めたてられた過去の谷です。もとは海面低下期に陸上で作られたもので、海面上昇により海面下に溺(おぼ)れ、その後沖積層(ちゅうせきそう)が堆積して平野となった、とあります。

 また、沖積層(ちゅうせきそう)については、①沖積世(ちゅうせきせい、完新世、沖積統とも、多くの沖積平野(ちゅうせきへいや、流水の堆積作用によって川筋に生じた平野)が形成された時代であるために、この名が生まれた。)に生成した地層、すなわち地質学上の最新の地層。 ②最後の氷河の最低温期(約2万年前)以後に、台地を刻む谷を埋めて堆積したやわらかで水を含んだ粘土、泥炭など、とあります。

○ 埋没土(まいぼつど)とは、新しい堆積物(飛砂、火山灰、氾濫(はんらん)土砂、山くずれ、地すべり堆積物、斜面堆積物、レス(黄土、おうど)、氷河堆積物、溶岩流など)に埋没した土壌です。土壌層位を完全または不完全に保存しますが、古土壌とは限りません。

○ 氷河時代(ひょうがじだい)とは、地球上の気候が非常に寒冷となる氷期(氷河時代の中で、地球上の気候が寒冷で、大陸の広範囲に氷床が拡大、前進する時期。最近の氷河時代である第四紀には、数十回の氷期があった)と、現在のような温暖な間氷期(氷河時代において、一時気候がやや温暖となり、氷河が高緯度地方まで後退した時期)とが何万年かの周期で繰り返される時代です。先カンブリア時代から現在までに少なくとも3度氷河時代が訪れました。最近の氷河時代は第四紀で、大陸上に氷床が急速に発達したり急速に衰退したりするのが特徴です。

○ 完新世(かんしんせい、沖積世、現世とも)は地質時代名で、第四紀の最後の時期です。洪積世の氷河が溶け去った後の時代で、現在に至っています。現在の川、湖、海、砂漠などにおいて形成された堆積物で代表される時代で、気候的条件派ほぼ現在と同様です。人類の文化段階では、新石器時代以降に相当しています。

○ ホタルイカ群遊海面(富山市水橋より魚津市にいたる海面、富山県)は、1922年(大正11年)、天然記念物に、さらに、1952年(昭和27年)3月29日、国の特別記念物に指定されました。 毎年、3月から6月上旬にかけて、産卵のために、ホタルイカのメスの親の大群が富山湾の沿岸、沖合い約1.3kmに押し寄せてきて、青色の神秘的な光を放ちます。 

 ホタルイカ(蛍烏賊)は、ホタルのように光を発するイカです。胴の長さは7cmくらい。オホーツク海および北海道、本州、朝鮮東岸の深いところにすんでいます。4~5月、産卵のために浅いところに集まってきます。富山湾の魚津と滑川付近の沖合に群集するホタルイカは有名です。発光するさまが見事なことから特別天然記念物に指定されています。市販のものは熱湯に一度通されているので、さっと湯をくぐらせるだけで調理できます。よく冷やして、カラシ酢味噌であえると非常にうまい。また、甘辛煮にすると、弁当などのおかずにピッタリ合います。吸い物にしても美味です。

 

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