カテゴリー「● 囲碁(起源、棋話、歴史対局、儀式、遊び、近代碁、世界棋戦)」の27件の記事

2016年5月 6日 (金)

囲碁、井山七冠、(4月20日)、前人未到の七冠(名人、棋聖、本因坊、王座、天元、碁聖、十段のタイトル)独占、とは(2016.5.6)

 囲碁井山裕太名人(26才)、六冠が、2016年(平成28年)4月20日、前人未到の七冠独占を決めました。名人、棋聖、本因坊、王座、天元、碁聖六冠に加え、最後に残った十段のタイトル奪取に成功し、1976年(昭和51年)に七大タイトル戦がそろった日本プロ碁会の歴史に金字塔を打ち立てました。将棋界では、羽生善治名人(45才)が1996年(平成8年)、25才のときに七冠を独占しました。

○ 七大タイトル独占に至る井山名人の対局結果

① 2015年(平成27年) 5~6  月 本因坊 防衛 ○○○●○(4-1) 山下敬吾

②              6~8  月 碁 聖  防衛 ○●○○   (3-1) 山下敬吾

③              9~10月 名 人  防衛 ○○○○   (4-0) 高尾紳路

④             10~11月 王 座  奪取 ○○○    (3-0) 村川大介

⑤             10~11月 天 元  奪取 ○○○    (3-0) 高尾紳路

⑥ 2016年(平成28年) 1~2  月 棋 聖  防衛 ○○○○   (4-0) 山下敬吾

⑦              3~4  月 十 段  奪取 ○○●○  (3-1) 伊田篤史

「力出し切れた」

 井山名人の話 今の自分の力は出し切れました。ここ数年は(七冠を)ずっと期待していただいていたので、達成することができてうれしい。特別、何かが変わるということはありません。未熟と感じることが多いので、レベルアップしていきたいです。

○ 井山七冠「徐々に実感」: 2016年(平成28年)4月21日(木)、北陸中日新聞(夕刊)

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(参考資料)

1) 井山七冠 囲碁で初: 2016年(平成28年)4月21日(木)、朝日新聞(朝刊)

2) 井山七冠「徐々に実感」: 2016年(平成28年)4月21日(木)、北陸中日新聞(夕刊)

 

 

 

2016年3月26日 (土)

囲碁、第4回電聖戦、小林光一名誉棋聖vsコンピュータソフト(3子局)は1勝1敗、日本のZen(ゼン)は勝ち、米のdarkforest(ダークフォレスト)は敗け、とは(2016.3.26)

  電気通信大学(東京調布市)で、3月19~20日、第9回UEC杯コンピュータ囲碁大会が、日米欧など計31チームが参加して行われ、日本のZen(ゼン、開発者:チームDeepZen)が2年ぶり3回目の優勝、初参加の米IT企業のdarkforest(ダークフォレスト、開発者:Facebook AI Research)が準優勝しました。 なお、アルファ碁は不参加でした。

 そして、3月23日、コンピュータ囲碁プログラムとプロ棋士が、3子局で対戦する、第4回電聖戦が行われ、 棋士代表として、小林光一名誉棋聖が出場しました。

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Zen

                      Zenが初めてプロ棋士を相手に3子局で勝利

(解説) 対局の3子局は、黒のコンピュータ側が、あらかじめ3個の石を置き、半目コミ出すハンヂキャップの対戦でした。  結果は第1局のdarkforest戦が231手まで、小林の白番中押し勝ち(途中で勝ちを宣言)、第2局のZen戦は、最後の260手まで、Zenの黒番4目半勝ちで、1勝1敗となりました。

 Zenは、序盤から手厚く打ち進めて優勢を堅持し、終盤やや追い込まれたが、劣勢になることなく押し切りました。 この囲碁ソフトは、この1年、先に世界トップ級棋士を破った米グーグル系企業のアルファ碁が活用した、ディープラーニング(深層学習)の技術を取り入れるなど改良を進めてきました。

 Zenの棋力は、日本トップクラスのプロ棋士に3子局で勝ったので、アマトップクラスの実力と推測されます。Zenの開発チームは、今はアルファ碁が三歩先を行っているが、もっと強くして、アルファ碁に立ち向かっていきたい、とi意欲に燃えています。

