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2012年12月の9件の記事

2012年12月26日 (水)

Famous Sweet of Kaga, Choseiden and Wasanbon of Awa,加賀の名菓、長生殿と阿波の和三盆(2012.12.26)

  Kanazawa(Ishikawa) is a major producer of traditional Japanese sweets, known as  Wagashi, alongside Kyoto. The popularity of the tea ceremony gave rise to a variety of confections, including  Choseiden, one of the three most famous  Rakugan Wagashi in the country.

     Other two famous sweets are  Koshinoyuki (Nagaoka, Niigata) and  Yamakawa (Matsue, Shimane). All the confections have been made from a mixture of  Wasanbon, glutinous rice and wheat gluten,  as a pressed sugar sweet wth Tree mold. Choseiden is also colored red with red pigment(carthamin) of safflower(Yamagata).

     Wasanbon(Awa Sanbon Sugar) was made from  sugar cane(Awa, Tokushima). First of all, the sugar cane was pressed , and the liquid obtained was boiled in order to get sweet solid material. Then, the product was covered with cloth, and pressed  at least three times on the tray with hand to remove its brown color of molasses, as soon as possible.

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Famous Sweet of Kaga,Choseiden(加賀の名菓、長生殿)

(Reference) Famous Sweet of Kaga , Choseiden and Wasanbon of Awa, 加賀(金沢)の名菓、長生殿と阿波(徳島)の和三盆: http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-3853.html

2012年12月25日 (火)

Lead Tile and Athyrium Yokoscense,鉛瓦と蛇の寝御座(2012.12.25)

     It is well known that Athyrium yokoscense(Fr. et Sav.) Christ is a widely distributed fern growing on everywhere in Japan aside from alpine and subalpine forest zone.

     In ancient times, speculators utilized this species as an indicator plant in order to discover a metal mine, as was the case with famous Ikuno Silver Mine in Hyogo Prefecture.

     The dense population of the fern in the area of Ishikawa Gate of Kanazawa Castle is an anomalous vegetation always found in the vicinity of a metal mine district.

     This pure community of the fern indicates the lead tiles pollution resulting from their dissolution caused by acid rain. In front of the Gate, visitors can see the gragarious fern, Athyrium Yokoscense, growing on the lead polluted  areas  as the drain , also among stone walls.

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Athyrium Yokoscense (蛇の寝御座)

(ReferenceLead Tile of Ishikawa Gate of Kanazawa Castle and Fern, Athyrium Yokoscense, 金沢城石川門の鉛瓦とシダ植物ヘビノネゴザ(蛇の寝御座)http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-03f2.html.  

 

2012年12月24日 (月)

Lead Tile of Kanazawa Castle,金沢城の鉛瓦(2012.12.24)

      Ishikawa Gate of Kanazawa Castle , which now symbolizes  Kanazawa as  a castle townn , was originally merely a rear gate of Kanazawa Castle .

     The beautiful white tiles on the roof of Ishikawa Gate are actually made of lead which is 4.5-7.6 mm in thickness,  were constructed , when the third feudal lord, Maeda Toshitune(1594-1658), came to live in Kanazawa Castle.

     It is said that  the attractive white tiles are ready to be melted innto musket balls  in an emergency in the Edo period (Edo 1603-1868).

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Lead Tile of Ishikawa Gate of Kanazawa Castle (金沢城の石川門の鉛瓦)

Reference) Lead Tile of Ishikawa Gate of Kanazawa Castle (金沢城の石川門の鉛瓦): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-9b02-1.html 

 

2012年12月22日 (土)

 @niftyココログへ引っ越し! TypePad Pro(個人向け)に関する重要なお知らせ、2013 年 3 月末日をもって 日本語でのサービス提供を終了!(2012.12.22)

 下記のようなメールの通知が突然届きましたので、詳細を問い合わせた後、TypePadブログの投稿記事(312編)は、12月9日より、@niftyココログへ引っ越しを始め、12月21日に完了しました。 

 記事の引っ越しは、はじめ、読み込み(インポート)/書き出し(エクスポート)のツールの利用を試みたのですが、うまくいかず、記事をひとつひとつ、コピー(C)/貼り付け(P)の操作を繰り返し行いました。少し日時を要しましたが、無事引っ越しを完了することができホッとしています。 
 2013年(平成25年)度からは、私の新しい「サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題」の記事は、ココログに投稿いたしますので、よろしくお願いいたします。

○ 投稿記事(312編)、TypePadブログから@niftyココログへ引っ越し完了

サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題(ココログのホームページ):   http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/(総アクセス数: 2050、2012年12月22日午後2時現在)  

サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題(TypePadのホームページ): http://kanazawa.typepad.jp/weblog.(総アクセス数: 205171、2012年12月22日午後2時現在)

○ 2012/12/06  TypePad Pro(個人向け)に関する重要なお知らせ

平素より TypePad Pro(個人向け)をご利用いただきありがとうございます。

TypePad, Inc. 社(米国)が TypePad Pro(個人向け)の日本語でのサービス提供を終了することになりました。 これに伴い、 2013 年 3 月末日をもって TypePad Pro(個人向け)は日本語でのサポートおよび管理画面の日本語化対応を終了します。

また、シックス・アパート株式会社の国内総代理店契約2013 年 3 月末日をもって終了することとなりました。

TypePad Pro(個人向け)は、TypePad, Inc. 社(米国)より提供され、 2013 年 4 月以降も引き続きご利用いただけます。

サポートは、TypePad, Inc. 社(米国)から英語で提供される予定です。月額料金につきましては US ドルでの請求の予定です。

TypePad, Inc. 社(米国)
http://www.typepad.com/

2012年12月14日 (金)

TypePadブログから@niftyココログへの引っ越しのお知らせ(2012年12月14日)

  先日、12月7日、日本のTypePad運営のシックス・アパート社より、2013年3月末日をもってTypePad Pro(個人向け)日本語のサービス提供を終了することになりましたとのメールを受けとりました。

また、個人向けのTypePad は、退会申請を行われない限り今までに投稿した記事が削除されることはありませんが、日本語のサービス終了後の日本語入力の動作などについては保障いたしかねますとのことでした。

そこで、TypePadの投稿記事(312編)引っ越しできるブログ会社を比較検討した結果、以前ご縁のあった@nifty ココログにお世話になることとし、以下のTypePadホ-ムページから、12月9日より、ブログ記事の引っ越しを始めましたのでお知らせします。   

サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題(TypePadホームページ):   http://kanazawa.typepad.jp/weblog/   

(追加説明)                    

 私は、2009年(平成21年)5月、はじめて、ジャストシステムブログ(JUSTBLOG)に入会しました。サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題(ジャストシステムのホームページ): http://kanazawa.justblog.jp/weblog (現在は表示不可)

ところが、2010年(平成22年)3月末でジャストシステムブログ(JUSTBLOG)のサービス提供は終了との通知があり、その後はシックスアパート社(TypePad)に全ての運営が移管されることになり、JUSTBLOGブログを全てTypePadブログに移行して現在に至っています。

サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題(TypePadのホームページ): http://kanazawa.typepad.jp/weblog.(総アクセス数: 203513、2012年12月15日現在)

(参考資料)

ブログ比較(google検索): https://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=hts&oq=&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLG_jaJP443JP443&q=%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0+%E6%AF%94%E8%BC%83 

TypePad ( ウィキペディア):   http://ja.wikipedia.org/wiki/TypePad; TypePad(はてな、キーワード): http://d.hatena.ne.jp/keyword/TypePad.                           

2012年12月 8日 (土)

沖縄(琉球、那覇)名の由来、那覇は漁場(ナハ)と考えられる! とは(2012.12.8)

   沖縄(おきなわ)は、古書には阿児奈波(オキナワ)、悪鬼納(オキナ)、倭チ拿(ウチナ)と記され、南島志、新井白石(あらいはくせき、1657~1725、江戸中期の儒学者、政治家)著に初めて沖縄の字が出ています。沖縄史略、伊地知貞馨(いじちさだか、1826~1887、明治時代の官僚)著には、邦人洋中をと称す、其地東西に狭く南北に長く洋中にを浮かべたるが如きを以て名づけしならん、とあります。

 その他、諸説がありますが、新屋敷幸繁(しんやしきこうはん、1897~1985、詩人、教育者)は、新講沖縄一千年史において、沖縄語源内港の意とし、沖縄のお岳(ウチナーヌウガン)付近の港の旧名ウチミナ沖縄総名となったものであろう、という新説を提示しました。

 那覇(なは)は、漁場(ナハ)と考えられ、島袋源七(しまぶくろげんしち、1897~1953、民俗学者)は、古くは那覇全体漁場であり、その海岸の周りにはいろいろな漁場(内ナハ、外ナハ、小ナハなど)があり、小那覇、我那覇、与那覇などの地名からも推測されるという。

