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2014年10月の12件の記事

2014年10月30日 (木)

台場(だいば、お台場とも)、江戸末期に黒船襲来に備え、海防に備えた大砲の砲台、品川台場(江戸、東京)、大野お台場(加賀、石川)、のち大野お台場公園、とは(2014.10.30)

  台場(だいば、お台場とも)とは、広辞苑によると、江戸末期、要害の地に設けて、大砲を据(す)えつけ、海防に備えた砲台、例えば品川台場(江戸、東京)と説明されています。

○ 品川台場(江戸、東京)

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品川台場80ポンド青銅製カノン砲、靖国神社、遊就館蔵、江戸、東京、Google画像) お台場(ウィキペディア ): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E5%8F%B0%E5%A0%B4

 (解説) お台場御台場品川台場)については、1853年嘉永6年)6月、M.C.ペリー(1794~1858)率(ひき)いる米艦が浦賀に来航の際、1853年(嘉永6年)7~12月、江戸幕府が江戸防衛(黒船来襲!)に備えて、江戸担庵(1801~1855)設計、斎藤弥九郎(1798~1871)工事監督により、江戸湾東京湾品川沖六つの砲台が築かれました。

○ 大野お台場(加賀、石川)  

  幕末期の外国船の来航に対する防御策として、加賀藩は、徳川幕府の海防令により、1850年(嘉永3年)5月から、領有地の加賀、越中、能登の三州に火矢筒、大砲を備える、17箇所の台場の築造に着手し、その中に大野お台場がありました。

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大野お台場公園(おおのおだいばこうえん、金沢港に面し、からくり記念館にも近い、大野、金沢市、石川県、2014年10月20日撮影) https://www.facebook.com/honjo1003

(解説) 加賀藩お台場は、加賀(本吉、大野、寺中、宮腰、畝田)、能登(今浜、福浦、黒島、輪島、狼煙、正院、宇出津、曽良)、越中(氷見、伏木、方生津、生津)など17箇所築造されました。

 現在、石川県では、本吉(美川)、大野、寺中(金石)のお台場が復元され、特に金沢港に面し、からくり記念館にも近い大野お台場公園は、自然に恵まれ、遊歩道、北前船をイメージしたステージもあるなど、人気の憩いの公園となっています。

(参考文献) 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991); 下中邦彦編:小百科事典(初版)、平凡社(1973); 板垣英治:加賀藩の火薬 Ⅷ. 三州海岸の台場築造に関する調査・研究、日本海域研究 第44号別冊、p.23~38(2013).)加賀藩の火薬 Ⅸ. 17箇所の台場の規模と砲備の研究、日本海域研究 第44号別冊、p.39~55(2013).

(参考資料) ○ 大野お台場公園(おおのおだいばこうえん、施設紹介、大野、金沢市、石川県): http://www.pref.ishikawa.lg.jp/kanazawakouwan/p01e.html; きまっし金沢金沢観光情報、金沢市): http://kimassi.net/daiba.html

○ 大野弁吉(幕末の科学技術者、加賀、石川)、からくり師弁吉、加賀の平賀源内(讃岐、香川)、からくり儀右衛門(久留米、福岡)の技術にも匹敵、大野お台場公園のお台場、とは(2011.8.27): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/201.html

○ 大野お台場公園  公園のお台場名の由来として、幕末期に外国船の来航に対する防御策として、徳川幕府の海防令により、1850年(嘉永3年)5月から、加賀藩が領有地の加賀、越中、能登の三州に火矢筒、大砲を備える17箇所の台場の築造に着手し、その中に大野お台場がありました。

 加賀藩の三州のお台場として、加賀(本吉、大野、寺中、宮腰、畝田)、能登(今浜、福浦、黒島、輪島、狼煙、正院、宇出津、曽良)、越中(氷見、伏木、方生津、生津)など17箇所に築造されたという。現在、本吉((美川)、大野、寺中(金石)復元して園となっています。(板垣英治:加賀藩の火薬 Ⅷ. 三州海岸の台場築造に関する調査・研究、日本海域研究 第44号別冊、p.23~38(2013).)加賀藩の火薬 Ⅸ. 17箇所の台場の規模と砲備の研究、日本海域研究 第44号別冊、p.39~55(2013).)