(参考資料)

〇 小林光一名誉棋聖vsコンピュータソフトは1勝1敗【第4回電聖戦】(日本棋院) : http://www.nihonkiin.or.jp/event/taikai_kekka/vs4.html

〇 囲碁、アルファ碁(グーグルの人工知能) と 李世ドル九段(世界最強レベルの棋士)が対局、李世ドル(イセドル)九段は5番勝負の第4戦でようやく1勝、とは(2016.3.19): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/vs-a0a6.html 

(Link) 歴史散歩とサイエンスー思いつくままにー
 ① Yahoo! (本浄) :
http://blogs.yahoo.co.jp/FRONT/mypage.html
 ② Facebook(本浄):https://www.facebook.com/honjo1003
 ③ ココログ(本浄):http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年3月19日 (土)

囲碁、アルファ碁(グーグルの人工知能) と 李世ドル九段(世界最強レベルの棋士)が対局、李世ドル(イセドル)九段は5番勝負の第4戦でようやく1勝、とは(2016.3.19)

 米IT企業グーグル傘下の英グーグル・ディープマインド社が開発した囲碁の人工知能(AI)「アルファ碁」と、世界で最も強い棋士の一人、韓国の李世ドル(イセドル)九段(33)の対局が、3月9日~15日、いづれもソウル市内のホテルで行われました。

 初戦の第1戦、(9日)、第2戦(10日)、第3戦(12日)、第4戦(13日)、最終戦の第5戦(15日)で、アルファ碁が第4戦以外は全て勝ち、通算成績は、アルファ碁の4勝1敗となりました。 韓国棋院は15日、アルファ碁に「名誉九段」の称号を授与、韓国ではアルファ碁に「アル師範」などの愛称が生まれました。

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     第1局 互先(黒7.5) 持ち時間60分 秒読み30秒3回 271手白3.5目勝ち

(解説) AIではこれまで、コンピューターの計算性能の向上を生かした「力業」で、先を読む方法が使われてきました。そして、ある局面から終局までの手を多数計算し、勝率が高い手を選びました。が、囲碁は終局までの手順が多く、計算が追いつかない。

 そこで、アルファ碁は、強い手を自ら学び取る手法、すなわち、膨大な情報から自ら学習し、判断能力を高めるAIの「ディープラーニング(深層学習)」と呼ばれる新技術などを採用しました。この手法は、プロ棋士の「直感力」や「大局観」に近づいたとされています。

 今回の五番勝負で、勝ち越したグーグル側は、賞金百万ドル(約1億1300万)を獲得し、これを国連児童基金(ユニセフ)などに寄付するという。
 

(参考資料)

〇 アルファ碁(囲碁ソフト)、人工知能(AI)により膨大な過去データで打ち方自習(ディ-プラーニング)、世界で初めてプロ棋士(欧州王者、二段)破る!、とは(2016.1.29):http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-255e.html

 

2016年2月 2日 (火)

囲碁、はじめての天元の局、江戸時代、のち天文学、貞享暦(太陰太陽暦)の大家、安井二世算哲が必勝を期して、本因坊四世道策と対局、9目敗け、とは(2016.2.2)

 囲碁は、盤上の真ん中を天元、四隅を、空間をと呼び、千変万化の宇宙の真理の探究と繋がりがあります。また、 囲碁は、盤上の石を打つ場所が19路×19路(391路)で、1年の日数に近く、暦学と関係が深いという。

 江戸時代、安井第二世算哲(後の渋川春海)は、天文その他の学問から割り出し、こう考えました。 黒石をもって天元に第一着を打てば必勝なり! (天文の理(ことわり)を囲碁に応用し、局面第一着の石は、盤面中央の一石にありとの断案を下し、名けて大極、又は天元の一目と称し、以(もっ)て天下敵なしとせり)。

