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2012年3月の6件の記事

2012年3月22日 (木)

地方特産の野菜、加賀野菜(かがやさい、15品目)、ブランド京野菜(きょうやさい、産地)、地産地消(ちさんちしょう)、野菜栽培カレンダー、とは(2012.3.22)

   野菜(やさい)とは、広辞苑によれば、生食または調理して、主に副食用とする草本作物の総称です。食べる部位により、葉菜あるいは葉茎菜、果菜、根菜、花菜に大別されています。芋類(いもるい)や豆類はふつう含めない。青物(あおもの)、蔬菜(そさい)ともいう。

 地方特産野菜栽培においては、適地、適作を基本とし、「春は芽もの、夏は葉もの、秋は実もの、冬は根もの」という。そこで、歴史的にも名のある加賀野菜京野菜について、また、最近よく耳にする地産地消(ちさんちしょう)について、改めて調べてみました。

○ 加賀野菜

加賀野菜15品目
協力

加賀野菜(丸果石川中央青果、金沢市中央卸売市場、石川):  http://www.maruka-ishikawa.co.jp/kagayasai/kagayasai.htm. 加賀野菜(いいね金沢、金沢市農産物ブランド協会、石川): http://www.kanazawa-kagayasai.com/

 加賀野菜(かがやさい、15品目)は、1945年(昭和20年)の以前から栽培され、現在も主として金沢で栽培されている野菜のことです。 加賀野菜ブランド品目には、加賀れんこん、加賀太きゅうり、加賀つるまめ、金沢一本太ねぎ、金沢春菊、二塚からしな、打木赤皮甘栗かぼちゃ、源助だいこん、金時草のほか、   さつまいも、たけのこ、ヘタ紫なす、せり、赤ずいき、くわいなどがあります。

○ 京野菜

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ブランド京野菜産地、 ブランド京野菜(ホームページ、京都府):http://www.pref.kyoto.jp/brand/brand_yasai.html

 京野菜(JA京野菜、京都): http://www.jakyoto.com/jakyoto/kyoyasai/. 京野菜(京都グリーンファーム、ホームページ、京都): http://www.asahi-net.or.jp/~va5k-smz/

 伝統野菜は、明治以前からの栽培の歴史があり、京都市内のみならず京都府内の全域を対象として、栽培あるいは保存されているもの及び絶滅2品目をも含むものです。また、ブランド京野菜は、1989年(平成元年)から京都の行政、流通団体、農協などが中心になって、京都のイメージが強く、一定の出荷量と品質を満たしていると認証されたものです。

 京野菜(きょうやさい、54品目)は、一般に、重複も含めて、京の伝統野菜(41品目)ブランド京野菜(21品目)のことで、聖護院(しょうごいん)だいこん、京みず菜、京壬生菜(きょうみぶな)、賀茂なす、京山科(きょうやましな)なす、鹿ヶ谷かぼちゃ、伏見とうがらし、えびいも、堀川ごぼう、九条ねぎ、くわい、京たけのこ、万願寺とうがらし、花菜、紫ずきん、金時にんじん、やまいも、聖護院かぶ、京かぶなどがあります。京都は古来、多くの寺社による精進料理、京料理の食材として、地元産の味わい深い伝統野菜が育成されました地産地消!)。

○ 地産地消

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地産地消活動(ちさんちしょうかつどう、全国地産地消ネットワーク、google画像): http://www.jsapa.or.jp/chisan/What%20tisantishou/intro.html. 
 
 地産地消(ちさんちしょう)という言葉は、地域生産地域消費(ちいきせいさんちいきしょうひ)の略語で、1981年(昭和56年)から4ヶ年計画で実施した、農林水産省生活改善課による「地域内食生活向上対策事業」から生じました。地域の消費者ニーズに応じた農業生産と、生産された農産物を地域で消費しようとする活動を通じて生産者と消費者を結びつける取り組みで、現在も国と地方自治体の強い支援で推し進められています。 

 金沢市中央卸売市場(3月8日現在、http://www.kanazawa-market.or.jp/Homepage/index.html)によれば、日本各地から石川県への野菜の入荷状況は、暖かくなり、地物のコマツナ、コカブ、高知のブロッコリー、キャベツ、レタスなどの入荷、価格ともに安定。山菜のセンナ、フキノトウ、コゴミ、ギョウジャニンニク、タラノメ、ワラビなどは順調に入荷しています。鹿児島からキヌサヤ、ソラマメ、高知のインゲンなど豆類もお目見え、とのことです。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第4版)、岩波書店(1991); 樋口清之監修: 生活歳時記(第2版)、三宝出版(1994); 北陸中日新聞: 台所ガイド、果物、2012年(平成22年)3月10日(土)、朝刊より.

家庭菜園栽培カレンダー、JA西春日井、愛知県): http://ja-nishikasugai.com/f-green-saien.htm

野菜ナビ(野菜情報サイト、さき): http://www.yasainavi.com/.

地産地消サイト野菜作りの基礎知識、熊本県):http://cyber.pref.kumamoto.jp/Chisan/one_html3/pub/default.aspx?c_id=15

地産地消(ウィキペディア):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%94%A3%E5%9C%B0%E6%B6%88

日本全国の地産地消(Watagonia.com、食材の宅配、通販、みんなの産直): http://watagonia.com/food/local.html

農林水産省(地産地消の推進取り組みの支援): http://www.maff.go.jp/j/press/shokusan/renkei/120312.html

JA小松市サイトマップ(JA小松市、石川県):http://www.ja-komatsushi.or.jp/sitemap

2012年3月19日 (月)

柑橘類(かんきつるい)、温州ミカン(温州蜜柑)、夏ミカン(夏蜜柑)、ハッサク(八朔)、ポンカン(椪柑)、グレープフルーツ、キンカン(金柑)、スダチ(酢橘)、とは(2012.3.19)

   柑橘類(かんきつるい)とは、ミカン科(ミカン属、キンカン属、カラタチ属)のミカン(蜜柑)の果樹、果実の総称です。その原産は、東南アジアで数十種の野生種が知られています。

  そこで、昔から馴染みの深いミカン(蜜柑)温州ミカン(うんしゅうみかん、温州蜜柑)夏ミカン(夏蜜柑)、ハッサク(八朔)、ポンカン(椪柑)、グレープフルーツ、キンカン(金柑)、スダチ(酢橘)などについて、改めて調べてみました。

