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2013年5月の9件の記事

2013年5月25日 (土)

新緑の季節、犀川の土手、中洲、金沢と野々市、金沢の高畠と玉鉾の街、野田山、白山麓の山並み(2013.5.25)

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新緑の季節、犀川の土手、中洲、金沢と野々市、金沢の高畠と玉鉾の街、野田山、白山麓の山並み (桜田、金沢、2013.5.25.撮影)

2013年5月24日 (金)

ペダーセン博士(日系2世、韓・日・米、数奇な運命)、クラウンエーテルの発見、1987年度ノーベル化学賞、特定の物質を取り込む化合物の発見、ホストーゲストの化学、超分子の化学、とは(2013.5.24)

  1987年(昭和62年)、C.J.ペダーセン(アメリカ)、D.J.クラム(アメリカ)、J.M.レーン(フランス)は、特定の物質だけを選択的に取り込む酵素などの生体物質を模倣(もほう)した大環状化合物の発見と合成ノーベル化学賞を受賞しました。

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C.J.ペダーセン(1904~1989、日系2世、韓・日・米、数奇な運命、大環状化合物クラウンエーテルの発見、83歳でノーベル化学賞受賞

(解説) C.J.ペダーセン(1904~1989)は、日系アメリカ人です。母親は北九州市八幡西区田町出身の安井タキノさんで、明治中ごろ、父親の事業失敗で家族と韓国(釜山)に渡りました。鉱山技師として米国系の会社で働いていたノルウェー人に見初められて結婚し、長男のペダーセンさんが生まれました。

 ペダーセンさんは8歳のころ、一人で両親のいる韓国を離れ、在日外国人の子らが学ぶ長崎、横浜の学校で計9年間学びましたが、成績は抜群でした。ペダーセンさんは18歳のとき単身渡米、デントン大(オハイオ州)やマサチューセッツ工科大(MIT、マサチューセッツ州)に留学、以後母と子の対面は一度もありませんでした。

 ペダーセンさんはMITで修士号を取得後、デュポン社(デラウェア州)に入社し、1962年(昭和37年)、デュポン研究所で、ビス[2-(o-ヒドロキシフェノン)エチル]エーテルの合成を目的として研究中、思いもかけない副生生物、大環状ポリエーテル、ジベンゾー18-クラウンー6(DB18C&)を発見しました。

クラウンエーテル(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%AB

 クラウン化合物命名は、それらの化学構造式の形と、それらがあたかも陽イオンに冠(かんむり)をかぶせるように錯体を形成することから名付けられたものです。

 クラウン化合物それらのアルカリ・アルカリ土類陽イオンとの錯形成の異常な性質についての学会での世界で初めての口頭発表は、1967年(昭和42年)9月15日、日本の日光での第10回国際配位化学会で行なわれました。

 そのとき暗闇の中でライトを浴びて行った演示実験において、ペダーセン博士は過マンガン酸カリウムクラウンエーテルを用いてベンゼンに溶解させ、参加者を驚きと感動に浸らせました。これはパープルベンゼンと呼ばれているものです。

パープルベンゼン(相間移動触媒、酸化反応、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E9%96%93%E7%A7%BB%E5%8B%95%E8%A7%A6%E5%AA%92

 その後、各国の化学者がこれらの化合物の特異性に注目し、さらに各種の有機合成、金属イオンの捕捉・分離、イオン選択性電極や分析への応用、光学異性体の分割、酵素モデルへのアプローチ、医・農薬への応用など極めて幅広い分野へと研究が展開され、実用に供されています。

 これらの功績が認められ、ペダーセン博士(デュポン社化学研究員)は1987年(昭和62年)に、光学活性クラウンエーテル研究を開拓したクラム博士(カリフォルニア大学、ロサンゼルス校教授)及び双環状クラウンエーテルであるクリプタンドの合成と諸性質の研究を展開したレーン博士(コレージュ・ド・フランス教授)と共に、ノーベル化学賞を受賞しました。

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超分子(ちょうぶんし、クラウンエーテルの分子トング、分子を変形させてトングの形を作る、朝日新聞、2013年(平成25年)2月11日(月)朝刊)

(解説) 弱い結合を利用して、特定の物質をつかんだり離したりする分子トングなど、人工的に操れる超分子が考案され、応用研究(自己修復性ゲル、ドラッグ・デリバーリー・システムなど)は、その後急速に広がりました。

