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2012年11月21日 (水)

高知(土佐)名の由来、高知城のある孤立丘陵(大高坂山、河内山、高智山)名から城下町(高智、高知)名へ、とは(2012.11.21)

   高知(こうち、土佐、とさといえば、幕末土佐藩主山内豊信(やまのうちとよしげ、容堂、1827~1872)が、1867年(慶応3年)、大政奉還(たいせいほうかん)という無血革命の推進役を果たし、1869年(明治2年)、版籍奉還(はんせきほうかん)を進んで行ったのが明治維新のときの歴史的な政治行動で、土佐藩は、1871年(明治4年)の廃藩置県(はいはんちけん)によって高知県となりました。

 また、人物として、坂本竜馬(1835-1867)、中岡慎太郎(1838-1867,幕末に薩長連合を成立させる)、紀貫之(?-945,土佐日記)、空海(774-835,室戸御崎の洞窟、仏道修行の御厨人窟)、ジョン万次郎(1827-1898,中浜万次郎とも、土佐漁民出身の幕臣)、、牧野富太郎(1862-1957,植物分類学者)、寺田寅彦(1878-1935,地球物理学者)を思い浮かべます。寅彦語録「天災は忘れたる頃来る」の警句は名言とされるものです。そこで、改めて、高知(土佐)名の由来について調べてみました。

  ○ 高知(土佐)名の由来

  全讃志は、土佐は山が多くて土田が狭いので土佐という、と記し、内山真龍(うちやままたつ、1740~1821、国学者)は、土佐の名は処嶮岨の略言であるとし、この国は通路の山がけわしい岩であるので、古事記に、土佐の国を建依別(たけよりわけ)という、そのは、岳・髙という山の意にるという。

 日本地理志料に、土佐の一の宮と呼ばれる髙賀茂大社の地が、海湾に臨み、東西から山が突出して島が翼(つばさ)を張ったようであるので門狭鄕(とさごう)といい、これが郡名となり、国名となったと説いているのは、かなり、うなずかれる説といえる。

 その他、国名については、風土記にいわく、神の御心の利勝(ときまさ)、古事記伝による言離(ことさく)の略、土佐幽考に、土佐の語は俊聡(とくさとき)など諸説があります。

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高知城(追手門、おうてもん、櫓門、入母屋造、背後に天守閣、高知、google画像) 高知城(こうちじょう、公式ホームページ、高知): http://www.city.kochi.kochi.jp/soshiki/39/kochijou.html. 

(解説) 高知城のある孤立丘陵を、もと大高坂(おおたかさか)と呼んでいましたが、山内一豊(やまのうちかずとよ、1545~1605、初代土佐藩主)が長曽我部元親(ちょうそがべもとちか、1538~1599)のあとをうけて、1603年(慶長8年)、ここに築城したとき、河内(こうち)と名を改めたといわれる。それは鏡川と江の口川との間の川中島にあるからであろう。

 その後、河川がたびたび氾濫したので、1610年(慶長15年)、竹林寺(ちくりんじ、真言宗、31番札所)の僧・空鏡(くうきょう)に地鎮を行わせて、名を高智(こうち)と改めました。それは、竹林寺に安置する文殊菩薩(もんじゅぼさつ)に因んだものだといわれる。城下町もまた高智(こうち)と呼ばれることになり、さらに高知(こうち)と書くようになった。

 私は、1983年(昭和58年)8月、金沢から郷里(徳島)にマイカー(マツダファミリア1500CCセダン)で帰省していた時、はじめて一人で、マイカーのドライブ旅行で高知を訪れたことがあります。そのコースは、8月18日(木、晴れ)は、引野(自宅)ー板野ー池田ー大歩危峡(徳島)ー龍河洞(高知)ー播磨屋橋ー高知城ー足摺岬(くろしお民宿泊)、翌日19日(金、晴れ)は、足摺岬ー竜串、見残ー大方ー久礼坂ー桂浜ー室戸岬(高知)ー海南町(徳島)ー引野(自宅)、総走行距離 790.3kmの思い出深い長距離ドライブ旅行でした。

(参考文献) 吉崎正松: 都道府県名と国名の起源、古今書院(1972); 山本大、田中歳雄: 四国の風土と歴史、山川出版社(1977); 高知県高等学校教育研究会歴史部会(監修山本 大)編: 高知県の歴史散歩、山川出版社(1992); 永原慶二: 日本史辞典、岩波書店(1999).

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(追加説明) 古事記日本書紀記紀とも)は、681年(天武10年)、飛鳥時代、第40代天武天皇(631?~686)が編纂を命じた、現存する日本最古の歴史書です。記紀には、天上の高天原(たかまがはら)から地上に降臨(こうりん)し、天皇家の先祖となる天つ神(あまつかみ)、天照大神(あまてらすおおみかみ)が、国つ神(くにつかみ)、大国主神(おおくにぬしのかみ)から地上の支配権を譲られた話をはじめ、天皇家を中心とする日本統一の由来が書かれています。神社の多くは、記紀に登場する神々を祀っています。

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