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2012年7月の9件の記事

2012年7月28日 (土)

サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題(2012.7.28.歩道沿いの八重山吹)

T. HONJO
金沢
 概要: サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題を、科学風土記(人文、社会、自然)として、四季折々、徒然なるままに紹介しています。 ブログのタイトル、内容、解説、資料、画像など、時折修正してアレンジしたものもあります。 デジカメ写真 、検索画像は、マウスで左クイックすると拡大するものもあります。
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ヤエヤマブキ八重山吹、バラ科、県道の歩道沿い、示野町、金沢、石川、2012年7月28日)
山吹(やまぶき)は、①バラ科落葉低木、鮮黄色の五弁花、一重、八重。②山吹色の略。③(山吹色であるからいう)金貨。大判や小判。転じて、一般に金銭をいう。④昔の鉱山で採取した鉱石を溶かして、金・銀・銅などに分離すること。(広辞苑より)

2012年7月27日 (金)

乳酸菌(にゅうさんきん)、乳酸菌の働きによって作られている食品(ヨーグルト、チーズ、乳酸飲料、漬物、醤油、味噌など)、ポリ乳酸(プラスチックの素材)、とは(2012.7.27)

   微生物(びせいぶつ、細菌(さいきん)、酵母(こうぼ)、黴(かび)など)が有機物を分解する働きは、人々の役に立つときには発酵(はっこう)、有害なときには腐敗(ふはい)と呼ばれています。

 乳酸発酵(にゅうさんはっっこう)は、乳酸菌糖類酸素の存在しないところで分解し乳酸を生じる発酵です。ヨーグルトチーズの酪農品(らくのうひん)、乳酸飲料のほか、漬物(つけもの)、醤油(しょうゆ)、味噌(みそ)などの製造に利用されています。

 乳酸(にゅうさん、αーオキシプロピオン酸とも)は、ブドウ糖を乳酸菌で発酵させる乳酸発酵や激しい筋肉運動など、糖を無酸素状態で分解することによって生じます。動物の体内、特に疲労した筋肉中に蓄積されます。これは糖の代謝過程の最終産物で、筋肉中では筋肉運動に際しグリコーゲン(動物性のデンプン多糖類の一種)の代謝により生じます。無色、水飴状の物質で、酸味を有し、無臭です。 乳酸は、牛乳が酸敗(さんぱい、酸化、加水分解などの反応により変質)したものから初めて見出されたことに由来しています。

 乳酸菌(にゅうさんきん、球菌と桿菌

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乳酸菌(にゅうさんきん、上 球菌(きゅうきん)、下 桿菌(かんきん)、電子顕微鏡写真、北陸中日新聞、2012年3月4日朝刊)  乳酸菌の大きさは、直径1マイクロメートル、長さ数マイクロメートルで、1ミリの千分の一という小ささです。

(解説) 乳酸菌(にゅうさんきん)は、ブドウ糖を分解して酸味のある乳酸を50%以上生成する細菌の総称です。代表的なものは、形が丸い連鎖球菌科のグラム陽性球菌および形が細長い乳酸桿(かん)菌科のグラム陽性(かん)であり、腸球菌、ブルガリア菌、ビフィズス菌などが属します。

 乳酸菌は約300種あり、その中で動物に生息しているものはわずか十数種ほどで、圧倒的に植物由来のものが多いです。 植物性乳酸菌(岡田早苗教授、東京農業大学): http://www.nodai.ac.jp/teacher/okada/index.html

 乳酸菌は、人や動物の口腔(こうくう)、腸管、膣(ちつ)のほか、自然界の糖類のある食べ物の中などにいます。日本人は昔から漬物(つけもの)や醤油(しょうゆ)、味噌(みそ)を食べることで自然と体に乳酸菌を取り入れてきました。

 乳酸菌人間の体には無害で、小腸にある小さなくぼみが、乳酸菌が通過したことをキャッチするとウイルスやばい菌を攻撃する抗体(こうたい)の働きが強まるなど、感染防御の役割を果たすといわれ、腸の働きを整えるだけでなく、最近は食べ続けることで、風邪(かぜ)やインフルエンザ、花粉症(かふんしょう)などのアレルギー症状にかかりにくくなる機能が注目されています。

 乳酸飲料(にゅうさんいんりょう、乳酸菌飲料とも)は、乳または乳製品を乳酸菌または酵母で発酵させた液を主原料とした飲料です。多くは脱脂乳、脱脂粉乳が使用され、砂糖や香料などを加え加熱殺菌してつくります。整腸作用があるといわれています。

○ ポリ乳酸プラチスックの素材

 また、プラスチックとして注目されているポリ乳酸は、乳酸菌がつくる乳酸に熱を加えて水を取り出すと、分子がくっついてできる素材です。乳酸菌による発酵には、トウモロコシデンプンから取り出したブドウ糖を使います。従来のプラスチックと同じように加工ができ、パソコンや車フロアマット、食品トレー、コピー機などに使われています。もともとは、手術で縫う糸など医療用の材料でした。商品包装には「ポリ乳酸」または「PLA]と表示されています。

 私は、朝食のとき毎日、パンにチーズとジャム、コーヒー、サラダ、果物のほか、腸の働きを整えるヨーグルトなどいただき、おかげさまで、健康で元気に過ごしています。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991); 日本化学会編: 化学ってそういうこと! 夢が広がる分子の世界、化学同人(2003); 北陸中日新聞: なるほどランド、食品に素材に 乳酸菌活躍(食べると、どこから、進む研究)、2012年(平成24年)3月4日(日)朝刊.