 超分子は、分子同士が緩やかな力で組み合わさってできる、より大きく、複雑な構造をもつ分子集団のことで、変わった分子構造の、新しい性質を持ったさまざまな物質(オリンピアダン、ポリロタキサンの分子ネックレスなど)が開発されています。

 このように、クラウン化合物については、ホストーゲスト化学(酵素と基質、抗体と抗原、ホルモンや薬物とレセプター、生体膜でのイオンや分子の輸送のモデルの化学!)、

 また、超分子化学(分子間のゆるやかな結合相互作用によって結びつけられ、組織化され、個々の分子を超えた複雑な化学的・物理的・生物学的な性質をカバーする高度に学際的な科学分野!)と呼ばれる、原子と原子の共有結合に基礎をおいた分子化学の分子の概念を超えた化学、という大きな学問分野に発展しています。

(参考文献) 熊本日日新聞: ノーベル化学賞 ペダーセン博士、母親 安井タキノ 明治の女性、国際結婚の子、韓・日・米 数奇な運命 白血病 ペ博士、墓前報告もかなわず、 1987年(昭和62年)10月16日(金)朝刊; 本浄高治: 進歩総説、溶媒抽出ークラウンエーテルー、p.127~136、ぶんせき(1997); 朝日新聞: 科学、超分子化学の世界、分子+分子⁼夢素材、しなやかに変形 新たな性質へ期待、2013年(平成25年)2月11日(月)、朝刊.

(追加説明) ○ 放射性のセシウムを吸着除去するクラウン化合物の開発と実用への応用研究も行なわれています。水溶性セシウム高選択性吸着剤の開発. -新しい化学結合特性を利用したクラウンエーテルの分子設計-(日本原子力開発機構): http://jolisfukyu.tokai-sc.jaea.go.jp/fukyu/mirai/2012/1_15.html.

2013年5月22日 (水)

荒城の月、滝廉太郎の作曲のルーツとされる富山城(富山)、岡城(竹田市、大分)、土井晩翠の作詞とゆかりのある鶴ヶ城(会津若松、福島)、青葉城(仙台)、福岡城址(二戸市、岩手)、外された♯(シャープ)の音、とは(2013.5.22)

 荒城の月(こうじょうのつき)は、20世紀最初の1901年(明治34年)、中学唱歌として発表され、長年にわたって歌われている日本の名歌で、土井晩翠(どいばんすい、1871~1952)作詞滝廉太郎(たきれんたろう、1879~1903)作曲の歌曲です。

 東京音楽学校(現・東京芸大)発行中学唱歌として、同校は新進の詩人だった土井歌詞委嘱し、また、その詞に付ける公募した結果、同校の研究科に在籍していた採用され、1901年(明治34年)、箱根八里とともに初めて掲載されました。作詞者と作曲者が、一度も会わずに完成した荒城の月は、評判がよく、新聞評も好意的だったという。

 原曲旋律だけだったが、大正時代(1912~1925)に作曲家山田耕筰(やまだこうさく、1886~1965)が、テンポを遅くして、ゆっくり情感をこめて歌えるように編曲しました。

 山田はさらに、はなのえん(シャープ、半音高く)を取る改変もしました。この♯は、滝の発表時から違和感があると指摘されており、現在ではほとんどの歌手は山田の編曲で歌っています。もっとも、滝の意図を無視していいのか、と異議を唱える学者もいるという。

○ 荒城の月(YouTube): http://www.youtube.com/watch?v=SbLuhlq-qik

 春高楼(こうろう)の花の宴 めぐる盃(さかずき)影さして 千代の松が枝(え)わけいでし むかしの光いまいづこ

 秋陣営の霜の色 鳴き行く雁(かり)の数見せて 植うるつるぎに照りそいし むかしの光いまいづこ

3 いま荒城のよはの月 変(かわ)らぬ光たがためぞ 垣に残るはただかつら 松に歌ふはただあらし

 天上影は変(かわ)らねど 栄枯は移る世の姿 写さんとてか今もなほ あゝ荒城の夜半の月

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荒城の月(こうじょうのつき、岡城、三ノ丸、高石垣、、竹田市、大分県、google画像)