 現在、柑橘類(かんきつるい)は、雑種や交配種として、ポンカン(椪柑)、いよかん(伊予柑)、ハッサク(八朔)、夏ミカン(夏蜜柑)、ブンタン(文旦)、甘夏(甘夏みかん)、清見(きよみ)、不知火(しらぬい、デコポン)、せとか、はるみ、たんかん(桶柑)、マーコット、アンコール、セミノール、晩白柚(ばんぺいゆ)、日向夏(ひゅうがなつ)、カラ(カラーマンダリン)、天草(あまくさ)、スイートスプリング、はるか、南津海(なつみ)、はれひめ、まいひめ、黄金柑、河内晩柑(美生柑)、紅まどんな、ひめのつき、カクテルフルーツ、ミネオラなど、多くの品種が日本の各地に出回っています。

○ 温州ミカン(温州蜜柑)

 秋、9月に入ると出回る早生(わせ)の温州ミカン(うんしゅうみかん)を、青ミカン(青蜜柑)と呼んでいます。これは、青切りミカンともいうもので、色づく前につみ取ります。主な産地は、和歌山、愛媛、静岡、熊本、長崎、佐賀、広島、福岡など、暖かい地域の各県となっています。

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温州ミカン(温州蜜柑、ウィキペディア、google画像): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AB%E3%83%B3

 温州ミカンはその名から中国の原産地だと思われがちですが、実際は300年前に鹿児島県の八代海にある長島で作られはじめたといわれています。 青ミカンは果皮が薄く、味が淡泊ですが、夏の暑い時期に食べられることが大きなメリットです。ちなみに、鹿児島では「さつまオレンジ」、宮崎では「アーリーオレンジ」といった名称がつけられています。 

 早生温州(わせうんしゅう)は、10~11月頃に出荷され、果皮はほぼオレンジ色に染まり、甘みとほどよい酸味が楽しめます。品種として有名なのが「宮川早生」で、糖度が高く、味わい深く風味に優れているのが特徴です。ほかに「興津早生」も甘みが強くて美味です。どちらもじょうのう(袋)が薄くてそのまま食べられます。このほか、宮川早生の枝変わりで誕生した果皮が紅橙色の「山下紅早生」や「小原紅早生」なども人気です。

 ○ 夏ミカン(夏蜜柑)

 夏ミカンは、春から夏にわたって賞味することができます。原産地は山口県の長門市です。ここにある原木は天然記念物として現在も保護されています。果肉はやや酸味が強いけれども、果汁に富んでいます。 

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夏ミカン(夏蜜柑、ウィキペディア、google画像): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%84%E3%83%9F%E3%82%AB%E3%83%B3

 夏ミカンよりひと回り小さく、果肉のキメ細かいものに甘夏カンがあります。その名の通り、夏ミカンより甘さの点でまさっています。この甘夏カンは品種改良によって生まれたものではなく、害虫駆除用の薬品を使う過程でたまたま発生したおのなのです。選ぶ際には、どちらも赤みが濃く、ずっしりと重いものをさがすとよい。なお、甘夏カンは冷蔵庫に入れておくと苦みの出ることがあるので、注意するとよい。 

○ ハッサク(八朔)

 ハッサクを漢字で八朔と書くのは、旧暦の8月朔日(さくじつ、1日)ころに取れる、というところから来ました。現代では、11月頃から収穫をはじめ、店頭に出回るのは寒くなってからです。原産地は広島県の因島(いんのしま)です。栽培が他の柑橘類に比べて容易なため、広島県のほか和歌山、愛媛、徳島、香川など暖かい瀬戸内海沿岸の各県が主産地となっています。 

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ハッサク(八朔、ウィキペディア、google画像): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%83%E3%82%B5%E3%82%AF

 ハッサクは夏ミカンよりやや小さく、果汁は少ないが皮が薄く、香りもいい。グレープフルーツのように冷やして横二つに切り、砂糖、ハチミツなどをかけて食べるとよい。

○ ポンカン(椪柑)

 東南アジア(インド)原産のミカンの一種です。鹿児島県の屋久島(やくしま)や肝属(きもつき)、川辺(かわなべ)、宮崎県の日南(にちなん)、熊本県の天草(あまくさ)などが産地です。日本には明治時代に伝わりました。現在の品種には、交配種の「吉田ポンカン」「今津ポンカン」「森田ポンカン」などがあり、主産地は愛媛、鹿児島、大分、高知などです。果肉は黄色で、ミカンより甘く、芳しい香りを持っています。12月から2月の頃が収穫期です。

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ポンカン(椪柑、ウィキペディア、google画像): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%B3

 また、ポンカンと同じく九州の鹿児島や熊本、長崎などでとれる柑橘類(かんきつるい)にザボンがあります。これは柑橘類の中でも最も大きく、小さい物でも800g、大きなものになると2kgもあります。果肉はピンク、白、黄、紫といろいろな色です。

○ グレープフルーツ

 近年、よく目にする柑橘類(かんきつるい)で、樹木に果実がブドウの房のようにたくさん実ることから、グレープフルーツと名付けられました。私はその光景をハワイの果樹園で見たことがあり、強く印象に残っています。この果樹は、亜熱帯を原産地とし、東洋産、文旦(ぶんたん、ザボンとも)の変種です。主な産地はアメリカ(フロリダ、カルフォルニアなど)のほか、メキシコ、エクアドル、南アフリカなどです。 

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グレープフルーツ(grape fruit、ウィキペディア、google画像): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%84. 文旦(ぶんたん、ザボンとも、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%B3

 日本に来ているものはアメリカ産が圧倒的に多い。夏ミカンなどにくらべて皮が薄く、キメが細かい。また、袋からの身ばなれもよい。選ぶときは、色つやがよく、ずっしりと重みのあるものがおすすめです。ときどき外皮に茶色いシミのあるものがあるが、これは枝ズレのあとだから中味には影響ありません。

○ キンカン(金柑)

 キンカン(金柑)はミカン科(キンカン属)の果物で、中国を原産地とする柑橘類の一種です。栽培地は静岡県三保地方、和歌山県田辺地方、加えて福岡、鹿児島などです。三保地方でとれたものはニンポウキンカン(寧波キンカン)といい、江戸時代の明和年間(1764~1772)に中国からもたらされたもので、明和キンカンと呼ぶこともあります。

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キンカン(金柑、ウィキペディア、google画像): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%B3

 キンカンは古来、かぜの妙薬としられていますが、それ以外に、ダイコンなますや漬物に刻みこんだり、砂糖漬け、マーマレードの材料にもします。

○ スダチ(酢橘)

 スダチ(酢橘)はミカン科(ミカン属)の果物で、徳島県(神山、佐那河内など)の特産です。ユズ(柚子)の近縁種で、晩成の柑橘類(かんきつるい)です。果汁が多く、その酸味と芳香が賞用されます。実の大きさはピンポン玉くらいで、青々とした未熟のうちがよく、黄色く熟れると風味がなくなってきます。もっぱら絞り汁を使い、マッタケ料理によく合うし、焼魚や刺身にかけてもよい。また紅茶にもよい。 

