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2013年6月18日 (火)

ヒットソング余話、愛燦燦(あいさんさん、もと味の素のCMソング、小椋佳作詞作曲)、王将(おうしょう、将棋を全く知らない人がつくった歌、西條八十作詞、船村徹作曲)、とは(2013.6.18)

ヒットソング1  ○ 愛燦燦(あいさんさん) 作詞作曲 小椋佳

 美空ひばり(みそらひばり、1937~1989)さんの歌手生活四十周年の記念アルバム(12曲)の一つ、愛燦燦(あいさんさん)は、1986年(昭和61年)頃のヒットソングですが、小椋佳(おぐらけい、1944~ )さん作詞作曲、もと味の素のCMソングでした。発売3年後、ひばりさんが亡くなって再び売れ出したという。

○ 美空ひばり愛燦燦(あいさんさん、YouTube): https://www.youtube.com/watch?v=uMVQ5LpT5Ik小椋佳(YouTube): https://www.youtube.com/watch?v=hEt8sWZhKwc

1.雨 潸々(さんさん)と この身に落ちて わずかばかりの運の悪さを 恨んだりして 

 人は悲しい 悲しいものですね それでも過去たちは 優しく睫毛に憩う 

 人生って 不思議なものですね

2.風 散々(さんざん)と この身に荒れて 思い通りにならない夢を 失くしたりして 

 人はか弱い か弱いものですね それでも未来たちは 人待ち顔をして微笑む 

 人生って 嬉しいものですね

3.愛 燦々(さんさん)と この身に降って 心密かなうれしい涙を 流したりして 

 人はかわいい かわいいものですね ああ 過去たちは 優しく睫毛に憩う 

 人生って 不思議なものですね

 ああ 未来たちは 人待ち顔をして微笑む 

 人生って 嬉しいものですね

(解説) 小椋さんの記憶では、はじめはハワイで撮影したフイルムを見てイメージした歌を作れ、という仕事であったという。短いフイルムを見ると、サトウキビ畑で収穫した20人くらいの大家族が馬車で家路を急いでいました。母親に抱かれた少女は眠っている。突然の夕立。雨宿り。雨が上がり、真っ赤な太陽が母親たちを照らしだす。最後のシーンで燦燦(さんさん)という言葉が浮かんだという。

 愛燦燦(あいさんさん)は小椋さんの造語で、燦燦(さんさん)から、が降るさまを 雨 潸々(さんさん)、が吹くのは、  散々(さんざん)と韻を踏んで、一つの人生を描こうとした、という。

ヒットソング2  王将(おうしょう) 作詞 西條八十 作曲 船村徹

 村田英雄(むらたひでお、1929~2002)さんのヒットソング王将は、1961年(昭和36年)に発売され、ミリオンセラーとなり、1962年(昭和37年)、第4回日本レコード大賞特別賞を受賞となりました。船村徹(ふなむらとおる、1932~ )さんにとっては、西條八十(さいじょうやそ、1892~1970)先生と初めてご一緒した仕事でした。

○ 村田英雄王将(おうしょう)   YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=HiPaaY5W4gM; https://www.youtube.com/watch?v=1mhyy-6ZWxg

1.吹けば飛ぶよな 将棋の駒に  賭けた命を 笑わば笑え 

 うまれ浪花の 八百八橋  月も知ってる 俺らの意気地

2.あの手この手の 思案を胸に やぶれ長屋で 今年も暮れた 

 愚痴も言わずに 女房の小春 つくる笑顔が いじらしい

3.明日は東京に 出て行くからは  なにがなんでも 勝たねばならぬ 

 空に灯がつく 通天閣に おれの闘志が また燃える

(解説) 船村さんの記憶では、大ヒットした王将を作詞された文学者、母校の早大で仏文学の教鞭をとり、また流行歌の作家としてコロンビア専属で活躍しておられた西條八十先生は、将棋を全く知らない先生でした。船村さんも当時、飛車と角の区別がつかないほど将棋が弱かったという。

 その西條先生が思案に暮れた。共感を与える棋士の生きざまねーーー。先生はとっても愛妻家だったようだ。ところが、その3年ほど前、奥様の晴子さんを亡くされ、妻のイメージを棋士・阪田三吉(さかたさんきち、1870~1946)の女房・小春に重ね合わせて作詞されたという。

 --- 愚痴も言わずに 女房の小春 つくる笑顔が いじらしいーーー 船村さんはこの詞を手にした時、先生の気持ちがよく分かり、栃木の古里にいる当時70歳だった母を思ったという。

 メロディーについては、快調に浮かんだが、勝負事を一切やらない船村さんには、名棋士の波乱に満ちた人生の迫力がどうしても表現できない。名案が浮かばない。

 そこで、作曲途中に気晴らしに宇都宮の競輪場に出掛けてみた。初めて競輪を目の当たりにした。ジャン! の鐘とともに迫力あるレースがスタートする。これだ!。船村さんが考えたのが、イントロに鐘の音を取り入れて曲が完成したという。

(参考文献) 北陸中日新聞; この道 歌創り40余年 小椋佳 ㊽ 美空ひばり、2013年(平成25年)5月30日(木)夕刊; 北陸中日新聞: この道 船村徹 ㉝ 王将余話、2012年(平成24年)9月20日(木)夕刊. 

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