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2011年9月19日 (月)

金山穆詔(かなやまぼくしょう、もと高野山真言宗管長、金剛峯寺座主、大山、富山)、真宗王国、北陸地方の真言宗の偉大なる学僧、求道者、とは(2011.9.19)

   江戸時代のはじめ、金沢城の鉛瓦(なまりがわら)は、大山地区(富山)の長棟(ながと)、松倉(まつくら)、亀谷(かめがい)鉱山で産出したが使用されていたという。 

 そこで、私は、2006年(平成18年)8月4日(金)、大山地区にある長棟(ながと)鉛山と共に「越中七金山(えっちゅうななかなやま)」と呼ばれていた、松倉(まつくら)、亀谷(かめがい)、虎谷(とらたに)、川原波(かわらなみ)などの鉱山について調べるため、はじめて、マイカー(ファミリア1500CC)で、富山市大山歴史民俗資料館(亀谷、富山)を訪れました。 富山市大山歴史民俗資料館(ホームページ、亀谷、富山市、富山県): http://www.city.toyama.toyama.jp/kyoikuiinkai/ooyamakyouiku/rekishiminzokushiryo.html.

 その時、金山穆詔(かなやまぼくしょう、1876~1958)は、富山市大山地区生まれで、真言宗の偉大なる学僧、求道者、もと高野山金剛峯寺館長であったことを知り驚きました。北陸地方は浄土真宗の信者が多い真宗王国ですので、改めて、真言宗の高僧の秘められた人生、人物像などについて調べてみました。

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金山穆詔(かなやまぼくしょう、1876~1958、文珠寺高野山真言宗、大山、富山、google画像)

(解説) 金山穆詔(かなやまぼくしょう、1876~1958)は、富山県上新川郡大山村(旧大山町文殊寺)に金山忠吉の次男として出生、12才で大岩山日石寺真言密宗大本山、大岩、上市町、中新川郡、富山)に入門、大岩山(日石寺)春山一覚師の範子となり、13才で得度、僧名法龍となっておられます。

 高野山大学に2度学び、1905年(明治38年)、30才で高野山大学教授に就任、50年に及ぶ学究生活で真言密教の一代権威と言われました。1940年(昭和15年、65才)~1945年(昭和20年、70才)高野山大学学長の重責を果し、大学の独立を守りました。真言宗の理論を極め修行でも並ぶものがなく、1953年(昭和28年、78才)高野山真言宗管長、金剛峯寺座主に就任しました。

金山穆韶は、1924年(大正13年、49才)夏、四国霊場、21番札所、大龍寺(阿波、德島)で、空海(弘法大師)が修行したという「求問持法」の行に入りました。猛暑の中、7月12日から満願(まんがん)の8月30日までの50日間、お堂にこもったきりで、毎朝2時に起きて「虚空蔵菩薩」という仏様の名前を百万遍も称えつづけて、教えの真意を悟(さとる)行を、無事終えることができました。  また、「八千枚護摩法」という修行も生涯に3回、 1929年(昭和4年、54才)、1940年(昭和15年、65才)、1945年(昭和20年、70才)、積んだという。この修行は21日間毎日3回づつ不動明王の前で火をたいてお祈りする儀式で、その後、7日間の断食と護摩が加わる難行中の難行でした。 

 高野山では1913年(大正2年、38才)から1934年(昭和9年、59才)までの21年間、一日も欠かすことなく弘法大師の御廟(ごびょう)へ参拝され、生仏一体の境地に達されたという。1958年(昭和33年)6月11日、高野山天徳院で遷化(せんげ、83才)されましたが、一生涯肉食妻帯せず、行学(ぎょうがく)兼備、持戒(じかい)堅固の高徳(こうとく)であった。

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空海弘法大師真言宗、密教修験道 ): http://www.cnet-ga.ne.jp/kenta/mitsu/shingon.html

○ 空海弘法大師)の仏道修行と霊場の謎、大龍嶽(21番札所、大龍寺、德島)、御厨人窟(24番札所、最御崎寺、高知)、高野山(奥の院、金剛峯寺、和歌山)、四国遍路の歴史、とは(2009.6.15); http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-b794-2.html

 私は、2001年(平成13年)8月頃、四国霊場、21番札所、大龍寺(大龍嶽、阿波、德島)を訪れたことがあります。マイカー(ファミリア1500CC)、ロープウエイにより、弟(悟)と二人で大龍寺を参拝した後、さらに大龍嶽の頂近くまで歩いて登ったところ、渓谷に向かって修行している空海の坐像が目につき、強く印象に残っています。

(参考文献) 富山歴史県歴史散歩研究会編(高井進 編集委員長): 富山県の歴史散歩(新版)、山川出版(1995); 前田英雄、藤田雅人、小松博幸編、著: 大山の先人を偲ぶ-大山歴史民俗資料のあらまし、富山市大山歴史民俗資料館(2005).

(参考資料) 企画展「金山穆詔師遺徳展」リスト(金山前官様の思いで、天徳院にて、伊藤弘子(75才)、年表、出陳品目、1991年(平成3年)12月13日~25日): http://www.reihokan.or.jp/tenrankai/exhibition/kikaku/kanayama.htm.

文珠寺(金城山宝珠院、高野山真言宗、上市町、富山): http://ww2.ctt.ne.jp/~houjuin/jin_cheng_shan_bao_shou_yuan/HOME.html.

大岩山日石寺(真言密宗大本山、上市町、富山):http://ooiwasan.com/home.html.

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