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2014年7月の9件の記事

2014年7月28日 (月)

犀川の示野中橋近くの土手の除草作業の光景、とは(2014.7.28)

 7月の中頃、いつもの年と同じように、造園業者(出雲園)による犀川の示野中橋近くの土手の除草作業の光景が見られました。 また、北陸地方は、本日、7月28日、梅雨明け宣言がありました。

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犀川の示野中橋近くの土手の除草作業の光景(示野中橋近く、桜田、金沢)

(参考資料) ○ 新緑の季節(5月27日)、示野中橋近く、犀川の遊歩道沿いと堤防斜面に繁茂している野草刈りの風景(2014.5.27): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/2014527-e3a7.html

2014年7月25日 (金)

サイエンスの目でみる石川の風土と歴史(概要)、石川県立生涯学習センター(石川県民大学校、大学院)、とは(2014.7.25) 

 

 石川の風土として、石川県は日本海側気候で、降水降雪の多い地帯に属し、特に手取川上流は降雪が多い。冬に北方のシベリアから吹いてくる寒気団は、南からの温かい対馬暖流の水蒸気を加賀山地に運び、白山連峰に当て、大雪をもたらします。春が訪れると、この雪は次第に解けて清らかな水に変わり、郷土の豊かな自然を生み出す源となります。そして、人は、山川、草木、動物などと共存する自然の中で、大きな恵みを得て生きています。

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○ シベリア寒気団(Google画像)は、ヒマラヤ山脈・チベット高原が、シベリアの寒気団の南下を遮(さえぎ)り、シベリア寒気団は、強大な気団に成長します。揺らぎ(日本の天気に影響を及ぼす気団): http://vickywallst.blog15.fc2.com/blog-entry-983.html

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○ 日本近海の海流(Google画像)対馬暖流厚さは、最大で200mほど、流れの速さ秒速50cmほどです。 キッズ日本海学(日本近海の海流): http://www.nihonkaigaku.org/kids/secret/ocean.html

 

〇 風土は、その土地の気候、水質、地形、景観などに関連し、住民の生活、文化に影響を及ぼす総合的な自然環境のことです。 冬から春: 対馬暖流、シベリア寒気団、豪雪と天気図、日本海域の冬の天候、一発雷  春から夏: フェーン現象と大火災、春一番と天気図、PM2.5、黄砂 夏から秋: 白山の雪形、白山比咩神社の霊水 秋から冬: 白山蛇谷の紅葉、兼六園の雪吊り、能登曽々木海岸の波の花 

 

 人間社会では、大気汚染として、冬場の化石燃料の燃焼による酸性雨、また、春先の黄砂、PM2.5のほか、夏のフェーン現象、冬の一発雷による火災などの自然災害にも襲われます。天災は忘れた頃にやってくる、とも言われています。人間も自然の一部であり、自然と人間との共生を忘れないようにしたいものです。

〇 歴史は、遺跡、史跡、伝統工芸、伝統文化などに見られる、過去から現在に至る来歴とその記録のことで、温故知新、のもとです。遺跡: 真脇遺跡の環状木柱列、奥能登の揚浜式製塩 史跡: 金沢城石川門の鉛瓦、鉛瓦とヘビノネゴザ、兼六園内湧水と金城霊沢、兼六園周辺湧水と鉄バクテリア 伝統工芸: 金箔、漆器、焼物、染物、和紙 伝統文化: 和菓子、茶道、能楽

参考資料〇 ブログ@niftyココログ) サイエンスと歴史散歩-四季折々、思いつくままにー: http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/  

○ 石川県立生涯学習センター(石引、金沢市、生涯学習情報センターを、まなびすとルーム、と改称、2014年): http://www.pref.ishikawa.lg.jp/shakyo-c/

 県民の生涯にわたる学習活動の支援に努めるとともに、県民が学習成果を生かして積極的な社会参加ができる環境作りを進めています。 

〇 石川県民大学校http://www.pref.ishikawa.lg.jp/shakyo-c/syakyo02.html : 

〇 県民大学校大学院: http://www.pref.ishikawa.lg.jp/shakyo-c/daigakuin01.html

○ 石川県立自然史資料館(銚子町、金沢市): http://www.n-muse-ishikawa.or.jp/

○ 石川新情報書府(文化のポータルサイト): http://shofu.pref.ishikawa.jp/

○ 金沢観光情報(きまっし金沢): http://kimassi.net/

 

2014年7月22日 (火)

尊経閣文庫、加賀5代藩主前田綱紀が収集した典籍・文書の蔵書、新井白石いわく、加州は天下の書府!、とは(2014.7.22)