岡城跡(国指定史跡、竹田市、大分県): http://www.city.taketa.oita.jp/okajou/

(解説) 滝廉太郎は、父(内務官僚、のち地方官)の仕事の都合で、旧富山城内にあった小学校に 通って見た富山城(富山市、富山県)、さらに父の故郷の大分に転勤し、高等小学校を卒業し、上京するまで過ごして遊んだ、荒れ果てた石垣のある岡城(竹田市、大分県)を脳裏に浮かべて作ったとされ、富山城にも岡城の城址にも荒城の月歌碑が立っています。 

 また、土井晩翠の作詞とゆかりのある鶴ヶ城(会津若松市、福島県)、青葉城(仙台市、宮城県)、福岡城址(二戸市、岩手県)、いずれの所にもが立っています。

(参考文献) 永原慶二監修:日本史辞典(第1刷)、岩波書店(1999); 北陸中日新聞: 荒城の月、土井晩翠作詞、滝廉太郎作曲、外された♯の音、2010年(平成22年)3月28日(日)朝刊; 朝日新聞: be on Saturday, song, 異国で会った作者同士、土井晩翠作詞、滝廉太郎作曲、荒城の月、2011年(平成23年)10月8日(土)朝刊.

(参考資料) 荒城の月(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%92%E5%9F%8E%E3%81%AE%E6%9C%88

荒城の月(google画像検索): http://www.google.co.jp/search?q=%E8%8D%92%E5%9F%8E%E3%81%AE%E6%9C%88&hl=ja&rlz=1T4GGNI_jaJP523JP523&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=zGObUeTHC66Rigfy3oDoCw&ved=0CEsQsAQ&biw=1366&bih=588

 

2013年5月20日 (月)

JR金沢駅のシンボル、金沢駅東口のもてなしドームと鼓門(つづみもん)、金沢駅西口のステンレス製の大型モニュメント、悠颺(ゆうよう)、とは(2013.5.20)

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もてなしドーム鼓門(つづみもん、JR金沢駅東口広場、前金沢市長山出保(1931~ )さん、金沢、石川)

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もてなしドーム鼓門JR金沢駅東口広場、2014年4月28日撮影)

(解説) JR金沢駅駅東口には、2005年(平成17年)、能楽の加賀宝生(かがほうしょう)をモチーフにした鼓門(つづみもん)と、総ガラス張りのもてなしドームが完成しました。

 ガラスとパイプの大屋根は、高さ30m、金沢を訪れる人にさし出す(かさ)のイメージで、雨や雪の多い土地で濡(ぬ)れないようにという、もてなしの心を、また、は、が盛んな伝統芸能土地象徴させたという。

 前金沢市長山出保(やまでたもつ、1931~ )さんは、最初は市民から異様とか、金沢らしくないとか、言われましたが、やがて旅行者や写真家の評判が高まり受け入れられるようになり、金沢のテーマは、保存と開発の調和で、ドームと門は、伝統と現代を調和させたと思っている、と言う。

 金沢駅は2011年(平成23年)、アメリカの雑誌、トラベル・レジャーの最も美しい鉄道駅の一つに選ばれました。世界から14の駅が選出され、日本からは金沢だけだという。

金沢駅もてなしドーム 鼓門(つづみもん、google画像検索):http://www.google.co.jp/search?aq=&hl=ja&rlz=1T4GGNI_jaJP523JP523&q=%E9%87%91%E6%B2%A2%E9%A7%85+%E3%82%82%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%81%97%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%A0+%E9%BC%93%E9%96%80&um=1&ie=UTF-8&tbm=isch&source=og&sa=N&tab=wi&ei=Z22ZUd--DcH0kQW_zoHAAg&biw=1366&bih=588&sei=bW2ZUcOPKcPAkgXwj4CADw

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ステンレス製大型モニュメント悠颺(ゆうよう、JR金沢駅西口広場、金沢、石川)

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ステンレス製大型モニュメント悠颺JR金沢駅西口広場2014年4月28日撮影)

(解説) 日本海側のJR金沢駅西広場には、1989年(平成元年)金沢市制100周年記念事業モニュメントとして設置された、ステンレス製大型モニュメント悠颺(ゆうよう、ゆったりと風で舞い上がる意)が目を引きます。

 これは、1991年(平成3年)文化勲章受章者、日展顧問、東京芸術大学名誉教授、金沢市出身の蓮田修吾郎(はすだしゅうごろう、1915~2010)氏の環境金属造形作品です。鋳金の第一人者として活躍した金属造形作家で、従来の鋳金から脱却する金属造形の新分野を開拓しました。

(参考文献) 北陸中日新聞: ほくりく新五十景、金沢駅もてなしドーム、2010年(平成22年)1月17日(日)朝刊; 北陸中日新聞: 金沢まちづくり物語、山出保の回想 7、もてなしドーム、伝統とモダンの融合、海外で評価、金沢らしさ、2013年(平成25年)4月4日(木)朝刊; 北陸中日新聞: 蓮田修吾郎さん死去、金沢出身、94歳、金属造形で文化勲章、金沢駅西広場に金沢市制100周年記念事業モニュメントとして設置された蓮田さんの造形作品悠颺(ゆうよう)、2010年(平成22年)1月13日(水)朝刊.