(追加説明)

〇 醤油の五大産地は、かって、石川県金沢市大野町のほか、千葉県・野田、銚子、兵庫県・龍野、香川県・小豆島で、そこの町には、多くの醤油・みそ醸造元があります。大野醤油は、400年の歴史があり、加賀料理を引き立てる調味料で、生産量は全国の1%にも満たないが、石川県での消費量の7割を占めています。

 北陸の新鮮な刺し身には、大野醤油が一番合うという。その特徴は、甘口。昆布出し汁によく合う甘口です。色の濃さは、薄口と濃い口の中間。業界が定める色番号で濃い口が八~十番、薄口が二十番以上。大野醤油は十二番という。煮物に使っても食材の色を壊さない。透明で素材を引き立てる黒子役です。見た目に美しさにこだわる加賀料理には大野醤油の持ち味が生きる。加賀料理の縁の下の力持ちです。(くらしの作文、青山 勲、富山市、無職、72歳、料理の素材を生かす醤油、北陸中日新聞、2016.10.26、金沢市大野町を友人とともに訪ねた。)

 

2012年7月20日 (金)

頁岩(けつがん、シェール)と呼ばれる泥岩層に含まれている新たな資源、シェールガス、シェールオイル(シェールガス革命!)、とは(2012.7.20)

   最近、新たな資源として、地下にある頁岩(けつがん、シェール)と呼ばれる泥岩(でいがん)の層に含まれている天然ガス、シェールガス、またシェールガスと同じ泥岩の層に含まれて石油、シェールオイルのことをよく耳にします。これらは、シェールガス革命と呼ばれていますが、いかなるものか、改めて調べて見ました。

 頁岩(けつがん、泥板岩とも)は、広辞苑によれば、堆積岩の1つで、泥が固結した岩石(泥岩)のうち、一定方向に薄くはがれる性質をもつもので、色は淡灰、暗灰、黒褐色などです。石灰岩、砂岩などと相重なり、中生層、第三紀層などの地層をなしています。

 頁岩油(けつがんゆ、シェール油とも)は、オイルシェールを乾留(かんりゅう)、または水蒸気蒸留して得られる油です。石油の原油に似ていて、各種炭化水素のほか、タール酸(フェノール酸、クレゾール酸、キシレノール類など)、タール塩基(主成分はピリジン類、キノリン類など)を含み、原油と同じように使えます。

○ シェールガス

 シェールガスは地下にある「頁岩(けつがん)、シェール」と呼ばれる硬(かた)い泥岩(でいがん)の中に閉じ込められています。泥岩の中の有機物(ゆうきぶつ)が地下の温度と圧力の上昇で熟成(じゅくせい、長時間放置して分解されること)し、残ったものです。

 原油価格が高騰(こうとう)し、高かった井戸掘りでも採算(さいさん)がとれるようになりました。ここ数年、加えて井戸掘り技術も進み、強い水圧で岩盤(がんばん)に割れ目を入れて、米国(アメリカ)やカナダで安くたくさん採掘されるようになりました。が、地下水汚染や、採掘で地震を誘発(ゆうはつ)する可能性もあり、課題の克服も大切です。

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シェールガス埋蔵量(世界全体では456兆立方メートル、JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)のまとめによる)

(解説) 天然ガスの埋蔵量(まいぞうりょう)は60年分ほどでしたが、それがシェールの登場で、経済性も踏まえ、人類が活用できる量は少なくとも250年以上にまで伸びたと言われています。たくさんシェールが出るようになった米国(アメリカ)では、液化天然ガス(LNG)を輸入する必要がなくなりました。

 シェールガス北米(北アメリカ)のほか、欧州(ヨーロッパ)や豪州(オーストラリア)、中国アフリカなど世界中にあります。国際石油資本(メジャー)も続々と進出しています。米国(アメリカ)はガス輸出の解禁を考え始め、大手商社や東京ガスも輸入を準備中です。

○ シェールオイル

 シェールオイルは、地下にある「頁岩(けつがん)、シェール」と呼ばれる泥岩(でいがん)の層に含まれている石油のことで、基本的にシェールガスと同じ技術で採れます。これまで採掘が難しかったが、強い水圧をかけて岩盤層に亀裂(きれつ)を入れて取り出す方法が開発され、生産しやすくなりました。

 原油価格の高騰で採掘コストも見合うようになり、米国(アメリカ)では、シェールオイルは盛んに生産されるようになっています。泥岩の中のシェールオイルは石油になった後、さらに熟成(じゅくせい)が進んでシェールガスになります。これらはシェ-ルガス革命と呼ばれています。

 日本では、石油やガスの採掘会社「石油資源開発」が秋田県由利本荘市の「鮎川油ガス田」の岩盤層に、米国(アメリカ)と同じような良質のシェールオイルがあることを確認しました。石油資源開発は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の協力を得て、来年にも地下1000~1500mで試験生産を始め、生産が軌道に乗れば、国内で順次販売する予定です。  国内の油ガス田(JAPEX、石油資源開発株式会社): http://www.japex.co.jp/business/japan/field.html

 関係者によると、総量で500万バレル程度の石油が採掘できる見込みという。なお、鮎川油ガス田は、すでに1995年(平成7年)から石油資源開発が石油と天然ガスを生産しています。秋田県内にはほかにも有望なシェールオイル田が複数あるとみており、これらを合わせ、1億バレルの石油が5年以内をめどに開発されると、国内の年間石油消費量の1割弱にあたる規模になり、国内の自給率も高まることが期待されています。

{参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991); 大木道則・大沢利昭・田中元治・千原秀昭編: 化学事典(第1版)、東京化学同人(1994); 朝日新聞(朝刊): 秋田でシェールオイル 国内初、試験生産へ、2012年(平成24年)7月7日(土); 朝日新聞(朝刊): ニュースがわからん! シェールガスが話題になているね 泥岩の中の天然ガスを採掘できるようになった、2012年(平成24年)7月20日(金).

