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2012年12月20日 (木)

囲碁と絵巻物(平安時代、国宝)、源氏物語絵巻、鳥獣人物戯画の中に見られる囲碁対局の場面、正座(正坐とも)、とは(2011.11.1)

   平安時代の国宝四大絵巻には、源氏物語絵巻(げんじものがたりえまき)、鳥獣人物戯画(ちょうじゅうじんぶつぎが)、伴大納言絵詞(ばんだいなごんえことば)、信貴山縁起絵巻(しぎざんえんぎえまき)などがあります。 これら絵巻物の中の囲碁対局の場面について、改めて調べて見ました。

○ 源氏物語絵巻

 紫式部(むらさきしきぶ、本名、生没年未詳)、父は淡路守、越前守、越後守などを務めた文人・歌人の藤原為時(ふじわらのためとき、生没年未詳)、の長編小説、源氏物語(げんじものがたり)の中の「空蝉(うつせみ)」「宿木(やどりぎ)」「竹河(たけかわ)」「手習(てならい)」などの巻で、あでやかな囲碁対局の場面が出てきます。 

 石山寺(いしやまでら、大津、滋賀)は、紫式部が源氏物語を着想した場所と言われ、石山寺の名は源氏物語の随所に登場します。紫式部は、藤原宣孝(ふじわらののぶたか、?~1001)と結婚し、娘が生まれた。が、宣孝と死別したのち、藤原道長(966~1027)の娘で一条天皇(第66代、980~1011)の中宮、彰子の家庭教師に抜擢され、宮仕えをしました。 石山寺(いしやまでら、真言宗、石山寺公式プログ、大津、滋賀): http://www.ishiyamadera.or.jp/ishiyamadera/flower.html.

  

源氏物語絵巻(上 源氏物語 宿木(やどりぎ)一今上帝と薫(かおる)の君との囲碁対局、 下 竹河(たけかわ)美しい姫君姉妹の囲碁対局、徳川美術館蔵、google画像) 切手にみる紫式部と源氏物語(花橘亭、源氏物語を楽しむ、なぎ、福岡): http://kakitutei.web.fc2.com/column/kitte.html.

(解説) 1989年(平成元年)10月6日、源氏物語の「宿木(やどりぎ)」と「竹河(たけかわ)」の囲碁対局の絵巻が国際文通週間記念切手として売り出されました。今上帝が皇女の婿君にと望んでいた中納言薫(かおる)の君と、菊の花を賭(か)け三番勝負を争う「宿木一」、庭の桜を賭(か)けて玉鬘(たまかつら)の姫君姉妹が三番勝負を争う「竹河」など、一千年ほど前の貴族社会の囲碁対局の様子が描かれています。

 「空蝉(うつせみ)」の巻では、人妻である空蝉の邸に光源氏が忍んで行く。そして空蝉と義理の娘、軒端萩(のきはたのおぎ)と対局している姿を隙見(すきみ)する場面があります。「手習(てならい)」の巻では、碁好きな尼僧一家、老尼と若い女性が対局する場面が出てきます。

 絵巻物は、紙本着色縦21.5cm、平安時代(12世紀前半)、斜め上方から見下ろした俯瞰描写(ふかんびょうしゃ)、内部の人物が見えるように、建物の屋根や天井(てんじょう)を省略する表現法の吹抜屋台(ふきぬけやたい)が多く使われました。

○ 鳥獣人物戯画

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鳥獣人物戯画(丙巻、猿(さる)と兎(うさぎ)の囲碁対局、高山寺(こうざんじ、右京区、京都)蔵、東京国立博物館に寄託、google画像) 高山寺(こうざんじ、天台、のち華厳宗、右京区、京都、公式ホームページ): http://www.kosanji.com/.

