日本には、木炭という低温燃料しかなく、鞴(ふいご)で風を送っても、得られる最高温度は1200℃ほどなので、融点が1535℃の鉄を熔解することは不可能でした。
が、日本刀の製作には、西洋科学には見られない、鍛えて焼きを入れる! という、日本独特の優れた鉄の技術が考え出されました。 一方、西洋(ヨーロッパ)では早くから、コークス(石炭を蒸し焼きした燃料)があり、鉄を熔解し鋳型で形を整えるだけでした。

梅干と日本刀(樋口清之著、祥伝社、2005)
○ 木炭で得られる熱量は、鞴(ふいご)を使っても、最高温度は1200℃である!
普通、茶を沸かす木炭は800℃ほどです。また、魚を焼く備長炭(びんちょうたん)は600℃ほどの低温で、長時間に燃焼します。これはウバメガシ科の樹木からつくった、叩くとカンカンと金属音がする硬質の炭です。火持ちがよいので、煮物や焼物をつくるのに使います。この炭は江戸時代、元禄(1688~1704)頃、和歌山県田辺市の近くで、備中屋長衛門(生没未詳)がつくったという。
それ以前には佐倉炭(さくらたん)が多く、さらに古くは松炭でした。松炭は消し炭のことで、短時間に燃焼する木炭のことです。温度は、松炭が一番高く、1200℃ほどでした。
○ 鉄の融点は1535℃ですが、木炭で得られる最高温度は1200℃ほどなので、半熔解、アメ状の鉄しか得られません。日本刀の場合、鉄は不完全熔解なので、叩いて均質にする技術の創案は優れた科学的な知恵と言えます !
鋼鉄(こうてつ)は、砂鉄を原料にして製錬すると得られます。まず、砂鉄粉と石英粉と木炭粉を交互に重ねて、蹈鞴(たたら)を使う熔鉱炉の中に入れrます。熔鉱炉の下に火口があり、火をつけて3昼夜ほど熱すると、どろどろのアメ状の鉄が得られます。
この鉄の塊(かたまり)には、不純物が多く含まれているので、上のカスを取り除き、鋳型に流し込み固めると銑鉄(せんてつ)が出来ます。
それを叩いて細かくし、もう一度、石英粉と木炭粉を重ね、空気を吹き込む蹈鞴(たたら、ふいごとも)で処理すると、今度は、炭素が多く含まれた鋼鉄の元ができます。それは玉鋼(たまこがね)と呼ばれるものです。
玉鋼は、炭素分が多く固いがもろい。そこで、これに柔軟性を与えるために、もう一度、木炭の中で半熔解に熱して鍛えます(叩く!)。このとき、火花という形で玉鋼の中の炭素を放出し、いつも同じ力で均質になるように叩く必要があり、熟練を要する技術でした。
村の鍛冶屋という歌にある、飛び散る火花というのは、鉄粉から出る火花のほか、多くは中に入っている木炭の粉末が火花となって放出されるのを歌ったものです。村の鍛冶屋の歌(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E3%81%AE%E9%8D%9B%E5%86%B6%E5%B1%8B.
○ 日本刀の切れ味は、鉄の焼き入れの水加減に秘密がある。焼き入れで硬軟あわせ持つ特異な刃物が出来るという着想は、驚嘆に値する!
鉄を鍛えると、鋼鉄の鉄分の純度は髙くなります。が、炭素を出しきってしまうと、グニャグニャのバネになってしまう。そこで、ある一定の限度で叩くことを止め、日本刀の芯の主体をつくります。そのままでは刃物としては弱いので、さらにその表面を一層硬度の高い鋼鉄層に捲り(まくり、鍛え!)、よく熱して打ち固め、刀身の主体部を仕上げます。
その次の段階では、刃の部分に焼きを入れて、この部分だけ最も硬度の高いものとし、薄く研(と)いだとき、よく切れるようにします。
それには、全体に粘土を塗って、刃のところだけ粘土を落として、火の中で焼く。そして、焼けたものを、生ぬるい水の中につける。刃の部分だけ薄くなって、粘土をつけてないので、そこだけ密度が高くなります。すると、刃のところだけが非常に硬質の刃物となり、粘土に包まれた刀身全体は、まだ柔軟性のある柔らかさを持っています。
この鉄を収縮させるための水の温度は大切で、冷たすぎる水につけると、刃自体にヒビが入ってしまうし、温度が高いと、硬度が得られないので、適切な温度は7~13℃と言われるが、刀鍛冶はこの水加減を秘伝としました。
このように、刃のところだけに焼きを入れるために、全体を泥で包んで保護し、刃のところだけ泥を落として焼くと、全身に同じ温度がかかっても、ぬるま湯につけたときの冷却の仕方が異なることになります。
○ 剃刀(かみそり)の鋭利さを持つので日本刀は折れない。日本刀は曲がっても元に戻して使え、固い刃は折れないという、極めて矛盾した性質を備えている!