 

2012年7月17日 (火)

サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題(2012.7.17.歩道沿いの下野の花)

T. HONJO
金沢
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シモツケ下野、バラ科シモツケ属、県道横の歩道沿い、示野町、金沢、石川、2012年7月17日)

2012年7月15日 (日)

サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題(2012.7.15.歩道沿いの木槿の花)

T. HONJO
金沢
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ムクゲ木槿、アオイ科、歩道沿い、示野町、金沢、石川、2012年7月15日)

2012年7月14日 (土)

運動会(軍事訓練から健全娯楽へ!)、国民体育大会(民主国家再建と国民健全娯楽の振興!)、第1回近畿国体、第2回石川国体、第3回福岡国体(以後都道府県持ち回り)、とは(2012.7.14)

   運動会は、1874年(明治7年)に海軍兵学寮で行われた、かけ足、つな引きなどの「競闘遊技会」に始まるといわれる。このイギリス式のレクリエーッション的な性格が強いアスレチック・スポーツの競技会は、東京大学予備門(のち第1高等中学校)で英語を教えていたおやとい教師、ストレンジにより、1883年(明治16年)10月に大学の運動場で、運動会としては1885年(明治18年)に行われ、高等教育機関に広がりました。

 また、森有礼(もりありのり、1847~1889)文相が鍛錬(たんれん)のために兵式体操を導入してからは、小学校での運動会が普及しました。1900年代に入り、就学率が90%を越えると、父母や地域住民も参加した、お祭りのような健全娯楽の行事となりました。 日本のスポーツ100年のあゆみ(日本体育協会): http://www.japan-sports.or.jp/portals/0/data0/jasa100th/ayumi/index.html

○ 国民体育大会(略称、国体 

 国民体育大会(略称、国体)は、戦後の国内最大の総合競技大会です。 その前身体育大会には、明治神宮競技大会(1924~1925)、同体育大会(1926~1937)、同国民体育大会(1939~1941)、同国民錬成大会(1942~1943)などがあります。

 1946年(昭和21年)、大日本体育会(1948年(昭和23年)日本体育協会に改称)は、第1回国民体育大会京阪神地区主催しました。 この体育大会は、「明るい希望と勇気をを与える大会」として、日本の復興を願い、「民主国家の再建」と「国民の健全娯楽の振興」を期待していました。

 第2回石川国体から、大会シンボルマーク「30度右傾斜した赤色の松明を青色の円帯(幅はマーク全体の直径の1/10)で囲んだもの)と大会歌「若い力」が制定され、記念切手も初めて発行されました。また、昭和天皇のご臨席もありました。

 上述のように、主催は、太平洋戦争で大きな空襲被災を受けなかった、近畿の京都、奈良、滋賀、北陸の石川などの地域から開かれ、第3回福岡国体より都道府県持回りとなり、1949年(昭和24年)には開催県、1950年(昭和25年)には文部省(のち文部科学省が共催に加わりました。

  現在は、日本体育協会、文部省、開催都道府県の共催で、全国各地で毎年行われる全国都道府県対抗の総合競技大会となっています。 そして、冬、夏、秋の3季に分かれ、3大会の総合得点で競い、男女総合得点第1位に天皇杯、女子総合得点第1位に皇后杯が授与されます。

 天皇杯・皇后杯は、都道府県別ですが、第1・2回・1973年の特別大会では未施行です。第6・7・8回は冬と夏秋に分けられ、第9回では冬・水泳・夏秋に細分化されていました。また、大会名の前にある☆マークは冬の2大会・(夏)・秋の全3(4)大会を全て同一都道府県で行った完全国体です。なお、特記がない限り名称・開催地は秋季大会の名称・開催地と同じです(冬季大会は別の名称の場合もあります)。