(参考資料) ○ 北陸(越の国)の交通路、北陸道(五畿七道)、北陸本線(ループ線、北陸トンネル)、北陸自動車道(敦賀トンネル、木の芽峠下)、北陸新幹線整備計画(長野~金沢)、とは :http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/kagakufudoki174.html.

○ 能楽の聖典、風姿花伝(世阿弥著)の中の言葉、花は心、種は態(わざ)、初心を忘るべからず、とはhttp://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/84.html.

2013年5月18日 (土)

夢とは、この不思議な体験の正体は何なのだろうか、また、日常の生活とどういうかかわりがあるのだろうか?(2013.5.18)

 世界の誰もが毎晩のように見る(ゆめ)、この不思議な体験の正体は何なのだろうか、また、日常の生活とどういうかかわりがあるのだろうか? 20世紀のはじめ頃から、心理学と脳科学から諸説が唱えられています。

 20世紀前半には、ジークムント・フロイト(ドイツ、心理学者、Sigmund Freud、1856~1939)は、1900年、心理学精神分析より、は、無意識の世界に押し込められた欲望・欲求の表れだ、と唱えました。フロイトによると、無意識下の欲求は、性的な欲望など自分でも認めたくない内容を含む。そのため、では、道具や部屋などのモノや、空を飛ぶ、といった行為として象徴的にあらわされる。この対応関係を逆に読み解けば、無意識の欲求が分かるとされる。

 カール・ユング(スイス、Carl Gustav Jung、心理学者、1875~1961)は、は、無意識からのメッセージという理論を体系化しました。この流れをくむ分析は、今も精神分析心理療法の中で、広く用いられている。

 一方、20世紀後半になると、アラン・ホブソン(アメリカ、ハーバード大名誉教授、神経生理学者、J. Allan Hobson、1933~ )は、1960年代初め、神経動きを解き明かす、神経生理学の視点より、初めてを科学的に研究したという。その説によると、をよく見るレム睡眠逆説睡眠とも)のときには、脳の一番下にある脳幹から信号が出て、視覚などにかかわる脳の領域が活発に動き始める。

 睡眠中は外から情報が入らないため、脳は記憶の断片をつないでストーリーをつくる。それがである。脳内で注意や判断を担う領域は十分に働いていないので、つじつまの合わない物語になる。そのため、には読み解けるような意味はないという。

 1990年代後半、マーク・ソームズ(南アフリカ、ケープタウン大教授、神経心理学者、1948~ )は、事故で脳に傷を負った患者を調べるうちに、ホブソンが夢のスイッチと考えた脳幹の一部が損傷しても、を見続ける患者がいることに気づいた。逆に、脳の前部にある欲求にかかわる領域が損なわれると、を見なくなることも発見した。

 このことより、何かしたいという欲求が先にあり、それが、脳に蓄えられた情報を使って表現されたのがだと考えた。つまり、は欲求の現れで、フロイト説は誤りではない、となる。

 ジョリオ・トノーニ(アメリカ、ウイスコンシン大教授、神経科学者、1951~ )によると、ホブソン説は、夢を何かの刺激に反応する知覚に近い働きととらえている。一方、ソームズ説の欲求の現れとしてのは、目をつぶって何かを思い描くような働き、つまり想像に近いという。そして、これほど身近な意識状態であるについて、我々はまだあまりに無知、とのことです。

(参考文献) 朝日新聞: 夢に魅せられて、夢とは何か、心理学と脳科学、The Asahi Shinbun GLOBE 8/5 Sun.-8/18 Sat.(2012).