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スダチ(酢橘、ウィキペディア、google画像): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%80%E3%83%81

 徳島県には、スダチ(酢橘)のほかにユコウ(柚柑)という柑橘類(かんきつるい)があります。こちらはスダチほどの香りがなく、果汁も少ない。ただし、黄色く熟しても酸味が落ちないので、1、2月ごろまで出回ります。使い方はスダチとほぼ同じです。

 金沢市中央卸売市場(3月8日現在、http://www.kanazawa-market.or.jp/Homepage/index.html)によれば、日本各地から石川県への果物の入荷状況は、ミカンは、徳島を中心に長崎、香川、静岡、イヨカンは愛媛、デコポンは鹿児島、佐賀、熊本から順調に入荷。イチゴは愛知中心に鹿児島、長崎、福岡などから入荷が増え、買い求めやすくなっています。リンゴは、青森産サンふじで高値傾向は続いています。静岡からはアールスメロン、とのことです。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第4版)、岩波書店(1991); 樋口清之監修: 生活歳時記(第2版)、三宝出版(1994); 北陸中日新聞: 台所ガイド、果物、2012年(平成22年)3月10日(土)、朝刊より.

(参考資料) 柑橘類(かんきつるい、柑橘の歴史、果物ナビ): http://www.kudamononavi.com/zukan/citrus.htm

(追加説明) ネーブル 正しくは、ネーブルオレンジという。代表品種はワシントンネーブルです。これはブラジル原産で、1870年(明治3年)にアメリカに移植され、日本へは1889年(明治22年)にカルフォルニアから移入されました。

 ネーブルは、冬暖かで、夏の日差しが強く、かつ、雨の少ないところが栽培に適しています。寒さに弱いので、12月~1月に収穫し、2~4ヵ月間貯蔵して甘味を十分に出した後、市場に出されます。主産地の広島、和歌山のほか静岡、熊本などで栽培されています。(生活歳時記より)

2012年3月16日 (金)

地方特産の果物、ブドウ(葡萄)、イチゴ(莓)、ウメ(梅)、リンゴ(林檎)、ナシ(梨)、モモ(桃)、クリ(栗)、カキ(柿)、とは(2012.3.16)

  果物(くだもの)とは、草木の果実の食用となるものですが、地方の気候風土にあった歴史的にも名のあるものが多い。そこで、地方特産の果物について、改めて調べてみました。

○ ブドウ(葡萄、ブドウ科)

 ブドウはブドウ科(ブドウ属)で、世界でもっとも生産量の多い果樹です。ブドウ栽培の歴史は非常に古く、紀元前3000年前後のエジプトの記録にもあらわれています。日本では、今から約800年前、山梨県の甲府で始められました。

 現在、わが国で栽培されているブドウには、ヨーロッパ系のものとアメリカ系のものとがあります。中でも生産額の最も多いのは、1942年(昭和17年)、「センテニアル」と「石原早生」を交配させ生まれた「巨峰(きょほう)」です。

 次いで、1872年(明治5年)、はじめて輸入されたアメリカ(オハイオ州)系の「デラウェア」という品種の生産量が多い。これは明治のはじめに移入され、1936、1937年(昭和36、7年)頃、「種なし」にする方法が考案されました。 

 ヨーロッパ系のものとしては、「ネオマスカット」「甲州ブドウ」といったものが有名です。主な産地は、山梨をはじめ、長野、山形、岡山、福岡、北海道、大阪府、愛知などの各府県です。

ブドウ(葡萄、デラウェア、果物ナビ): http://www.kudamononavi.com/zukan/grape.htm

 なお、石川県では、「巨峰」の2倍の大きさで、赤くて糖度も高い、一粒が1万円以上もする、2007年(平成19年)に品種登録された、「ルビーロマン」という高級ブドウが開発されています。このブドウは、黒色大粒の自然交雑種、「」(藤沢市、神奈川)の種から生育した原木から選抜された品種です。 

ルビーロマン(ウィキペディア):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%B3

ルビーロマン(近江町、北形青果、金沢、石川):http://www.hoodo.jp/kitagata/goods_id-01740114.html.

○ イチゴ(苺、バラ科)

  イチゴはバラ科(オランダイチゴ属)の小低木または多年草です。栽培の歴史は14世紀なかばまでさかのぼります。日本に入ってきたのは江戸時代の末期です。オランダ人がもたらしたといわれています。

 わが国では北海道から沖縄まで全国各地で栽培されています。主産地は東の栃木県と西の福岡県、熊本県などで、品種に「ダナー」と「宝交(ほうこう)」などがあります。

 その後、交配品種として、1985年(昭和60年)、栃木、東日本では「女峰(にょほう)」、1984年(昭和59年)、九州、西日本では「とよのか」など、最近では、1996年(平成8年)、栃木では「とちおとめ」、2001年(平成15年)、福岡では「あまおう」、2006年(平成18年)、熊本では「ひのしずく」、2002年(平成14年)静岡では「紅ほっぺ」などが生まれ、甘味の強いイチゴが主品種となっています。

イチゴ(莓、とちおとめ、果物ナビ): http://www.kudamononavi.com/zukan/strawberry.htm.  イチゴ(莓、イチゴ狩りの豆知識): http://iti5.net/

 イチゴはミルクをかけて食べるほか、サラダや手作りのゼリー、洋菓子に利用します。ジュースやジャムに用いるのもよいものです。

○ ウメ(梅、バラ科)

 ウメはバラ科(サクラ属)の落葉高木です。原産地は中国ですが、日本の南部や台湾にも原生していたという説があります。5月から6月にかけて、梅の実は急速に大きくなります。黄熟しない前の梅の実は、緑々として美しいものです。青いうちに取って梅干にしたり、梅酒をつくったり、砂糖で煮て煮梅にします。

 この実ウメの栽培が発達したのは江戸時代以降です。明治(1868~1911)末期には、300以上の品種に達したといわれています。現在、日本一の梅の産地、和歌山県の代表的な大きな実の品種は南高ウメ(なんこううめ、和歌山)」です。また、豊後ウメ(ぶんごうめ、大分)も大きいもので、直径が5cmくらいになります。逆に小さいのは甲州ウメ(こうしゅううめ、長野)で、またの名をコウメ(小梅)というほどです。

ウメ(梅、南高ウメ、果物ナビ): http://www.kudamononavi.com/zukan/ume.htm

 梅干はそのまま食べるだけでなく、「梅ようかん」、「梅干あめ」、「梅が枝でんぶ」などに使われたり、タイのすり身やおろしイモとまぜ合わせた「梅ダイ」、かつお節とともに煮た「梅が香カツオ」の材料などになります。 

○ リンゴ(林檎、バラ科)

 リンゴはバラ科(リンゴ属)の果樹です。その歴史は古く、紀元前6000年頃にトルコ、紀元前1300年にはエジプトで栽培されていたといわれています。日本では、明治時代に本格的な栽培が始まりました。リンゴは夏の終わりから秋にかけて成熟します。現在の主な産地は、青森、長野、岩手、山形、秋田、福島などの各県で、すべて涼しい地域です。

リンゴ(林檎、ふじ、果物ナビ):http://www.kudamononavi.com/zukan/apple.htm. 

