« 撫養塩田(鳴門、徳島)の歴史技術、入浜式製塩と塩田争議、流下式製塩、イオン交換膜製塩、安土、桃山時代、1596年(慶長元年)の大地震による撫養沿岸の隆起、鳴門渦潮、とは(2010.3.4) | トップページ | 南海地震(四国沖、紀伊半島沖)にまつわる歴史災害、南海地震の周期性、中央構造線、日本沈没(映画)、とは(2010.3.12) »

2012年12月15日 (土)

白山(石川)の雪形にまつわる歴史伝承、雪占、牛に乗った袈裟かけの坊さん、猿たばこ、とは(2010.3.8)

  雪形(ゆきがた)は、山腹の雪の消え具合による、人、動物などに見立てた残雪(ざんせつ)の模様のことです。雪占(ゆきうら)とも呼び、かってはその年の豊凶を占い、農事暦として使っていました。北国では、残雪の期間が長く、遠い連峰の残雪は、初夏の頃まで残っています。金沢に住み始めた頃、満開の桜の下で残雪の山々を遠望できるのに驚きました。  

 石川県白山では、4月末から5月上旬にかけて、北西方面の斜面に雪形が現れ、加賀市では、牛に乗った袈裟(けさ)かけの坊さん(融雪が進むと大ガラス)、猿たばこ(たばこを吸っていたおじいさんとも)、能美郡川北町では、苗男、田植え男(五月男)、白山市(旧松任市)では、水竜、火竜小松市では、カラス、コウモリ、ツバメ、いぶり形など名付けられた10個の雪形が伝わり、確認されています。また、富山県では、僧ヶ岳の僧、猪、兎、鶴など14個、福井県では、大日岳の鶴の1個の雪形が伝えられています。

 日本国内では、新潟県に最も多く190個近く(光兎山の兎形など)、次いで長野県に多く60個余り(白馬乗鞍岳の嫁岩など)、北は北海道(大雪山系のうなぎ雪渓など)から南の愛媛県(石鎚山の鍬形など)まで、430個余りの雪形の伝承が受け継がれています。 雪形コレクション(みやこさん編、431件、日本国内): http://uub.jp/nam/yukigata.html

Photo

Images3_5

白山の雪形 牛に乗った袈裟かけの坊さん(融雪が進むと大ガラス)、 猿たばこ(たばこを吸っていたおじいさんとも)、 写真撮影 2005年5月2日、小松市那谷町、中川澄夫氏、イラスト作成 藤川恭子氏、google画像)

(解説) 雪形(ゆきがた)は、古くは、それぞれ固有の呼び名で伝えられています。 昭和の初期に雪形と総称されるようになりました。

 白山では、5月頃、牛に乗った袈裟(けさ)かけの坊さんが現れ、さらに融雪が進み黒い岩肌の露出が増えて牛の顔が分からなくなり、大ガラスに変化すると農作業を始め、猿たばこ(たばこを吸っていたおじいさんとも)が見えてくると、田の畦塗りの目安としました。

 苗男(傘をかぶった姿)、田植え男(天秤棒で苗かごを担ぐ姿)など、男の姿は、雪が解けて露出した山肌に現れ、田植えの目安とし、水竜、火竜など、竜の姿は、解け残った雪の部分に見られ、水不足の予測としました。

 現在、気象の予測の発達に伴い、雪形の役割は薄れてきました。 寒い冬を耐え、春が訪れ、雪解けにより、山々の残雪が変わる姿を眺め、その変化を農事暦として使い、自然と共生してきた先人の心を大切にしたいものです。

(参考文献) 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991); 小川弘司、納口恭明、神田健三、和泉薫: 白山の雪形、石川県白山自然保護センター研究報告、第34集(2007); 石川県: 白山の自然誌 29、白山の雪形、石川県白山自然保護センター(2009年3月).

(参考資料) 雪形の画像(日本国内、google画像): http://images.google.co.jp/images?sourceid=navclient&hl=ja&rlz=1T4GGIH_jaJP278JP279&q=%E9%9B%AA%E5%BD%A2&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi

« 撫養塩田(鳴門、徳島)の歴史技術、入浜式製塩と塩田争議、流下式製塩、イオン交換膜製塩、安土、桃山時代、1596年(慶長元年)の大地震による撫養沿岸の隆起、鳴門渦潮、とは(2010.3.4) | トップページ | 南海地震(四国沖、紀伊半島沖)にまつわる歴史災害、南海地震の周期性、中央構造線、日本沈没(映画)、とは(2010.3.12) »

● 暦、行事、風俗(伝統文化)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1802629/48332224

この記事へのトラックバック一覧です: 白山(石川)の雪形にまつわる歴史伝承、雪占、牛に乗った袈裟かけの坊さん、猿たばこ、とは(2010.3.8):

« 撫養塩田(鳴門、徳島)の歴史技術、入浜式製塩と塩田争議、流下式製塩、イオン交換膜製塩、安土、桃山時代、1596年(慶長元年)の大地震による撫養沿岸の隆起、鳴門渦潮、とは(2010.3.4) | トップページ | 南海地震(四国沖、紀伊半島沖)にまつわる歴史災害、南海地震の周期性、中央構造線、日本沈没(映画)、とは(2010.3.12) »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

カテゴリー

フォト

アクセス解析

無料ブログはココログ