○ 台場(だいば) 江戸末期に江戸湾(東京湾)品川沖に築かれた砲台品川台場お台場とも。黒船来襲に備えて1853年嘉永6年)から7砲台が築かれました。(下中邦彦編:小百科事典(初版)、平凡社(1973).)

2014年10月29日 (水)

大乗寺丘陵公園、その中腹の遊歩道から、眼下に広がる金沢市や野々市町の街並み、また、鞍月の石川県庁、金沢駅近くのポルテ金沢、はるか遠くの日本海を遠望、とは(2014.10.29)

 大乗寺丘陵公園(だいじょうじきゅうりょうこうえん)は、金沢市街地の南側、標高175 mの野田山の斜面に整備された展望公園です。その麓には、鎌倉時代、大乗寺(曹洞宗、そうどうしゅう、長坂町、金沢市)の寺院が建立され、現存しています。

 そこで、先月(9月30日)、久しぶりに、マイカーで訪れ、その中腹の遊歩道から、眼下に広がる金沢市野々市町街並み、また、鞍月の石川県庁、金沢駅近くのポルテ金沢、はるか遠くの日本海を遠望し、その風景をデジカメに収めました。https://www.facebook.com/honjo1003

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大乗寺丘陵公園(だいじょうじきゅうりょうこうえん、金沢市や野々市町の街並み石川県庁ポルテ金沢日本海遠望長坂町、金沢市、石川県、2014年9月30日撮影)

(参考資料) ○ 大乗寺丘陵公園(だいじょうじきゅうりょうこうえん、長坂町から山科町域、金沢市): http://www4.city.kanazawa.lg.jp/29004/park/park/daijyouji.html

〇 大乗寺(だいじょうじ、曹洞宗、長坂町、金沢市): http://www.daijoji.or.jp/

2014年10月27日 (月)

ハング・グライダー、神子清水の湧水を採水し、その帰りに目にした、白山比咩神社の近く、裏山の獅子吼高原から大空に飛び上がり、空中遊歩を楽しむハンググライダーの光景、とは(2014.10.27)

 ハング・グライダー(略称ハングライダー)は、広辞苑によると、金属製の枠(わく)に布を張った、三角形の大型凧(たこ)、また、これを使って滑空(かっくう)するスポーツ、と説明されています。

 昨日(10月26日)、白山麓の神子清水(みこしみず)の水汲(く)みに、2週間ぶり、息子と出かけました。湧き水は、2リットル ペットボトル 23本、また、5リットル ポリ容器 1個に採水しました。

 その帰りに、白山比咩神社の近く、セブン‐イレブンで買物のとき、裏山の獅子吼高原(ししくこうげん)から大空に飛び上がり、空中遊歩を楽しんでいるハング・グライダーの光景が目にとまり、しばし眺めた後、その光景をデジカメに収めました。

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神子清水(みこしみず、白山麓の湧水、白山市、石川県、2014.10.26)  この湧水は、杉森地蔵水のすぐ近くにあり、白山の雪解け水で、水質は同じものです。http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/201-427a.html

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ハング・グライダー獅子吼高原、ししくこうげん、後高山、しりたかやま、標高650m白山市から金沢市域、石川県、2014.10.26https://www.facebook.com/honjo1003

(参考文献) 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991).

(参考資料) ○ 獅子吼高原ホームハング・グライダー含む、白山市、石川県): http://w2292.nsk.ne.jp/skyshishiku/

○ ハンググライダー(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC

○  ハング・グライダー(Google画像): https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC&hl=ja&rlz=1T4GGNI_jaJP523JP523&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=VrFNVJm7GsXVmAXa-YGABg&ved=0CDAQsAQ&biw=1366&bih=588

 

2014年10月24日 (金)

ムクドリ(椋鳥)の大群、県庁近く、電線の上で一列に並び、しばらく鳴き騒いだ後、大空に群れをなして舞い上がり、どこかに飛び去る光景、寝ぐらは県民の杜(もり)、とは(2014.10.24)

 最近、朝早く、また夕暮れになると、どこともなくムクドリ(椋鳥)の大群が現われ、電線の上で一列に並び、しばらく鳴き騒いだ後、大空に群れをなして舞い上がり、どこかに飛び去る光景がよく見られます。

  恐らく、収穫を終えたた田の落ち穂を食べ、県庁の議会庁舎近く、県民の杜(もり)でムクドリ(椋鳥)の鳴き騒ぐ声を耳にしたので、そこを寝ぐらにしていると思いました。

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ムクドリ(椋鳥)の大群(電線の上で一列に並び、しばらく鳴き騒いだ後、大空に群れをなして舞い上がり、どこかに飛び去る光景、鞍月、金沢市、2014年10月20日夕方、22日早朝撮影) https://www.facebook.com/honjo1003

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典、平凡社(1973).