  現在の品種はほとんどが交配種で、1962年(昭和37年)、「国光」と「デリシャス」の交配種の「ふじ(富士)」が最も多く、次いで1975年(昭和50年)、「ゴールデンデリシャス」と「紅玉」の交配種の「つがる(津軽)」、また「ゴールデンデリシャス」と「印度(インド)」の交配種の「王林」と続いています。

 もとの品種、「紅玉」は原名をジョナサンといい、赤いリンゴの代表種で、甘さと酸っぱさが相半ばしています。「スターキング」は「デリシャス」の系統で、深紅、甘味が強く、芳香があります。「ゴールデン・デリシャス」はリンゴの王ともいうべき品種で、黄色くて、見た目も美しく、味は高雅です。

○ ナシ(梨、バラ科)

 ナシはバラ科(ナシ属)の果樹です。日本のナシの歴史は古く、弥生時代ににはすでに食べられていたといわれています。ナシといえば、「二十世紀」と「長十郎」が有名な品種です。どちらも1897年(明治30年)代に発見されたもので、もとはわが国原産の「ヤマナシ」です。二十世紀は果肉のきめが細かく、果汁が多い。これに対して、長十郎は甘味が強く、がりがりした歯ざわりに特徴があります。

 ナシの主な交配の品種は、1959年(昭和34年)、「菊水」と「早生幸蔵」交配の「幸水」と1972年(昭和47年)、「幸水」「石井早生」「二十世紀」の交配種といわれている「豊水」は果皮が茶色で、千葉、茨城、福島など、また、「二十世紀」は果皮が緑色で鳥取などが主産地です。 

ナシ(日本梨、倭梨とも、幸水、果物ナビ): http://www.kudamononavi.com/zukan/jpnpear.htm

 現在、日本梨の約40%を占める代表的な品種は「幸水」です。果実は約250殻300gの扁円形で、お尻の部分が大きくへこんでいるのが特徴です。やわらかい果肉には果汁がたっぷり含まれ、ひと口食べると強い甘みが広がります。

○ モモ(桃、バラ科)

 モモはバラ科(サクラ属)の果樹です。日本のモモは古来鑑賞に栽培されてきました。江戸時代には200種類以上の「花モモ」があったといわれるほどです。

 食用のモモとして栽培が確立されたのは、明治時代に中国から輸入して改良した品種、「水蜜桃(すいみっとう)」など、1897年(明治30年)以降のことです。現在、モモの主産地は、交配種として、「白鳳(はくほう)」の山梨、「あかつき」の福島をはじめ、長野、和歌山、山形、岡山など、降雨が比較的少ない地方です。

モモ(桃、白鳳、果樹ナビ): http://www.kudamononavi.com/zukan/peach.htm

 中国の思想では、モモは、邪気を払う力を持っているとされています。3月3日の節句にモモを飾るのも、その思想のあらわれです。

○ クリ(栗、ブナ科)

 クリはブナ科(クリ属)の果樹です。日本のクリは、古くから栽培されていて、わが国の野生の「芝栗(しばくり)」の品種改良種、大阪府の原産「丹波栗銀寄せとも)」があります。中国原産のクリ、「板栗(バンリー)」は、天津甘栗の原料です。

 現在日本で最も広く栽培されている交配種には、1959年((昭和34年)に命名された「筑波(つくば)」及び北海道と沖縄以外の日本各地で栽培されている「丹沢(たんざわ)」などがあります。現在、日本のクリの主産地は、茨城、熊本、愛媛の各県です。

クリ(栗、筑波、果物ナビ): http://www.kudamononavi.com/zukan/kuri.htm

 クリはそのままゆでたり、焼いたりしていただくほか、クリ飯、キントン、含め煮などに用います。クリ飯にはどちらかというと、小粒のもののほうが風味の点でまさります。また、白アズキ粉と練りつめた「クリあん」は、クリまんじゅう、クリようかんなどの原料となります。

○ カキ(柿、カキノキ科) 

 カキはカキノキ科(カキノキ属)の果樹です。日本および中国の原産で、果樹として古くから栽培されていました。カキには多くの品種があり、大きく甘ガキ渋ガキに分かれます。前者富有(ふゆう)、次郎(じろう)、花御所(はなごしょ)などが、後者では堂上蜂屋(どうじょうはちゃがき)、平核無(ひらたねなし)などが代表種です。

  最も普及している富有(ふゆう)は岐阜県の産で、1857年(安政4年)から栽培されている歴史の長い品種です。また、平核無(ひらたねなし)は文字どおり種のないものです。カキはやや高温な気候を好むので、とくに甘ガキは本州の中部以南に良品を産します。 日本の主産地は、和歌山、奈良、福岡、岐阜、新潟、福島、愛媛、愛知などの各県です。

カキ(柿、富有、果物ナビ): http://www.kudamononavi.com/zukan/persimmon.htm

 富有は、完全な甘柿の代表品種で、生産量は市場の半数以上を占めています。形はふっくらと丸みがあり、果皮はオレンジ色。果肉はやわらかくて果汁も多く、甘みが強いのが特徴です。日持ちは良く、10月下旬頃から出回ります。私の郷里(引野、松島、のち上板、徳島)の畑にも多くの富有のカキの木があり、熟したときにもぎ取って食べたことを覚えています。

 金沢市中央卸売市場(3月8日現在、http://www.kanazawa-market.or.jp/Homepage/index.html、)によれば、日本各地から石川県への果物の入荷状況は、ミカンは、徳島を中心に長崎、香川、静岡、イヨカンは愛媛、デコポンは鹿児島、佐賀、熊本から順調に入荷。イチゴは愛知中心に鹿児島、長崎、福岡などから入荷が増え、買い求めやすくなっています。リンゴは、青森産サンふじで高値傾向は続いています。静岡からはアールスメロン、とのことです。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第4版)、岩波書店(1991); 樋口清之監修: 生活歳時記(第2版)、三宝出版(1994); 北陸中日新聞: 台所ガイド、果物、2012年(平成22年)3月10日(土)、朝刊より.