 これが囲碁の天元という言葉のはじめとされ、現在はタイトル戦の名称にもなっています。天元とは、万物生育のもとです。 結果は、算哲の志ともちがって、時の名人本因坊四世道策9目負けを喫しました。敗れた算哲は、益々碁道の玄妙さは、はかりしれない、と嘆き、その後は碁を打たず、天文学、貞享暦(太陰太陽暦)をもって幕府に仕え、その方面で大いに名を挙げました。

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             天元の局(てんげんのきょく、先番 安井算哲 ― 九目勝 先相先の白番 本因坊道策

(解説) この碁、白はどこといって特に妙着を打っているわけではないようですが、常に天元の効果をけずることを念頭において全局のバランスを考慮しつつ、巧みに黒の気勢をはずして、いたる処に実利を確かめ、100手目のころには、すでに細碁、それも白に有利を思わせます。

 碁の敗因は、天元そのものにはなく、その後の打ち方、さらに「棋聖」とうたわれることになる道策との実力差にある、という見方が一般的です。 

 その後、天元の碁は出ませんでしたが、昭和になってから、呉清源九段が来日して間もないころ、三段当時でしたが、当時の木谷実四段に対し天元に打った碁があります。これは63手まで、白の打つ手をまねて打ったのですが、呉三段の3目敗けになりました。

 とはいえ、天元は盤中唯一の点で、碁の神秘はこの天元に隠されているのではないか?! もし盤上から天元を除いてしまうと、碁に勝負はなくなり、白に真似碁を打たれると、その碁は必ず持碁(じご)になってしまいます。

(参考文献) 青木新平:碁石の微笑、呉清源序、p,90-92、太閣碁、真似碁、p.91-95天元の局、六月社(1956).

(参考資料)

〇 碁の名手(安井算哲)にまつわる歴史実話、初手天元(碁打ち、二世安井算哲)、のち貞享暦(太陰太陽暦とも、天文歴学者、渋川春海)、安井算哲の殿堂入り、とは(2010.11.15):http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/141.html

〇 二十四節気(にじゅうしせっき)、1年間の季節を表す言葉(太陽の通り道を基準とする、太陽暦!)、農耕(種まきから収穫まで、農作業の目安!)に活用、とは(2012.6.23):http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-d179.html

 

 

 

2016年1月29日 (金)

アルファ碁(囲碁ソフト)、人工知能(AI)により膨大な過去データで打ち方自習(ディ-プラーニング)、世界で初めてプロ棋士(欧州王者、二段)破る!、とは(2016.1.29)

 囲碁ソフト、米グーグル傘下の人工知能(AI)開発ベンチャー、ディープマインド社(英国)は、2016年1月27日、開発した囲碁のソフト「アルファ碁」がプロ棋士を相手に勝利を収めたと、英科学誌ネイチャーに発表した。プロが公式戦で使うフルサイズの19路盤でハンディなしで勝ったのは世界初としている。 

 囲碁はその複雑さから、チュスや将棋よりも格段にソフト開発が難しいとされるが、AIの新技術で判断力を大幅に高めた。AIは1997年にチェスの世界王者、2013年に将棋のプロ棋士に勝利した。このとき、コンピューターの性能が上がり、ある時点から終局まで多数の手を計算して勝率の高いものを選ぶといった「力業」を使った。 

 しかし、囲碁は碁石を置く点が計361ヵ所と多く、局面の数は10の360乗あるとされ、力業だけでは難しいとされていた。 今回は、画像認識などで応用が広がる「ディープラーニング」という手法で、自ら学習する能力を高めた。

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                     従来の囲碁ソフトと「アルファ碁」の違い 北陸中日新聞 2016.1.28 

 今回の対戦相手は、2013~2015年の欧州チャンピオンで中国出身のファン・フイ氏(1950年ごろ生まれ)。アルファ碁は2015年10月に5戦し全勝した。今年、2016年3月に賞金百万ドルをかけて世界トップクラスの一人、韓国の李世ドル九段に挑戦する。

 グーグルの最新人工知能使い囲碁ソフト開発 プロに勝利 !(TNO News)  2016.1.28 

(解説) 囲碁ソフトは、計算によって先の展開をシミュレーションし、勝つ確率が高い一手を選ぶ手法が、2000年代に開発され、アマチュア有段者レベルほどの強さになった。しかし対局の展開パターンは、盤面の広さの違いからチェスが10の123乗通りほどなのに対し、囲碁は10の360乗通り以上もあるとみられ、計算が追いつかず、プロ棋士に勝つほどではなかった。 