(参考資料) ○ 実りの季節、県庁近く、たわわに実った稲穂、実るほど頭が下がる稲穂かな!(2014.9.3): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/201493-38c7.html

○ 紅葉の季節(2014.10.21)、県庁の近く、駅西ケヤキ大通りのケヤキの紅葉と県庁北側の歩道沿いのイチョウの黄葉、とは(2014.10.22): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/201410212014102.html

2014年10月22日 (水)

紅葉の季節(2014.10.21)、県庁の近く、駅西ケヤキ大通りのケヤキの紅葉と県庁北側の歩道沿いのイチョウの黄葉、とは(2014.10.22)

 紅葉の季節となり、最近、街路樹の葉の紅色と黄色の光景が目立ってきました。そこで、昨日(10月21日)夕方、県庁近くを散策し、駅西ケヤキ大通りのケヤキ(ニレ科、落葉高木)の紅葉と県庁北側の歩道沿いのイチョウ(イチョウ科、落葉高木)の黄葉の景色をしばし眺めた後、デジカメに収めました。

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ケヤキ(ニレ科)の紅葉とイチョウ(イチョウ科)の黄葉(鞍月、金沢市、2014.10.21) 

(解説) くなるのは、気温が10℃以下になると、葉の緑色クロロフィル分解し、葉に貯(た)まった(とう)からアントシアニンができるためです。 鮮紅色になるには、一日の寒暖差が大きいことが必要です。

 黄色くなるのは、アントシアニンが形成されず、もともと葉にカロチノイドという黄色色素が含まれていたからです。 この葉の紅色黄色の意味については、まだよく分かっていません。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典、平凡社(1973).

(参考資料) ○ 紅葉の季節(2013.11.14 )、金沢市内歩道沿い(桜田)と金沢大学キャンパス内歩道沿い(角間)の街路樹の紅葉と黄葉、ケヤキ(欅)、ヤマボウシ(山法師)、サクラ(桜)、シナノキ(科木)、ナンキンハゼ(南京櫨)、ニワトコ(接骨木)、とは(2013.11.18): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/201311-3ff6.html

2014年10月20日 (月)

秋の花木、県庁近くの歩道沿い、はじめて目にした斑(ふ)入り葉のアベリア、和名はツクバネウツギ(衝羽根空木)、とは(2014.10.20)

  先日(10月18日)、県庁近くを散歩中、歩道沿いに、葉の周囲が白くなった、斑(ふ)入り葉のアベリアの花が目にとまりました。これは、植物の葉や組織の一部が葉緑素を失い、白や黄色などになる現象です。思いがけないことで、しばし眺めた後、よく目にするアベリアの花も見られたので、その周辺の景色とともにデジカメに収めました。

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アベリア(園芸種、スイカズラ科、アベリア属、ハナツクバネウツギとも、半落葉性の小低木、鞍月、金沢市) https://www.facebook.com/honjo1003

(解説) 淡いピンクを帯びた白い、先が5烈した、香りのある、釣り鐘状の花です。アベリアは、イギリスの植物学者、エイブル、C.Abel(1780~1826)を記念して名付けられたものです。 和名ツクバネウツギ衝羽根空木)で、花が落ちた後の萼片(がくへん)の形状に由来しています。

(参考文献) 浜田豊: 花の名前、p.29 アベリア、日東書院(2011).

2014年10月17日 (金)

盤持石(ばんもちいし、力石とも)、神社や寺院に置かれた楕円形の重い石で、古代、持ち上げて吉凶や願い事の成就を占い、江戸から明治では娯楽や鍛錬の力試し石、戸水八幡神社(金沢市)の盤持石、とは(2014.10.17)

 昨日(10月16日)、県庁の北東近く、戸水八幡神社(とみずはちまんじんじゃ)を訪ねました。鳥居門のそばに、盤持石(ばんもちいし、力石とも)の立て札があり、大きな楕円形の石が目につきました。 以前に、尾山神社(おやまじんじゃ)や誉田神社(ほんだじんじゃ)でも同じような楕円形の石盤持ち石、さし石、力石とも)と云われの立て札を見たことがあり、お参りした後、その光景をデジカメに収めました。