回数名称開催地スローガン天皇杯皇后杯
1 1946年 近畿国体[備考 1] 京阪神地域 なし なし なし
2 1947年 石川国体[備考 1] 石川県
3 1948年 福岡国体 福岡県 東京 京都
4 1949年 東京国体 東京都 東京
5 1950年 愛知国体 愛知県
6 1951年 広島国体 広島県 北海道(冬) 北海道(冬)
東京(夏秋) 東京(夏秋)
7 1952年 東北3県国体 福島県
宮城県
山形県
北海道(冬) 北海道(冬)
東京(夏秋) 東京(夏秋)
8 1953年 四国国体 愛媛県
香川県
徳島県
高知県
北海道(冬) 北海道(冬)
東京(夏秋) 東京(夏秋)
9 1954年 北海道国体 北海道 北海道(冬) 北海道(冬)
奈良(水泳) 奈良(水泳)
東京(夏秋) 東京(夏秋)
10 1955年 神奈川国体 神奈川県 東京 東京
11 1956年 兵庫国体 兵庫県
12 1957年 静岡国体 静岡県 静岡
13 1958年 富山国体 富山県 東京
14 1959年 東京国体[備考 2] 東京都
15 1960年 熊本国体 熊本県
16 1961年 秋田国体 秋田県 明るい国体
17 1962年 岡山国体 岡山県 歴史をつくる岡山国体
18 1963年 山口国体 山口県 友愛・奉仕・躍進
19 1964年 新潟国体[備考 3] 新潟県 国体へ県民一致の力こぶ 新潟 新潟
20 1965年 岐阜国体 岐阜県 明るく つよく 美しく 岐阜 岐阜
21 1966年 剛健国体 大分県 剛健・友愛・信義 大分 東京
22 1967年 清新国体 埼玉県 成功させよう埼玉国体・
まごころで迎えよう埼玉国体
埼玉 埼玉
23 1968年 親切国体 福井県 明るくきよくたくましく 福井 東京
24 1969年 創造国体 長崎県 あすをひらく創造国体 長崎 長崎
25 1970年 みちのく国体 岩手県 誠実 明朗 躍進 岩手 大阪
26 1971年 黒潮国体 和歌山県 明るく・豊かに・たくましく 和歌山 大阪
27 1972年 太陽国体 鹿児島県 明るく たくましく うるわしく 鹿児島 鹿児島
1973年 若夏国体[備考 4] 沖縄県 強く、明るく、新しく なし なし
28 1973年 若潮国体 千葉県 輝く心 輝く力 輝く太陽 千葉 東京
29 1974年 水と緑のまごころ国体 茨城県 なし 茨城 茨城
30 1975年 三重国体 三重県 なし 三重 三重
31 1976年 若楠国体 佐賀県 さわやかに すこやかに おおらかに 佐賀 東京
32 1977年 あすなろ国体 青森県 心ゆたかに力たくましく 青森 東京
33 1978年 やまびこ国体 長野県 日本の屋根に手をつなぐ 長野 長野
34 1979年 日本のふるさと宮崎国体 宮崎県 伸びる心、伸びる力、伸びる郷土 宮崎 宮崎
35 1980年 栃の葉国体 栃木県 のびる力 むすぶ心 ひらくあした 栃木 栃木
36 1981年 びわこ国体 滋賀県 水と緑にあふれる若さ 滋賀 滋賀
37 1982年 くにびき国体 島根県 このふれあいが未来をひらく 島根 島根
38 1983年 あかぎ国体 群馬県 風に向かって走ろう 群馬 群馬
39 1984年 わかくさ国体 奈良県 駆けよ大和路 はばたけ未来 奈良 奈良
40 1985年 わかとり国体 鳥取県 明日へ向かって はばたこう 鳥取 鳥取
41 1986年 かいじ国体 山梨県 ふれあいの場をひろげよう 山梨 山梨
42 1987年 海邦国体 沖縄県 きらめく太陽、ひろがる友情 沖縄 沖縄
43 1988年 京都国体 京都府 新しい歴史に向かって走ろう 京都 京都
44 1989年 はまなす国体 北海道 君よ今、北の大地の風となれ 北海道 北海道
45 1990年 とびうめ国体 福岡県 ときめき 出会い みなぎる力 福岡 福岡
46 1991年 石川国体 石川県 すばらしき 君の記録に わが拍手 石川 石川
47 1992年 べにばな国体 山形県 思いっきり躍動 21世紀の主役たち 山形 山形
48 1993年 東四国国体 香川県
徳島県
出会い 競い そして未来へ 香川 香川
49 1994年 わかしゃち国体 愛知県 いい汗キャッチ!生き生き愛知 愛知 愛知
50 1995年 ふくしま国体 福島県 友よほんとうの空にとべ! 福島 福島
51 1996年 ひろしま国体 広島県 いのちいっぱい、咲きんさい! 広島 広島
52 1997年 なみはや国体 大阪府 おおさか ふれ愛 夢づくり 大阪 大阪
53 1998年 かながわ・ゆめ国体 神奈川県 おお汗 こ汗 神奈川 神奈川
54 1999年 くまもと未来国体 熊本県 人、光る。 熊本 熊本
55 2000年 2000年とやま国体 富山県 あいの風 夢のせて 富山 富山
56 2001年 新世紀・みやぎ国体 宮城県 いいね!その汗、その笑顔 宮城 宮城
57 2002年 よさこい高知国体 高知県 いしん前進 東京 東京
58 2003年 NEW!!わかふじ国体 静岡県 “がんばる”が好き 静岡 静岡
59 2004年 彩の国まごころ国体 埼玉県 とどけ この夢 この歓声 埼玉 埼玉
60 2005年 晴れの国おかやま国体 岡山県 あなたがキラリ☆ 岡山 岡山
61 2006年 のじぎく兵庫国体 兵庫県 “ありがとう”心から・ひょうごから 兵庫 兵庫
62 2007年 秋田わか杉国体 秋田県 君のハートよ位置につけ 秋田 秋田
63 2008年 チャレンジ!おおいた国体 大分県 ここから未来へ 新たな一歩 大分 大分
64 2009年 トキめき新潟国体 新潟県 トキはなて 君の力を 大空へ 新潟 新潟
65 2010年 ゆめ半島千葉国体 千葉県 今 房総の風となり この一瞬に輝きを 千葉 千葉
66 2011年 おいでませ!山口国体 山口県 君の一生けんめいに会いたい 山口 山口
67 2012年 ぎふ清流国体 岐阜県 輝け はばたけ だれもが主役 未施行 未施行
68 2013年 スポーツ祭東京2013 東京都 東京に 多摩に 島々に 羽ばたけアスリート 未施行 未施行
69 2014年 長崎がんばらんば国体 長崎県 君の夢 はばたけ今 ながさきから 未施行 未施行
70 2015年 紀の国わかやま国体 和歌山県 躍動と歓喜、そして絆 未施行 未施行
71 2016年 未定 岩手県 未定 未施行 未施行
72 2017年 未定 愛媛県 未定 未施行 未施行
73 2018年 未定 福井県 未定 未施行 未施行
74 2019年 未定 茨城県 未定 未施行 未施行
75 2020年 未定 鹿児島県 未定 未施行 未施行
76 2021年 未定 三重県 未定 未施行 未施行
  1. 第1回は、会計年度に準じた大会日程を組んだため、秋季競技会の終了後に冬季大会を行う日程を組んだ(よってこの大会は、夏→秋→冬の順番だった。しかし選手団輸送の問題で、この第1回冬季大会は実施されなかった)。これは戦前の神宮競技大会(国民練成大会)も同様の日程で行われた名残でもあった。そのため、暦年制となった第2回では冬季大会が行われず、第3回から現在の方式(冬→(夏)→秋。冬季は第3回が実質初回となる)という形が定着しています。
  2. 愛知・三重・岐阜県は、伊勢湾台風の影響により参加せず。
  3. 東京オリンピックの開催の都合もあるため、秋季大会を春季(6月)に繰り上げて開催。また夏季大会はその直後に発生した新潟地震の影響で取り止めとなった。
  4. 本土復帰記念の特別国体です。

(解説) 開催都道府県の勝利至上主義が顕在化、1964年(昭和39年)の新潟国体以降、開催都道府県が総合優勝杯である天皇杯・皇后杯を獲得することがほぼ常態化しています。 国民体育大会(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E6%B0%91%E4%BD%93%E8%82%B2%E5%A4%A7%E4%BC%9A

