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2014年5月の13件の記事

2014年5月30日 (金)

黄砂(こうさ)、中国大陸(砂漠、黄土地域)から飛来した大気エアロゾル(微粒子)で霞む金沢市内の景色(2014.5.30)

 今日(5月30日)は、好天気ですが、朝方から外の景色が白く霞(かす)んで見えました。これは、金沢地方気象台によると、中国大陸から飛来した黄砂(こうさ)によるものです。そこで、黄砂で霞(かす)む金沢市内の景色をデジカメで撮影しました。

 この黄砂の本体は、大気エアロゾル微粒子、固体粒子や小粒の液滴が大気中に分散している状態)というものです。発生源は、中国大陸乾燥地帯(ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠など)、黄土地域(黄土高原)で、上空の偏西風に乗って運ばれて来ます。

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中国大陸(砂漠、黄土地域)から飛来した大気エアロゾル(微粒子)で霞む金沢市内の景色(桜田、金沢、2014年5月30日撮影)

(解説) 一昨日、5月28日、石川県内は高気圧に覆われて晴れ、金沢地方気象台は、金沢で今年初めて黄砂を 観測したと発表しました。昨年は3月9日でした。

黄砂(北國新聞ニュース): http://www.hokkoku.co.jp/subpage/TR20140529701.htm

(参考資料)  PM2.5、大気中に漂う直径が2.5μm(マイクロメートル、1ミリの千分の一)以下の微小粒子状物質、PM2.5でかすむ犀川近くの金沢市内の風景、とは(2014.3.8): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/pm25mpm-d487.html

2014年5月29日 (木)

ひょんな言葉の語源、けりがつく、へっぴりごし、てんやわんや、たたら踏む、とは(2014.5.29)

 日本語には、ひょんな(意外な、とんでもない、妙なの意)ことから生まれた言葉があります。ここでは、そういった言葉をいくつか紹介しました。

○ けりがつく 

 この「けり」というのは、昔、和歌や俳句の終わりに「---けり」と助動詞をつけるのが定形だったところから、結末がつく、終結する、おしまいにする、などを意味するようになりました。

 へっぴりごし(屁っ放り腰、およびごし、及び腰とも)

 落ち着きや自信のない腰つきを意味しています。身体をかがめて後ろへ尻(しり)をつき出した腰つきにその形が似ていることに由来しています。また、及び腰は、「及」という字にその形が似ているところから出たものです。

○ てんやわんや

 「てんや」は、手に手に、各自勝手に、また、「わんや」は、「わや」「わやく」の由来で、無茶苦茶(むちゃくちゃ、めちゃくちゃとも)を意味し、この二つの言葉がくっついたものです。われがち(我勝ち)に騒ぎ立てるさま、互いに先を争って混乱するさま、てんでんかって、などを意味しています。

○ たたらを踏む

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たたら踏みふいご、Google画像)  たたら考 (MeMeNet) http://www2.memenet.or.jp/kinugawa/hp/hp670.htm

(解説) たたらは、大きな「ふいご」のことですが、砂鉄と木炭を原料とした和鉄製錬法では、これを足で踏んで空気を吹き送ります。この時、勢い込むと、力が余って前のめりになり、から足を踏むことになる、などを意味しています。

(参考文献) 新村出編: 広辞苑〈第4版)、岩波書店(1991); 樋口清之監修: 生活歳時記(第2版)、p.295 ことばの雑学、三宝出版(1994).

(参考資料) 語源遺産、のろま(佐渡、越後、新潟)、ごり押し(金沢、加賀、石川)、うだつが上がらない(脇町、阿波、徳島)、ひとりずもう(今治、伊予、愛媛)、とは(2012.5.14):http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/249.html

2014年5月28日 (水)

夏の花、桜田(金沢)近くの歩道沿いに咲く、マツバギク(松葉菊、ハマミズナ科、ツルナ科とも、南アフリカ原産)とサツキ(皐月、ツツジ科、日本原産)の美しい花の風景(2014.5.28)

  数日前、桜田(金沢)近くを散歩中、歩道沿いに咲く、マツバギク(松葉菊、ハマミズナ科、ツルナ科とも、南アフリカ原産)とサツキ(皐月、ツツジ科、日本原産)の美しい花の風景が目につきました。