(追加説明)○ レム(REM)睡眠逆説睡眠とも)とは、目玉の激しい動きは、急速眼球運動(Rapid Eye Movements)と呼ばれ、誰もが毎晩経験している。この時の睡眠を、頭文字をとってレム(REM)睡眠と呼ぶ。

 夢(ゆめ)とは、広辞苑によると、① 睡眠中にもつ非現実的な錯覚または幻覚。多く視覚的な性質を帯びるが、聴覚、味覚、運動感覚に関係するものもある。② はかない、頼みがたいもののたとえ。夢幻。③ 空想的な願望。心のまよい。迷夢。④ 将来実現したい願い。理想。(新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991)より)

○ 明晰夢(めいせきむ)とは、夢を見ていると気づきながら、目覚めないで見続ける夢のことです。人間の意識を理解するうえで一つのカギになると見られています。

○ という言葉は、希望や目標といった肯定的な意味で使われることもあります。しかし、寝ているときに実際に見ている夢には、楽しいことより、言葉や暴力による悲しみや怒りなど、嫌な体験に近いものが多いという。

 ふだん見ている夢の大半は、父母、兄弟、親友、趣味など、身近なエピソードで作られていて、目が覚めているときの意識とつながりを持ったものだという。また、大人になってから見る夢は、同じテーマが繰り返されるのが特徴で、道が分からなくなったり、試験に遅れたりするという。

(追加説明)

 ユングは、リピドー(人間の性本能の基底となるエネルギー)を生命のエネルギーとし、その進化を妨害する環境中で、多くの障害物との葛藤を解決しつつ、人格が発達し、形成される、としました。

 それは、口唇期(こうしんき、生後1歳半ぐらいまでの小児性欲で、乳首を吸うなどの口唇による快感)、肛門期(小児性欲で、肛門の刺激に快感を持つ)、男根期(小児性欲で、性器で性感を覚えるが、まだ性の対象を覚えるに至らない)、潜在期(学童期、小児性欲が一時影を潜め、子供の関心は知的方向に向かう)、性器期(思春期以降、性欲が自分以外の対象に向かう)などの段階的展開を、性器的性格の成長と考えました。

 アドラーは、初めはフロイト派に属したが、その性を重視する学説に反対し、優越欲求(権力意思)を人間活動の中心とし、これと無力感、劣等感との抗争の場が、自我(エゴ、人格全体を統合し、現実外界に適応した思考と行動をつかさどるもの)である、と主張しました。彼の学説は、個人心理学、と称されています。

2013年5月11日 (土)

野田山墓地参道、史跡・加賀藩主前田家墓所、野田山墓地の墓守寺・高徳山東雲寺(野田町)、金沢大学附属幼稚園、小学校・中学校・高等学校(平和町)、公務員宿舎(57号棟)、県営住宅(平和町)の景観(2013.5.10)

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野田山墓地参道、史跡・加賀藩主前田家墓所、野田山墓地の墓守寺・高徳山東雲寺(野田町)、金沢大学付属幼稚園、小学校・中学校・高等学校(平和町)、公務員宿舎(57号棟)、県営住宅(平和町)の景観、2013.5.10撮影)

(参考資料) 加賀100万石藩祖前田利家が眠る野田山墓地、菩提寺の宝円寺、神として祀る尾山神社、とは(本浄高治編): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/kaga-4.html

 江戸時代前田利家はじめ一族は、仏式土饅頭(どまんじゅう)の墳墓として埋葬されていました。前田家祭祀神式に改められたのは1874年(明治7年)です。

 1877年(明治10年)5月には、「野田山ノ廟所ナル廟堂ヲ取除け、更ニ碑石及ビ鳥居ヲ建ラレ」となり、藩主入口には鳥居、そのにはを築き、その石柱墓標が立てられました。

 

2013年5月 9日 (木)

睡眠、人間の眠りは2時間単位、浅い眠り(2~3分)、中ぐらいの眠り(30~50分)、深い眠り(30~50分)、逆説睡眠(20~30分)の繰り返し、夢多き人生、とは(2013.5.9)

 人間にとって、最も大切な生活のパターン睡眠で、生体エネルギーの蓄積疲労回復というバッテリーに充電する作用と考えられます。ふつうの人間は、なんとしても一日7時間ほど睡眠をとりたいものです。

 人間の眠りは、2時間単位として行われています。この2時間は、浅い眠り(2~3分)、中ぐらいの眠り(30~50分)、深い眠り(30~50分)、逆説睡眠(ぎゃくせつすいみん、レム睡眠とも、20~30分)という4つの部分からなっていて、8時間眠るとすると、この繰り返し4回行われます。が、2回目以降は、浅い眠りは省略され、また、人によって、この時間は多少ちがうという。