 その原因として、開催県の代表が予選結果に関係なく全種目に出場出来るいわゆる、フルエントリー制の存在や、開催県が選手強化や大会運営、会場とする施設の新設に資金を注ぎ込んでいることが起因していると言われています。

 第19回新潟国体は、1964年(昭和39年)1月26日~6月11日(春季)開催されましたが、同年6月16日、M7.5の新潟地震が起こり、8月の夏季大会は中止、同年10月10日~24日、東京オリンピックが開催されました。池田首相はオリンピック閉会後、病気のため11月9日退陣、佐藤内閣tが発足しました。

 私は、国民体育大会の開催地として、戦後第1回は近畿国体(京都府、大阪府、滋賀県、奈良県、兵庫県、和歌山県)、第2回は石川県(金沢市、小松市、七尾市、松任町、大聖寺町)が選ばれたのは、幸いにも太平洋戦争の時の米軍の空襲被害が少なかった地域が中心になっていると思いました。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991);樋口清之監修: 生活歳時記(第2版)、散歩出版(1994); 永原慶二監修: 日本史辞典(第1刷)、岩波書店(1999).

(参考資料) 国民体育大会国体、ホームページ日本体育協会):http://www.japan-sports.or.jp/kokutai/tabid/62/Default.aspx. 

2012年7月11日 (水)

サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題(2012.7.11.県道中央分離帯のネジバナ(捩花)

科学風土記(人文、社会、自然)

T. HONJO
金沢
 概要: サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題を、科学風土記(人文、社会、自然)として、四季折々、徒然なるままに紹介しています。
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 興味: 生涯学習(ブログ作成!),サイエンス(科学、人文、社会、自然),歴史散歩(風土、文化、温故知新!),インターネット(情報検索 !),スクラップ(新聞、雑誌),囲碁(棋話、対局!)
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ネジバナ捩花、ラン科ネジバナ属、県道中央分離帯の草地、桜田、金沢、2012年7月11日)

2012年7月 8日 (日)

オリンピック、古代オリンピック(主神ゼウスの祭典、競技会、オリンピア)、近代オリンピック(フランス人のクーベルタン提唱、オリンピック競技大会、日本の参加と開催)、とは(2012.7.8)

   第30回夏季オリンピック競技大会は、 ロンドン(イギリス)で、2012(平成24年)年7月27日(金)に開会式を迎え、 17日間で26競技(204か国参加、302種目)を行い 、2012(平成24年)年8月12日(日)に閉幕(時差イギリスは日本より8時間遅れ)となっています。 第30回夏季オリンピック競技大会(競技日程、2012/ロンドン): http://www.joc.or.jp/games/olympic/london/schedule/.そこで、世界平和と国際親善をめざすスポーツの祭典オリンピックの歴史について、改めて調べて見ました。

 古代オリンピック(主神ゼウスの祭典、競技会、オリンピア)

 古代ギリシャオリンピアで、紀元前776年から紀元393年まで、4年ごとに行った主神ゼウスの祭典(オリンピア祭)。時期は8月の満月の頃で、同時に運動・詩・音楽などの競技会古代オリンピック)が行われました。が、テオドシウス(347~395)帝の異教禁止令によって393年の293回を最後に廃止、すなわち、キリスト教が国教となり、他の神を信仰することを許されなかったため、古代オリンピックは滅びました。

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ゼウスの神殿跡(古代オリンピア、ギリシャ、google画像) 古代オリンピック(ウィキペディア):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF

(解説) オリンピアは、 古代ギリシャ、ペロポネソス半島北西部エリス地方にあった都市で、ゼウスの神殿があり、宗教の中心、オリンピック競技発祥地です。 ゼウスはギリシャ神話の最高神で、空を支配すると共に政治・法律・道徳などの人間生活をも支配する神で、ローマ神話のジュピター(ローマ神話の天空神で、国家の三主神の一)に当たる。 オリンポスは、ギリシャ北部、テッサリアとマケドニアとの境界にある、ゼウスをはじめオリンポスの12神のほか、ギリシャ神話の諸神が住んだという、高さ2917mの峻峰です。 

 オリンピアードはオリンピア祭と次のオリンピア祭との間の4年の時期で、紀元前776年来、古代ギリシャ人はこれを基準として年代を数えていました。そして、古代ギリシャの暦数の単位は、オリンピックの中間の4年1オリンピアードとしていました。

 この故事ににならい、第1回アテネ・オリンピック大会の開かれた1896年を近代オリンピアード第1期の1年目とし、転じてオリンピック大会を意味するようになりました。

 近代オリンピック(フランス人のクーベルタン提唱、オリンピック競技大会)

 1894年パリ万国博を機に、古代オリンピック精神の復活を願うフランス人ピエール・ド・クーベルタン(1863~1937)の提唱によりパリ国際アスレチック会議を開催、大会を統括する国際オリンピック委員会(IOC)を設立、1896年4月の第1回大会(アテネ)が14か国、8競技種目で開催されました。 

近代オリンピック(誕生の瞬間)

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IOC委員(1896年、一番右で立っているのがクーベルタン、Photo:Getty Images/AFLO、google画像) オリンピズムクーベルタンとオリンピズム、日本オリンピック委員会): http://www.joc.or.jp/olympism/coubertin/

(解説) 1892年、若い教育者のピエール・ド・クーベルタン(1863~1937、30才)は、古代のオリンピア競技を再びよみがえらそうと、人々に訴えました。彼はイギリスやアメリカに出かけていって、それらの国の若者がスポーツによって、正しい心、協調の精神を養っていることを知りました。そして、彼はフランスが栄えるためには、フランス人がスポーツによって、正しい心、強い肉体を持つことだと考えました。 また、スポーツは、世界の人々の心を結ぶ働きをもすると思うようになりました。そのためには、「世界の人々が一つ所に集まってスポーツを楽しむことだ」と彼は主張しました。