(追加説明) ○ 果物ナビ(果物情報サイト、さき): http://www.kudamononavi.com/otoiawase.htm.

○ イチゴの栽培 イチゴは、日本ではほとんど、ハウスによる促進栽培(10月下旬~翌年5月頃、20℃前後に加温)と露地栽培(5~6月)により生産されています。ミニトマト、コマツナなどもハウス栽培が見られます。なお、ハウス栽培では、水耕栽培も行われています。 イチゴ(莓、ハウス栽培、google画像検索): https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9%E6%A0%BD%E5%9F%B9%E3%80%80%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%B4&hl=ja&rlz=1T4GGLG_jaJP443JP443&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=7URpT-yLPMPAmQWBt4WPCQ&ved=0CKYBELAE&biw=1366&bih=586

2012年3月10日 (土)

特産物の名の由来、コマツナ(小松菜)、インゲンマメ(隠元豆)、サツマイモ(薩摩芋)、伊予カン(伊予柑)、タナカビワ(田中枇杷)、高野豆腐、金山寺味噌、地方の名(守口、五郎島、鳴門、伊勢、加賀、吉野)のついた特産物、とは(2012.3.10)

  日常において何気なく耳にしている、地方の特産物の名(地名、人名など)のついた食べもの(野菜や果実、加工食品など)があります。それらは、その土地の歴史と気候・風土にあったものが多い。そこで、それらの名の由来について、改めて調べてみました。

○ コマツナ(小松菜、小松川、東京)

 アブラナ科(アブラナ属)の1年生または2年生の野菜です。在来種のアブラナ類のカブから日本で分化(ぶんか)したものといわれています。旧東京府南葛飾郡小松川村(現東京都江戸川区小松川)の特産なので、この名があります。明治初年から盛んに栽培され、現在では、東京、神奈川、埼玉、千葉など、関東地方が全国の8割を生産しています。

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こまつな小松菜、野菜図鑑、野菜ナビ):https://www.yasainavi.com/zukan/komatsuna.htm

 葉は長楕円形で、濃緑色の葉は柔(やわ)らかくて甘味があります。雑煮や汁の実、ひたし物、カラシあえ、ゴマあえ、煮物、鍋物などに広く用いられています。寒さに強く、2月に収穫できる品種もあります。なお、3、4月に種まきし、つまみ菜とするものを、とくに「ウグイスナ」と呼んでいます。

○ インゲンマメ(隠元豆、隠元禅師、中国)

 マメ科(インゲンマメ属)の1年生の野菜です。年に3度とれるところから「サンドマメ」の異称があります。蔓性(つるせい)の草本で、秋に結実します。熱帯アメリカ(中米)の原産です。世界で広く栽培され、マメ類では大豆、落花生に次ぐもので、インド・ブラジル・中国に多い。わが国では北海道が主産地です。品種は約200品種ときわめて多い。

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インゲンマメ隠元豆、科学技術研究所、google画): http://www.kagiken.co.jp/new/kojimachi/hana-ingenmame_large.html

 日本には江戸時代、明の僧、隠元禅師(いんげんぜんじ、1592~1673、黄檗宗、福建、中国)がもたらしたということで、その名があります。正確には、禅師が日本に伝えたのは、「フジマメ」と呼ばれるインゲンマメの一種です。関西では「フジマメ」を「インゲン」といい、本種を「サンドマメ」という。 

 インゲンマメは肉類や小イモ、ナス、油揚などと煮つけにします。また、ゴマ酢あえや野菜揚げ、ベーコンなどと油いためにします。なお、梅雨時にはサヤに茶色の斑点(はんてん)のあるものが出回りますが、これは味も落ちるので避けた方がよい。

○ サツマイモ(薩摩芋、甘藷とも、薩摩、鹿児島)

 ヒルガオ科(サツマイモ属)の1年生の作物です。異称多く、カライモ(甘藷、カンショとも)、トウイモ、リュウキュウイモ、アメリカイモなどと呼ばれています。原産地はアメリカ大陸の熱帯地域です。日本に伝来したのは17世紀の初め、中国、琉球(沖縄)を経て薩摩(鹿児島)に伝わり普及しました。 

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  さつまいも薩摩芋、植物図鑑、weblio 辞書、google画): http://www.weblio.jp/content/%E3%81%95%E3%81%A4%E3%81%BE%E3%81%84%E3%82%82

 茎は蔓性(つるせい)で、地下に多数の塊根(かいこん、芋、イモとも)をつけます。暖地では、秋、ヒルガオに似た淡紅色の花を開きます。サツマイモはふかして食べるほか、キントンや揚げ物、煮物、イモがゆなどにします。また、酒類、アルコール、デンプンの原料となります。

○ 伊予カン(伊予柑、伊予、愛媛)

 ミカン科(ミカン属)の低木で、ダイダイ類の柑橘(かんきつ)の一品種です。ミカンより成熟の遅い春の柑橘類(かんきつるい)です。1887年(明治20年)山口県で発見され、1890年(明治23年)愛媛県に伝わり、気候、風土にあったので、イヨカンの名で広く栽培されるようになりました。 

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イヨカン伊予柑、ウィキペディア、google画): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A8%E3%82%AB%E3%83%B3

 樹高は4~5m、花は白色、果実は250~300gになります。濃い黄だいだい色で、皮は厚いがミカン同様むきやすく、酸味と甘味が適度に調和し、風味がさわやかです。1~2月に収穫し、3~4月まで貯蔵できます。

 同じ柑橘類(かんきつるい)に「三宝カン(さんぽうかん)」と「鳴門カン(なるとかん)」があります。前者は和歌山県の特産で、同県海草郡で多く生産されています。果頂部が少しくびれているところから「ダルマミカン」の別称があります。後者はその名が示すとおり、兵庫県淡路島の特産です。「伊予カン(いよかん)」よりもいくらか平たい感じがします。これらの柑橘類(かんきつるい)は、そのまま食べる以外に、サラダの材料にしたり、皮をマーマレードに利用したりします。

○ タナカビワ(田中枇杷、田中芳男、植物学者)

 ビワはバラ科(ビワ属)の果樹で、初夏の短い期間に出回る、季節感あふれた果実です。歴史は古く、千年以上前の古書にもその名が記されています。果樹として栽培されるようになったのは明治以降のことで、代表品種には「茂木(もぎ)」と「田中(たなか)」とがあります。ビワの原産地は中国の中、南部、わが国の南西部暖地とされています。ただし、わが国原産のものは小さくヒワと澄(す)んで呼ばれ、中国渡来のビワと区別されていました。