日本刀は後ろに反らしてあります。この反りの理由は、直刀で直角に物を切ると、刀身の断面角度は3度くらいあって鋭利さに欠けるからです。刀身を反らして斜めに引き切ると、円運動になります。すると3度の刃が物を切っていくときには、0.1~0.08ぐらいの角度になり、これは安全剃刀の刃ぐらいの鋭利さです。
日本刀には、丈夫さとして、3度の角度分だけの厚み、加えて重量があります。そして、鋭利さが安全剃刀ぐらいの刃、力が加わると折れずに曲がる柔らかさを持ち、固い物も切れる硬質さを持つという、完璧な刃物となっています。
のち、刀は鑑賞用になり、焼きを入れるときの刃紋の乱れをにおいと呼び、楽しむようになります。これは遊びという芸術性の要求です。が、刀には本来、においなど問題ではなく、やはり、切れることが第一でした。
○ 日本刀の起源
日本刀の起源として、古墳から出土した刀を顕微鏡で調べ、まくり鍛えは少し異なるが、1500~1600年前のものと分かりました。なお、鉄器は、弥生時代、水稲耕作の技術と同じ頃、中国、朝鮮を経由して日本にもたらされ、武器として用いられました。また、青銅器は、鉄器にやや遅れて日本に伝わり、おもに祭器として利用されました。

関孫六の銘刀(せきのまごろく、生没未詳、室町後期、美濃の刀工、関市、岐阜県、google画像) 関鍛冶伝承館(日本珍スポット百景、関市、岐阜):https://bqspot.com/tokai/gifu/273
(解説) 平安時代には、日本刀は、はっきりと全身まくり(鍛え!)になり、刃に焼きを入れる技術が完成しました。なお、江戸時代、慶長(1596~1615)以前のものを古刀、以後のものを新刀と呼びます。
昔の刀鍛冶(刀を鍛える工匠、刀工、刀匠とも)が、斎戒沐浴(さいかいもくよく、飲食や行動を慎み、水を浴びて心身を清めること)し、仕事場には注連縄(しめなわ)を張るというふうに、その仕事を神聖化したのは、鍛える刀剣への思い(入魂!)もあったと推測されます。
(参考文献) 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991); 樋口清之: 梅干と日本刀、日本人の知恵と独創の歴史(第7刷)、p.38~47、ゾリンゲンのナイフに応用された日本刀の技術、日本刀の切れ味は、焼入れの水加減に秘密がある、剃刀の鋭利さを持つから折れない日本刀、祥伝社(2005);桶谷繁雄: 金属と日本人の歴史(第1刷)、p.54~57、日本刀製作の苦心はどこにあったか、講談社(2006).
(参考資料) 宮本武蔵(二天一流)にまつわる歴史伝承、五輪書(霊巖洞)、巌流島の決闘(二天記)、花鳥水墨画(剣禅一如)、とは: http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-f226.html.
(追加説明) ○ 砂鉄
砂鉄(さてつ)は、岩石中に存在する磁鉄鉱(四三酸化鉄、黒色、磁性が強い)が、岩石の風化分解によって流され、河床または海岸、海底に堆積したものです。
私は、子供の頃、自宅の砂に棒磁石を近づけたところ、小粒の黒色の砂がたくさん付着したのを覚えています。
日本の砂鉄の産地として出雲(島根)が有名です。そこの砂鉄の成分は、鉄 67.46%、酸化ケイ素 2.74%、酸化アルミニウム 0.42%、酸化マグネシウム 0.67%、 硫黄 0.033%、 リン 0.005%、 銅 0.058%、酸化チタン 1.63%など、その特徴としてリン、硫黄及び銅などの不純物が極めて少ないことです。
砂鉄(青森県三沢、北海道中ノ沢産など)には、鉄鉱山の鉱石(岩手県の釜石、北海道倶知安産など)に比べ、鋼鉄の製錬の妨害となる、リン、硫黄及び銅が著しく少なく、特に少なかった出雲の砂鉄が、日本における鉄鋼原料として有名な理由が分かります。
釜石の鉄鉱石の成分は、鉄 56.84%、酸化ケイ素 8.64%、酸化アルミニウム 1.78%、酸化カルシウム 5.82%、 酸化マグネシウム 1.33%、 硫黄 0.227%、 リン 0.034%、 銅 0.114%、マンガン 0.159%などです。砂鉄(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%82%E9%89%84.
また、日本刀の成分を調べ、砂鉄には極微量のモリブデンが含まれていることが確認されています。これが、鋼鉄の硬さの一つの要因になっているという。日本刀(Tech-On):http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090811/174070/?P=3.
八岐大蛇(やまたのおろち)伝説については、出雲地方の水害を象徴したもの、また、朝鮮渡来の金屋集団による砂鉄と木炭による製鉄と大国主命の伝説とが結びついたものとも言われています。八岐大蛇(ウィキペディア):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%83%8E%E3%82%AA%E3%83%AD%E3%83%81.