(解説) 鳥獣人物戯画で最も興味のあるのは丙巻です。その前半には、僧侶と俗人のふるまいを、擬人化した蛙、兎、狐などを通して風刺(ふうし)しています。遊びの人物戯画として、猿(さる)と兎(うさぎ)の囲碁対局があります。囲碁は早くから貴族の間に流行し、持統天皇の3年(689)に双六(すごろく)と共に禁ぜられたことがあり、天平勝宝6年(754)にも禁令が出ています。囲碁は勝負を争うばかりでなく、賭(か)けごとにも利用したようです。

鳥獣戯画は、紙本墨画、縦30.4~31.2cm、長さ289~1148cm、平安時代末期~鎌倉時代前期、日本最初のアニメとも称される、全編、詞書(ことばがき)のない白描画(はくびょうが)です。

  私は、京都(下別当町、北白川、左京区、村井方)で下宿していた頃、源氏物語絵巻、鳥獣人物戯画京都国立博物館展示されているのを見たことがあります。これが有名な国宝の絵巻かと、しばし感じ入り、見て回ったことを覚えています

(参考文献) 下中邦彦: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 渡部義通: 古代囲碁の世界、三一書房(1977); 三浦修: 囲碁の美学、現代書林(1980); 新村出編: 広辞苑(第4版)、岩波書店(1991); 日本経済新聞社出版局編集部(内田勝晴、木村仁)企画製作: 囲碁大全、日本経済新聞社(1996); 永原慶二監修: 日本史辞典(第1刷)、岩波書店(1999); 宮本常一: 絵巻物に見る日本庶民生活誌(26版)、中央公論新社(2007); 詳説日本史図録編集員会編: 詳説日本史図録(第2版)、山川出版(2009); 朝日新聞(文・田中京子、写真・筋野健太): 歴ナビ 旅する日本史、ゆかりを訪ねて、29 紫式部、光る絵巻は御簾(みす)の奥、2010年(平成22年)4月17日(土)、朝刊; 朝日新聞(文・中村真理子): はじめての源氏物語、華麗 不幸 平安ラブストーリー、2011年(平成23年)4月4日(月)、朝刊; 週間朝日百科編: 国宝の美、絵画9 説話・縁起絵巻、31、高山寺鳥獣人物戯画、伴大納言絵巻、朝護孫子寺信貴山縁起絵巻、朝日出版社(2010).

(参考資料) 国際文通週間にちなむ郵便切手の発行(日本郵便): http://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/stamp/tokusyu/2011/h231007_t.html. 国際文通週間(日本では1958年(昭和33年)以降、Kumamoto、ホームページ):http://members2.jcom.home.ne.jp/a-kumamoto/page003.html.

(追加説明) 

○ 紫式部(むらさきしきぶ、実名、生没年未詳)は、平安時代文学の最高傑作、「源氏物語」の作者ですが、1964年(昭和39年)、ユネスコによる世界に誇る文学作品の著者として、「世界の偉人」の選定に、日本人からただ一人選ばれています。 作品の背景には、紫式部の人生そのものが反映しているという。 紫式部は、藤原氏の出身ですが、傍流(ぼうりゅう)であり、祖父の兼輔(かねすけ)が文人として著名な程度の、弱小貴族でした。

 また、彼女の結婚生活は、あまり幸福でなく、当時としては適齢期を過ぎた30才ほどで結婚したが、夫はすでに子供のある20才ほど年の離れた藤原宣孝(ふじわらののぶたか)です。一女をもうけ、3年後に死に別れることになりますが、その前に宣孝の彼女への愛情は冷めていたという。そののち、時の権勢人、藤原道長(ふじわらのみちなが)の娘の中宮彰子(ちゅうぐうしょうし)のもとに出仕することになります。(井上満郎著、上田正昭監修: 平安京の風景、p.162~165、天才文学者 紫式部、源氏物語の誕生、文英堂(2006)より

