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2012年12月17日 (月)

夏の甲子園の大会歌、栄冠は君に輝く(雲はわき 光あふれて)の作詞者(加賀大介、根上町、石川)にまつわる歴史秘話(2010.7.25)、大会行進曲、とは

  今年もまた、若者に夢と希望を与える、全国高等学校野球の大会歌、「栄冠は君に輝く」の曲が流れる、球児たちの熱い夏の甲子園が巡(めぐ)ってきました。この歌には、作詞者、加賀大介さんの当時の境遇を知ると、青春の高校球児に対し、悔いのないようベストをつくしてプレーして欲しい、という熱い思いが込められている感じがしました。

 甲子園の名の由来は、球場が完成した1924年(大正13年)が、中国で使われる暦の十干(じゅっかん)、十二支(じゅうにし)のそれぞれの最初にあたる「甲(きのえ)」と「子(ね)」が60年ぶりに組み合わさる年にあたり、縁起がよいとされたからです。

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阪神甲子園球場(2010年(平成22年)3月、改築完成、西宮市、兵庫。google画像)

(解説) 1948年(昭和23年)、夏の甲子園の主催者(朝日新聞社、日本高野連)が大会歌歌詞を全国公募し、5252通の中から加賀大介さん(かがだいすけ、根上町、のち能美市、石川)、1914年(大正3年)~1973年(昭和48年)の作品「栄冠は君に輝く」が選ばれました。

 大会歌作曲古関裕而さん(こせきゆうじ、大町、福島市、福島)、1909年(明治42年)~1989年(平成元年)に依頼したのは「夏の甲子園」を主宰する朝日新聞社でした。学制改革に伴って、1948年(昭和23年)に中等野球から高校野球に衣替えしたのを機会に、大会歌を作ることにしたという。古関さんが作曲した大会歌は、翌年1949年(昭和24年)から採用されました。 

 古関裕而さんは、自叙伝、「古関裕而 鐘を鳴り響け」の中で、「無人のグランドのマウンドに立って周囲を見回しながら、ここにくり広げられる熱戦を想像しているうちに、私の脳裏に、大会の歌のメロデイーが湧(わ)き、自然に形付けられてきた」、また、「幾千幾万の健児がこの歌によって戦い、悲喜交々(こもごも)の青春時代を味わっておられるのであろうか。(中略)私もまた今でも胸がときめく」、とその作曲の思い出を語っています。 

                「栄冠は君に輝く

一、雲はわき 光あふれて 天たかく  純白のたま きょうぞ飛ぶ 若人よ いざ まなじりは  歓呼にこたえ  いさぎよし ほほえむ希望 ああ栄冠は 君に輝く

二、風をうち 大地をけりて  悔ゆるなき  白熱の  力ぞ技ぞ  若人よ  いざ 一球に 一打にかけて 青春の 賛歌をつづれ あゝ 栄冠は 君に輝く

三、空をきる たまのいのちに かようもの 美しく におえる健康 若人よ いざ みどり濃き しゅろの葉かざす 感激を まぶたにえがけ あゝ 栄冠は 君に輝く

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加賀大介さんの妻、道子さん(夫の写真を手に、8月2日に開幕する、全国高校野球選手権大会、第90回記念大会(甲子園)を心待ちにする道子さん、右は古関裕而さんから贈られた色紙、能美市、石川、2008年(平成20年)8月1日(金)、北陸中日新聞夕刊より)

(解説) 加賀大介(かがだいすけ)、本名中村義雄は、1914年(大正3年)10月1日~1973年(昭和48年)6月21日、根上町(のち能美市、石川県)生まれ、小松製作所(現コマツ)に就職し、仕事の旁ら野球を続けましたが、はだしでプレーしたことが原因で骨髄炎になり、16才の時に足を切断しました。以来、松葉づえの生活でした。会社を辞め、加賀大介のペンネームで文芸活動を始めました。

 「栄冠は君に輝く」は、1948年(昭和23年)、当時婚約者だった、金沢地方貯金局職員、高橋道子さん(結婚後は中村道子)の名で応募し、加賀さん本人のものと公表したのは、20年後の1968年(昭和43年)、50回の記念大会の時でした。

 歌のタイトルのフレーズ、「栄冠は君に輝く」は、事故で右足のひざ下を切断した加賀さんが「いつかスポーツの歌に使いたい」と、心に決めていたという。1973年(昭和48年)、がんのため58才で亡くなりました。

 その翌年、同じ根上町(のち能美市、石川県)内で産声を上げたのが、大リーガーの松井秀喜選手でした。加賀さんは野球への思いが強く、自宅前の松井選手が学んだ浜小学校で子供たちが野球をする様子をよく見ていたという。松井選手は、春夏4回の甲子園を経験しています。松井選手が巨人に入団する直前、自宅を道子さんが訪ねました。大会歌のテープを手渡すと、あどけなさが残る18才の少年は、はにかみながら、「僕、この曲好きです」、と言ったという。

