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2014年11月13日 (木)

金沢城の惣構え(そうがまえ、総構とも)、城と城下町を堀と土居で囲む城郭構造とつながりの深い、辰巳用水、鞍月用水、とは(2014.11.13)

 惣構え(そうがまえ、総構とも)は、江戸時代、城と城下町の外回りを堀や石垣、土塁などで囲む、城郭構造です。金沢城惣構は、渦郭式(かていしき)のを中心とした城下町を囲む(ほり)や、堀の城側を土で盛り上げた土居(どい)など、外敵から城を守る防御構造となっています。

 金沢城下町には、1599年(慶長4年)に内惣構、また、1610年(慶長15年)に外惣構が造られ、これらが二重に城を囲んでいます。造成時のは深いところで約5メートル、土居は堀底から最大9メートルの高さであったという。明治になると、大部分の土居は堀の埋土となり、多くの道路や小さな用水となりました。

https://www.facebook.com/honjo1003

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辰巳用水(たつみようすい、兼六園の上流、土清水町近く、2005年7月11日撮影)

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辰巳用水(たつみようすい、金沢市役所前近く、 2007年5月24日撮影)

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鞍月用水(くらつきようすい、せせらぎ通り商店街、長町近く、SHOP LIST、 Google画像、http://seseragi-st.com/about_seseragi_st.html

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鞍月用水のせせらぎ(金沢駅通り、JR金沢駅東口前近く、 2014年11月4日撮影)

(解説) 現在、金沢の用水は、全部で55と数多く、市街を網の目のように流れています。その長さは、全部合わせると約150kmになり、庭園、生活、農業、工業、防火などの用水として利用されています。その代表的な用水に、金沢中心街を流れる辰巳用水(たつみようすい)や鞍月用水(くらつきようすい)があります。また、JR金沢駅東口前には、鞍月用水のせせらぎが見られます。

 ○ 辰巳用水は、犀川(上辰巳町、崖下の東岩近く)を水源(取水口)とし、1639年(寛永16年)代に造られ、小立野台地を流れ、兼六園の霞ヶ池から金沢城内外の堀の水を供給していました。現在、兼六園から流れ出た後、市役所の近くで、別の方向から流れてきた鞍月用水と合流しています。

○ 鞍月用水は、また犀川(城南2丁目、上菊橋の上流右岸近く油瀬木の堰)水源(取水口)とし、金沢の繁華街、香林坊の地区を流れ、金沢駅西の付近で大野庄用水と合流しています。水量は豊富で、防火消雪などに使われています。 

 名前由来は、鎌倉から室町時代に存在した鞍月庄にもとづいてます。金沢中心街の大通りで用水は暗渠(あんきょ)となり、再び顔を出すのは武家屋敷のある長町のせせらぎ通り商店街の近くです。 また、金沢駅通りのJR金沢駅東口前には、鞍月用水のせせらぎが見られます。

(参考文献) 北陸中日新聞: 旅 用水かいわい散歩、金沢市、先人の”遺産”大切に、2014年(平成26年)10月3日(金)夕刊.

(参考資料) 〇 金沢城惣構跡そうがまえあといいねっと金沢、金沢市、石川県): http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11104/bunkazaimain/shiteibunkazai/kinenbutsu/sougameato.html.

〇 金沢城 城郭 惣構え(Google画像): https://www.google.co.jp/search?q=%E9%87%91%E6%B2%A2%E5%9F%8E%E3%80%80%E5%9F%8E%E9%83%AD%E3%80%80%E6%83%A3%E6%A7%8B%E3%81%88&hl=ja&rlz=1T4GGNI_jaJP523JP523&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=mJhkVLymIsSumAXTzYCoDA&ved=0CB4QsAQ&biw=1366&bih=588

○ 金沢の用水(用水の保全、金沢の用水網、いいね金沢、金沢市): http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11107/keikan/yousui/yo_map.html

○ 金沢の代表的な用水(辰巳用水、鞍月用水、大野庄用水、まちなみ景観、いいねキッズ、金沢市、石川県) http://www4.city.kanazawa.lg.jp/kids/01/keikan/yousui.html

(追加説明) 〇 江戸城(東京)の惣構え(そうがまえ、総構とも)にまつわる歴史実話、渦郭式、四神相応、東照大権現、とは(2009.9.23): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/32.html

 江戸城渦郭式(かていしき、螺旋式、らせんしき、とも)の城郭は、金沢城にも見られ、西洋建築影響とも考えられています。 1599年(慶長4年)、高山右近(たかやまうこん、もと高槻城主、キリシタン大名、前田利家の客将、26年在)が、金沢城の築城に関与しています。この頃は、ヨーロッパ(ルネサンス都市、イタリア)では螺旋状のデザインが大流行していました。この手法を高山右近、1552年?(天文21年?)~1615年(慶弔20年)が金沢城に、また藤堂高虎江戸城応用した可能性があります。

 

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