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2011年9月 3日 (土)

木村栄(きむらひさし、天文学者、石川)、金沢ふるさと偉人館、極運動(地球の自転軸の変動)によらない緯度の変化(Z項)の発見、とは(2011.9.3)

   金沢ふるさと偉人館は、1993年(平成5年)に高峰譲吉(たかみねじょうきち、1854~1922、タカジアスターゼの創製、アドレナリンの発見、化学者、企業家、高岡(富山)生まれ)、三宅雪嶺(みやけせつれい、1860~1945、哲学者、評論家、金沢生まれ)、木村栄(きむらひさし、1870~1943、天文学者、Z項を発見、金沢生まれ)、藤岡作太郎(ふじおかさくたろう、1870~1910、国文学者、金沢生まれ)、鈴木大拙(すずきだいせつ、1870~1966、仏教学者、金沢生まれ)という5人の偉人を展示して開館しました。 

 現在は、金沢ゆかりの「近代日本を支えた偉人たち」として、さまざまな分野の国際的で国家的な業績をあげた人々を加え、20人の偉人の常設展示を行っています。金沢ふるさと偉人館(ホームページ、下本多町、金沢):http://www.kanazawa-museum.jp/ijin/

 そこで、天文学において、Z項の発見で有名な、第1回文化勲章受章者、金沢ゆかりの偉人、木村栄(きむらひさし、1870~1943、天文学者、石川)について、改めて調べて見ました。

木村栄肖像写真

木村栄(きむらひさし、1870~1943,天文学者、金沢、石川、google画像) 木村栄(きむらひさし、金沢出身の天文学者、学者・医者、いわてゆかりの人々、みずさわ浪漫、奥州市、岩手): http://www.bing.com/images/search?q=%e6%9c%a8%e6%9d%91%e6%a0%84&view=detail&id=E8398FAE5E9BE91483010B25AE123D30468C9AEF&first=0&qpvt=%e6%9c%a8%e6%9d%91%e6%a0%84&FORM=IDFRIR

(解説) 木村栄(きむらひさし、1870~1943,天文学者、石川)は、金沢生まれ、東大星学科卒、理学博士(Z項論文)。国際共同緯度観測事業の一環として、1899年(明治32年)に新設された岩手県水沢の緯度観測所の所長を、1941年(昭和16年)まで42年間つとめました。 木村記念館(水沢、奥州市、岩手):http://www.iwatabi.net/morioka/ousyuu/kimura.html. 国立天文台水沢(Z項発見にまつわる動画): http://www.miz.nao.ac.jp/content/news/announce/20110805-182

 ところで、地球の緯度変化の大部分は、地球の自転軸の移動(地表で言えば極の移動)によって起こります。1889年(明治22年)、ドイツのキューストナーとアメリカのチャンドラーが、ほとんど同時に、それぞれ違った方法で、地球の自転軸が周期的に変動していることを証明しました。その動きは微小なもので、当時の天体観測器具ではとても実証できませんでした。

 そこで、世界の天文学会の大問題となり、同一緯度(北緯39度8分)に位置する6ヶ所、日本 、ソ連、イタリアでは1ヶ所、アメリカでは3ヶ所、同時に万国共同緯度観測をする事業が実施されました。が、世界の天文学者は緯度変化の理論値と観測値の誤差に大いに悩まされ、なかでも、木村栄の観測値が非常に精度(せいど)が悪いと指摘されました。

 その原因を調べた結果、1902年(明治35年)、木村は極運動(地球の自転軸の変動)に起因しない緯度変化(Z項)があることを発見しました。そして、1902年(明治35年)、緯度変化に関する、ポッダム共同観測所中央局の責任者、カール・アルブレント提出の緯度変化の計算式に、新しい項(Z項、木村項とも)を付加するすることを提唱し、世界的に認められました。 アルブレントは、観測データから地球の極の移動をはじき出すのに、X(エクス)とY(ワイ)の2つの未知数を使って方程式を作っていましが、木村はもう一つ、Z(ゼット)という未知数を方程式に加えなければならないことを指摘しました。