 加賀さんは生涯ただ一度も甲子園に行かなかったが、妻の道子さんは加賀さんの没後、1977年(昭和52年)8月8日、第59回大会において、作曲者の古関裕而さんから「いい歌詞ですね」と言われ、「ああえいかんはきみにかがやく」の楽譜付き色紙を贈(おく)られました。

 は、1967年(昭和42年)、はじめて甲子園に49回の高校野球を見に行きました。球場近くでは麦わら帽子を100円で売っていて、帰りに半値で引き取るということで、帰りに手渡した覚えがあります。暑い最中、外野席でかち割り氷を食べながら、勝っても涙、負けても涙の高校野球に感動しました。この年は、全国の参加校数2460校、代表校は30校で、決勝戦は習志野高校(千葉)が広陵高校(広島)を7:1で破り優勝しました。

 地方予選では、その頃は、京都の下別当町(村井良治様方、北白川、左京区)で下宿していましたが、京都大会は西京極球場で行われ、京都の代表は、優勝した平安高校で衣笠祥雄選手(のち広島カープ、愛称鉄人、63才)もその一員でした。滋賀の代表は守山高校で、甲子園をかけ、滋賀県の皇子山球場(おうじやまきゅうじょう)で、両校が対戦したのですが、守山高校が1:0で勝ち、平安高校の選手は思いがけない敗戦のショックで涙を流していたのを覚えています。

(参考文献) 北陸中日新聞夕刊: 大会歌作詞、故加賀大介さんとともに、能美の妻、道子さん10年ぶり、甲子園 夫の思い届け、2008年(平成20年)8月1日(金); 朝日新聞朝刊: be on Saturday、 うたの旅人、あの熱闘がよみがえる「栄冠は君に輝く」、2008年(平成20年)8月2日(土). 

(参考資料) 高等学校野球、選手権大会小史(甲子園、日本高等学校野球連盟): http://www.jhbf.or.jp/sensyuken/history/

○ 栄冠は君に輝くYouTube): http://www.youtube.com/watch?v=A3pd2U_6Fxk

古関裕二記念館(ホームページ、福島市): http://www.kosekiyuji-kinenkan.jp/

阪神甲子園球場(西宮市、兵庫県、google画像): http://www.google.co.jp/images?hl=ja&rlz=1T4GGIH_jaJP278JP279&q=%E9%98%AA%E7%A5%9E%E7%94%B2%E5%AD%90%E5%9C%92%E7%90%83%E5%A0%B4&um=1&ie=UTF-8&source=og&sa=N&tab=wi

(追加説明) ○ 甲子園行進曲歌詞(大会行進曲)  富田砕花(さいか)作詞 山田耕筰作曲

1.百錬 競(きお)へる この壮美 羽搏(はばた)け 若鷹 雲裂きて 溢(あふ)るゝ感激 迸(ほとばし)る意気 今日ぞ 晴れの日 起(た)て男児 掲ぐるほこりに 旭日映えて 球史燦(さん)たり 大会旗 

2.烈々 火燃ゆる この闘志 繚乱 華咲け 技冴えて 溢るゝ感激 迸る意気 今日ぞ 晴れの日 往け男児 掲ぐるほこりに 旭日映えて 球史燦たり 大会旗

3.優勝 確たる この飛躍 裂かれ 若獅子(わかじし) 陽を浴びて 溢るゝ感激 迸る意気 今日ぞ 晴れの日 捷(か)て男児 掲ぐるほこりに 旭日映えて 球史燦たり 大会旗

1935年(昭和10年)、前身の全国中等学校優勝野球大会が21回目を迎えた際、朝日新聞社山田耕筰作曲を、兵庫県芦屋市に在住した詩人富田砕花作詞依頼しました。砕花は高校野球が大好きで、若者の活躍を応援する人だったという。

大会では、どういう理由か、軽快なメロディーだけが流され、歌詞が用いられることはなかったようです。が、79年目で「初登板」 、2013年7月13日開幕予定の鳥取大会で独唱されるという。

○ 全国高等学校野球選手権大会 大会行進曲YouTube): http://www.youtube.com/watch?v=9TKQV6Is6dM

夏の甲子園、入場曲は幻の歌詞、鳥取大会で高校生独唱へhttp://www.asahi.com/sports/update/0708/OSK201307080127.html

朝日新聞:79年目で「初登板」 13日開幕予定の鳥取大会で独唱、2013年(平成25年)7月9日(火)朝刊)

 

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