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2012年10月 7日 (日)

歌詞のメッセージ(人の幸せとは)、太陽と土と水を(人様は、力があれば幸福が?)、手のひらを太陽に(僕らはみんな生きている!)、花は咲く(東日本大震災復興支援ソング)、とは(2012.10.7)

   最近注目されている歌、「太陽と土と水を」の歌詞には、「人が力や金でなく、知恵や自然との調和に幸せを求める!」というメッセージが込められており、東日本大震災と原発事故を経て、人々が求め始めた社会のありようと重なるという。 人間も自然の一部であり、日本の童謡、「手のひらを太陽に」とも相通ずるものがあるように感じられました。

○ 太陽と土と水を

 太陽と土と水を(たいようとつちとみずを)は、中村八大(なかむらはちだい、1931~1992)さんが高度経済成長期の40年前、唯一作詞作曲した歌ですが、レコードは売れず、忘れ去られていた曲という。 太陽と土と水を(中村さんゆかりの東京都世田谷区、保坂展人区長の公式ブログ、どこどこ日記): http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/8002b8393c19050538740ac0c52a95c6

 人様は 力があれば幸福(しあわせ)が つかまえられると 考えた 力をたくわえた 人様は 力があれば幸福(しあわせ)が つかまえられると  やってみた 力は 消え失せた 力は 知恵に負けた 力は 消えた 力は 知恵に負けた 力は消えた

 人様は お金があれば幸福(しあわせ)が つかまえられると 考えた お金をたくわえた 人様は お金があれば幸せを つかまえられると やってみた お金は 消え失せた お金は 知恵に負けた お金は消えた お金は 知恵に負けた お金は 消えた 

 人様は 知恵があれば幸福(しあわせ)を つかまえられると 考える 知恵を働かす 人様は 知恵があれば幸福(しあわせ)を つかまえられると やってみる 知恵は ただひとつ 太陽と 土と 水を この手でさがそう 太陽と 土と 水を この手で さがそう 太陽と 土と 水を この手で もとう 太陽と 土と 水を この手に もとう

(解説) 1971年(昭和46年)、高度経済成長期の40年前、中村さんは寝る間もないほどの売れっ子であったが、逃れるようにネパールへ向かいました。当時40才、「やわらかく締(し)めつけられていた文明社会の掟(おきて)の息苦しさの中から、ほっとはい出た感じ」と著書に記しています。そして、「帰国後の同年秋、太陽と土と水をの歌を作った」と述懐(じゅっかい)しています。

○ 手のひらを太陽に

 手のひらを太陽に(てのひらをたいように)は、日本の童謡(子どもの歌)で、作詞はやなせたかし(1919~ )さん、作曲はいずみたく(1930~1992)さんです。1962年(昭和37年)にNHKみんなのうた」で放送されました。手のひらを太陽に(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E3%81%AE%E3%81%B2%E3%82%89%E3%82%92%E5%A4%AA%E9%99%BD%E3%81%AB. 

○ 手のひらを太陽に(作詞曲、演奏、google検索):http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/tenohirawo.html

 ぼくらはみんな 生きている 生きているから 歌うんだ ぼくらはみんな 生きている 生きているから かなしんだ

 手のひらを太陽に すかしてみれば まっかに流れる ぼくの血潮(ちしお) ミミズだって オケラだって アメンボだって みんな みんな生きている 友だちなんだ

 ぼくらはみんな 生きている 生きているから 笑うんだ ぼくらはみんな 生きている 生きているから うれしんだ

 手のひらを太陽に すかしてみれば まっかに流れる ぼくの血潮(ちしお) トンボだって カエルだって ミツバチだって みんな みんな生きている 友だちなんだ

 ぼくらはみんな 生きている 生きているから おどるんだ ぼくらはみんな 生きている 生きているから 愛するんだ

 手のひらを太陽に すかしてみれば まっかに流れる ぼくの血潮(ちしお) スズメだって イナゴだって カゲロウだって みんな みんな生きているんだ 友だちなんだ

(解説) 作詞者のやなせさんは、「厭世的(えんせいてき、世の中をいやなものと思うこと)な気分になって追い込まれていた時のことです。暗いところで自分の手を懐中電灯(かいちゅうでんとう)で冷たい手を暖めながら仕事をしていた時に、ふと手を見ると真っ赤な血が見える。自分は生きているんだという再発見と、その喜びを謳歌(おうか、声をそろえてほめたたえること)して頑張らなくちゃと、自分を励ますためにこの詞を作った」と述懐(じゅっかい、心中のおもいを述べること)しています。 

 もともとは童謡ではなく、ホームソングを作るつもりで書き、歌詞の中に出てくるアメンボについては、当初はナメクジであったという。 

 中村八大さんの40年前の伝言、「太陽と土と水を この手に戻そう」の歌は、2012年(平成24年)10月7日(日)、中村さんが早稲田大学3年から作曲家として独り立ちするまでの数年間暮らしたことのある東京都世田谷区、「世田谷区政80周年記念コンサート」において、子どもらのの歌声に乗ってよみがえるとのことです。

(参考文献) 新村出編: 広辞苑(第4版)、岩波書店(1991); 北陸中日新聞(夕刊): 太陽と土と水を この手に持とう、 中村八大さん 40年前の伝言、唯一の作詞作曲 東京で合唱へ、2012年(平成24年)10月2日.

(参考資料) ○ 太陽と土と水を、YouTube(google検索): https://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLG_jaJP443JP443&q=%E5%A4%AA%E9%99%BD%E3%81%A8%E5%9C%9F%E3%81%A8%E6%B0%B4%E3%82%92

○ 手のひらに太陽を<YouTube(google検索): https://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLG_jaJP443JP443&q=%E6%89%8B%E3%81%AE%E3%81%B2%E3%82%89%E3%82%92%E5%A4%AA%E9%99%BD%E3%81%AB

(追加説明)  東日本大震災復興支援ソングとして、作詞 岩井俊二(1963~ )、作曲 菅野よう子(1964~ )の「花は咲く」の歌があります。 

○ 花は咲く,YouTube(google検索): https://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLG_jaJP443JP443&q=%E8%8A%B1%E3%81%AF%E5%92%B2%E3%81%8F

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