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マツバギク(松葉菊、ハマミズナ科、ツルナ科とも、南アフリカ原産) 松葉に似た多肉質の茎葉が地表に広がり、地面を覆う(グランドカバー)ので、雑草の生育を抑制します。 

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サツキ(皐月、ツツジ科、日本原産) 別名:サツキツツジ(皐月躑躅) 陰暦5月に花が咲くのでサツキと呼び、ツツジの仲間では開花が最後の時期(5~6月)になります。

(参考文献) 主婦の友社編: 花木&庭木図鑑、p.66 サツキ(皐月)(2009); 浜田豊: 花の名前、p.255 マツバギク(松葉菊)、日東書院(2011). 

2014年5月27日 (火)

新緑の季節(5月27日)、示野中橋近く、犀川の遊歩道沿いと堤防斜面に繁茂している野草刈りの風景(2014.5.27)

 新緑の美しい季節ですが、いつもの年と同じように、示野中橋近く、犀川の遊歩道沿いと堤防斜面に繁茂している野草を刈り取る風景が見られました。

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犀川の遊歩道沿いと堤防斜面に繁茂している野草刈りの風景(示野中橋、金沢、2014.5.27)

2014年5月26日 (月)

くすり(薬)の語源、くすし(奇し)、古代、病気は神の祟(たた)りとする神気(かみのけ)と呼び、神気をはらう薬は、くすし(奇し、霊妙な)力があると信じられていました、近世、富山の売薬の起源、とは(2014.5.26)

  くすり()とは、広辞苑によれば、病気や傷を治療するために服用、または塗布・注射するもの。その語源については、一説に、くすし(奇し)と同じか、と説明されています。 また、くすし(奇し)とは、人知でははかり知れない、不可思議である、霊妙である、人間離れしている、などと説明されています。

 くすり(薬)の語源

  古代、古墳から平安時代、医療と呪術(じゅじゅつ)が密接に関係していた時、疫病(えきびょう)は神の意志によるもので、どんな神でも、人間が神を犯すようなことがあれば、祟(たた)って病が起きると信じられていました

 病気神の祟(たた)りであるとするところから、神気かみのけ)と呼んでいたという事実もあります。 神気(かみのけ)をはらう薬は、やはりくすし(奇し、霊妙な)力があると信じられていました。 

 薬物(やくぶつ)という文字は、553年(欽明天皇14年)、日本書紀のところに「ヌト書、暦本、種々の薬物、付送れ」とあるのが最初です。

 江戸中期の国語学者・谷川士清(たにがわことすが、1709~1776、津、三重)は、その著書「日本書記通證」の中で、「久須利(くすり)とよむ、奇験をもって名を得たらしいが、また一説には草作(くさす)の意味もある。 薬(和漢薬など)には草類(薬草)が多いからだろう」と解説しています。 谷川士清(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E5%A3%AB%E6%B8%85

○ 富山の売薬の起源

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檀那場廻(だんなばまわり、檀配札活動に出向く衆徒立山山麓、富山、google画像)

(解説) 富山の売薬起源は、近世江戸時代立山信仰に基づく修験者山伏)の檀那場廻(だんなばまわり、檀家の布教など)、諸国配札(しょこくくばりふだ、お札の配付など)だとも言われています。

 立山修験者が行っていた、先用後利(せんようこうり、配置家庭薬)という商売方法に、薬(和漢薬など)安定生産が加わることによって、富山売薬は盛んになりました。

(参考文献) 新村出編: 広辞苑〈第4版)、岩波書店(1991); 樋口清之監修: 生活歳時記(第2版)、p.291 「くすり」の語源、三宝出版(1994).