 チームはやみくもに計算するのをやめ、膨大なデータを学習して判断能力を高めるAIの「ディープラーニング」と呼ばれる新技術などを組み合わせた。「アルファ碁」に、プロが打った盤上の石の配置を画像して入力し「勝につながる形」を覚えさせたり、自分自身と戦わせ、勝つための方法を学ばせたりした。ほかの数種類の囲碁ソフトとも対戦したが、495戦して負けは1回だけと圧倒した。 

 会見した囲碁AIソフト開発者らは「碁はルールはきわめて単純ながら、深遠な複雑さを備えたゲームだ。病気の画像診断など状況判断が必要な場面に応用できる」としている。 

(参考文献) 北陸中日新聞: グーグル開発ソフト、人工知能 囲碁プロ破る、2016年(平成28年)1月28日: 朝日新聞: 人工知能 囲碁プロに初勝利、ハンディなし 二段の欧州王者 過去データで打ち方学習、2016年(平成28年)1月28日

2015年5月 9日 (土)

新布石・風車(ブラックホール) 張 挑む異次元布石、未来の囲碁界へ問いかけ、とは(2015.5.9)

 囲碁の元名人、張栩九段(35)が、常識を度外視した、新布石・風車(かざぐるま、ブラックホール)を編み出し、盤上に新たな可能性を見出そうとしています。

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(解説)  張が試みているのは、図の黒1まで隅から離れて打ちます。囲碁は、陣地を囲いやすい隅のaやbから打つのがほとんどで、趣向と言ってもc、d、e、fの程度です。特に黒1、3、5、7の4ヵ所を占めた形風車かざぐるまブラックホール)と呼んでいます。斜めに傾いた正方形が盤上に浮かび上がる独特の布陣です。

 張さんは、相手の気がつかないうちにこちらがリードしている、つまり、相手を精神的に呑み込んでしまうという意味で、ブラックホールと名付けました、という。

 張の新布石を打つ棋士がもう一人います。研究仲間の蘇耀国九段(36)です。張さんはこの布石で陣地を取る意識が強い。一方、蘇さんはこの布陣を攻めに活用しようとしています。公式戦でのブラックホールは、現在までに、張1回、蘇4回の計5回試みられ、結果は全勝とのことです。

(参考文献) 朝日新聞: 張 挑む異次元の世界、ブラックホール「未来の囲碁界へ問いかけ」、2014年(平成26年)11月16日(水)、朝刊.

(参考資料) ○ 新布石・風車(かざぐるま、ブラックホール)誕生秘話YouTube); https://www.youtube.com/watch?v=DnSloc2bE3A

○ nhk囲碁、蘇耀国vs山城宏(YouTube) :  https://www.youtube.com/watch?v=EZ6_-PVXzos

○ 朝日新聞朝刊 囲碁将棋 (2015.5.15) 張九段は、成績不振が理由で 今月中旬にも、一家で台湾移住へ 環境変え、復調めざす、とのことです。当面、台湾から対局のたびに来日を繰り返し、妻は休場(対局不出場)します。

張は「精神的にも体力的にも不調。環境を変えることで、いいきっかけをつくりたい」と話しています。今年の公式戦は8勝9敗(13日現在)で、最近まで5連敗を喫していました。名人戦リ-グも2勝3敗と苦戦が続いています。今後の再起を期待したいものです。   

2014年6月13日 (金)

呉清源 (ごせいげん、日本棋院名誉客員棋士、中国)、昭和の棋聖、百寿(めでたく100歳を迎える)、2014年(平成26年)5月19日、11月30日老衰のため死去(100歳)、は(2014.6.10)

 呉清源(ごせいげん、日本棋院名誉客員棋士)九段は、中国福建省出身、昭和最強の囲碁棋士です。 2014年(平成26年)5月19日、めでたく100歳を迎えられ、囲碁界で初めて百寿を祝う棋士となりました。

