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2012年12月19日 (水)

大野弁吉(幕末の科学技術者、加賀、石川)、からくり師弁吉、平賀源内(讃岐、香川)、からくり儀右衛門(久留米、福岡)の技術にも匹敵、大野お台場公園のお台場、とは(2011.8.27)

  からくり(絡繰)とは、広辞苑によれば、「糸のしかけであやつって動かすこと。 また、その装置。転じて、一般に、しかけ。絡繰人形(からくりにんぎょう)と同じで、糸やゼンマイなどの仕掛け(しかけ)で、動くように造った人形」、とあります。

 江戸時代、加賀(石川)では、からくり人形の製作者、大野弁吉(おおのべんきち、1801~1870,中村屋弁吉とも)が有名で、北前船の豪商、銭屋五兵衛(ぜにやごへい、1773~1852)の有能なブレーン(助言者)でもありました。 

○ 大野弁吉中村屋弁吉とも、加賀、石川)

大野弁吉(おおのべんきち、中村屋弁吉とも、1801~1870、肖像写真、江戸後期、大野、金沢、石川)とからくり三番叟人形(さんばそうにんぎょう、座敷からくり、江戸後期  大野弁吉(写真、google画像検索): http://www.google.co.jp/search?q=%E5%A4%A7%E9%87%8E%E5%BC%81%E5%90%89+%E5%86%99%E7%9C%9F&hl=ja&prmd=ivnso&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=EZBYTsf9G6TNmAWL15iQDA&ved=0CCUQsAQ&biw=1024&bih=591.

(解説) 大野弁吉(おおのべんきち、1801~1870,中村屋弁吉とも、加賀、石川)は、京都五条通り、羽子細工師の子として生まれ、幼少のころから非凡な才能をあらわすとともに、20才のころ長崎に出て、オランダ人から理化学、医学、天文、暦数、鉱山、写真、航海学を修得したという。その後、対馬から朝鮮に渡り、さらに紀伊の国などに赴(おもむ)いて、馬術や砲術、算術、暦学を究(きわ)めたという。やがて京都に帰り、中村屋八右衛門の長女うた(加賀国大野村生まれ)の婿(むこ)となり、1831年(天保2年)石川郡大野村(金沢市大野町)に移住し、1870年(明治3年)5月に没するまで、大野の地で居住しました。その墓は大野伝泉寺にあります。

 大野弁吉は、加賀の平賀源内(ひらがげんない、1729?~1779、讃岐、香川)とも呼ばれ、その技術は東芝の創業者で「からくり儀右衛門」と呼ばれた(初代)田中久重(たなかひさしげ、1799~1881,久留米、福岡)にも匹敵すると言われています、大野弁吉からくりの作品と諸資料は、金石(金沢)の北隣、大野お台場公園の北側にある石川県金沢港大野からくり記念館に展示されています。 一東、鶴寿軒と号し、木彫、ガラス細工、塗り物、蒔絵などのほか、からくり人形には優れた名作を多く残しました。 石川県金沢港大野からくり記念館(大野、金沢): http://www.ohno-karakuri.jp/

○ 平賀源内(讃岐、香川)、からくり儀右衛門田中久重とも、久留米、福岡) 

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平賀源内(ひらがげんない、1729?~1779、讃岐、香川)

(解説) 平賀源内(ひらがげんない、1729?~1779,讃岐、香川)は、江戸中期の科学者、戯作者(げさくしゃ)、浄瑠璃(じょうるり)作者で、名は国倫、号は鳩渓、戯号は風来山人、福内鬼外などです。高松藩(讃岐、香川)の小吏(しょうり)の家に生まれ、1752年(宝暦2年)に長崎に留学、1754年(宝暦4年)江戸に出て本草学(ほんそうがく)を学びました。物産会を開いて物類品隲(ぶつるいひんしつ)を著(あらわ)し、エレキテル、寒暖計、火浣布(かんかふ、石綿布)などを製し、鉱山発掘を計画し、油絵の洋風画も描きました。その間、致仕浪人し、学問のかたわら談義本や浄瑠璃を執筆しました。多才にして世にいれられず、晩年生活が荒れ、口論から人を殺傷(さっしょう)して獄死(ごくし)しました。 平賀源内記念館(志度、さぬき市、香川): http://ew.sanuki.ne.jp/gennai/

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からくり儀右衛門(からくりぎえもん)は、(初代)田中久重(たなかひさしげ、1799~1881、久留米、筑後、福岡)