 このクーベルタンの呼びかけで、1894年に国際オリンピック委員会(IOC)が設立され、1896年4月、アテネで復活第1回オリンピック大会が参加14か国、8競技種目で開催され、以降、世界大戦による中止(1916,1940,1944)を除き、4年目ごとに行う夏季競技大会となり、また1924年以降、別に冬季競技大会も行われるようになりました。 クーベルタンは、近代オリンピックの復活者として、また有名な「オリンピックに勝つことより、参加することに意義がある」の言葉でも知られています。 が、実際は1908年、第4回ロンドン大会でセントポール大寺院での日曜礼拝の時、険悪な対立ムードの英米の選手を前にして諭された主教の戒めの言葉だそうです。 

 オリンピック旗は、 1914年クーベルタンが考案した旗で、オリンピック大会を通じて五大陸(ヨーロッパ、アジア、アフリカ、オセアニア、アメリカ)の平和と協力を表す5色の輪を中央におくので五輪旗とも呼ばれています。5色は当時の世界の国旗の基本色を取り入れたもので、五大陸の間に特別の関係はありません。

 1925年、プラハの第23次国際オリンピック委員会(IOC)総会でオリンピック憲章が決定されました。また、 現在の聖火リレーは、1936年にドイツで開かれた第11回ベルリンオリンピックではじめて導入されました。

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聖火リレー(1936年、ベルリン、ドイツ)
 
(解説) 聖火は、伝統的にオリンポス山で太陽を利用して採火され聖火ランナーによってオリンピック開催地まで届けられていました。近年では、オリンピックの開会式が行われる数ヶ月前に、古代オリンピックが行われていたギリシャのオリンピア採火されています。聖火トーチへは、太陽光線を一点に集中させる凹面鏡に、炉の女神ヘスティアを祀る11人の(女優が演じる)巫女がトーチをかざすことで火をつけています。 オリンピック聖火(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E8%81%96%E7%81%AB

 オリンピック種目は、国際オリンピック大会における競技の種目のことです。男子は少なくとも3大陸、50か国・地域で、女子は少なくとも3大陸・35か国・地域で、冬季大会男女とも3大陸、25か国・地域で広く行われている競技の中から、大会開催6年前に選定されます。

 オリンピック夏季大会は、1(1896,アテネ)、2(1900,パリ)、3(1904,セントルイス)、4(1908,ロンドン)、5(1912,ストックホルム)、6(1916,ベルリン、中止)、7(1920,アントワープ)、8(1924,パリ)、9(1928,アムステルダム)、10(1932,ロサンゼルス)、11(1936,ベルリン)、12(1940,東京、中止)、13(1944,ロンドン、中止)、14(1948,ロンドン)、15(1952,ヘルシンキ)、16(1956,メルボルン、ストックホルム)、17(1960,ローマ)、18(1964,東京)、19(1968,メキシコ・シティー)、20(1972,ミュンヘン)、21(1976,モントリオール)、22(1980,モスクワ)、23(1984,ロサンゼルス)、24(1988,ソウル)、25(1992,バルセロナ)、26(1996,アトランタ)、27(2000,シドニー)、28(2004,アテネ)、29(2008,北京)、30(2012,ロンドン) オリンピック夏季大会(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E5%AD%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF

 オリンピック冬季大会は、1(1924,シャモニ・モンブラン)、2(1928,サン・モリッツ)、3(1932,レーク・プラシッド)、4(1936,ガルミッシュ・バルテンキルヘン)、5(1948(サン・モリッツ)、6(1952,オスロ)、7(1956,コルチナ・ダンベッツォ)、8(1960,スコー・バレー)、9(1964,インスブルック)、10(1968,グルノーブル)、11(1972,札幌)、12(1976,インスブルック)、13(1980,レーク・ブラシッド)、14(1984,サラエボ)、15(1988,カルガリー)、16(1992,アルベールビル)、17(1994,リレハンメル)、18(1988,長野)、19(2002,ソルトレイクシティ)、20(2006,トリノ)、21(2010,バンクーバー) オリンピック冬季大会(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%AC%E5%AD%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF

○ 近代オリンピック(日本の参加と開催)

 オリンピック大会は、夏期大会と冬季大会とに分けられ、夏季オリンピック大会は1896年アテネで、冬季オリンピック大会は1924年シャモニーで第1回大会を開催、日本の夏季大会の初参加は、1912年第5回ストックホルムから、また第2次大戦後は1952年の第15回ヘルシンキから復帰しました。

 冬季大会は、1924年に始まり、日本は1928年第2回サンモリッツから参加、日本国内では1972年(第11回)札幌で、1998年(第18回)長野で開催されました。

 1928年第9回アムステルダム大会で、8月2日の三段跳決勝で、日本の織田幹雄選手は、みごと15.21mを跳び優勝しました。日本の初優勝がなり、メインポールに日の丸があがり、君が代が奏せられました。

 第18回東京オリンピックについては、1940年第12回東京大会は日中戦争の拡大にともない中止、1964年10月東京で開催された第18回オリンピック大会は、94か国5586人が参加、中国、北朝鮮は不参加でしたが、東西ドイツは統一大選手団を派遣してきました。

 この大会では、計測機器の新開発、世界新記録の続出、初の衛星中継、日本選手の善戦など数々のエピソードを生み、日本の政治・経済・市民生活の国際化に大きく寄与しました。また東京大会は、イベント型公共投資による国土開発の先駆となりました。東京オリンピック(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF

 日本では、1964年(昭和39年)10月10日、東京で開催された第18回オリンピック大会を記念して、1966年(昭和41年)より10月10日を「体育の日」とし、「国民がスポーツに親しみ、健康な心身を培う日」として国民の祝日に制定されました。 なお、2000年(平成12年)からは「ハッピーマンデー制度」の適用により、10月の第2月曜日となっています。

