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2013年6月20日 (木)

平和を祈る歌(沖縄・沖縄本島)、サトウキビ畑(米国占領下で生まれた平和を祈る歌、寺島尚彦、作詞作曲)、とは(2013.6.20)

平和を祈る歌  ○ サトウキビ畑 作詞作曲 寺島尚彦

 沖縄中部読谷村(よみたんそん)は、1945年(昭和20年)4月1日、沖縄戦で米軍が最初に上陸した沖縄本島の地でした。そこには、背丈ほどに伸びたサトウキビ畑があり、吹き抜ける風の音の中に、その土の下で眠る戦没者の声が聴こえたという。

 森山良子さん(1948~ )のさとうきび畑の歌は、「ざわわ ざわわ」と、前奏なしで始まり、11節、10分を超える長い曲ですが、繰り返しが多く、転調しない。

 この歌との出合いは、フォークソング歌手として活躍していた20歳のころ、近所に住んでいた寺島尚彦さん(1930~2004)から、「うたってみないか」と直接声をかけられた単純なものだったという。また、うたいきれずに苦しんでいたころ、森山さんから「肩ひじはらず、笑うようにうたえばいいんだよ」と諭され、今もうたうたび、その言葉を思い出すという。

○ 森山良子サトウキビ畑YouTube): https://www.youtube.com/watch?v=tyB9z2C98tM

*ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は  ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ* 今日もみわたすかぎりに 緑の波がうねる 夏の陽(ひ)ざしの中で

*繰り返し むかし海の向こうから いくさがやってきた 夏の陽ざしの中で 

*繰り返し あの日鉄の雨にうたれ 父は死んでいった 夏の陽ざしの中で

*繰り返し そして私の生まれた日に いくさの終わりがきた 夏の陽ざしの中で

*繰り返し 風の音にとぎれて消える 母の子守の歌 夏の陽ざしの中で

*繰り返し 知らないはずの父の手に だかれた夢を見た 夏の陽ざしの中で

*繰り返し 父の声をさがしながら たどる畑の道 夏の陽ざしの中で

*繰り返し お父さんて呼んでみたい お父さんどこにいるの このまま緑の波に おぼれてしまいそう 夏の陽ざしの中で

 ざわわ ざわわ ざわわ けれどさとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ 今日もみわたすかぎりに 緑の波がうねる 夏の陽ざしの中で

(後略) ざわわが66回繰り返される。

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サトウキビ畑(真夏の日差しを浴びたサトウキビが、吹き抜ける風に音を立てて、揺れていた、八重瀬町、沖縄県)

(解説) 作詞作曲家の寺島直彦さん(1930~2004)は栃木県生まれで、東京芸大音楽学部卒、1956年(昭和31年)にシャンソンバンドを結成、シャンソン歌手石井好子さん(1922~2010)の伴奏公演旅行に多忙を極めていました。

 1964年(昭和39年)6月、石井さんの伴奏のため、米国占領下の沖縄を初めて訪問しました。公演後、寺島さんは地元の人の案内で南部戦跡を歩きました。ひめゆりの塔から摩文仁(まぶに)の丘へ、途中のサトウキビ畑で案内者に言われた。「この土の下に戦没者が埋まったままになっています」。その「天のような言葉」を聞いたときの衝撃をこう書き残しています。

 一瞬にして美しく広がっていた青空、太陽、緑の波打つサトウキビすべてがモノクロームと化し、私は立ちすくんだ。轟然(ごうぜん)と吹き抜ける風の音だけが耳を圧倒し、その中に戦没者たちの怒号(どごう)と嗚咽(おえつ)を私は確かに聴いた。それから摩文仁の丘の頂上に立つまで、どこをどう歩いたのか、私の記憶は途絶えたままである。(寺島直彦ほか「さとうきび畑 ざわわ 通りぬける風」から)

 住民を否応(いやおう)なく地上戦にまきこんだ沖縄戦を伝えるため、音楽家として作品を残す、と思い至った。しかし、受けた衝撃を言葉や曲に表現するまで3年近い時間がかかったという。

 寺島さんの話によると、「サトウキビの葉がすれる音は、さわさわでもなく、ざわざわでもない。終わってみれば簡単なようですが、ざわわざわわと表現するのに時間がかかりました。メロディーを覚えてほしいから、あえて転調をしなかった」とのことです。

(参考文献) 朝日新聞: うたの旅人、song, be on Saturday, 森山良子「さとうきび畑」、テーマの重さにおそれ、米国占領下で生まれたさとうきび畑」、平和を祈るざわわのリフレイン、2009年(平成21年)8月8日(土)朝刊.

(参考資料) ○ バンド「The Boom」のボーカリスト宮沢和史さん(1966~ )は、1990年(平成2年)に初めて沖縄を訪れました。宮沢さん作詞作曲の「島唄(しまうた)」は、沖縄方言でサトウキビを意味するウージ下の防空壕(ぼうくうごう)で自決した人々を描きました。

○ The Boom島唄

 この唄は、サトウキビ畑で出会った友人同士が、戦争のため、その下の防空壕で別れを告げ合う悲しみを描いた唄です。1992年(平成4年)に沖縄限定で発売され反響を呼び、日本全国、さらに世界的なヒットとなりました。(北陸中日新聞:サトウキビ、The Boom島唄」(沖縄県)、2006年(平成18年)11月12日(日)朝刊) YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=1DMrM3VWJx0

○ ケ・サラなるようにしかならない、なんとかなるだろうの意、ケ・セラともスペイン語日本では平和と自由を願う、反戦・革命の歌、もとイタリア南部の活気に乏しい村を出てゆく若者の歌、スマイル・ストップ・ザいじめ: http://net-news-jp.jugem.jp/?eid=36 うたごえサークル、おけら、演奏http://bunbun.boo.jp/okera/kako/kesara.htm. )

○ ケ・サラ(ケ・セラともYouTube):http://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%B1%E3%82%B5%E3%83%A9&oq=%E3%82%B1%E3%82%B5%E3%83%A9&gs_l=youtube.12..0l10.3483.6762.0.13477.7.7.0.0.0.0.90.597.7.7.0...0.0...1ac.1j4.11.youtube.dECrbuZ1CME

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