 尊経閣文庫(そんけいかくぶんこ)は、加賀前田家に伝わった典籍・文書を保管する文庫(書庫とも)で、現在、前田育徳会(公益財団法人、駒場、目黒区、東京都)が運営しています。

 なかでも加賀5代藩主前田綱紀(まえだつなのり、1643~1724)の和漢古典の図書収集(しゅうしゅう)の事業は、新井白石(あらいはくせき、1657~1725)をして、加州(かしゅう)は天下の書府(しょふ)、と言わしめるほど、藏(くら)に書物が溢(あふ)れるほどあったという。

○ 尊経閣文庫(そんけいかくぶんこ)

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尊経閣文庫(そんけいかくぶんこ、駒場、目黒区、東京都、Google画像)

(解説)  加賀5代藩主前田綱紀(つなのり)は、祖父利常(としつね)には小松蔵書、父光高(みつたか)には金沢蔵書があったので、自分の蔵書を尊経閣蔵書と命名しました。

  綱紀は、全国に書物奉行を派遣し、和書はもとより洋書まで集め、今日の尊経閣文庫の基を作りました。また、公卿三条西家(さんじょうにしけ)や東寺(とうじ)の蔵書整備したことでも知られ、文化財保護にも貢献しました。

 所蔵品には、和書7500点、文書2500点、漢籍4100点、美術工芸品500点があり、中には、国宝22点、重要文化財76点が含まれています。

 なお、石川県立美術館には、前田育徳会尊経閣文庫分館があり、前田育徳会所有の文化財を常時展示しています。また、金沢市立玉川図書館近世資料館には、前田育徳会尊経閣文庫から寄贈された藩政文書所蔵されています。

(参考文献) 永原慶二監修: 日本史辞典(第1版)、岩波書店(1999); 東四柳史明、宇佐美孝、本康宏史、出越茂和編: 図説 金沢の歴史(第1版)、北国新聞社(2013).

(参考資料) ○ 前田育徳会尊経閣文庫駒場公園隣, travel.jp, 2012): http://4travel.jp/travelogue/10728005; http://www.zenbi.jp/network/maeda.htm

○ 板垣英治: 加賀藩の洋学に貢献した和蘭語辞書、金沢大学 資料館紀要 第4号 p.28~46 (2006); http://www.doc88.com/p-205512163382.html

○ 前田育徳会尊経閣文庫分館(石川県立美術館、金沢、石川): http://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/sp/exhibition/2013/13-07-09/maeda.html

○ 加越能文庫金沢市立玉川図書館、近世資料館所蔵資料、前田育徳会尊経閣文庫から寄贈された藩政文書): http://www.lib.kanazawa.ishikawa.jp/kinsei/kinsei.htm

2014年7月18日 (金)

加賀藩上屋敷、参勤交代での江戸藩邸、赤門(御守殿門)、13代藩主前田斉泰が11代将軍徳川家斉の娘溶姫を正室に迎えたときに建造した朱塗りの門、のち東京大学のシンボル、とは(2014.7.17)

 

  参勤交代のとき、大名江戸藩邸として、上屋敷(かみやしき)が居住地でした。また、大名の正室(せいしつ、正妻とも)・嫡子(ちゃくし家督を継ぐ者、長男)は、人質として江戸常住することが定められており、上屋敷居住していました。なお、江戸城に一番近い居住地が上屋敷となっています。

 東京大学の南西隅にある、朱塗りの赤門(あかもん)は、もと加賀藩前田家上屋敷御守殿(ごしゅでん)でした。1877年(明治10年)、東京大学設置され、加賀藩前田家を守る門から学問を守る門へと変化し、東京大学のシンボルとなっています。  

○ 赤門(旧加賀藩屋敷御守殿門)

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赤門(旧加賀藩屋敷御守殿門、本郷、文京区、東京都、Google画像) 東大赤門のルーツ(加賀100万石前田家の大名屋敷の門): http://www.ut-life.net/guide/map/hongo/akamon.php

(解説) 東京大学の南西隅にある、朱塗りの赤門(あかもん)は、もと加賀藩前田家上屋敷御守殿(ごしゅでん)でした。

 御守殿(ごしゅでん)とは、江戸時代、三位以上大名に嫁した将軍の娘、あるいは、その住居敬称で、四位以下に嫁した将軍の娘は、御住所(おすまい)様と呼ばれました。

 1827年(文政10年)、11代将軍徳川家斉の38番目の娘(むすめ)、溶姫(ようひめ、やすひめとも)が、13代加賀藩主前田斉泰輿入れの際に新築され、中央に薬医(やくい)門、左右に両番所が設けられました。

1877年(明治10年)、東京大学が設置され、東京大学の異称(いしょう、別名とも)となりました。

(参考文献) 永原慶二監修: 日本史辞典(第1版)、岩波書店(1999); 東四柳史明、宇佐美孝、本康宏史、出越茂和編: 図説 金沢の歴史(第1版)、北国新聞社(2013).