 浅い眠りというのは、就寝直前に本を読んでいて、活字を追っているのは分かるのですが、頭の中では別のことが浮かんでいる、という状態のことです。やがて2分ぐらいの間に、静かに眠りにはいります。

 中ぐらいの眠りは、ちょっとした物音でも目がさめます。ものの気配のようなものでも、目ざめることさえあります。

 ところが、深い眠りにはいると、少しぐらいのことでは目がさめません。鼻をつまれても分からないのは、この眠りの状態です。

 眠りは大別して、眠っている状態と、からだ眠っている状態に分けられます。浅い眠り、中ぐらいの眠り、深い眠りの3つは、眠っている状態、と考えられています。

 4つめの逆説睡眠は、脳は起きているが、脳の中のからだを支配している部分は眠っているものと考えられています。この状態にはいると、外から見ても分かり、まず、目玉がキョロキョロと動き、寝言をいい、歯ギシリをし、それにを見ます。さらに、筋肉の緊張がゆるんでダラリとなります。

 また、内臓も乱れ、心臓や呼吸が乱れ、血圧は20~30ミリも下がります。尿の出方も少なくなり、血管が拡張します。からだの中のリズムが変わってしまうわけで、からだが眠っている状態、とも考えられます。 逆説睡眠が終わって、次の睡眠状態(中ぐらいの眠り)にはいると、急に血圧が50ミリ近くも上がります。

 目がさめたとき、すぐ活動できるぐらいパッチリ目がさめる場合と、眠くて眠くて、やっと片目をあけて目ざめるという両方の経験をだれでも持っています。このパッチリと目ざめるのは、逆説睡眠状態のときで、それ以外の眠りの状態では、目ざめは眠いものです。

 ところで、夢逆説睡眠状態のときに見るものですが、8時間眠ると、逆説睡眠状態が4回やってきます。したがって、一晩4回見ているわけですがただ覚えているのは最後逆説睡眠状態のときに見た夢だけあとの3回の夢は覚えていないようです。

 ともあれ、人生80年とすると、人間23年間眠っている時間です。そして、約7年間夢を見る逆説睡眠時間です。まさに、夢多き人生、と言えそうです。

(参考文献) 樋口清之(監修): 生活歳時記(第2版)、p.77 睡眠ー睡眠・その1、p.265 四つの眠りー睡眠・その2、p.481 逆説睡眠ー睡眠・その3、p.741 夢ー睡眠・その4、三宝出版(1994).

(参考資料) 睡眠(すいみん、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9D%A1%E7%9C%A0#.E4.BA.BA.E9.96.93.E3.81.AE.E7.9D.A1.E7.9C.A0

2013年5月 6日 (月)

のと里山海道、千里浜なぎさドライブウェー(石川県)、日本海側に広がる約8kmの海辺の砂浜のドライブとサイクリングの光景(2013.5.3)

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のと里山海道、千里浜なぎさドライブウェー(石川県)、日本海側に広がる約8kmの海辺の砂浜のドライブとサイクリングの光景(2013.5.3・撮影)  ここの海岸の砂の粒はかなり細かく(直径約0.19mm)、大きさがそろっているという。

車で走れる砂浜 千里浜(ちりはま)なぎさドライブウェイ(ホームページ、千里浜ライブカメラ含む、羽咋市、石川県): http://www.city.hakui.ishikawa.jp/sypher/www/section/detail.jsp?id=595

2013年5月 1日 (水)

白山比咩神社境内の白山霊水と近くの樹木公園の風景(2013.4.28.)

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白山霊水(白山比咩神社境内、三宮、白山市、石川県、2013.4.28.撮影) 

白山比咩神社(ホームページ、はくさんひめじんじゃ、境内): http://www.shirayama.or.jp/shrine/index.html

 白山(石川)のふもとに湧き出る名水、弘法池の水(釜清水)、白山霊水(白山比咩神社)、杉森地蔵水(杉森集落)と湧水の水質(ヘキサダイヤグラム)、とは(本浄高治編): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/96.html.

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樹木公園(石川県農林総合研究センター林業試験場、三宮町、白山市、石川県、2013.4.28.撮影)  

樹木公園(ホームページ、じゅもくこうえん、公園内、石川県): http://www.pref.ishikawa.lg.jp/ringyo/about/park.html

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