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盤持石(ばんもちいし、戸水八幡神社、戸水町、金沢市、2014年10月16日撮影)  https://www.facebook.com/honjo1003

(解説) 盤持石(ばんもちいし)は、 古代、神社や寺院に置かれた重い石で、持ち上げて吉凶や願い事の成就を占うものでした。が、江戸から明治の頃は、生活において腕力を必要とすることが多かったことから、一般男子娯楽鍛錬のための力試し石(ちからだめしいし)となりました。 

 普通は石を肩にあげたり、あるいは頭上に差し上げたりするもので、石には一俵石、五斗石、一石などと種々のものがありました。自分の持ち上げることも出来ない石に対しては、腰を掛けるなどの不作法は厳しく戒められていました。 

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991).

(参考資料) ○ 戸水八幡神社(石川県神社庁): http://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/search/detail.php?e7a59ee7a4be4944=303

 力石と力餅にまつわる歴史伝承、神社や寺院での力比べ(信仰に通じた体力の養成)、尾山神社のさし石(金沢、石川)、兼仲公の力石(上板、德島)、とは(2010.9.13): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/122.html

○ 秋、10月のはじめ、示野中橋から眺めたわが家、犀川のシラサギ、近くの誉田神社(示野中町)の盤持ち石(力石)、とは(2010.10.1): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/126.html

(追加説明) 

盤石(ばんじゃく、ばんせきとも)は、広辞苑によると、①大きな岩。いわお。-の重み ②極めて堅固なこと。 -の備え

○ 味郷神社(白山市福留町)は、2016年春、「盤持ち石」「目標の松の木」を整備し、説明版を置きました。(2016.4.29、北陸中日新聞、朝刊より

 

2014年10月13日 (月)

犀川(さいがわ)、名の由来、下流域の佐奇神社(さきじんじゃ、金沢市)近くを流れる事から佐奇川(さきかわ)となり、訛(なま)って犀川(さいがわ)になった、日本各地の同名の犀川、とは(2014.10.13)

 犀川(さいがわ)という名の川は、日本各地に見られます。 石川県犀川(金沢市、本流、2級河川)は、富山県境の東部付近から北西に流れ、金沢市街を通って日本海へ注ぐ川です。

 その由来は、下流域の佐奇神社さきじんじゃ)近くを流れる事から佐奇川さきかわ)となり、訛(なま)って、犀川さいがわ)になったという。

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佐奇神社さきじんじゃ、 佐奇森町、金沢市、石川県、石川県神社庁、Google画像)  http://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/search/detail.php?e7a59ee7a4be4944=45

拝殿は、小立野の天徳院にあった第4代藩主、前田光高(1616~1645)の御霊舎を移築したものです。

(解説) 犀川は、一説には佐奇神社名に由来し、江戸時代、最古の書写、加賀国式内等旧社記には、「佐奇神社、式内一座、大野庄鷺森村鎮座祭神息長帯姫神、佐奇川之河端也、河名或為犀川」とあります。 佐奇森(さきもり)の地名は、中古防人(さきもり)が置かれたことに由来しています。

 日本各地犀川として、長野県犀川(1級河川)は、千曲川(ちくまがわ)の支流で、上流部は梓川(あずさがわ)と呼ばれ、松本盆地の明科(あかしな)付近から北東へ流れ、長野市付近で千曲川(ちくまがわ)に注ぐ川です。 その名の由来は、神話における「征川」から「川」の名が起こったという。

 また、京都府(綾部市、1級河川、宮津市、2級河川)、福井県(吉田郡永平寺町、1級河川)、岐阜県(南部地方、1級河川)、秋田県(大館市、1級河川)にも、同名の犀川の名が見られます。

 なお、1級河川は、国土保全上または国民経済上特に重要な水系で、管理している河川です。2級河川は、、比較的流域面積が小さく、公共の利害に重要な関係がある水系で、都道府県管理している河川です。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991).