 食用価値の高い大きなものが栽培されるようになったのは、幕末近い天保・弘化年間(1830~1848)で、中国から舶載(はくさい)された果実の種子が長崎近郷の茂木(もぎ)に播(ま)かれてからです。この品種は最初の栽培地の名をとって「茂木(もぎ)」と呼ばれています。もう一つの有名品種の「田中(たなか)」は、長崎から東京に持ち帰り、播種(はしゅ)し選抜(せんばつ)した植物学者、田中芳男(たなかよしお、1838~1916)の名に因(ちな)むものです。

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タナカビワ田中枇杷、engei net): http://www.engei.net/Browse.asp?ID=8360

 前者の{モギ」は長崎をはじめ、鹿児島、佐賀、愛媛に多く、後者の「タナカ」はおもに長崎県、千葉県、香川県で栽培されています。開花は11月上旬から2月下旬、枝先の褐色の綿毛をかぶった円錐花序(えんすいかじょ)に白色の小花が多数着き、芳香を放ちます。私の郷里(引野、松島、のち上板、徳島)の屋敷には、大きな実をつけた「タナカビワ」と小さな実をつけた俗称「コビワ」があり、毎年、大麦の収穫の時期、6月頃によく食べたのを覚えています。

○ 高野豆腐(こうやどうふ、高野山、和歌山) 

 寒中に豆腐を小形に切って熱湯をかけ、屋外で凍らせた後、乾かしたものです。 紀州(和歌山)の高野山が産地として有名なことから、その名が生まれました。寒い地方での偶然の産物ということで、その名も氷豆腐、凍り豆腐、凝豆腐(こごりどうふ)、信州地方では「みすず豆腐」、東北地方では「しみ豆腐」などの呼び名があります。

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高野豆腐(こうやどうふ、つくる楽しみ、google画像): http://ws-plan.com/tsukuru/kouyatofu.html. 高野豆腐(こうやどうふ、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%87%8E%E8%B1%86%E8%85%90. 高野山の魅力(ホームページ、和歌山):http://www.geocities.co.jp/kmaz2215/. 

 もともとは、温度が十分に下がりそうな冬期晴天の夜、豆腐を一定の形に切り、屋外に出して簀子(すのこ)上に豆腐を並べて自然凍結させ、これを10日位繰り返して作りました。現在では、ほとんど冷凍機を用いる人工冷凍法により年中作っています。熱湯でもどしてから清水にはなち、軽くしぼったのち、含め煮、うま煮、すしの具、精進料理などに利用されています。

○ 金山寺味噌(きんざんじみそ、径山寺味噌とも、径山寺、中国)

 金山寺味噌(きんざんじみそ)は、主に和歌山県、千葉県、静岡県に伝わる味噌の一種です。正しくは径山寺味噌と書きます。中国浙江省(せっこうしょう)杭州の古寺経山寺(きんざんじ)から製法が伝来したのでこの名があります。この寺は中国五山の一つで、8世紀中頃に法欽の開創、禅の道場として栄えました。 径山寺(きんざんじ、杭州、中国、google画像検索): https://www.google.co.jp/search?q=%E5%BE%84%E5%B1%B1%E5%AF%BA&hl=ja&rlz=1T4GGLG_jaJP443JP443&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=D416T6CfGc7LmAXnj6m0Aw&ved=0CHIQsAQ&biw=1366&bih=586

  日本に伝わったのは、鎌倉時代、建長年間(1249~1255)で、信州(長野)の僧、心地覚心(しんちかくしん、1207~1298、臨済宗)が中国で製法を習って、それを持ち帰ったのがはじまりだといわれています。

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金山寺味噌(全国郷土料理全集、Yahoo! JAPAN、google画): http://local-specialties.com/gourmet/000242.html

 金山寺味噌(きんざんじみそ、径山寺味噌とも)は、嘗味噌(なめみそ)の一種で、その製法は、炒(い)り大豆と大麦の麹(こうじ)に食塩をまぜ、茄子(ナス)、白瓜(シロウリ)などをひと晩、塩押ししてからきざんで加えます。これに麻の実やシソ、ショウガをきざんだものを加え、押しブタをして重石をかけます。密閉して8~10ヵ月で熟成します。そして、赤褐色のみそにし、甘味を加えそのままいただきます。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第4版)、岩波書店(1991); 樋口清之監修: 生活歳時記(第2版)、三宝出版(1994).

(参考資料)  地方の名のついた特産物   

守口大根と守口漬(もりぐちだいこん、もりぐちずけ、漬物協会、愛知県): http://www.tsukemono.sakura.ne.jp/moriguchi.html

五郎島金時(ごろうじまきんとき、加賀伝統野菜、粟崎、金沢市、石川県): http://www.gorojima-kintoki.com/

鳴門金時(なるときんとき、物産センター、徳島県): http://www.tokushima-shop.jp/?mode=f4

伊勢芋(いせいも、伊勢一、三重県): http://www.iseichi.com/iseimo.html

加賀丸芋(かがまるいも、加賀丸いもドットコム、岡元農場、石川県): http://kagamaruimo.com/

吉野葛(よしのくず、天極堂、奈良県): http://www.kudzu.co.jp/introduction/index.html

2012年3月 5日 (月)

神武天皇(じんむてんのう、初代)、神武東征(古事記・日本書紀)、日向(宮崎)から瀬戸内を経て熊野(和歌山・三重の南部)に上陸、大和(奈良)へ、熊野の神の毒気、とは(2012.3.5)

  神武天皇(じんむてんのう)は、古事記(こじき)・日本書紀(にほんしょき)で初代天皇とされる伝説上の人物で、天下を治めるべき地を求めて、日向(ひゅうが、ひむかとも、宮崎)から大和(やまと、奈良)に東征(とうせい)し、橿原(かしはら)にを定めて即位したという。

 古事記・日本書紀記紀とも)は、681年(天武10年)、飛鳥時代、第40代天武天皇(631?~686)が編纂を命じた、現存する日本最古の歴史書です。 古事記は、奈良時代(710~794)、太安万侶(おおのやすまろ、?~723)編纂(へんさん)、現存する日本最古の歴史書ですが、神話、伝説、多数の歌謡を含み、天皇を中心とする日本の統一の由来を物語っています。 日本書記は、奈良時代、舎人親王(とねりしんのう、676~735)らの撰、現存する日本最古の勅撰の正史ですが、神話、伝説、記録などを修飾の多い漢文で記述した歴史書です。

 古事記・日本書紀に記されている有名な「神武東征(じんむとうせい)の話をはじめ天皇の事績についても、史実というよりは伝説、あるいは文学として読まれることが多いようです。なかでも神武天皇は、高天原(たかまがはら)の神々をはじめ八百万(やおよろず)の神々が織りなすロマン溢れる日本神話と、実在の天皇が登場する日本の歴史の間に立つ重要な存在として記されています。