 呉清源九段は、戦中戦後の「打ち込み十番碁」では、日本の一流棋士をことごとく破り、不敗でした。そして、昭和囲碁最強の棋士と言われ、「囲碁の理想は調和、共存共栄!」と説きました。

 囲碁ではどんなことが大切なんですか。この問いには、「調和です。囲碁はもともと易経から来ているんですね。陰と陽のバランス。だから、碁盤の中では、片方が強すぎてもいけないし、弱すぎてもいけない。携わる人間がお互い最善の手を尽くすと、立派な局になる。それは政治でも経済でも言えることだと思いますね。勝ち負けは、自然に決まるもの。その場で最善を尽くせば、自然に結果もよくなるはずです」

○ 最近、呉清源(著)、「呉清源の生涯一局 昭和の棋聖100年の軌跡」が、誠文堂新光社より出版されました。これは、呉清源師の生誕100年記念出版で、1928年(昭和3年)の来日から、今日にいたる、思い出に残る対局の64局を選び、自ら解説し、記録写真も掲載したものです。 

 この著書の中で、呉清源師は、「21世紀の碁は、六合(りくごう、天地と四方)の角度から、全局的な調和を重視する」ことを提唱しておられます。

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○ 呉清源師は、現在、神奈川県小田原市内の介護付き老人ホームで暮らし、定期的に医師の診察を受けています。結核を患うなど若い頃は病弱な体質でしたが、医師は「強い心臓を持っている」とのことです。今年、2014年2月、第38期棋聖戦七番勝負第5局の対局会場(静岡県熱海市)を訪れました。

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井山棋聖(左)、呉清源九段(中央)、山下九段(右)

○ 読売新聞呉清源九段、100歳を前に…頭の中の碁盤、現役の動き):http://www.yomiuri.co.jp/culture/news/20140513-OYT8T50151.html

(解説) 井山裕太棋聖(24)と挑戦者、山下敬吾九段(35)の一局で、立会人の林海峰(りんかいほう)名誉天元(72)が1日目の進行を一手ずつ並べました。呉氏はうなずきながら、盤面に見入り、林名誉天元が「いかがですか」と問うと、「新しい打ち方で面白い碁だ。力と力の勝負」と語りました。
 また、その時、呉氏は周囲を驚かせるひと言、「黒の厚みが好ましい」――と。手厚く打ち進める黒が局面をリードしているとの見立てで、結果は黒番、山下九段の3目半勝ちでした。

 このことから、頭の中の碁盤は現役時代そのままに躍動しているご様子、テレビでタイトル戦中継を見ていても、進行に妙味がないと思うと、スイッチを切ってしまうそうです。

(参考資料) ○ 呉清源(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%89%E6%B8%85%E6%BA%90

○ 呉清源(囲碁 昭和の碁聖 、81歳YouTube): http://www.youtube.com/watch?v=ZhE3qZvuEXA

○ 昭和の碁聖(呉清源)にまつわる歴史実話、十番碁(打ち込み手合い)では敵なし、囲碁とは調和(易経、陰陽のバランス)、とは(2010.9.28): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/129.html 

◎ 伊藤衆生: 「昭和の碁聖」呉清源さん、老衰のため死去(100歳) 世界の囲碁界に革新、朝日新聞(2014年12月1日08時34分): http://www.asahi.com/articles/ASGD12PZXGD1UCLV002.html

 「昭和の碁聖」とたたえられ、当代一の実力を誇るとともに、革新的な序盤構想で世界の囲碁界に多大な影響を与えた棋士の呉清源(ご・せいげん)さんが11月30日、老衰のため神奈川県小田原市で死去した。100歳だった。葬儀は近親者で営み、後日、お別れの会を開く予定。喪主は次男昌樹さん。

 中国福建省で生まれ、北京で育った。少年期から囲碁の才能を認められ、1928年、14歳で来日し、29年、日本棋院所属の三段の棋士としてデビューする。50年に最高段位である九段に昇った。