(参考資料) 富山の売薬にまつわる歴史伝承、反魂丹(腹痛薬)、先用後利(配置家庭薬)、おまけ(土産、進物)、とは(2010.4.14): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/70.html

2014年5月22日 (木)

ヤマボウシ(山法師、ミズキ科、日本原産)、丸い蕾を法師の坊主頭に、花びらのような白い総苞片を頭巾に見立てた、真っ白い花のようで美しいヤマボウシの街路樹の景色(2014.5.22)

 夏の花木、ヤマボウシ(山法師、ミズキ科、日本原産)は、丸い蕾(つぼみ)を法師の坊主頭に、花びらのような白い総苞片(ほうへん)を頭巾に見立て付けた名前です。

 ここ数日、真っ白い花が咲いたようで美しいヤマボウシの街路樹が目についたので、デジカメで写真を撮ってきました。

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ヤマボウシ(山法師、ミズキ科、街路樹、桜田、金沢、2014年5月22日撮影)

(解説) 日本の本州から九州の山地に生えています。苞(ほう、花の基部につく葉)は、4枚の白色卵形で大きく、先端がとがっており、全体として一つの花のように見えます。 楕円形の葉が出てから、基部に球状の細花が密生して咲いていました。  

(参考文献) 新村出編: 広辞苑、p.2592、ヤマボウシ(山帽子)、岩波書店(1991); 主婦の友社編: 花木&庭木図鑑、p.172~173、ヤマボウシ(山法師)(2009).

2014年5月19日 (月)

五月晴れ、犀川の中洲の新緑の風景、雪で真っ白に覆われた白山を遠望(2014.5.19)

 北陸地方は、高気圧に覆われ、朝から好天気で、五月晴れとなりました。日中は、日差しがたっぷり降り注ぎ、乾いた空気に包まれ、最高気温は25度と、平年を上回りました。

 そこで、わが家から近くの犀川の中洲の新緑の風景、雪で真っ白に覆われた白山を遠望、それらの景色をデジカメで撮影しました。

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犀川の中洲の新緑の風景、雪で真っ白に覆われた白山を遠望(桜田、金沢、2014.5.19)

2014年5月17日 (土)

昔の庶民の教育機関、平安時代、空海が設立した綜芸種智院、江戸時代、第八代将軍・徳川吉宗が奨励した寺子屋、寺子屋を中心とする庶民教育の発展が、明治の初等教育の重要な基盤となりました、とは(2014.5.17)

 昔の庶民の教育機関として、平安時代綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)、また、鎌倉・室町時代の僧侶(そうりょ)による寺院教育を起源とする、江戸時代寺子屋(てらごや)などがよく知られています。

 日本では、庶民の教育水準は、昔から、それなりに高かったと言われています。そこで、日本の庶民の教育水準を高めた起源と思われる、これらの教育機関について、改めて調べてみました。

○ 綜芸種智院 

 綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)は、828年(天長5年)、空海(774~835)が京都に開設した私立学校です。 綜芸(しゅげい)は、三教(顕教・密教および儒教)、種智(しゅち)は、菩提心(ぼだいしん、密教で、悟りの根源的な心)をいう。

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空海弘法大師、774~835、真言宗、密教修験道 ): http://www.cnet-ga.ne.jp/kenta/mitsu/shingon.html

 この学校は、空海が、身分上、大学・国学に入れなかった庶民の子弟のため、京都九条の藤原三守(785~840、公卿)の旧宅を買い受けて建てた、わが国最初の普通教育機関です。 そこでは、人々に仏教と儒教を教授しました。また、内外典も講じましたが、空海の死後まもなく廃校となりました。

○ 寺子屋

 寺子屋(てらこや、寺小屋とも)は、江戸時代から明治初年の学制公布までに設けられた、庶民の子弟のための初級教育機関です。

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徳川吉宗(徳川記念財団蔵、1684~1751、Google画像) 

徳川吉宗(とくがわよしむね、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%90%89%E5%AE%97

(解説) 江戸時代の庶民の教育機関は寺子屋でした。都市と農村の商品経済の発展によって、庶民の間に学問に対する要求が高まったことにもよりますが、こうした社会の動きを敏感にとらえた第八代将軍徳川吉宗(1684~1751)の功績も大きいという。

 吉宗は、庶民教化のために学問の奨励を行ない、そのために寺小屋は、急速に普及しました。寺子屋は、おもに、庶民の子弟を収容しましたが、武家の子弟向きのものもありました。その起源は、鎌倉・室町時代の寺院教育です。

 教室は、寺院や神社、民間などの一室を借り、教師は武士・僧侶・神官・医師などが当たりました。生徒も10~13人程度の小規模なものでした。

 教育内容は、手習いを通して、読み・書き・習字などを教えるものが多く、のちには算術(そろばん)も加えた基礎的なものでした。その後、寺小屋の普及にともなって、地理・歴史・教訓書などの教科書も多数出版されるようになりました。