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神武天皇の東征経路(とうせいけいろ、古事記神武東征、google画像) 神武東征(じんむとうせい、江古田原・沼袋合戦、ホームページ、伊藤): http://www2u.biglobe.ne.jp/~itou/jinmu.htm

(解説) 神武天皇は九州の日向(ひゅうが、ひむかとも、宮崎)に生まれ、3人の兄とともに育ちました。生まれながらにして賢く、気性もしっかりとしていて、15才で皇太子になったという。そして、45才のときに、天下に君臨するにふさわしい東方の「美き地(よきくに)」である大和(やまと、奈良)に都をかまえるために、大軍を率いて日向を発ちました。これが天武東征(てんむとうせい)の始まりでした。

 皇軍は速吸之門(はやすいなと、豊予海峡)で会った椎根津彦(しいねつひこ)を水先案内人として、海路、宇佐(うさ、大分)や安芸(あき、広島)、吉備(きび、岡山)などに立ち寄り滞在したあと、難波(なにわ、大阪)に到着しました。そこから生駒山(いこまやま)を越えて大和(やまと、奈良)に入ろうとしたのですが、土豪の長髄彦(ながすねひこ)の抵抗にあい、大和入りを果たすことはできませんでした。

 また、この戦いで兄の五瀬命(いつせのみこと)が重傷を負いました。そこで皇軍は再び海に出て、紀伊半島を南へ迂回(うかい)し、ようやく熊野(くまの、和歌山・三重の南部)から上陸しました。しかし、その間に傷ついた五瀬命をはじめ3人の兄が相次いでなくなりました。熊野に上陸を果たした神日本盤余彦(かむやまといわれびこ、神武天皇)の軍勢も、熊野の神の攻撃で、毒気(あしきいき)に当たり、全軍が倒れてしまいました。

 古事記によれば、大熊が見え隠れした直後に倒れたという。熊野の神国つ神、つまりその土地の豪族や首領だったと考えられています。大熊とあるのは、熊野だから、大熊は強力な勢力という意味ではないかという。

 日本書紀によれば、神武の軍勢が紀国(きのくに)で名草戸畔(なくさとべ)を、また熊野の荒坂津(あらさかのつ)で丹敷戸畔(にしきとべ)を倒したと記しています。トベのトは戸、ベはメの音転、女のことで、熊野灘沿岸を抑えていた勢力の長が女族長だったのかも知れないという。

 また、丹敷戸畔(にしきとべ)といふ者を誅(ころ)す。時に、毒気(あしきいき)を吐(は)きて、と書いているので、丹敷戸畔(にしきとべ)との戦いで毒気(あしきいき)に当てられたとも読めます。

 熊野の神の毒気(あしきいき)正体については、水銀中毒か鉱山の排ガス(硫化水素?)ではないか、という説があります。熊野の研究家、酒井聡郎(さかいとしお)氏は、神武軍がわざわざ熊野に回った理由は、金、銀、銅、水銀などの金属資源にあったのではないか、といった指摘をしています。

  1400万年前に紀南地方で繰り広げられた火山活動の結果、那智(和歌山)から熊野(三重)にかけての沿岸部一帯は、銅、硫化鉄、金、銀などの鉱床に恵まれる地帯となりました。そして、紀南地方には、妙法鉱山、鉛山鉱山(かなやまこうざん)、南海鉱山、道湯川鉱山、三陽鉱山など鉱山がたくさんありました。

 紀和町(熊野、三重)にあった紀州鉱山と勝浦町(那智、和歌山)にあった妙法鉱山は、「北の紀州、南の妙法」と名高く、銅を中心に硫化鉄や少量の金銀を産出してきたという。紀州鉱山の銅は、東大寺の大仏鋳造にも用いられたそうです。紀州鉱山は、1978年(昭和53年)、妙法鉱山は1972年(昭和47年)にそれぞれ閉山されました。 

紀州鉱山(KISYU Mine, Mie Pref.):http://www.miningjapan.org/idx/kisyu/index.html

  また、日本地質学会の会員であった、後誠介(うしろせいすけ)氏によれば、毒気(あしきいき)は鉱毒ではないかという説は興味深いという。金属資源の確保は古代の豪族にとって重要事項だったので、それをめぐる争いも当然あったでしょうと語っています。神武軍は資源をめぐって地元部族と戦い、毒ガス攻撃を受けたとすると、神武がわざわざ熊野をめざしたわけも説明できるという 

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八咫烏(やたがらす、神武東征、那智大社、和歌山、google画像)  八咫烏(やたがらす、google画像検索): https://www.google.co.jp/search?q=%E5%85%AB%E5%92%AB%E7%83%8F&hl=ja&rlz=1T4GGLG_jaJP443JP443&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=7QdCT8zbMKvImAXvv9HHBw&ved=0CEwQsAQ&biw=1366&bih=586. 

(解説) 熊野(三重)での天皇の危難を救ったのが霊剣韴霊(ふつのみたま)と八咫烏(やたがらす)でした。韴霊(ふつのみたま)は地元の高倉下(たかくらした)という人物が霊夢で天照大神(あまてらすおおみかみ)から授けられた剣であり、高倉下が神武天皇に奉じました。すると、倒れていた全軍は突然目を覚まし敵を倒したという。

 韴霊(ふつのみたま)は天理(奈良)の石上神宮(いそのかみじんぐう)の祭神となりました。実際は、高倉下(たかくらじ)率いる物部(もののべ)の軍勢が駆けつけ、形勢を逆転させ、その戦いの後に、高倉下が物部氏の刀剣を神武天皇に献上したことではないかという。 

 ところが、大和(奈良)を目指そうにも険しい山のなかには道もなく、一行は進むことも退くこともできず迷ってしまいました。すると、その夜、今度は天皇が霊夢を見て、天照大神(あまてらすおおみかみ)から道案内のための八咫烏(やたがらす)を与えられました。

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神武天皇一羽の金色の鵄(とび)、(神武東征月岡芳利(つきおかよしとし、1839~1892)、google画像) 神武東征(じんむとうせい、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%AD%A6%E6%9D%B1%E5%BE%81

(解説) 皇軍は、八咫烏(やたがらす)の導きで無事大和(奈良)の宇陀(うだ)に出ることができ、その後、大和の土豪を平定し、最後に強敵の長髄彦と激戦を交わしました。皇軍が苦戦していると、一羽の金色の(とび)が飛来し、天皇の矢の先に止まりました。鵄(とび)は光り輝き、その威力によって皇軍は長髄彦の軍勢を打ち破ることができたという。