(追加説明) ○ 参勤交代のルーツ:  参勤交代は、1602年(慶長7年)、加賀藩2代藩主前田利長(1562~1614)が、人質として、母芳春院(ほうしゅんいん、まつとも)を、江戸に送ったことがルーツであるといわれています。

 これは、父前田利家(1539~1599)の死後、徳川家康(1543~1616)から前田家の謀反(むほん)を疑われ(慶長の危機!)、母を江戸に送って危機を回避したことによるものです。 

○ 江戸の加賀藩邸の変遷江戸本郷の加賀屋敷宮崎 勝美): http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2000Kaga/00/000500.html

 加賀藩江戸藩邸は、1605年(慶長10年)、3代藩主前田利常(1594~1658)が、家康より、和田倉門外の辰口に屋敷を賜ったのが始まりです。 これより以前、1600年(慶長5年)以来、芳春院が人質として江戸に在ったが、その時代の邸宅の所在ははっきりしない。 1617~8年(元和2~3年)頃には、本郷に屋敷地を拝領してこれを下屋敷とし、辰口邸上屋敷と定めています。

 加賀藩江戸屋敷本郷邸以下4か所になったのは、1683年(天和3年)です。上屋敷は、はじめ江戸城に近い辰口(たつのくち)に与えられ、明暦の大火(1657年)以後、筋違橋(すじかいばし、神田近く)に移されるが、この屋敷も1682年(天和2年)暮の大火で焼失して、その翌年から、それまで下屋敷であった本郷邸上屋敷改められました

 

2014年7月15日 (火)

北陸新幹線、2015年春開業、東京~金沢のルートは、江戸時代、加賀藩の参勤交代のルートとよく似ている、とは(2014.7.14)

 北陸新幹線は、東京を起点として長野、上越、富山、金沢、福井等の主要都市を経由し、大阪に至る延長約700kmのルート(路線)です。2015年(平成27年)春には、東京~金沢間が開業され、約2時間30分で結ばれる予定です。

 そのルートは、江戸時代、加賀藩が、参勤交代参覲交代とも)で、金沢から江戸まで、約12泊13日、歩いて参上した3つのルートの中で、越後、信濃を通るコースとよく似ているという。そこで、北陸新幹線と参勤交代のルートについて、改めて調べて見ました。

○ 北陸新幹線のルート

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E7系(北陸新幹線車両、和の未来、日本の伝統文化と未来をつなぐ! Google画像)

○ 北陸新幹線のルート(Google画像) 北陸新幹線(ホット高岡、高岡市、富山): http://www.city.takaoka.toyama.jp/eki-shin/sangyo/shigaichi/shinkansen/about.html

(解説) 高崎~長野間は、1997年(平成9年)10月から営業運転されています。また、長野~上越間は1998年(平成10年)3月に、上越~富山間は2001年(平成13)年5月に、富山~金沢間は2005年(平成17年)6月に着工し、その後、長野~金沢間は2014年(平成26年)度末までに完成できる予定です。

○ 加賀藩の参勤交代ルート

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加賀藩の参勤交代道中記(忠田敏男、Google画像) 普通は、約12泊13日、2000人、馬200匹の行列で江戸まで歩き、現在の金額にして、片道2億円以上かかったという。

○ 加賀藩の参勤交代ルート(Google画像) 大名行列の秘密(ブログ、gee​zen​sta​c の森):  http://blogs.yahoo.co.jp/geezenstac/53438026.html

(解説)  参勤交代参覲交代とも)は、江戸時代、大名が領地と江戸の間を行き来し、原則として1年おきに江戸に詰める制度です。 国許から江戸に出府するのが「参勤」、江戸から国許に帰るのが「交代」です。また、出仕したとき、主君に目見(まみ)えるので、「参勤」に「参覲」の字も当てられました。

 参勤交代は、譜代(ふだい)、外様(とざま)など大名の格により参勤のシーズンが異なっています。1635年(寛永12年)、武家諸法度(ぶけしょはっと)の改定により、外様大名4月、のち譜代大名6月、8月の交代が制度化されました。外様の加賀前田藩は、3つのルートをその時々で変えて利用しています

 これは、3代将軍徳川家光(1604~1651)の時代に始まり、徳川幕府が各藩の大名に自らの力を示すと同時に、必要以上の蓄財をさせず、有力藩の対抗勢力化をそぐことをねらった制度でした。が、1852年(文久2年)以降は、幕府権力の衰退により実行されませんでした。

(参考文献) 永原慶二監修: 日本史辞典(第1版)、岩波書店(1999).