 寺子屋の教師は、ほとんどが男でしたが、まれに女の先生もいました。また、女生徒も少なくなく、女子教育も行われていました。

 幕末の頃になると、寺子屋の数が急速に増加し、明治初年までの開設数は15000ほどになりました。庶民教育が庶民の手でなされるようになり、日常生活と生産活動に結びつくものとなりました。

 というわけで、寺子屋を中心とする庶民教育の発展が、明治の初等教育の重要な基盤となりました明治初期に生まれた人たちに、文字の読み書きの出来る人が多いのも、この寺子屋の伝統があったことに由来する、と考えられます。 

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991); 樋口清之監修: 生活歳時記(第2版)、p.197 寺子屋の歴史、三宝出版(1994). 

(参考資料) 空海(弘法大師)の仏道修行と霊場の謎、大龍嶽(21番札所、大龍寺、德島)、御厨人窟(24番札所、最御崎寺、高知)、高野山(奥の院、金剛峯寺、和歌山)、四国遍路の歴史、とは(2009.6.15):http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-b794-2.html

 

2014年5月12日 (月)

夏の歌(唱歌、童謡)、夏は来ぬ(唱歌)、(卯の花匂う垣根に、---)、ほたるこい(童謡)、(ほう ほう ほたる こい、ーーー)、とは(2014.5.12)

唱歌

 唱歌(しょうか)は、明治初期から第2次大戦終了時まで、主として学校教育用につくられた、文部省唱歌のことです。

○ 夏は来ぬ 

YouTube(日本の童謡・唱歌): http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/natsuhakinu.htmhttps://www.youtube.com/watch?v=TUuwr-bQpkA

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ウノハナ(卯の花、ユキノシタ科、ウツギ、空木、とも、Google画像) 陰暦4月、卯月に咲くのでウノハナといい、初夏、小枝の先に純白の花が房状に咲きます。

   夏は来ぬ 

1. 卯(う)の花 匂(にお)う垣根に
  時鳥(ほととぎす) 早も来鳴きて
  忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ


2. 五月雨(さみだれ)の そそぐ山田に
  早乙女が 裳裾(もすそ)ぬらして
  玉苗(たまなえ)植うる 夏は来ぬ


3. 橘(たちばなの) 薫る軒(のきば)の
  窓近く 蛍とびかい
  おこたり諫(いさ)むる 夏は来ぬ


4. 楝(あうち)散る 川辺の宿の
  門(かど)遠く 水鶏(くいな)声して
  夕月涼(すず)しき 夏は来ぬ


5. 五月闇(さつきやみ) 蛍とびかい
  水鶏(くいな)鳴き 卯の花咲きて
  早苗植えわたす 夏は来ぬ

(解説) この曲は、1896年(明治29年)5月、新編教育唱歌集第五集)として発表されました。作詞佐佐木信綱(1872~1963)、作曲小山作之助(1864~1927)です。

童謡

 童謡(どうよう)は、大正中期から昭和初期まで、北原白秋(1885~1942、詩人・歌人・童謡作家)らが、文部省唱歌を批判して普及させた、子どもの歌です。 

〇 ほたるこい

YouTube(日本の童謡・唱歌): http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/hotaru.htmhttps://www.youtube.com/watch?v=s7vnkKF8LbU.

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ホタル(蛍、ホタル科、Google画像)、日本では、ゲンジボタル(源氏蛍、本州、九州、対馬に分布)やヘイケボタル(平家蛍、ゲンジボタルより小さく、日本全土に分布)がよく知られています。

 ほたるこい

 ほう ほう ほたる こい

 あっちのみずは にがいぞ

 こっちのみずは あまいぞ

 ほう ほう ほたる こい

(解説) 日本の昔から子供たちに歌われて来たわらべ歌(伝承童謡とも)で、作詞者、作曲者不明です。 ほたるこい(秋田地方のわらべ歌);http://homepage1.nifty.com/mrjsroom/midi/words/hotaru.htm

(参考資料) 〇 夏の歌(日本の童謡、唱歌): http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/summer.htm

○ うたごえ喫茶(のび): http://www.utagoekissa.com/

2014年5月 8日 (木)