 こうして神武天皇は、いくつもの危難を乗り越えてついに大和(やまと、奈良)を平定しました。そして畝傍山(うねびやま)の麓(ふもと)の橿原(かしはら)に宮殿(橿原宮)を建て、初代天皇として即位しました。「日本書紀」によると、天皇が即位した年は辛酉(かのとのとり)の年の1月1日で、紀元前660年とされています。

 日本書紀の紀年に従って、明治以降、この年を紀元元年としました。畝傍山東北陵(うねびやまのうしとらのすみのみささぎ)はその陵墓としています。

 私は、1980年(昭和45年)8月11日(月)、マイカー(マツダ・サバンナ、4ドアセダン、オートマティック)で、家内(尊子)とはじめて熊野那智大社、那智の滝を訪れたあと新宮で宿泊、翌日、十津川に沿った国道168号線の山越えの途中、谷瀬の吊橋に立ち寄り、奈良まで縦走、奈良公園、猿沢の池を散策、興福寺を参拝したことがあります。道路が狭くて起伏に富み、山また山の中を走ったことが強く印象に残っています。

(参考文献) 永原慶二監修: 日本史事典(第1刷)、岩波書店(1999); 高森明勅監修: 歴代天皇事典、PHP文庫(2006); 朝日新聞: 熊野・大和 幻現行、 「海(あま)」から「天(あま)へ、熊野の神、「毒気(あしきいき)」の陰に資源争奪戦、2008年(平成20年)10月21日(火)、朝刊、より; 瓜生中: 知っておきたい日本の神話(第6版)、角川学芸出版(2009).

(参考資料) 高天原遙拝所(たかまがはらようはいしょ、宮崎観光写真、高千穂、宮崎): http://www.pmiyazaki.com/takachiho/takamagahara.htm

橿原神宮(かしはらじんぐう、橿原、奈良): http://www.naranet.co.jp/kashiharajingu/

(追加説明) ○ 神武天皇(じんむてんおう、生没年未詳)は、記紀伝承によれば、初代(第一代)皇で、名は神日本盤余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)と呼ばれています。高天原(たかまがはら)から降臨(こうりん)した瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の曽孫で、祖父、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)は海幸・山幸神話の山幸彦といわれ、その父は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)で、天岩屋神話で知られる皇祖神、天照大神(あまてらすおおみかみ、天照大御神とも)の孫にあたります。父、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)の第4子で、母は玉依り姫命(たまよりひめのみこと、海神の娘)です。

2012年3月 1日 (木)

頭髪のパーマ(コールドウェーブ)、毛髪内のジスルフィド結合の分解(還元)と再結合(酸化)、頭髪の変色(茶髪と金髪)、オキシフルによるメラニンの分解(漂白)、とは(2012.3.1)

  パーマパーマネント・ウェーブの略で、毛髪を電熱や薬液を用いて、数ヶ月長持ちするように、毛髪をロッド(棒)に巻きつけ、アルカリ性薬液で処理してウェーブをつける頭髪のことで、電髪と呼ばれています。 1905年(明治38年)ドイツ人のカール・ネスラー(Charles Nessler,1872~1951)によりイギリスで発表されました。ミシンウェーブ法は電気パーマ機によるもので、アルカリ液と蒸気熱によりウェーブをつくります。

 また1931年(昭和6年)、アメリカ人のエヴァンス(Ralph L. Evans)とマックドナウ(Everett G. MacDonough)、1938年(昭和13年)、アメリカ人のアーノルド(Arnold F.Willatt)、により、チオグリコール酸を使った現在のパーマの原型が完成しました。 この技術は、機械を用いず、加熱をせずに行うもので、特にコールドウェーブ法と呼ばれ、第1液(アルカリ薬液)でウェーブの原形をつくり、第2液(酸性薬液)で定着させる方法で、現在最も一般的なものです。 パーマの種類(K2u美容室、花見川、千葉): http://www.k2u.jp/hot2.html. Perm(hairstyle, Wikipedia): http://en.wikipedia.org/wiki/Perm_(hairstyle).

 人の髪の毛の99%以上はケラチンというタンパク質です。タンパク質を構成しているアミノ酸には、イオウ原子を含むもの(システイン)があり、髪の毛のケラチンの側鎖(そくさ)の間には、隣同士あちこちジスルフィド結合(ーSーSー結合、ジスルフィド架橋ともでつながっています。

 第1液の薬品でこれをいったん切り(還元反応)、好みの髪型にして、第2液の薬品で新しくジスルフィド結合をつくると(酸化反応)、パーマとなります。第1液は 還元剤で、チオグリコール酸(C2H4O2S、メルカプト酢酸とも)のアンモニム塩(チオグリコール酸アンモニウム)、システアミンやラクトンチオールなど、チオール基を持つものも使用し、毛髪の構造と形状を変化させ、第2液は酸化剤で、臭素酸(しゅうそさん)ナトリウム、過酸化水素水などの酸性薬液で、それらを固定させます。 パーマの仕組み(パーマの歴史、ウェーブ物語、髪工房、床松、富士見、埼玉):http://www.fides.dti.ne.jp/~star/perm/perm1.htm. 

 髪の毛の色を変える方法

 日本人の髪の毛いのはメラニンのせいです。 髪の毛の色を変える方法には、ブリーチオキシフル、オキシドール、過酸化水素水とも、による漂白脱色)、ヘアダイ(髪の染色で、髪をブリーチしてから毛の中にしみ込む色素で染める)、ヘアマニュキア(髪の毛の表面に色素をくっつける)などがあります。 カラーの知識(ヘアカラーの歴史、髪工房、床松、富士見、埼玉): http://www.fides.dti.ne.jp/~star/color/color1.htm

 メラニンは、褐色ないし黒色の高分子色素で、皮膚や毛髪などをはじめ広く動植物中に分布しています。生体内では過剰な光の吸収に役立つと考えられています。が、その他の役割や正確な組成は不明です。

 髪の毛メラニンオキシフルを使って分解して毛の色を薄くするとき、分解の度合いをうまく調節すると、茶髪、金髪となります。

 私は、風呂に入ったとき、温水とシャンプーで洗髪、櫛(くし)で整髪(水と髪の毛との水素結合による!)、自然乾燥後、水あぶらのヘアリキッドを髪の毛に手でこすり込み整髪しています。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出扁: 広辞苑(第4版)、岩波書店(1991); 大木道則・大沢利明・田中元治・千原秀昭編: 化学事典(第3刷)、東京化学同人(1996).

(参考資料) 茶髪(ちゃぱつ、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8C%B6%E9%AB%AA

金髪(きんぱつ、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E9%AB%AA

○ コメント Satomi (nice_daniel@web.de, 2012/05/23) : This site is like a clsasroom, except I don't hate it. lol.

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