(参考資料) ○ 北陸新幹線(建設促進同盟会): http://www.h-shinkansen.gr.jp/index.html

○ 北陸新幹線と参勤交代(いしかわ19ネット): http://www.hot-ishikawa.jp/19net/?p=5596

○ 加賀藩の参勤交代道中記(忠田敏男): https://www.google.co.jp/search?q=%E5%8A%A0%E8%B3%80%E8%97%A9%E3%81%AE%E5%8F%82%E5%8B%A4%E4%BA%A4%E4%BB%A3&safe=active&hl=ja&rlz=1T4GGNI_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=K2jDU5erBMrOkwXEhYCgAQ&ved=0CAgQ_AUoAQ&biw=1366&bih=588#facrc=_&imgdii=_&imgrc=AVDkTtWOi766LM%253A%3BHJvFCU89SAPfrM%3Bhttp%253A%252F%252Fecx.images-amazon.com%252Fimages%252FI%252F51A18FNBGBL.jpg%3Bhttp%253A%252F%252Fjugem.jp%252Fmono%252Famazon%252F4582449034%3B319%3B475

 

2014年7月11日 (金)

龍(りゅう)の名のつく観光道と絶景、中部北陸地域9県を含む観光ルートの昇竜道、文珠山(京都府宮津市)の展望台から眺める天橋立の飛龍観、とは(2014.7.11)

  (りゅう)は、古来、十二支の中の聖獣ですが、その縁起にあやかった龍の名のついた観光ルートとして、中部北陸地域昇竜道(しょうりゅうどう、昇龍道とも)、また絶景として、日本三景の一つ、天橋立飛龍観(ひりゅうかん)があります。そこで、その名の由来について、改めて調べてみました。

○ 中部北陸地域昇竜道(しょうりゅうどう)

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昇竜道(中部北陸を南北に貫く観光ルート、愛知から能登まで9県含む、Google画像) 昇竜道:http://go-centraljapan.jp/ja/special/shoryudo/index.html

(解説) 中部北陸地域9県(愛知、岐阜、三重、静岡、長野、石川、富山、福井、滋賀)が、台湾や中国、韓国、ロシア側からの観光客を誘致するルートとして、昇龍道を強く推し進めています。そこでは、逆さ地図を使って、北陸は日本の玄関口とPRしています。

 昇龍道の名は、能登半島を龍の頭に、三重県を龍の尾に見立てて、龍の体が中部9県をくまなくカバーしながら、龍が天に昇っていく様子を思い起こさせるものです。

○ 天橋立飛龍観(ひりゅうかん)

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飛龍観の展望台(天橋立、文珠山、宮津市、京都府、Google画像) 飛龍観:http://www.amanohashidate.jp/dragonspot/

(解説) 天橋立は、宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる砂州です。神代の昔、神の通い路が海に落ち、龍神が一夜にして土を盛ってつくり上げたという。

  飛龍観(ひりゅうかん)は、南から北を見た眺望のことで、龍が天に昇るように見立てられることから、このように呼ばれています。 文殊山の展望台からの眺めは絶景です。 

(参考文献) 北陸中日新聞: 竜の世界、水を治め、天翔(かけ)る聖獣、2012年(平成24年)1月15日(日)朝刊.

○ (りゅう)は、中国で3000年以上の昔から、麒麟(きりん)や鳳凰(ほうおう)と並ぶ霊獣(れいじゅう)として数えられてきました。9種の動物(頭がラクダ、角が鹿、目がウサギ、項(うなじ)が蛇、腹は蜃(しん、蜃気楼を作り出すといわれる伝説の生きもの)、鱗(うろこ)はコイ、爪はタカ、手は虎など)の合体となっています。

 仏教発祥地のインドでは、龍は雨を呼び水をつかさどる蛇体の神とされました。日本に入り、雲に包まれ、雷の声を発する龍の絵寺院の天上などに描かれました。は春分に天へ起(た)ち、秋分に降(くだ)るため、日本の古訓(こくん、中世以前の読み方)を「たつ」といいます。

2014年7月 8日 (火)

逆さ地図(環日本海・東アジア諸国図)、大陸側から見て、 大きな湖に見える日本海の対岸の日本との文化、経済の交流、また、太平洋への出口として、千島列島や南西諸島の地域の政治、軍事の問題、とは(2014.7.8)