 木村は、Z項発見の時のことを次のように語っています。「何しろあの時は緯度観測といふ日本ではじめての国際事業を引き受けたものですから、私たちには大責任があるわけで、私もあれについては非常に心配しました。或る日、例によって、テニスをやって、そのまゝオフィスへ入ってテーブルの抽斗(ひきだし)をちょっと開けた。その瞬間にドイツの学界から来た書類が見えたのです。それをヒョッと見てゐると、すべての観測の平均の上に1年の週期のものがあるといふことがチラリと見つかった」(科学朝日、創刊第1号、1941年11月号、Z項とメートル法、より)

 ところで、地球の自転軸は、形状軸(南北軸)とは完全に一致せず、一定の周期で形状軸(南北軸)の周囲を移動します。その公式は Δφ = X cos λ + Y sin λ と表されていました。この時、平均北極の位置を原点とし、経度0°(0度、X軸)と西経90°(90度、Y軸)の方向に測った実際の北極の座標を(X, Y)とすれば、西経λ°(ラムダ度)の地点で実測される緯度変化の値、Δφ(デルタ ファイ)は、Δφ = X cos λ(X コサイン ラムダ) + Y sin λ(Y サイン ラムダ)で表されます。

 木村は この式にZを加え、Δφ = X cos λ + Y sin λ + Z と修正して認められました。 木村栄のZ項の書簡(測地学資料の紹介、測地学100年、国立科学博物館): http://research.kahaku.go.jp/rikou/geod100/siryou2.htm. 

 このZ項は、観測地点の気象変化や重力変化に起因する緯度変化の補正値として、各地の観測値の誤差などが正しく説明できるようになり、木村項と呼ばれるようになりました。が、実際の原因の詳細は不明で、Z項発見から70年後に、章動(しょうどう、月や太陽の引力のために地球の自転軸が周期的に動揺する現象)の半年周期項のずれに基づくもので、極運動(地球の自転軸の変動)によらない緯度の1年周期の変動成分であることが若生康二郎(緯度観測所)によって解明されました。もともと章動は地球を剛体と見なして導かれたが,実際の地球は流体核をもつ弾性体であるため,その違いが現れたことが分かりました。地震学によって地球内部の理解が進むまで、さらに歳月を待たねばなりませんでした。現在では、地球深部の謎(地球の中心部の核、その廻りのマントル、核とマントルの相互作用、太陽、月、他天体の影響など)を解明する研究も進められています。

 木村は、その後も25年間、1日も欠かさ緯度の観測を続け、1918年(大正7年)には国際天文学会の緯度変化委員会委員長に就任し、また、1922年(大正11年)~1936年(昭和11年)、岩手県の水沢に置かれた緯度変化の国際中央局の局長を勤めました。1937年(昭和12年)には第1回の文化勲章を受章しました。金沢ふるさと偉人館には、主な展示品として、天頂儀、自筆ノートなどがあります。

私は、金沢ふるさと偉人館が設立されて間もなく、高峰譲吉博士にまつわる講演会と展示会が開催されるということで、はじめてそこを訪れ、その後何回か足を運び、金沢ゆかりの偉人から多くのことを学びました。

(参考文献) 北陸人物誌: 明治編(52)、木村栄、天文学の金字塔、ソロバン片手に、木村「Z項」を発見、読売新聞(昭和39年、1964年、7月10日、朝刊より); 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第4版)、岩波書店(1991): 石川化学教育研究会編; 科学風土記ー加賀・能登のサイエンス-、p.187~188、上乗秀雄、木村栄ー星を見つめてZ項を発見ー、裳華房(1997); 永原慶二監修: 日本史辞典(第1刷)、岩波書店(1999); 金沢ふるさと偉人館パンフレット: 近代日本を支えた偉人たち(2010).