(参考資料) ○ 佐奇神社(さきじんじゃ、石川県神社庁): http://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/search/detail.php?e7a59ee7a4be4944=45  

 佐奇神社(さきじんじゃ、阜嵐健、加賀国 INDEX): http://www.geocities.jp/engisiki/kaga/bun/kag330306-01.html

○ 犀川(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%80%E5%B7%9D

○ 1級河川と2級河川の違い(水管理・国土保全、国土交通省): http://www.mlit.go.jp/river/basic_info/iken/question/faq_index.html

2014年10月11日 (土)

白山、現在は休火山、江戸時代、1659年(万治2年)まで噴火、頂上近くには、今も翠ヶ池(みどりがいけ)など7つの火口湖、溶岩の塊、とは(2014.10.11)

  白山連峰は、石川、岐阜、福井、富山の南北に連なる大きな山脈です。主峰は、御前峰(ごぜんがみね、2702m)、その北の剣ヶ峰(けんがみね、2677m)、さらにもう一つ北に聳(そび)える大汝峰(おおなんじがみね、2680m)などから構成されています。

 現在、主峰の白山は休火山ですが、江戸時代、1659年(万治2年)まで噴火を続けていました。現在、頂上近くには、翠ヶ池(みどりがいけ)など7つの火口湖溶岩が見られます。

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白山の火口湖群(かこうこぐん、翠ヶ池、紺屋池、千蛇ヶ池ほか、白山手取川ジオパーク、白山市、石川県、Google画像)

○ 白山火口湖群: http://hakusan-geo.main.jp/areaintro/site01_01-02.html ; 白山火山ジオサイト: http://hakusan-geo.main.jp/library/index.html (白山手取川ジオパーク、ライブラリー、白山市、石川県

(解説) 翠ヶ池(みどりがいけ)は、平安時代、1042年(長久3年)の噴火活動で誕生した新しい火口とのことですまた、この火口湖に加えて、新白山火山期の溶岩や火砕流堆積物を見ることができます。

(参考文献) ○ 白山と火口湖翠ヶ池、紺屋池、千蛇ヶ池、油ヶ池、血ノ池、百姓池、五色池など、ウィキペディア):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E5%B1%B1 

 白山のマグマだまり(地震から探る白山火山の地下、平松良浩、金沢大学): http://hakusan.s.kanazawa-u.ac.jp/~yoshizo/official/japanese/shiryou_pdf/hakusan/hakusan.html: http://hakusan.s.kanazawa-u.ac.jp/~yoshizo/official/japanese/shiryou_pdf/hakusan_magma.htm

(参考資料) ○ 白山、噴火(気象庁): http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/313_Hakusan/313_index.html

 10 万年より新しい新白山火山が乗り、最高峰御前峰(ごぜんがみね)は新白山成層火山体頂部の東向き崩壊壁の最高所です。剣ヶ峰は崩壊跡に生じた新しい山体です。最新期の活動は山頂部に多くの小火口を生じ、室町時代、1554 年(天文23年)、翠(みどり)ヶ池から小規模な火砕流を生じました。

○ 白山、冬の白山連峰を遠望、現在は休火山、江戸時代、1659年(万治2年)まで噴火、とは(2014.1.8): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-edcd.html

○ 白山火山帯(大山火山帯とも)、白山山麓の温泉と噴泉塔(中宮温泉、岩間温泉、岩間噴泉塔、白山温泉など)、とは(2014.1.14): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-5160.html

〇 白山初冠雪 (北国新聞ニュース、2015.10.14):

  金沢地方気象台は14日、白山で初冠雪を観測したと発表した。白山市の白山白川郷ホワイトロードでは観光客が雪化粧した白山と紅葉の共演を楽しんだ。

 初冠雪は平年より3日、昨年よりも4日、それぞれ早い。金沢市の気象台から職員が午前8時ごろ、山頂付近がうっすらと白くなっているのを確認した。



2014年10月 9日 (木)

手取川大洪水の遺跡、白峰百万貫の岩(白山麓、石川県の天然記念物)、手取川の氾濫を防いだ霞堤(かすみてい、辰口橋付近,、選奨土木遺産)、とは(2014.10.9)

○ 白峰百万貫の岩: 白山麓の手取川大洪水の置き土産(おきみやげ)!  