初夏の草花、花木(2014年5月8日)、犀川土手の遊歩道沿いに群生して咲く、帰化植物の野草、コバンソウ、ヘラオオバコ、アカツメグサ、また、大きな美しい赤色の花、ヒラドツツジの風景(2014.5.8)

 今日、5月8日(木)は、朝から気持ちの良い好天気に恵まれました。そこで、近くの犀川堤防沿いを散策し、遊歩道沿いに群生して咲く、帰化植物の野草、コバンソウ、ヘラオオバコ、アカツメグサ、また、大きな美しい赤色の花、ヒラドツツジの風景をデジカメで撮影しました。

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コバンソウ(小判草、タワラムギ、俵麦とも、イネ科、ヨーロッパ原産)

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アカツメグサ(赤詰草、ムラサキツメクサ、紫詰草とも、マメ科、ヨーロッパ原産)

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ヘラオオバコ(箆大葉子、オオバコ科、ヨーロッパ原産)

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ヒラドツツジ(平戸躑躅、ツツジ科、日本原産)

(解説) 初夏の季節、犀川土手の歩道沿いに群生して咲く、帰化植物の野草、コバンソウ、アカツメグサ、ヘラオオバコ、また、大きな美しい赤色の花、ヒラドツツジの風景、桜田、金沢、2014年(平成26年)5月8日)

(参考資料) 〇 春の草花、犀川の歩道沿いに群生して咲く、ヒメオドリコソウ(姫踊り子草)、ヘラオオバコ(箆大葉子 )、セイヨウタンポポ(西洋蒲公英)、シバザクラ(芝桜)、チュウリップ(Tulipa )、とは(2014.4.25): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/2014424-5566.html

2014年5月 6日 (火)

立夏、トマトが害虫から身を守る仕組み、トマト(ナス科)が互いに香りで害虫の危機を伝え、体内で毒を合成して助け合っている、とは(2014.5.6)

 昨日、5月5日は、祝日、子供の日、また、24節気の立夏で、夏の始め、夏に入る日でした。この日から立秋(8月7日)までを、中国の暦では、夏としました。

 トマト(ナス科、原産は南アメリカ、ペルー、エクアドルなどアンデス高地)は、夏の季語ですが、冷涼で強い日差しを好み、高温多湿を嫌う性質から、春から初夏と秋から初冬のトマトが美味とされています。

 最近、トマトは害虫に食べられた仲間が発する香りの成分を取り込み、自分の体内で害虫を減らす毒に作りかえる、という巧妙な仕組みで、トマトが危険から身を守っていることが、京都大学と山口大学のチームにより、解明されました。

 その研究の詳細は、2014年(平成26年)4月29日、米国科学アカデミー紀要の電子版に発表されました。 これは、植物の抵抗力を生かした新タイプの農薬の開発につながる可能性がある、という

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トマト(ナス科)が害虫から身を守る仕組み(朝日新聞: 阿部彰芳、2014年(平成26年)4月29日、朝刊)

(解説) 植物が食害にあうと、そのまわりの株が害虫への抵抗力を増す現象は、いくつかの種で報告があります。が、その理由はよく分かっていませんでした。

 京都大学の高林純示教授(化学生態学)らは、害虫として知られるガの幼虫にトマトの葉を食べさせ、周りの株にどんな変化が起きているかを調べました。

 その結果、トマトの体内で、葉の細胞が壊れた時、放出される香り成分に糖がくっついた物質だけが増え、この物質は、幼虫の生存率を2割以上に下げる働きがある毒であることが分かりました。また、毒の原料になる香り成分は、外部から取り込み、体内で糖をつけていることも突き止めました。

 この香り成分は、草刈りの時にも発生される、匂(にお)いの成分で、イネやナス、キュウリなどでも同じ防御の仕組みがある、と考えられています。

参考文献) 〇 朝日新聞: 阿部彰芳トマト 香りで助け合い、害虫の危機伝え、毒を合成、2014年(平成26年)4月29日、朝刊.

