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2013年3月 2日 (土)

春、弥生(やよい、3月、旧暦2月)、東大寺修二会(本行、3月1日~満行、14日、おたいまつ)、お水送り(3月2日、若狭神宮寺)とお水取り(3月12日、奈良東大寺)、とは(2011.3.1)

   奈良東大寺二月堂では、3月12日、お水取りの行法が行われます。寒さ暑さもお水取り、といわれ、この日から日一日と暖かくなります。奈良付近では、これをも含めた修二会(しゅにえ)全体を、おたいまつと呼び、京阪地方では、嵯峨清涼寺(さがせいりょうじ、浄土宗)の御松明(おたいまつ、大文字送り火、鞍馬の火祭と共に京都三大火祭の一つ)と区別しています。 

○ 修二会(前行、2月15日、本行、3月1日~満行、14日、東大寺、奈良)  

 修二会(しゅにえ)は、752年(勝宝4年)、東大寺(とうだいじ、華厳宗)開山、良弁僧正(ろうべんそうじょう、689~774)の高弟で、若狭神宮寺に渡ってきたインド僧、実忠和尚(じっちゅうおしょう、生没年未詳)が、その後東大寺に二月堂を建立し、大仏開眼2ヶ月前から創始したものです。インドでは、2月が正月にあたることから、毎年2月(陰暦)の7日間、国家の安泰と人々の豊楽を祈願したという。

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修二会(しゅにえ)の絵巻草創説話と二月堂にまつわる説話、絵は亮順(りょうじゅん)という画工(がこう)、詞書(ことばがき)は後奈良天皇をはじめとする四人の貴顕(きけん)の寄合、室町時代、1545年(天文14年)、東大寺、奈良、奈良国立博物館蔵、google画像)  

(解説) インド僧の実忠和尚(じっちゅうおしょう)は、行の初日に神名帳を読み上げられ、日本国中の神々に勧進されたのですが、若狭の遠敷明神(おにゅうみょうじん、彦姫神)だけが漁(りょう)に夢中になって遅れ、3月12日、修二会もあと2日で終わるという日の夜中に現れました。遠敷明神はそのお詫びのしるしに、二月堂のご本尊(十一面観音)にお供えする閼伽水(あかすい)を送ろうと約束され、神通力を発揮されて、若狭の鵜の瀬から奈良の二月堂の下まで地下を潜って水を導き、大地を穿(うが)って白と黒の二羽の鵜(う)を飛び出させました。すると、二つの穴から泉が湧き出したので、この泉を若狭井と名付け、1250年の長きにわたり守り続けています。

 修二会(修二月会の略称)は、インドから中国や韓国を経て日本に伝えられた火と水の祭典です。その根本的な目的は、農耕祈願に重点を置く天下泰平、庶民安楽、消災招福を祈願する行法です。東大寺修二会は、お水取りの俗称で知られ、2月15日(前行)の別火(べっか)から始まり、3月1日(本行)~14日(満行)、(本来は陰暦2月1日~14日)まで行われます。

 お水送り(3月2日、鵜の瀬、神宮寺、若狭、福井)

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お水送り、若狭神宮寺の修二会と大松明(鵜の瀬での送水文、水切神事、お香水流しの行事、福井、google画像)

(解説) お水送りは、動と静、火と水の華やぎの神事です。夕闇が迫る神宮寺(小浜、若狭、福井)の回廊から、大松明(おたいまつ、おおだいまつ?)を振り回す達陀(だったん)の行に始まり、境内の大護摩(おおごま)に火が焚かれると炎の祭典は最高潮に達します。やがて、大護摩から松明にもらい受けた火を手に、2キロ余り上流の鵜の瀬に向かいます。法螺貝(ほらがい)の音と共に、山伏姿の行者や、白装束の僧侶らを先頭に3000人もの松明行列が続きます。大護摩の火は、ここで靜かな流れに変わり、ひと筋の糸を引く光の帯となります。河原大護摩が焚かれ、住職が送水文と共にお香水を筒から遠敷川(おにふがわ)に注ぎ込みます。若狭の自然と、火と水は一体となり10日間かけて大和の国(奈良)に至るという。