○ 源氏物語(げんじものがたり)は、54巻、1001年(長保3年)~1010年(寛弘7年)頃までに成立。時の帝を父とし、桐壺更衣を母として生まれた光源氏が、葵上(あおいのうえ)、夕顔、紫上等々の女性と交渉をもち、また父帝の中宮藤壺との恋に苦悩しながらも、太政大臣から太上天皇に準じられ栄華をきわめる物語です。全54帖のうち終わりの10帖は、源氏の子、薫大将と宇治の浮船の恋愛を描いて「宇治10帖」とされています。文章は華麗で人物・自然の描写に優れ、各巻が独立した場面を形成しながら、全体で緊密な長編小説としてのまとまりを見せ、古典文学の最高峰とされています。(小百科事典より

 物語の構成は、主人公光源氏は次々と女性を愛するなかで、父の后藤壺と密通、冷泉帝が生まれて栄華を極めます(第1部)。しかし晩年、今度は若い妻に密通され、最愛の紫の上を失う(第2部)。第3部のうち「宇治十帖」と呼ばれる巻々は、その密通によって生まれた薫と宇治の姫君たちの物語。伝本は、青表紙本、河内本、そのどちらにも属しない本に分かれます。成立時から評価が高く、後世の文学をはじめとする諸芸術に与えた影響は大きい。{古典大系、新古典)(岩波日本史辞典より) 源氏物語(現代語訳、古典に親しむ、がんばれ凡人!): http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/genjipage.htm.

○ 源氏物語絵巻(げんじものがたりえまき)は、源氏物語の各帖(54帖)から物語の要点となる情景や情緒豊かな場面をぬき出して絵画化(濃彩のつくり絵の技法)し、対応する本文(切箔、野毛を散らした優雅な料紙に美しい仮名書きをしたためたもの)の一節を書き添えた絵巻です。現在は、13帖分に当たる詞(ことば)20段、絵19段(原典の20帖分に相当)しか残っていないという。

 平安以後各時代を通じ各種の製作が行われ、現存遺品の種類も多い。中でも12世紀前半に宮廷絵師により分担製作されたと見られる彩色絵巻(徳川美術館・五島美術館分蔵)は特に名高く、最古の遺品で国宝となっています。その画風が4種に、また詞書の書風は5種に分類され、院や女院の企画下で貴族達が製作を分担し、出来ばえを競い合って成立したものと推定されます。徳川美術館(東区、名古屋): http://www.tokugawa-art-museum.jp/.  五島美術館(世田谷、東京): http://www.gotoh-museum.or.jp/.

 国宝の絵巻の他にも、14世紀後半の絵巻がメトロポリタン美術館(ニューヨーク、米国)、天理図書館(天理大学附属、天理、奈良)、また、1554年(天文23年)の奥書を持つ白書の6巻本がニューヨーク公共図書館(ニューヨーク、米国)に分蔵され、代表的な物語絵として享受されてきました。天理大学附属天理図書館(天理、奈良): http://www.tcl.gr.jp/index.htm. メテロポリタン美術館(Wikipedia、ニューヨーク、米国): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%82%BF%E3%83%B3%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8. ニューヨーク公共図書館(Wikipedia、ニューヨーク、米国): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF%E5%85%AC%E5%85%B1%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8.

○ 源氏物語(五十四帖) 一帖 桐壺(きりつぼ) 

 いづれの御時(おほむとき)にか、女御(にょうご)、更衣(かうい)あまたさぶらひたまひける中(なか)に、いとやむごとなき際(きは)にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。 

 この冒頭の文章は、私が高校の古文の時間にはじめて目にした文章で、今でも自然に口に出てきます。源氏物語の現代語訳は、与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、田辺聖子、瀬戸内寂聴ら作家のほか、多くの文学者によってなされています。(源氏物語訳散見: http://homepage3.nifty.com/pointdevue/essay/mosgenji.html.)

