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2013年4月29日 (月)

地蔵(じぞう)、釈迦(しゃか)入滅後、56億7千万年たって、弥勒菩薩(みろくぼさつ)がこの世に出現するまで、現世にとどまって衆生(しゅじょう)を救う、杉森地蔵水(石川)、高地蔵(徳島)、背高地蔵、とは(2013.4.29)

 地蔵(じぞう)は、仏教の菩薩(ぼさつ)の中の地蔵菩薩(じぞうぼさつ)のことで、右手錫杖(しゃくじょう)、左手宝珠(ほうじゅ)を持つのが普通です。

 釈迦(しゃか、一説には、前565~前」486年)入滅後、56億7千万年たって弥勒菩薩(みろくぼさつ)がこの世に出現するまでの間、現世にとどまって衆生(しゅじょう)を救うとされています。現在は、兜率天(とそつてん、六欲天の下から四番目の天)で待機中といわれています。

 中国では唐代から、日本では平安時代から、その信仰が盛んとなり、僧形の像が多く作られました。平安時代に末法思想が生まれ、地獄への恐怖が説かれるようになると、天台宗の僧侶や貴族などを中心に、徐々に信仰されるようになって行きました。

 地蔵は、長い期間、仏のいないこの世にあって、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)の輪廻(りんね)に苦しむ衆生を仏の道に導き救済するものとされており、室町期より六道に一体ずつ配した六地蔵信仰が盛んとなりました。

 また、地蔵は、冥界(めいかい)と現実の境に立って冥界に行くものを救うとされる信仰から、道祖神庚申(こうしん)信仰などと習合し、民間に観音(かんのん)と並んで広く信仰され、村境に祀られました。

 子供の災厄(さいやく)を守護するとも信じられ、賽の河原(さいのかわら)の説話を生みました。鎌倉時代から江戸時代には、種々の民間説話習合して、延命地蔵、子安地蔵、勝軍地蔵など、さまざまの名をを冠した地蔵が生まれました。

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地蔵、杉森地蔵水(杉森、鳥越、白山市、石川)

○  白山(石川)のふもとに湧き出る名水、弘法池の水(釜清水)、白山霊水(白山比咩神社)、杉森地蔵水(杉森集落)と湧水の水質(ヘキサダイヤグラム)、とは:http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/96.html.

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(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973);  新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991); 宗教民俗研究所編: ニッポン神さま図鑑、祥伝社(2000); 大島、佐藤、松崎、宮内、宮田編著: 図説 民俗探訪事典(1版19刷)、山川出版社(2005).

(追加資料) 高地蔵(たかじぞう) 高地蔵(たかじぞう)と高石垣の城構えの家は、河川の洪水への先人の心と生活の知恵という。 阿波(徳島)の吉野川流域は、江戸時代、洪水が多く発生し、お地蔵さんが水没するので、高い台座の上にお地蔵さんを据える、「高地蔵」が数多く造られました。

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高地蔵(たかじぞう、東黒田、徳島、Google画像) 高地蔵は高さ4.19mもあり、手を合わせる人々を上から見下ろす姿から「うつむき地蔵さん」と呼ばれて親しまれています。

〇 高地蔵(とくしま市民遺産、徳島市): http://www.city.tokushima.tokushima.jp/kankou/simin_isan/18.html

 

〇 先人の心映す高地蔵の洪水ハザードマップ(松尾裕治): http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00550/1999/05-0126.pdf

高地蔵(たかじぞう)、 背高地蔵(せいたかじぞう)

〇 高地蔵(たかじぞう)のルーツとして、江戸時代阿波徳島)の吉野川流域は、台風や水害の洪水が多く発生しました。そのとき、村人は、お地蔵さんが、水に浸かったり、流されないよう、また、洪水の恐ろしさを忘れないように、お地蔵さんを高い台座の上に据える、「高地蔵」を数多く造りました。その中でも、東黒田(徳島市国府町)の高地蔵は、高さ4.19mもあり、手を合わせる人々を上から見下ろす姿から「うつむき地蔵さん」と呼ばれて親しまれています。1912年(大正元年)の洪水の時、蓮華座まで水が来たという。

 その他、総高4m近い延命地蔵の造立が、1843年(天保14年)石井町(名西郡)、1856年(安政3年)藍住町(板野郡)のほか、各地に見られます。高地蔵は吉野川を代表する洪水遺産の一つです。(とくしま地域政策研究所編、吉野川事典、農山漁村文化協会(1999)より

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背高地蔵(せいたかじぞう、加須市、埼玉県、Google画像)

〇 背高地蔵(せいたかじぞう)については、江戸 時代、埼玉県加須市下埼で、1718年(享保3年)背の高い地蔵が造られ、「背高地蔵」と呼ばれます。 利根川の洪水にまつわる伝説があるという。また、埼玉県新座市大和田の背高地蔵は、道しるべとして立っています。

岩井(京都)脊高地蔵尊は、その側に右江戸左ぜんかう寺道と刻んだ自然石の道しるべが立っています。植木野町(群馬県太田市)背高地蔵は「地蔵様」名で現在も有名で道案内の役目を果たしている。また、道行く人達の信仰を集め無病息災、家内安全等の願い事を叶えてくれると語り継がれています。この他、背高地蔵(背長地蔵とも)は、南会津町福島県南会津郡)にも見られます。

背高地蔵(せいたかじぞう、Google画像検索): https://www.google.co.jp/search?q=%E8%83%8C%E9%AB%98%E5%9C%B0%E8%94%B5&hl=ja&rlz=1T4GGNI_jaJP523JP523&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=9kIiVfH3O-HJmAWy-4DIAQ&ved=0CCMQsAQ&biw=1366&bih=588

(参考資料)

地蔵菩薩(じぞうぼさつ、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E8%94%B5%E8%8F%A9%E8%96%A9. 

地蔵菩薩(じぞうぼさつ、google画像検索): http://www.google.co.jp/search?hl=ja&rlz=1T4GGNI_jaJP523JP523&q=%E5%9C%B0%E8%94%B5&um=1&ie=UTF-8&tbm=isch&source=og&sa=N&tab=wi&ei=VP59Ude0BsXwkAXTw4G4Bg&biw=1366&bih=588&sei=Vv59Ucz6G5DXkgWTzYGYDg

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