 私は、東京オリンピックの聖火ランナーが国立陸上競技場で走る姿を、京都大学理学部北部構内の食堂の大型のテレビの前で多くの教職員、学生と共に見ました。その時の最終聖火ランナーは坂井義則(広島の原爆投下日生まれの陸上選手 )であったことから、これから始まる第18回東京オリンピック大会が世界平和を願う祭典であることを強く感じたのを覚えています。 東京オリンピックは10月10日に始まりましたが、国交のなかった不参加の中国は、10月16日、初の原子核実験を強行、成功させています。

 また、東京オリンピックの年は新潟国体も開かれていました。第19回新潟国体は、1964年(昭和39年)1月26日~6月11日(春季)開催されましたが、同年6月16日、M7.5の新潟地震が起こり、8月の夏季大会は中止、同年10月10日~24日、東京オリンピックが開催されました。池田首相はオリンピック閉会後、病気のため11月9日退陣、佐藤内閣tが発足しました。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991); 樋口清之監修: 生活歳時記(第2版)、三宝出版社(1994); 永原慶二監修: 日本史辞典(第1刷)岩波書店(1999).

 

2012年7月 3日 (火)

時計、時の記念日(6月10日、奈良時代、水時計の漏刻に由来)、1日24時間、1時間60分(1日24時間制)、うるう秒調整(天文時と原子時のズレ)、時計の歴史、とは(2012.7.3)

   時計(とけい、土圭とも)は、時間(ある瞬間から他の瞬間までの、経過した時の長さ)を測定し、時刻(時の流れの中のある一点)を指示する装置です。 広辞苑によれば、土圭(とけい、中国の周代の緯度測定器)を、日本で中世に日時計の意に用いたもので、「時計」は当て字という。

○ 時の記念日(6月10日)の由来

 奈良時代、日本書紀によれば、第38代天智天皇(てんじてんのう、626~671)が、671年(天智10年)4月25日に漏刻(ろうこく)という水時計大津近江宮(滋賀県)にも設置して、鐘鼓(しょうこ)を鳴らして時を知らせたとされています。その日は現在の暦に換算すると、6月10日になることから、1920年(大正9年)、「時の記念日」と定められました。

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天智天皇(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%99%BA%E5%A4%A9%E7%9A%87

水時計(天智天皇の漏刻(ろうこく)の図、google画像) 階段状に置いた水槽の上から下へ、菅で水を順に流し込む。一番下の水槽には目盛りを入れた浮き付きの矢があり、その浮上で時を計る。一番上の水槽には適宜(てきぎ)給水する。 時の記念日(天智天皇の漏刻、TMEKEEPER、古時計どっとコム): http://www.kodokei.com/la_011_3.html. 

(解説) 水時計漏刻(ろうこく)は、660年(斉明6年)、日本ではじめて中大兄皇子(のち天智天皇)が飛鳥の京に設置(飛鳥水落遺跡)したと伝えられています。1972年(昭和47年)、 飛鳥明日香村・水落部落の発掘調査で、日本書紀の古代の水時計・天智天皇の漏刻と見られる遺構が発見され話題となりました。日本書紀に記された、天智天皇の漏刻の姿は1732年(享保17年)、櫻井養仙の「漏刻説」の中で、図が載っています。 

時計館宝物館(近江神宮、漏刻、大津市、滋賀県): http://oumijingu.org/publics/index/98/

 ○ 1日24時間、1時間60分(1日24時間制)

 古代メソポタミアバビロニアの数学・天文学が、基礎を作ったとされています。バビロニアでは、多くの整数(せいすう)で割りきれることなどから、12や60を重要な数字と認識し、12や60で繰り上がる計算方法を多用していました。また、1日24時間は、かつて長さの違う昼と夜をそれぞれ12等分していたため、後にこれが1日24等分の起こりとなったと見られます。

 1日24時間制では、1日は24時間(12時間×2)、1時間は60分1分は60秒と決まっています。日本がその時間体系(定時法、1日の長さを等分する方法)になったのは、1873年(明治6年)です。それまでは、暦や時刻の制度は、自然現象を利用する不定時法(夜明けと日暮れ、日の出と日の入りを基準に、昼と夜を等分する方法)でした。日本は、1873年(明治6年)に不定時法から定時法に移行しました。

○ うるう秒調整(天文時と原子時のズレ)

 天文時は、地球の自転に基づいて計測されます。が、自転速度は、潮の満ち干や気圧配置などの影響で変動しています。現在、減速傾向にあり、1000年前より1日が0.01~0.015秒長くなっています。

 一方、原子時は、原子の固有の振動数を基準としたもので、セシウム原子時計と呼ばれ、1秒の長さがセシウム133原子の内部の振動、91億9263万1770回分の時間に相当するもので、安定していて、非常に正確です。そこで、1967年(昭和42年)に天文時から原子時に変更されました。

 天文時と原子時のズレ、うるう秒調整は、ズレが積み重なって大きくなった場合には、原子時に1秒を挿入(そうにゅう)または削除(さくじょ)して、その差が±0.9秒以内になるよう調整し、その時刻は「世界の標準時(協定世界時)」となっています。

  「うるう秒」の挿入は、2012年(平成24年)7月1日(日)に世界同時に実施されます。日本では、午前8時59分59秒と午前9時0分0秒との間に8時59分60秒を挿入し、1日が24時間1秒となります。1972年(昭和47年)に始まり、今回は25回目、前回は2009年(平成21年)1月1日に実施しました。 日本標準時の管理情報通信研究機構、NICT、小金井市、東京都): http://www.nict.go.jp/

 というわけで、世界共通の標準時は現在、数十万年に1秒しか狂わない高精度の原子時計に基づいて運用されており、数年に一度うるう秒を入れることで、地球の自転とのズレを解消しています。が、将来的には廃止することも議論されています。

 「うるう」という言葉については、昔の中国の王がうるう月に門で過ごし、「閏」の字ができました。余りという意味です。「潤」と似ているので「うるう」と読むようになったという。