 1934年昭和9年7月10日から11日にかけて加賀地方を襲った集中豪雨手取川氾濫(はんらん)しました。加賀地方一帯に被害が及び、死者行方不明109名、家屋被害750戸等、未曾有(みぞう)の大水害となりました。

 手取川支流宮谷川からは土石流とともに大岩が3km離れた白峰の手取川まで流出しました。 大岩は「白峰百万貫の岩」と名付けられ、1995年(平成7年)の計測で高さ16m、重さ4839トン(129万貫)と判明しました。 2001年(平成13年)、大洪水の象徴として、石川県の天然記念物に指定されました。

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白峰百万貫の岩(県指定天然記念物 、白峰地内、白山市、石川県、Google画像) https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/siseki/ken3-17.html

○ 辰口橋付近の手取川霞堤(かすみてい): 手取川大洪水の氾濫を防ぐ先人達の手法!

 石川県下最大の河川である手取川は、白山(2702m)下、その豊かな水量から水力発電、農業用水、工業用水に利用されるなど、地域の暮らしに深く結びついています。が、急流河川のため、大洪水により人命や資産が失われた歴史があります。

 そこで、先人達は、大洪水から生命や財産を守るため霞堤(かすみてい、平面的に不連続な堤防)を築きました。 これは万一氾濫した場合、次の堤防でその流れを食い止め、氾濫流を本川に戻す役割を果たすものです。  

 この手取川霞堤は、扇状地上に築かれた前近代の治水技術を伝える貴重な土木遺産で、現在もその機能を有するとともに、見事な不連続堤を遺しています。というわけで、2012年(平成24年)度、選奨土木遺産(土木学会)選定されました。http://committees.jsce.or.jp/heritage/node/724

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手取川霞提(てどりがわかすみてい、辰口橋付近、70km、能美郡川北町~能美市、石川県、、Google画像

(参考資料) 

○ 手取川の霞堤(かすみてい、2012年(平成24年)度、選奨土木遺産認定、土木学会):http://www.hrr.mlit.go.jp/kanazawa/mb2_jigyo/river/dobokuisan/dobokuisan.html; http://www.hrr.mlit.go.jp/press/2012/10/121004kanazawa.pdf

○ 百万貫の岩(ふるさと紹介コーナー、鶴来信用金庫、白山市、石川県): http://www.shinkin.co.jp/tsurugi/huru100/hu10030/hu10030.html

○ 百万貫の岩まつり(白山砂防、国土交通省 北陸地方整備局 金沢河川国道事務所 流域対策課、西念、金沢市、石川県): http://www.hrr.mlit.go.jp/kanazawa/hakusansabo/07osusume/event02.html

○ 梅雨明け(2011年7月9日、晩夏)、犀川の河川敷(桜田、金沢)のオギ(イネ科)の草刈り、手取川の川北大橋(川北、石川)道路法面の草刈り、手取川大洪水で運ばれた百万貫の岩、とは: http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/192.html

(追加説明)

〇 川北町と周辺の地名には、与九郎島、船場島、田子島、下田子島、中島、お隣の白山市にも、源平島、出合島、森島、漆島、島田、上島田、など、島の付いた地名が多い

 これは、この地域が水と闘ってきた歴史の表れという。川北町史編纂に携わる元教諭の高鍬敏之さん(87)によると、手取川が氾濫を繰り返した結果、島が時代ごとに場所を変えながら出来ては消えてきた結果だという。

 すなわち、川の流れが変わるたび、その時々で高かった場所に集落ができたが、そこは周りが水に囲まれた島のような場所であった。土砂が押し寄せ盛り上がった場所に人が避難して暮らす。その集落もやがて水没し。また次の島ができる。それが近世まで繰り返し、地名として残った。

 その原因として、川北町のあたりは地質がもろく、さらには大量の水が押し寄せる、水害に襲われやすい地形となっている。手取川扇状地の地盤は砂と泥でできており、地質がもろい。そこに流れ込む手取り川の源流は一般と比べ急勾配で水勢が激しく、水も旧鶴来町に向けて北、東、南の三方から集まる。これが暴れ川になる要因で、緩い地盤に大雨のほか雪解けや梅雨、台風のたび激流が押し寄せることになった。

 能美市手取川展示室によると、手取川は縄文中期には現在より北側の白山市内を流れていた。水害を繰り返しながらだんだん南下し、江戸初期に現在の流れに整備されたという。

 高鍬さんは、与九郎島は、与九郎という人が高台を開いた集落、舟場島は、船着き場があり、森島は、森があり安定して水害から逃れることができた、を意味し、島の前に付く言葉からも、各地の特徴が見て取れる地名の付け方だという。(2017年(平成29年)1月17日(火)、北陸中日新聞、朝刊より)