 琉球(りゅうきゅう)は、隋書(中国)に流求の文字が見え、日本では古く、阿児奈波または南島と呼びました。日本、中国の諸書に、流虬、琉求、流鬼、瑠求、留求、流球、瑠球など種々に記されています。それが今日の流球を指すものか、台湾を指すものか、それとも台湾と流球を含めて呼んだものか、諸説があって一定しないという。流球名義については、朱寛(生没未詳、中国特使)が、島影を発見し、虬竜(キュウリュウ)の水中に浮かべるが如くであったので流虬(リュウキュウ)と名づけたとの説があるが信じがたいという。

 私は、2004年(平成16年)5月17日、はじめて、ANA小松ー那覇の航路で沖縄(那覇)を訪れ、沖縄観光バスを利用して、家内(タカコ、尊子)と二人で、首里城、ひめゆりの塔、ひめゆり平和祈念資料館、万座毛、沖縄美ら海水族館など沖縄中北部の思い出深い観光をしたことがあります。が、途中、バスの中から見た米軍駐留基地には何とも言えぬ思いがしました。

(参考文献) 吉崎正松: 都道府県名と国名の起源、古今書院(1972); 下中邦彦編: 小百科事典、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991).

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守礼門(しゅれいもん、首里城の外門の一つ、琉球、沖縄) 首里城(しゅりじょう、国営沖縄記念公園、那覇、沖縄): http://oki-park.jp/shurijo-park/

(解説) 流球(りゅうきゅう)は、15世紀以降、日本と中国に両属の形をとり、1609年(慶長14年)、島津氏が侵攻して王城の首里を征服し、明治維新後、1872年(明治5年)、流球藩を置き、1879年(明治12年)、沖縄県となりました。

2012年12月 7日 (金)

北海道(蝦夷、札幌)名の由来、札幌はアイヌ語のサッポロ、乾燥広大の意! とは(2012.12.7)

   北海道(ほっかいどう)は、古くは蝦夷(えぞ)、また北州、十州島とも呼ばれた地で、原住民アイヌ人です。鎌倉時代(1192~1338)以降、次第に日本人が移住し、江戸時代(1603~1868)、水産業を通じてアイヌと接触、1604年(慶長9年)、松前藩(まつまえはん)の領有地となりました。

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北海道庁(赤レンガ庁舎、開拓使から北海道庁札幌、北海道、google画像) 北海道の行政組織(開拓使から北海道庁へ): http://sapporo-jouhoukan.jp/sapporo-siryoukan/lekishibunko/sapporo_histry/meiji/meiji2.html

 18世紀末からロシア、イギリス人などが来航、1869年(明治2年)蝦夷北海道と改め、開拓使を置き、移民を招き、屯田兵により開拓と防衛を兼ねました。そこで、改めて、北海道(蝦夷、札幌)名由来について調べてみました。

○ 北海道(蝦夷、札幌)名の由来

 北海道(ほっかいどう)は、江戸時代(1603~1868)、蝦夷地(えぞち)と呼ばれていたのが、1869年(明治2年)に現在の名に改められました。蝦夷(えぞ)は、初めエミシまたはエビスと読まれていたのが、平安時代(794~1192)末よりエゾとも呼ばれました。

 北海道命名には、幕末以来の蝦夷地の開拓判官、松浦武四郎(まつうらたけしろう、1818~1888、探検家、博学者)による、総合命名案として、北加伊道、日高見道、海北道などがあり、東海道、南海道、西海道に対応する北海道の名が採用されたと考えられています。また、アイヌ語地名をもとに国名、郡名選定されました。

 札幌(さっぽろ)の名は、永田方正(ながたほうせい、1838~1911、教育者、アイヌ研究者)によると、アイヌ語サッポロ乾燥広大の意、河海の跡が乾燥して広大な陸地になったのを指すという。札幌は豊平川の扇状地面に立地しているので、地形上から見て上記にふさわしいところという。

 私は、1981年(昭和56年)8月、JR、青函連絡船で、一人はじめて北海道を訪れ、観光しながら、長距離バスで北海道を横断、地平線が見える雄大な自然に感動したのを覚えています。また、観光バスのコースは、札幌、北大、大通公園、時計台ー洞爺湖、昭和新山、有珠山、駒ヶ岳ー屈斜路湖、硫黄山、摩周湖、阿寒湖ー網走駅、原生花園、オホーツク海など見学し、思い出深い旅行となりました。

 その後、何度か、小松ー千歳の航空を利用して、一人で、あるいは家内(タカコ、尊子)と北海道を訪れ、函館から根室までの地域の名所をバスあるいはタクシーで観光したことがあります。

(参考文献) 吉崎正松: 都道府県名と国名の起源、古今書院(1972); 下中邦彦編: 小百科事典、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991).