(解説) からくり儀右衛門(からくりぎえもん)は、(初代)田中久重(たなかひさしげ、1799~1881、久留米、筑後、福岡)の異称(いしょう)で、(初代)幕末・明治初期の技術者です。久留米絣(くるめがすり)の織機を製作、また水仕掛けのからくり人形を作り、「からくり儀右衛門」と称しました。京都で蘭学を学び時計の製作などに従事、のち大砲や汽船の汽缶(きかん)を製作、維新後は東京新橋に田中工場を設立し、電信機械を製作しました。

 (2代)田中久重(たなかひさしげ、1846~1905)は、初代の養子で、幼名、金子大吉です。田中工場を東京芝浦に移し、民間最大の機械工場(のちの芝浦製作所、東芝)に発展させました。 田中久重東芝未来科学館、川崎市、神奈川県): http://toshiba-mirai-kagakukan.jp/learn/history/toshiba_history/roots/hisashige/index_j.htm

 からくりは、遊戯(ゆうぎ)の中で生まれたオモチャですが、その時代の先端(せんたん)の科学技術が利用されています。その仕組みには、日本の職人の創意、工夫、技術、美しさへのこだわりが生きています。それらは、からくりを楽しむ人々の遊び心や好奇心を満たし、現代の人々にも脈々と受け継がれています。

 私は、からくり記念館(大野、金沢)には、これまで何度かマイカー(ファミリア1500)で訪れ、からくりの実演を見て、体験もし、その仕掛けの巧妙なことに驚いたことがあります。その時、からくり人形を動かすゼンマイに、クジラ(鯨)のヒゲが使われていたのが、強く印象に残っています。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991); からくり記念館(石川県金沢港大野)編: 展示図録、パンフレット、幕末の科学技術者、大野弁吉の世界(1996); 石川化学教育研究会編: 科学風土記、加賀・能登のサイエンス、p.210~212,米田茂、大野弁吉ーからくり人形の発明者ー、裳華房(1997).

○ 平安時代末、1157年(保元2年)、梁塵秘抄(りょうじんひしょう、今様歌謡集、後白河法皇編著)の中の言葉、「遊びやせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ」(遊びをしようとしてこの世に生まれてきたのだろうか、戯れをしようとして生まれてきたのだろうか、一心に遊んでいる子どもの声を聞くと、私の体まで自然に動き出してくることだよ。 植木朝子編、梁塵秘抄、角川ソフィア文庫、2009)には、江戸時代に花開いた日本文化が端的に表されているという。

 平和な江戸時代には、武士も庶民も我々が考える以上に遊び、生活を楽しんでいたという。その中からからくりも生まれました。(からくり記念館パンフレットより) 梁塵秘抄童心の歌遊びやせんとや生まれけむ ---、 つれづれの文庫、趣味の文書室): http://www.nextftp.com/y_misa/ryoujin/hisyo_06.html

○ 大野お台場公園  公園のお台場名の由来として、幕末期に外国船の来航に対する防御策として、徳川幕府の海防令により、1850年(嘉永3年)5月から、加賀藩が領有地の加賀、越中、能登の三州に火矢筒、大砲を備える17箇所の台場の築造に着手し、その中に大野お台場がありました。

 加賀藩の三州のお台場として、加賀(本吉、大野、寺中、宮腰、畝田)、能登(今浜、福浦、黒島、輪島、狼煙、正院、宇出津、曽良)、越中(氷見、伏木、方生津、生津)など17箇所に築造されたという。現在、本吉(美川)、大野、寺中(金石)復元して園となっています。(板垣英治:加賀藩の火薬 Ⅷ. 三州海岸の台場築造に関する調査・研究、日本海域研究 第44号別冊、p.23~38(2013).)加賀藩の火薬 Ⅸ. 17箇所の台場の規模と砲備の研究、日本海域研究 第44号別冊、p.39~55(2013).)

 台場(だいば、お台場とも)、江戸末期に黒船襲来に備え、海防に備えた大砲の砲台、品川台場(江戸、東京)、大野お台場(加賀、石川)、のち大野お台場公園、とは(2014.10.30):http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/
2014/10/20141030-d9dd-1.html

○ 台場(だいば) 江戸末期に江戸湾(東京湾)品川沖に築かれた砲台品川台場お台場とも。黒船来襲に備えて1853年嘉永6年)から7砲台が築かれました。(下中邦彦編:小百科事典(初版)、平凡社(1973).)

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