〇 論文(Koichi Sugimoto他、14名): Intake and transformation to a glycoside of (Z)-3-hexenol from infested neighbors reveals a mode of plant odor reception and defense : http://www.pnas.org/content/early/2014/04/23/1320660111.abstract

(参考資料) 〇 二十四節気(にじゅうしせっき)、1年間の季節を表す言葉(太陽の通り道を基準とする、太陽暦!)、農耕(種まきから収穫まで、農作業の目安!)に活用、とは(2012.6.23): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-d179.html

〇 地方特産の野菜、加賀野菜(かがやさい、15品目)、京野菜(きょうやさい、43品目)、地産地消(ちさんちしょう)、野菜栽培カレンダー、とは(2012.3.22):http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/238.html

2014年5月 3日 (土)

田植え、金沢市内の田んぼ、田植え機によりコシヒカリの育苗を植えると同時に、肥料も撒く農作業の風景、とは(2014.5.3)

 今日、5月3日は、憲法記念日の祝日でしたが、金沢市内の田んぼでは、田植え機によりコシヒカリ育苗植えると同時に、肥料撒く農作業が見られました。

 田植えは、稲の苗を数本(3~5本)ずつ一定間隔に植える農作業ですが、田植え機(JAのコシヒカリの育苗)を植えると同時に肥料(JAの一発くん で 窒素、リン酸、カリなど含む)も撒(ま)けるようになっています。

 現在、苗を植え付ると同時に、肥料を投入したホッパーから苗の脇の土中に肥料を置く「側条施肥」機構が付いた田植え機が増加しています。 この後、よい天気が続くと、苗の根付きも早くなるという。 

〇 田植え機(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E6%A4%8D%E6%A9%9F

〇 一発くん(JAの水稲用元肥): http://www.ja-agli.co.jp/hiryo/bb_youtosuitou.php3?mcode=00006&bdcol=CC9933&bgcol=CCCC66; JAアグリライン石川: http://www.ja-agli.co.jp/

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田植え田植え機によりコシヒカリの育苗を植えると同時に、肥料も撒く農作業、藤江北、金沢、石川、2014年5月3日)

(参考文献) 新村出編: 広辞苑(第四編)、岩波書店(1991); 樋口清之: 生活歳時記(第2版)、三宝出版(1994).

(参考資料)  ○ イネ(稲)にまつわる歴史伝承、イネの起源、分類と品種、米の栄養成分、イネの生育と栽培、病虫害、収穫、米の生産と流通、とは(2011.6.17) : http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/184.html. 

2014年5月 1日 (木)

稲作の季節、田植え前にトラクターにより田んぼを整地する、田起こし(たおこし)と代掻き(しろかき)の風景、八十八夜と稲の種まき、とは(2014.5.1)

 稲作(いなさく)の季節となってきました。世界の稲作は、主にモンスーン(季節風)地帯(日本を含むアジア東部、アメリカ南部、南アメリカ草原地域)に広く分布しています。

 先日、県庁近くを散策中、田植え前にトラクターにより田んぼを整地する、田起こし(たおこし)と代掻き(しろかき)の農作業が目につきました。

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田起こし(たおこし)と代掻き(しろかき)(トラクターによる田んぼの整地、藤江北、金沢、石川、2014年4月26日)

(解説) 田起こしは、肥料と土がよく混ざるように、また、土が軟らかくなるようにします。この農作業は、前の年の稲わらや稲かぶを分解しやすくする効果もあります。

 また、代掻きは、田植えの前に田んぼに水を入れて行います。この農作業は、田んぼの水もれを防いだり、水の深さにむらがでないようにします。そして、苗が同じ深さに植えられるようにします。 

  夏も近づき、野にも山にも若葉が茂る、八十八夜は、立春から数えて88日目で、5月2日頃に当たります。この頃は霜も降りなくなり、昔から田んぼに稲の種をまく時期とされています。また、八十八を組み合わせると米の字になるので、農作業ではこの日を特に大事にするという。

 現在は、種もみを直接田んぼにまく直まき栽培も一部にありますが、多くは種もみから芽や根が出て10数cmほどに育てた苗を田んぼに植えるのが一般的です。

(参考文献) 新村出編: 広辞苑(第四編)、岩波書店(1991); 樋口清之: 生活歳時記(第2版)、三宝出版(1994).

(参考資料) ○ イネ(稲)にまつわる歴史伝承、イネの起源、分類と品種、米の栄養成分、イネの生育と栽培、病虫害、収穫、米の生産と流通、とは(2011.6.17) : http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/184.html

 

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