○ 時計の歴史

 古代、自然現象を利用する、日時計、水時計、砂時計、火時計などの後、中世、14世紀には棒てんぷを使った機械時計が作られました。機械時計は、振子またはてんぷ(天府、ぜんまいによって回転振動させ、等時性をつくりだす環状の装置)の振動の等時性を利用して、歯車を動かし、指針を等時的に進ませる装置からできています。

 日本独特の和時計は、近世、16世紀に伝来した棒てんぷ時計がもとになっています。オランダのホイヘンス(1629~1695)が1657年(明暦3年)に発明した振子時計、近代、1675年(延宝3年)に完成した携帯(けいたい)時計は、振り子、てんぷの振動の等時性に基礎をおくもので、機械時計の精度を画期的に向上させました。

 現代時計は極めて多種で、①用途により、携帯時計(腕時計、懐中時計)、家庭時計(掛時計、置時計、目ざまし時計)、公衆時計、標準時計、天文時計など、②調速機構(ちょうそくきこう)により、振子時計、てんぷ時計、水晶時計、原子時計など、また、③動力種類により、ぜんまい時計、重力時計、電気時計などに分類することができます。

時計の歴史(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%82%E8%A8%88%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

 最初の時計ー日時計エジプトの日時計)、 国立科学博物館(ホームページ、上野、東京): http://www.kahaku.go.jp/

(解説) 日時計は、人類最初の時計で、太陽の日周運動による物体の影の長さや方向の変化から時刻を知る装置です。最も簡単なものは棒を鉛直に立てたものですが、同時刻の影の位置は季節により異なります。紀元前4000~3000年頃すでにエジプトで使われていました。

 砂時計は、 中くびれのガラス容器に、粒度のそろった乾燥した砂を入れ、小孔から落下させて時間をはかるものです。8世紀にフランスの僧、リウトプランド(生没不詳)が考案したと言われています。舟などで4,2,1,1/2時間のものや、速度測定用の28秒、14秒のものが19世紀初めまで使われていました。

 水時計は、小穴のあいた容器から流出する水の量により時間をはかる装置です。日時計と違って、夜間や曇天でも使えます。1400年頃の水時計がカイロ博物館にあります。ギリシャのクレプシュドラ(水を盗む意、水時計)、中国・日本の漏刻(ろうこく、水時計)が代表的なものです。後には流出する水を別の容器に受けて浮子を浮上させ、これにより指針を動かすものも作られ、機械時計が出現するまで広く使われました。

 機械時計は、ふつうぜんまい、または重力動力とし、振子またはてんぷ調速機としています。調速機の規則正しい周期運動により、脱進機(だつしんき、てんぷまたは振子を調速機として、一定時間間隔で歯車を1歯ずつ回転させる装置)は、歯車輪列の最後にあるがんぎ車を1歯ずつ脱進させ、輪列の回転速度を規正し、同時に調速機にエネルギーを与えて振動を継続させます。輪列は、ぜんまいまたは錘(おもり)からの動力を伝え、また規正された回転速度を分針、秒針に伝える伝達装置で、回転数を順次増やしていく加速系をなしています。

 水晶時計(クオーツ時計は、水晶発振器による安定な周波数を利用した正確な時計です。水晶の振動を標準器にして時間を計るもので、1969年(昭和44年)、世界初のクオーツ腕時計は、日本の時計メーカーが開発した、セイコークオーツアストロンです。水晶に電圧を加えると安定して振動する特性を利用し、特定の振動をIC回路で変換して1秒1回の信号にして時を示します。1秒に数万回の安定した高振動で正確さが飛躍的に増し、誤差は月に数秒程度になりました。 クオーツ時計(水晶時計、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%84%E6%99%82%E8%A8%88

 原子時計は、水晶時計(クオーツ時計)の水晶発信器の振動周波数を、セシウム133の原子やアンモニアの気体分子に与えたときに生ずるマイクロ波の吸収線スペクトルを厳密に一定に保つことによって、水晶時計の精度を数十倍に高めた時計です。原子時計(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E6%99%82%E8%A8%88

 原子時計の原理は、原子や分子がある特定の周波数の電磁波を吸収・放出する性質を生かしたもので、マイクロ波領域のものが多く、アンモニア分子(吸収マイクロ波の周波数23,870.13メガヘルツ、波長約1.2cm)やセシウム133(安定同位体で放射線を出さない、9,192.631770メガヘルツ、約3.3cm)などが用いられています。周波数や時間の基準として極めて精度が高く、高精度のものは数千万年に1秒の誤差です。

 私が使っている時計は、太陽光(ソーラー)を動力(エネルギー)源とする電波修正時計(CASIOタフソーラー3311*JA)で、日本標準時の電波を受信し、時刻を修正するものです。これを使い始めて7年半程になりますが、何のトラブルもなくとても便利です。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991; 永原慶二監修: 日本史事典(第1刷)、岩波書店(1999); 北陸中日新聞: 大図解、時計の歴史、「時の記念日」の由来、織田一朗、時計は人類の英知の結晶、サンデー版+テレビ、2012年(平成24年)6月10日(日)朝刊より.

(参考資料) 日本標準時明石市立天文科学館、明石市、兵庫県): http://www.am12.jp/shigosen/sekaiji.html

はがね山標準電波送信所(標準電波 60キロヘルツ、はがね山、福岡県・佐賀県): http://jjy.nict.go.jp/LFstation/hagane/index.html

おおたかど山標準電波送信所(標準電波 40キロヘルツ、おおたかど山、田村市、福島県):http://jjy.nict.go.jp/LFstation/otakado/index.html

(追加説明) 福井県の若狭湾間近の三方五湖の中で約4.1平方キロと、最も大きな水月湖のほぼ真ん中で、長年湖底に積もった70メートルの堆積物は、きれいなしま模様を形成しており、考古学年代の5万年を刻む標準の砂時計になりうることが分かりました。(朝日新聞: 科学 5万年刻む砂時計 福井水月湖 70メートルの堆積物、しま模様、地形の恵み、考古学年代の標準時、2013年(平成25年)1月7日(月)朝刊)

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