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2012年12月 8日 (土)

沖縄(琉球、那覇)名の由来、那覇は漁場(ナハ)と考えられる! とは(2012.12.8)

   沖縄(おきなわ)は、古書には阿児奈波(オキナワ)、悪鬼納(オキナ)、倭チ拿(ウチナ)と記され、南島志、新井白石(あらいはくせき、1657~1725、江戸中期の儒学者、政治家)著に初めて沖縄の字が出ています。沖縄史略、伊地知貞馨(いじちさだか、1826~1887、明治時代の官僚)著には、邦人洋中をと称す、其地東西に狭く南北に長く洋中にを浮かべたるが如きを以て名づけしならん、とあります。

 その他、諸説がありますが、新屋敷幸繁(しんやしきこうはん、1897~1985、詩人、教育者)は、新講沖縄一千年史において、沖縄語源内港の意とし、沖縄のお岳(ウチナーヌウガン)付近の港の旧名ウチミナ沖縄総名となったものであろう、という新説を提示しました。

 那覇(なは)は、漁場(ナハ)と考えられ、島袋源七(しまぶくろげんしち、1897~1953、民俗学者)は、古くは那覇全体漁場であり、その海岸の周りにはいろいろな漁場(内ナハ、外ナハ、小ナハなど)があり、小那覇、我那覇、与那覇などの地名からも推測されるという。

 琉球(りゅうきゅう)は、隋書(中国)に流求の文字が見え、日本では古く、阿児奈波または南島と呼びました。日本、中国の諸書に、流虬、琉求、流鬼、瑠求、留求、流球、瑠球など種々に記されています。それが今日の流球を指すものか、台湾を指すものか、それとも台湾と流球を含めて呼んだものか、諸説があって一定しないという。流球名義については、朱寛(生没未詳、中国特使)が、島影を発見し、虬竜(キュウリュウ)の水中に浮かべるが如くであったので流虬(リュウキュウ)と名づけたとの説があるが信じがたいという。

 私は、2004年(平成16年)5月17日、はじめて、ANA小松ー那覇の航路で沖縄(那覇)を訪れ、沖縄観光バスを利用して、家内(タカコ、尊子)と二人で、首里城、ひめゆりの塔、ひめゆり平和祈念資料館、万座毛、沖縄美ら海水族館など沖縄中北部の思い出深い観光をしたことがあります。が、途中、バスの中から見た米軍駐留基地には何とも言えぬ思いがしました。

(参考文献) 吉崎正松: 都道府県名と国名の起源、古今書院(1972); 下中邦彦編: 小百科事典、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991).

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守礼門(しゅれいもん、首里城の外門の一つ、琉球、沖縄) 首里城(しゅりじょう、国営沖縄記念公園、那覇、沖縄): http://oki-park.jp/shurijo-park/

(解説) 流球(りゅうきゅう)は、15世紀以降、日本と中国に両属の形をとり、1609年(慶長14年)、島津氏が侵攻して王城の首里を征服し、明治維新後、1872年(明治5年)、流球藩を置き、1879年(明治12年)、沖縄県となりました。

○ 日本政府は2017年(平成29年)5月12日、尖閣諸島に1819年、琉球王族が船で上陸していたことを示す資料を内閣官房のホームページで公表しました。これまでは1845年の英国人の上陸を記した記録が最古とされてきたが、さらに26年さかのぼることになります。日本の領有権の正当性を示す新たな根拠として国内外に発信する!(朝日新聞、2017年(平成29年)5月13日(土)より)

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コメント

初めまして、『古事記』の解析をしています。

一般に古事記の女嶋(またの名は天一根という)を、大分県国東半島の東北にある姫島ではないかとし、
大嶋(またの名は大多麻流別という)を、山口県柳井の東にある大島ではないかとしています。
領土の範囲を指定するのに、この様に小さな島を特定すること自体間違っています。
また、またの名についての言及がなく場所の特定をしています。

以下に、私が解析した結果をお知らせします。
古事記では、沖縄は女嶋(またの名を天一根という)です。
女からメとなったカタカナのメの形をした島で、またの名の天一根は、「一番根っこに位置する」の意味で、沖縄本島を意味します。

台湾は大嶋(またの名を大多麻流別「おうたまるわけ」という)です。
王(おう)+留(蒸留などの様に溜の代用字としても使う)=瑠。
また、孝元天皇の異称は、大倭根子日子國玖琉命で、「國玖琉」の逆は「琉玖(りゅうきゅう)國」で台湾の古名「瑠求」=琉球となり、台湾を征服したことになります。
「海幸彦と山幸彦」の「海神の宮訪問」がこれに当ります。海神の宮に3年も留まる理由は、瑠求(台湾)征服しかありません。


時の旅人 様

古事記の解析によれば、沖縄の名の由来は、女嶋(ひめじま)、別名、天一根(あめひとつね)、
台湾は大嶋(おおしま)、またの名を大多麻流別(うたまるわけ)に由来するとのこと、また
それらの意味することなど、いろいろとご教示ありがとうございました。
                             本浄 高治

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