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2013年12月29日 (日)

弁当と傘の歴史、「弁当忘れても傘忘れるな」との言い伝えの言葉、雪化粧した金沢市街と犀川の風景(2013.12.29)、とは

 弁当は、中国語の便利なもの(便当)とも言われ、のち持ち運ぶ食べものを意味するようになりました。  

 平安時代、貴族の宴(うたげ)では、身分の低い人々に屯食(とんじき)、包飯(つつみいい)などがふるまわれました。これは、強飯(こわめし)を握りかためて卵形にしたもので、握り飯(にぎりめし)のルーツ(起源)となっています。

 強飯(蒸飯、おこわとも)は、もち米を蒸籠(せいろう)で蒸したもので、多くは小豆(あずき)を加え、祝賀に用いる赤飯のことです。 江戸時代、葬礼には白い強飯を用いました。 

 戦国時代、食べものを入れる弁当箱が生まれ、一般庶民が仕事のときに持ち運ぶ弁当箱として、柳行李(やなぎこうり)、曲物(まげもの、ワッパなど)には、米、麦、雑穀、芋(いも)などを詰めました。  

 (かさ)には、唐傘(からかさ)、和傘(わがさ、番傘、蛇の目傘)、洋傘(ようがさ、こうもり傘)などがあります。中国では、古くから、天蓋式(てんがいしき、仏像の上にかざす笠のような飾り)の傘が用いられ、日本にも朝鮮の百済(くだら)を通じて伝わりました。 江戸時代には、紙や竹細工の進歩と共に各種の和傘(番傘、蛇の目傘など)が普及しました。

 西洋では、古代ギリシャから傘が用いられ、18~19世紀頃、イギリスで今日のような、木綿、絹(のちナイロン)などの布と硬鋼を用いた洋傘(こうもり傘)が発達し、1867年(慶応3年)頃、日本でも洋傘をさす人が多くなりました。

  ところで、日本海側北近畿(京都府と兵庫県北部)、山陰地方(島根県、鳥取県)や北陸地方(福井県、石川県、富山県)などの地域では、昔から、「弁当忘れても傘忘れるな」との言い伝えの言葉があります。  

 これは、日本海側の冬場は、一日の間に、曇天、晴れ間雨、一発雷、ベタ雪にと、繰り返し何回も、目まぐるしく天気が変わりやすく、雨の日が多いことを意味しています。 昨日の好天気から、今朝の雪化粧した金沢市街と犀川の風景を眺めながら、このことを実感しました。 

 私は冬場に、この格言をはじめて京都で、のち金沢でよく耳にしましたが、今でも強く印象に残っています。Pc290015_3 

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雪化粧した金沢市街と犀川の風景2013年(平成25年)12月29日、桜田、金沢 

(参考文献) 新村出: 広辞苑(第四版)、p.2323、弁当(べんとう)、岩波書店(1991); 永原慶二監修: 日本史事典(第1刷)、p.1035、弁当、岩波書店(1999);大島、佐藤、松崎、宮内、宮田編: 図説 民俗探訪事典(1版19刷)、p.55、弁当箱と行器(ほかい、平安時代以来、食物を盛って他所へ運ぶのに用いる容納具)、山川出版社(2005). 

(参考資料) ○ 北陸の冬の雷(一発雷)にまつわる歴史実話、はじめて訪れた金沢での事件、雷おこし(ブリ起こし)、落雷による自衛隊機の墜落、とは(2010.2.22): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/61.html

 

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