(追加説明) ○ 現在、金沢ふるさと偉人館には、近代日本を支えた20人の偉人を選び、日本近代科学の創始者たちとして、高峰譲吉(1854~1922、化学者、企業家、タカジアスターゼ(コウジ菌のジアスターゼを使った消化不良や胃腸病に効く新薬で、タカは高峰の高からとったもの)、アドレナリン(血圧や止血作用のある副じん皮質ホルモン)の生みの親)、桜井錠二(1858~1939、化学者、日本人最初の化学の教授、桜井・池田沸点測定法の考案)、藤井健次郎(1866~1952、植物形態学、細胞遺伝学の研究に寄与、日本遺伝学の祖)、木村栄(1870~1943、天文学者、Z項を発見)、創造的技術に挑んだ人たちとして、八田與一(1886~1942、土木技師、台湾に東洋一のダムと長大な潅漑水路を完成)、飯盛里安(1886~1982、化学者、わが国の放射化学の育ての親)、

 日本の真と善を見つめた人びととして、小野太三郎(1840~1912、社会福祉活動家)、三宅雪嶺(1860~1945、思想家、評論家)、明治3年(1870年)の奇跡として、藤岡作太郎(1870~1910、国文学者)、西田幾多郎(1870~1945、哲学者)、鈴木大拙(1870~1966、仏教学者)、井上友一(1871~1919、国務官僚、東京府知事)、山本良吉(1871~1942、教育者)、安宅彌吉(1873~1949、総合商社安宅産業の創始者)、美と自然を愛した人びととして、北方心泉(1850~1905、真宗大谷派僧侶)、細野燕台(1872~1961、文人、茶人)、中西梧堂(1895~1934、自然保護者、詩人)、 近代美の巨匠たちとして、松田権六(1896~1986、近代漆芸と伝統工芸の巨匠)、谷口吉郎(1904~1979、日本近代建築の巨匠)、蓮田修吾郞(1915~2010、金属造型作家)という偉人の常設展示をしています。

○ 地球の自転軸が周期的に変動することは、18世紀の数学者オイラーによって理論的に示されていましたが、非常に微小であるために観測されるまでに100年以上かかりました。しかし、1891年(明治24年)チャンドラーが報告した周期はオイラーの予言の305日より長い427日で、理由は地球が剛体ではなく、弾性体であることでした。

 国際測地学協会の条約に基づく国際緯度観測事業(ILS)の観測所として水沢観測所(岩手)は創設されました。幾何学的配置の広がりの必要性から、同一緯度(北緯39度8分)に位置する水沢(日本)、カルロフォルテ(イタリア)、ゲサスバーグ、シンシナティ、ユカイア(米国)、チャルジュイ(ロシア)の6点で観測が開始されました。

 木村栄によるZ項の発見、極運動(地球の自転軸の変動)に起因しない緯度変化については、70年後、若生康二郎(緯度観測所)により、その主な原因は、半年周章動のずれ(地球の中心の流体核の共鳴効果!)であると証明して解決されました。Z項とは(コトバンク、法則の辞典): http://kotobank.jp/word/Z%E9%A0%85

 地球は、1日1回、10年1日のごとく自転しているように見えます。が、細かく見ると、自転速度と自転軸の向きの両方とも変動しています。しかも、その様相は、地球中心核から超高層大気まで、地球の各層の構造やその中での物質の運動を反映し、複雑きわまりないものでした。

 地球歳差(さいさ、月、太陽、惑星の引力の影響で、地球自転軸の方向がすりこぎのように変わる円錐運動)、章動(しょうどう、月や太陽の引力のために地球の自転軸が周期的に動揺する現象)、極運動(地球の自転軸の変動)、自転速度など、地球回転の変化は、地球上の気象や海洋、地震や地殻変動、大陸移動、地球内部の変動(地球の中心核とマントルの相互作用!)などに深くかかわっています。(真鍋盛二(国立天文台水沢観測センター長): 北緯39度8分の100年、Z項からVERA計画まで、科学朝日、p.104~108、1996、3月、より)

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