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2013年4月27日 (土)

石敢当(いしがんとう)、辻やT字型道路の突き当りや屋敷の外に向け石敢当と刻んで建ててある悪魔よけの石碑、とは(2013.4.27)

 

 石敢当(いしがんとう、せきかんとう、とも)は、広辞苑によると、おもに沖縄や九州南部地方で、道路の突き当りや屋敷の外に向け石敢当の三字を刻んで建ててある石碑のことです。中国伝来の民俗で、悪魔よけの一種という。

 辻やT字型道路の突き当りは悪鬼が横行するところで、この石を立てることにより、屋敷内へ侵入する悪鬼を払いのけることができると信じられています。

 この言葉は、一説には、中国の五代の頃(907~960年)の武人の名前に由来し、この人は武勇に勝(すぐ)れたばかりでなく、平常凶事に逢うと、苦心努力してこれを吉事にかえ、危険を未然に防ぐ不思議な力をもっていたと言われました。

 そこで、後世、彼の名前を書いて立てておくと、一家または村の災難を防ぐことが出来るという信仰が生まれました。石敢当(ウィキペディア):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E6%95%A2%E7%95%B6

 中国(福建省、唐代)から日本に伝来したもので、石敢当は、沖縄本島とその周辺諸島に最も多く、九州地方(鹿児島、宮崎、大分、佐賀)にも広く分布しています。

 その他、四国地方(徳島、愛媛)、中国地方(山口、広島、兵庫、岡山)、近畿地方(京都、大阪、奈良、滋賀、和歌山)、関東地方(東京、神奈川、千葉、埼玉、栃木)、東北地方(秋田、山形、宮城、青森)、北海道(函館)など、全国29都道府県で確認されています。が、山陰地方、北陸地方、越後の日本海側には、どういうわけか全く見当たらないという。

石敢當と文化交渉ー奄美諸島を中心としてー(高橋誠一、PDF): http://www.icis.kansai-u.ac.jp/data/journal01-v1/journal01-15-takahashi.pdf

石敢当(google画像検索):http://www.google.co.jp/search?aq=hts&hl=ja&rlz=1T4GGNI_jaJP523JP523&q=%E7%9F%B3%E6%95%A2%E5%BD%93&um=1&ie=UTF-8&tbm=isch&source=og&sa=N&tab=wi&ei=fmp7UenIBcH0kQX77YGQBQ&biw=1366&bih=588&sei=hmp7UaTROMGzkgX_moDwBQ

 日本では普通、四角い石の柱の表面に、石敢当とだけ刻んだものが多く、かって村の入口や、道路の辻に建てて、魔除け、悪魔払いとされてきました。地蔵尊庚申碑似た性格のものと考えられます。大きさは一定しないが、大体高さ1m内外のものが多いようです。

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石敢当(せきかんとう、駅路寺瑞雲寺門前にあったもの、板野郡誌、引野、松島村、板野郡、徳島県)

(解説) 板野郡誌に、「松島村、のち上板町、瑞雲寺、のち安楽寺(六番)大門付近四つ辻に、石敢当なる建碑一個所あり、これは方除として造りしものと称すーーー云々」とあります。

 私の郷里(引野、上板町、徳島県)の、石敢当ですが、引野の古老の話では、戦時中頃までは、たしかに六番さん(四国6番札所、安楽寺)の入り口の処にありました。が、その後、道路工事か何かの折に取り除かれ、現在行方不明になっているとのことです。

(参考文献)児島光一: 上板昔読本、教育出版センター(1978); 新村出編:広辞苑(第四版)、岩波書店(1995); 大島、佐藤、松崎、宮内、宮田編著: 図説 民俗探訪事典(1版19刷)、山川出版社(2005).

(追加説明)○ 上板町 発足の経過

1869年(明治2年)6月17日 版籍奉還により、阿波藩が廃止され、徳島藩が置かれました。現在の上板町は、当時、板野郡の七条村、鍛冶屋原村、引野村、泉谷村、神宅村、西分村、椎本村、及び名西郡の瀬部村、高瀬村、高磯村、上六条村、下六条村、佐藤塚村、第十新田(第十村)の十四ヶ村に分かれていました。

1871年(明治4年)7月14日 廃藩置県により、徳島藩を廃し、徳島県が置かれました。徳島県には、従来の阿波と淡路が含まれていました。

1889年(明治22年) 町村制により、徳島県下は、一市(徳島市)、十郡、二町(撫養町、脇町)、百三十七ヶ村となりました。そして、七条ほか三村が合併して、松島村、西分ほか二村が合併して大山村、瀬部ほか五村は合併して、高志村となりました。

1947年(昭和22年)11月3日 松島村町制により、松島町となりました。

1955年(昭和30年)3月31日 板野郡松島町大山村、及び名西郡高志村の三ヶ町村が合併して、上板町が発足し、現在に至っています。

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児島光一: 上板昔読本、教育出版センター(1978).

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