 33年、五段のとき、盟友といわれた棋士・木谷実とともに従来にはなかった序盤構想である「新布石」を打ち出し、囲碁界に革新をもたらした。スピード重視の「新布石」は近代囲碁における最大の功績の一つとされる。戦前から戦後にかけての「打ち込み十番碁」〔読売新聞社主催)では橋本宇太郎、坂田栄男ら8人の一流棋士たちと対決。最終的には全員をことごとく圧倒し、第一人者として君臨した。この勝負は、最大10局戦って四つ勝ち越せば、相手を格下扱いできという過激なものだった。

 84年、古希を機に現役を退いたが、その後も研究会を主宰して後進の指導にあたった。90歳を過ぎても囲碁雑誌に解説を寄せ続けるなど、囲碁への情熱は衰えることはなかった。

 日本棋院名誉客員棋士。門下に元名人の林海峰名誉天元らがいる。87年、勲三等旭日中綬章。(伊藤衆生)

 

2013年4月16日 (火)

碁盤(調教と儀式)、和牛(農耕)の碁盤乗り(調教)、皇族(五歳)の碁盤乗り(着袴の儀)、碁盤飛降り(深曾木の儀)、とは(2013.4.16)

 碁盤乗り(ごばんのり)とは、広辞苑によれば、「① 馬術の一。馬の四足をそろえて碁盤の上に立たせる技。② サーカスなどで、象・猛禽(もうきん)などを碁盤の上に四足をそろえて立たせる曲芸。」とあります。

 日本には、近代(大正時代)、農耕用和牛碁盤乗りさせる調教技術、また、古代(平安時代)、宮廷皇子着袴の儀碁盤乗り深曾木の儀碁盤飛降り伝統儀式がありました。

○ 牛の碁盤乗り(調教技術)

牛の碁盤乗り碁盤は約45cm四方、高さ30cmの木製台、碁盤の上に立つ黒毛和牛「ひなた」(雌、9歳)、体長約1.5m、体重約500キロ、google画像) 碁盤乗り(あぐりレター、中国四国農政局): http://www.maff.go.jp/chushi/mailm/magazine/backno/259-121205.html

(解説) 人が声をかけながら、牛の手綱を引き、前脚が碁盤と同じ木製台にゆっくり乗っかり、最後は4本の脚をそろえて立つように導きます。

 牛が四足をそろえて碁盤の上に乗る、「碁盤乗り」は、大正時代(1912~1925)に岡山県新見地方の人が農耕用調教するために考案した技術で、手綱の使い方や掛け声ひとつで伝わり方が変わるという。全国的に普及しましたが、転耕機の普及と共にすたれていました。

 2012年(平成24年)10月25~29日、第10回全国和牛能力共進会が長崎県で開催されました。10月26日、この伝統的な和牛碁盤乗りの高等調教技術は、16年前に復活させた岡山県立新見高校生岐阜県立賀茂農林高校生により披露されました。朝日新聞デジタル和牛碁盤乗り披露、岡山と岐阜の高校生、動画含む): http://www.asahi.com/national/update/1026/SEB201210260006.html

○ 皇室の皇子の碁盤乗り着袴の儀)と碁盤飛降り深曾木の儀

 平安時代、宮廷において、皇子が碁盤の上に乗る、「着袴(ちゃっこ)の儀」と碁盤の上から飛び降りる、「深曾木(ふかそぎ)の儀」がありました。皇族の皇子五歳に達したことを祝う儀式です。宮中で五歳を迎える皇族の健やかな成長を祈るもので、民間の七五三に当たる行事です。

事前の練習で深曽木の儀に臨む悠仁さま=赤坂東邸で2011年10月28日(宮内庁提供)

悠仁さまの着袴の儀、深曾木の儀(秋篠宮ご夫妻の長男、赤坂東邸、東京、2011年(平成23年)11月3日、google画像)  悠仁親王殿下、着袴の儀、深曾木の儀(りわりんの健康生活、ピグライフ): http://ameblo.jp/novausagi0116/entry-11067499373.html

(解説) 着袴(ちゃっこ、はかまをはくこと)の儀では、五歳に成長された皇子落滝津(おちたぎつ)と呼ばれる白袴を着用、東宮大夫(とうぐうだいぶ、御用掛とも)がそのを締めて着袴されます。