2014年10月 4日 (土)

泉鏡花文学碑、辰口温泉(辰口町、能美市、石川県)の温泉広場にある、温泉のいわれの石碑、及び明治の文豪、泉鏡花の文学碑、とは(2014.10.4)

 泉鏡花文学碑、辰口温泉

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(解説) 辰口温泉(辰口町、能美市、石川県)の温泉広場には、1400年ほど歴史のある、温泉のいわれを記した石碑、及び明治の文豪、泉鏡花(1873~1939)の文学碑があります。https://www.facebook.com/

 温泉は、泉温36.5℃、泉質は弱アルカリ性(pH7.5)、食塩(塩化ナトリウム)、芒硝(ぼうしょう、硫酸ナトリウム)泉で、体の血行がよくなり、冷え性、肩こり、腰痛などにも効果があるという。

 鏡花は、金沢で生まれ、幼くして母親を亡くし、辰口温泉に住む叔母に可愛がられて育ちました。 1890年(明治23年)夏、叔母を訪ねたとき、のちに師事する尾崎紅葉の「夏痩せ」を読んで影響を受け、作家の道を志したといわれています。

(参考資料) ○ 泉鏡花文学碑 (自然とふれあう、辰口町、能美市、石川県):http://www.city.nomi.ishikawa.jp/museum/izumikyoka_bungakuhi.html

○ まつさき (辰口温泉、辰口、能美市、石川県): http://www.matsusaki.jp/spa/

○ たがわ龍泉閣 (辰口温泉、辰口、能美市、石川県): http://ryusenkaku.com/spa/index.html

○ 白山山麓の湯涌温泉(金沢市)での竹久夢二の「美人画」と文学碑、辰口温泉(能美市)での泉鏡花の「海の鳴る時」と露天風呂、また、加賀平野南部の山中温泉(加賀市)での松尾芭蕉の「奥の細道」の名句と句碑、とは(2014.1.20): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-283b.html

 泉鏡花(金沢出身の作家)にまつわる歴史物語、高野聖、四国の辺地を通る僧(今昔物語)、とは(2009.7.9): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/koya.html

2014年10月 1日 (水)

河北潟、江戸時代、豪商、銭谷五兵衛による干拓事業の挫折、昭和時代、内灘闘争後の国営干拓事業による予想外の発展、とは(2014.10.1)

○ 内灘大橋(うちなだおおはし)、河北潟

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うちなだおおはし(内灘大橋、サンセットブリッジ内灘、斜張橋)から眺めた干拓後の河北潟の全景(金沢市、かほく市、内灘町、津端町、石川県、2014年9月27日撮影)https://www.facebook.com/honjo1003

(解説) 河北潟(かほくがた)は、金沢平野の北部に位置する潟湖です。かつては、「蓮湖」や「大清湖」とも呼ばれ、北陸で最大の湖で、村民の漁場として重宝されていました。

 江戸時代、豪商、銭屋五兵衛(ぜにやごへい、1773~1852)が干拓事業に着手しました。が、干拓工事に石灰を投入したことを理由に、銭五の一族は処断され、財産は没収されました。

 一方、昭和時代、内灘闘争の後、国営河北潟干拓土地改良事業により、1963年(昭和38年)から1985年(昭和60年)、約20年の歳月をかけ、300億円余りの巨額の費用が投じられ、水面の4分の3が埋め立てられました。が、米の減反政策と重なり、現在、干拓地は、主に畑作や酪農が営まれています。

(参考資料) ○ 河北潟(かほくがた、うちなだ・きてみてねっと、内灘町商工会、内灘町、河北郡、石川県):http://uchinada.shoko.or.jp/main/point/06.html 

○ 風と砂の館内灘町歴史民俗資料館、宮坂、内灘町、河北郡、石川県): http://www.town.uchinada.lg.jp/webapps/www/section/detail.jsp?id=1438

○ 安宅・金石地域(加賀、石川)の北前船主、米谷半平(米谷銀行、のち北国銀行)、銭屋五兵衛(河北潟干拓の悲劇)、木谷(木屋とも)藤右衛門(八幡神社奉納の船絵馬)、とは(2011.4.18): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/172.html

○ 内灘闘争(内灘砂丘、石川)にまつわる歴史実話、朝鮮戦争、米軍基地反対闘争、非行少女(映画)、とは(2010.1.25): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/57.html

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