(追加説明) 北方領土については、1855年(安政2年)、日露通好条約で、千島列島は択捉から南は日本、ウルップから北はロシア領となりました。が、1945年(昭和20年)2月、ソ連のスターリン首相は、米国のルーズベルト大統領とのヤルタ協定を基に、同年8月、日ソ中立条約を破って参戦、北方四島を占領しました。1956年(昭和31年)、日ソ共同宣言では、平和条約締結後に歯舞、色丹2島を引き渡すと明記されています。

2012年12月 5日 (水)

鹿児島(薩摩、大隅)名の由来、鹿が多く生息していた一区域を指したもの、とは(2012.12.5)

   鹿児島(薩摩、大隅)といえば、明治維新での島津藩の尚古集成館、薩長同盟による倒幕運動、砂糖専売のほか、薩摩揚(さつまあげ)、サツマイモ芋焼酎(いもしょうちゅう)、桜島(さくらじま)、菱刈金山(ひしかりきんざん)などが思い浮かびます。そこで、改めて、鹿児島(薩摩、大隅)由来について調べてみました。

Kagoshima and Sakurajima.jpg

桜島(さくらじま、鹿児島市内より遠望、鹿児島県、google画像 ) 鹿児島県(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E5%85%90%E5%B3%B6%E7%9C%8C

 鹿児島(薩摩、大隅)名の由来

 鹿児島(かごしま、薩摩、大隅)起源は極めて古く、続日本記(しょくにほんぎ、平安初期の史書)にも見られ、和名抄(わみょうしょう、平安中期の辞書)には薩摩国鹿児島郡として出ています。

 鹿児島名義にについては、薩隈地理纂考によれば、日本書記(にほんしょき、奈良時代、最古の正史)の神代記中の無目籠(まなしかたま)及び天鹿矢(あめのかごや)の名から考えて、鹿児島は、このあたり一帯が彦火火山出見尊の大御猟場で鹿児が多く、鹿をすべてかこと読む例は、万葉集(まんようしゅう、最古の和歌集)にも見られ、は海中に限らず周囲に界隈(かいわい)がある一区域をいったので、鹿が多く生息していた一区域を指したもの、としています。

 薩摩(さつま)名は、諸国名義考(しょこくめいぎこう)によれば、幸浜(さちはま)で、得物(さつ)、また、(さつ)の意味であるとしています。白尾国柱(しらおくにはしら、1762~1821、江戸後期の国学者)の鹿児藩名勝考にも、薩摩幸島であり、神話のいう山幸、海幸の意であり、というのは、周囲に界隈(かいわい)があって一区域をなすところで、であるという。

 大隅(おおすみ)は、もと日向(ひゅうが、宮崎)の一部でしたが、奈良時代の初め、一国として分置されたものです。その名義は、隼人(はやと)の部名であるという説や、もと日向西南隅にあったので大隅郡が生まれ、のち国名となったという説があります。

私は、1980年(昭和55年)10月13日、JRで一人、はじめて鹿児島を訪れ、桜島、島津藩の尚古集成館、城山展望台など、定期観光バスで市内観光をしたことがあります。特に尚古集成館では、薩英戦争から倒幕運動へ、明治維新の原動力、島津藩が推し進めた殖産興業、富国強兵の姿を見る思いがしました。

(参考文献) 吉崎正松: 都道府県名と国名の起源、古今書院(1972); 下中邦彦編: 小百科事典、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991).

(追加説明) 古事記日本書紀記紀とも)は、681年(天武10年)、飛鳥時代、第40代天武天皇(631?~686)が編纂を命じた、現存する日本最古の歴史書です。記紀には、天上の高天原(たかまがはら)から地上に降臨(こうりん)し、天皇家の先祖となる天つ神(あまつかみ)、天照大神(あまてらすおおみかみ)が、国つ神(くにつかみ)、大国主神(おおくにぬしのかみ)から地上の支配権を譲られた話をはじめ、天皇家を中心とする日本統一の由来が書かれています。神社の多くは、記紀に登場する神々を祀っています。

2012年12月 1日 (土)

サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題(加能ガニ、 ズワイガニとも、いきいき魚市、金沢港、2012.12.1.)

  サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題を、科学風土記(人文、社会、自然)として、四季折々、徒然なるままに紹介しています。 ブログ(タイトル、内容、解説、資料、画像など)は、時折修正してアレンジしたものもあります。 画像(デジカメ写真、検索画像など)は、マウスで左クイックすると拡大するものもあります。                                                                                     T. HONJO 

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加能ガニ(かのうがに、ズワイガニとも、いきいき魚市、金沢港、無量寺町、金沢、石川) 金沢港いきいき魚市(ホームページ、金沢港産地販売協同組合、金沢): http://www.ikiiki.or.jp/

 

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