 何時の時代であつたか、帝の後宮に多くの妃嬪達があつた。(与謝野晶子訳)

 何という帝の御代のことでしたか、女御や更衣が大勢伺候していました中に、たいして重い身分ではなくて、誰よりも時めいている方がありました。(谷崎潤一郎訳)

 いつの御代のことであったか、女御更衣たちが数多く御所にあがっていられる中に、さして高貴な身分というではなくて、帝の御寵愛を一身に鍾めているひとがあった。(円地文子訳)

 帝にはあまたの女御やお妃がいられたが、誰にもまして熱愛されたのは桐壺の更衣であった。(田辺聖子訳)

 いつの御代のことでしたか、女御や更衣が賑々しくお仕えしておりました帝の後宮に、それほど高貴な家柄のご出身ではないのに、帝に誰よりも愛されて、はなばなしく優遇されていらっしゃる更衣がありました。(瀬戸内寂聴訳)

○ 空蝉(うつせみ)の巻では、著名な囲碁描写が見られ、紫式部の囲碁の確かな棋力が読み取れるという。

条文 碁打ちはてて、けちさすわたり、心疾(と)げに見えて、きはぎはしうさうどけば、奥の人は、いと靜かにのどめて、「待ち給へや。そこは、持(じ)にこそあらめ。このわたりの劫(こふ)をこそ」などいへど、「いで、この度(たび)は負けにけり。隅のところどころ、いでいで(数へん)」と、指(および)を屈(かが)めて、「十(とを)、二十(はた)、三十(みそ)、四十(よそ)」など数ふる様、伊豫の湯桁(ゆげた)も、たどたどしかるまじう見ゆ」

大意 碁が大方終わって、ヨセの段階で周囲の女房たちが騒がしいのを静かに押しとどめ、(空蝉、うつせみ)は「待ってください。そこは地(ぢ)(セキ)ではありませんか。こちらの劫(コウ)の所を打つべきですよ」などというが、(軒端、のきば)は「さあ、この度はまけました。隅のあちらこちらの地を数えましょう」と指を折り「とう、はた、みそ、よそ」などと数えるさまは伊予の国の(道後温泉の)湯槽を数えるようにたどたどしい」(水口藤雄:囲碁の文化誌(第2刷)、起源伝説からヒカルの碁まで、p.112~115、28 源氏物語の囲碁描写、日本棋院(2002)より

○ 鳥獣人物戯画(ちょうじゅうじんぶつぎが)は、高山寺(こうざんじ、天台、のち華厳宗、栂尾町、右京区、京都)に伝わる甲乙丙丁(こうおつへいてい)の4巻からなる白描(はくびょう)の戯画絵巻です。猿(さる)・兎(うさぎ)・蛙(かえる)などの遊びを擬人的に描いた甲巻と、様々な動物の生態を描いた乙巻があり、また、丙巻の前半は勝負事に興じる人物描写、後半は甲巻と同様です。丁巻は人物戯画が描かれています。

 12世紀中頃から13世紀中頃の作品で、国宝となっています。時期を異にした数人の作者によって描かれたと見られ、古代以来の落書きや戯画の系譜につながる作品です。作者の一人は、鳥羽僧正覚猷(とばそうじょうかくゆう、天台座主、絵画に精通)と伝えられています。

 鳥獣人物戯画高山寺所蔵ですが、甲・丙巻は東京国立博物館、乙・丁巻は京都国立博物館寄託しています。京都国立博物館(東山区、京都): http://www.kyohaku.go.jp/jp/index_top.html. 東京国立博物館(台東区、東京): http://www.tnm.jp/.

○ 囲碁の対局は、伝統的に畳の上で正座して打たれます。正座は、古くは正坐で、紀元前、古代インドの石造物に見られるのがはじまりとされています。紀元前5世紀の中国戦国時代の「荘子」が初出で「威儀正しく座る。居住まいを正しくする」の意とされました。他に類義語で「端座」「危座」「静座」などがあります。これらの語彙(ごい)は、奈良、平安時代の遣唐使、渡来人、留学生らによって日本にもたらされました。

 しかし正座を実践したのは、その後の僧侶や儒学者だったとされる。つまり正座は仏教の北上とともに東アジアに伝播(でんぱ)し、特に日本では宗教のみならず武術を含む芸道の世界にも取り込まれ、動作の基本ともなりました。(北陸中日新聞:小林忠雄、正座文化の継承、2012年(平成24年)3月25日(月)夕刊より)

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