 環日本海・東アジア諸国図(通称:逆さ地図)とは、1994年(平成6年)、富山県が作成した地図(初版)で、従来の視点を変えて、北と南を逆さにし、大陸から日本を見た地図です。

 大陸側のロシア、中国、北朝鮮、韓国から見て、日本海が大きな湖のように見え、対岸の日本とは、昔から頻繁な文化、経済の交流がありました。また、太平洋への出口として、千島列島や南西諸島の地域では、領土、資源にからむ政治、軍事の複雑な問題も存在することが分かります

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逆さ地図(環日本海・東アジア諸国図、改訂版、富山県庁作成、2012年(平成24年)7月) 大陸側からは、能登半島が突き出す石川や富山の両県は、日本の玄関口に見える!

(解説) 環日本海・東アジア諸国図(通称:逆さ地図)は、西側を下にしています。そこには大陸側のロシア、中国、北朝鮮、韓国が並び、大きな湖のような日本海の対岸の日本列島とは、それを囲む一つの生活圏が形成され、昔から頻繁な文化、経済の交流がありました。

 また、大陸側から見ると、日本列島が太平洋への出口をふさいでいるようにも見えます。そのため、千島列島や南西諸島の地域では、太平洋への出口として、領土、資源をからめた政治、軍事の複雑な問題が存在することが分かります。

(参考文献) 北陸中日新聞(夕刊): 中村桂子、逆さ地図で日本が見えてくる、東アジアとつながる列島、2013年(平成25年)8月9日(金).

(参考資料) 環日本海・東アジア諸国図(通称:逆さ地図、富山県):http://www.pref.toyama.jp/cms_sec/1510/kj00000275.html

(追加説明) ○ 北方領土の択捉(えとろふ)単冠(ひとかっぷ)は結氷しないため、1941年(昭和16年)の真珠湾攻撃のとき、連合艦隊がここに集結しました。

 その後、12月8日午前1時30分(日本時間)、ハワイ近海に接近した日本海軍航空母艦から空中攻撃隊が183機発進、さらに、午前2時45分、171機が発進しました。

2014年7月 3日 (木)

石川県庁(鞍月、金沢)、北陸地方の中央に位置する石川県庁の遠景と近景、とは(2014.7.1)

 

 石川県は、北陸地方の中央に位置し、東は富山県、岐阜県、南は福井県に接しています。北には能登半島もあり、南西から北東に向かって細長い地形となっています。

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石川県庁舎中央の一番高い建物は行政庁舎(19階)、左側は、議会庁舎(4階)、右側は、警察本部庁舎(7階)、手前に見える高架橋は、北陸自動車道

(解説) 石川県庁舎は、2003年(平成15年)1月に、金沢城下の中心地(金沢市広坂2丁目1番1号)から現在の場所(金沢市鞍月1丁目1番地)に移転しました。人にも環境にもやさしく、災害にも強い、議会庁舎(4階)、行政庁舎(19階)、警察本部庁舎(7階)です。(石川県のホームページhttp://www.pref.ishikawa.jp/.)

(参考資料) ○ 新緑の季節(2011年5月5日、若葉)、石川県庁、行政庁舎(19階)の展望台から眺めた金沢の風景: http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/176.html

2014年7月 1日 (火)

夏の花(6月28日)、犀川の遊歩道沿い、犀川ふれ愛パークの花壇で咲き誇る、パンジー、アルストロメリア、マツバギク、サルビア、マリーゴールド、ベゴニアなど、個性豊かな園芸の花、とは(2014.6.28)

 犀川の土手の遊歩道沿いを散策中、犀川ふれ愛パークの花壇で、色とりどり、個性豊かに咲き誇る、夏の園芸の花を目にし、しばし、見とれていました。

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○ パンジー(スミレ科、サンシキスミレとも、1年草、多年草、低木、園芸品種、全世界に分布)

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○ アルストロメリア(アルストロメリア科、ユリズイセンとも、多年草、南アメリカ原産)

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○ マツバギク(ツルナ科、ランプランサスとも、多年草、南アフリカ原産)

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○ サルビア(シソ科、ヒゴロモソウとも、1年草、多年草、園芸品種、ブラジル原産)

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○ マリーゴールド(キク科、マンジュギクとも、1年草、中央アメリカ原産)

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○ ベゴニア(シュウカイドウ科、シキザキベゴニアとも、多年草、ブラジル原産)

(参考文献) 浜田豊著: 花の名前、日東書院(2011).

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