 若狭は朝鮮語ワカソ(行き来、すなわち、ワツソ、来るとカツソ、行くとの合成語)が訛(なま)って宛字した地名で、奈良も朝鮮語ナラ(国という意味で、またナラして開けた土地、すなわち都という意味にもなる)が訛って宛字とされています。若狭神宮寺の地方は若狭の中心で白鳳以前から開け、遠敷川の谷間は、上陸した半島で大陸の文化が大和(朝鮮語でナラともいう)へ運ばれた最も近い道でした。それは暖流の対馬海流に乗ってきて着岸した若狭浦の古津(古代朝鮮と大和奈良を結ぶ海と陸の接点)から国府のある遠敷(おにふ、朝鮮語をウオンヌ、遠くにやるとか遠く来て敷く意味の語が訛った)や根来(ねごり、朝鮮語ネコール、我々の古里の意味の語が訛った、新羅系発音、和歌山の根来は高句麗系の発音のネコール)と京都や奈良が百キロほどの直線上にあるからです。

○ お水取り(3月12日、若狭井、二月堂、東大寺、奈良)

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お水取り、東大寺の修二会とおたいまつ(東大寺二月堂、お水取りの3月12日深夜、道明かりとなる大きなお松明の行法、奈良、google画像)

(解説) 修二会は、若狭神宮寺(わかさじんぐうじ)に渡ってきた、奈良東大寺二月堂の開祖、実忠和尚(じっちゅうおしょう、生没年未詳、東大寺の僧、渡来インド僧)によって752年(天平勝宝4年)、大仏開眼の2ヶ月前から、天下世界の安穏(あんのん)を願って始められ、期間中僧侶達は厳しい戒律を守って、連夜種々の行法を行います。特に、12日のお水取りが名高く、いつしかこれが修二会全体呼称のようになっています。

 お水取り(おみずとり)は、3月12日深夜、道明かりに大きなお松明(たいまつ)の行法と共に行われ、13日未明、呪師以下練行衆(れんぎょうしゅう)が二月堂前若狭井の水(閼伽井の聖水)を汲み、加持し、お香水として本尊(十一面観音)に供える1時間ほどの儀式で、迫力ある光景が観衆を沸かせます。この水を飲めば病難を免れると信じられています。奈良ではお水取りがすめが春がくるという。

 私は、1968年(昭和43年)3月12日、お水取りを見るため、京都大学、銀閣寺近くの下宿先から奈良まで電車で行き、東大寺二月堂にお参りしました。が、お水取りの本番の行事が夜遅くなりそうなので、途中で引き上げたことを覚えています。また、2006年(平成18年)8月28日、マイカーで金沢、桜田から奈良二月堂へお水送りの寺、若狭神宮寺に行き、お参りし、そこの住職さんにいろんなことをお尋ねし、ご教示いただいたことがあります。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典、平凡社(1973); 狭神宮寺別当尊護記、寺誌第一集、お水送りとお水取り、若狭神宮寺から奈良東大寺へ(1980)、若狭から奈良へ お水送り、若狭おばま(小浜)観光案内所パンフレットより ; 新村出編: 広辞苑、第四版、岩波書店(1991); 樋口清之(監修): 生活歳時記、三宝出版(1994); 永原慶二監修: 日本史事典、岩波書店(1999); 歴史探訪研究会編: 歴史地図本、古代日本を訪ねる奈良 飛鳥、大和書房(2006) .

(参考資料) 若狭神宮寺(お水送りの寺、小浜、福井): ttp://www.eonet.ne.jp/~etizenkikou/jinguuji.htm

お水送り(小浜、若狭、福井、google画像): http://www.google.co.jp/images?hl=ja&rlz=1T4GGIH_jaJP278JP279&q=%E3%81%8A%E6%B0%B4%E9%80%81%E3%82%8A&um=1&ie=UTF-8&source=og&sa=N&tab=wi&biw=1004&bih=606

東大寺二月堂(修二会、お水取りの行事、奈良): http://www.todaiji.or.jp/contents/function/02-03syunie1.html

お水取り(奈良、google画像): http://images.google.co.jp/images?sourceid=navclient&hl=ja&rlz=1T4GGIH_jaJP278JP279&q=%E3%81%8A%E6%B0%B4%E5%8F%96%E3%82%8A&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi.

○ 三寒四温(さんかんしおん)とは、三日ほど寒い日が続いた後に、四日ほどあたたかい日が続き、これを交互に繰り返す現象です。中国北部、朝鮮半島などで冬期に見られるという。

○ 三月の異名、弥生(やよい)という呼び名は、すべての草木が、春の暖かい陽気に恵まれて、弥生(いやよ)い育つ、という意味から来ています。(生活歳時記より)

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