 つづいて、童形服姿(どうぎょうふくすがた、亀甲や菊の柄の衣装を重ね着)に差し替え、右手に扇、左手に小松二本と山橘の小枝を持ち、足つきの碁盤(高さ約27cm)の上に吉方の南に向かって乗り、御用掛が髪をくしでそろえ、毛の先の三か所を少し切り取ります。そして、青色の小石二個を足の指にはさみ、碁盤の上から飛降りるのが、深曾木(ふかそぎ、三歳の髪置ののち、五歳までの間に、髪を切りそろえること)の儀です。

 これらの儀式意味するところは、宮廷の皇子が「碁盤宇宙に見立てて大地降り立つ」という、王家の祝事を象徴する必須の祭りごとです。約八百年の歴史があり、現代の皇室にも連綿として受け継がれています。

(参考文献) 新村出: 広辞苑(第4版)、岩波書店(1991); 水口藤雄: 囲碁の文化誌(第2刷)、起源伝説からヒカルの碁まで、p.78~81、21 宮廷における囲碁の儀式、日本棋院(2002); 北陸中日新聞:着袴、深曾木の儀、悠仁さま成長祈る、2011年(平成23年)11月4日朝刊; 朝日新聞: 碁盤サイズにギュウっと、2012年(平成24年)9月15日朝刊.

2012年8月23日 (木)

本妙寺(本郷丸山、のち豊島巣鴨へ)、江戸最大の火災(明暦の大火)の火元、江戸の町の大改造(延焼を防ぐ広小路!)、本因坊家(囲碁家元)の菩提寺、とは(2012.8.23)

  江戸時代、焼失面積の大きな火災は、江戸では30回以上、なかでも、第4代将軍、徳川家綱(1641~1680)のとき、1657年(明暦3年)、本郷丸山本妙寺(ほんみょうじ、法華宗)から出火した明暦の大火江戸時代最大の火災で、江戸の町を大改造するきっかけとなりました。 また、本郷丸山本妙寺は、囲碁の名門、本因坊家の菩提寺でもあり、1908年(明治41年)、豊島巣鴨に移り再建されたということで、改めてその遺跡を調べて見ました。

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○ 明暦の大火

本妙寺跡・明暦の大火(本郷丸山、本郷5-16,17、郷土愛をはぐくむ文化財、文京区教育委員会、1979年(昭和54年)3月、立札設置、1999(平成11年)年4月25日、撮影)

(解説) 1657年(明暦3年)1月18日に江戸の本郷丸山本妙寺(ほんみょうじ、法華宗)の失火から発し、翌日まで続いた大火です。振袖火事・丸山火事。丁酉火事とも。1月18日は、冬の季節風で、空気が乾燥し、北西風が強いときで、北は柳原から、南は京橋、東は佃島・深川・牛島新田まで延焼しました。このとき吉原も全焼しました。1月19日には、小石川鷹匠町から出火し、大名屋敷などを焼き、ついで江戸城本丸・二丸・三丸もも炎上しました。

 さらに麹町からも出火し、桜田一帯を焼き、火はそれから二手に分かれ、一手は通町に、一手は愛宕下を経て芝浦に至りました。これによって江戸の町の60%が灰となり、大名屋敷160、旗本屋敷770余、寺社350余、橋60,町屋は両町で400町が焼失し、5~10万人が死亡したという。 明暦の大火(google画像検索): https://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=hts&oq=&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLG_jaJP443JP443&q=%E6%98%8E%E6%9A%A6%E3%81%AE%E5%A4%A7%E7%81%AB

 本郷丸山町本妙寺施餓鬼(せがき、飢餓に苦しんで災いをなす鬼衆や無縁の亡者の霊に飲食を施す法会。今日では盂蘭盆会と混同。))に焼いた振り袖が空中に舞い上がって大火の因をなしたといわれ、俗に振袖火事と称されました。火災後、本所に回向院(えこういん、浄土宗、無縁寺とも)を建てて死者の霊を祀りました。なお、この火災については放火説もあるが、真偽は不明です。 回向院(えこういん、ホームページ): http://www.ekoin.or.jp/

 幕府は明暦の大火の復興に際し、一部の武家屋敷や寺社を郊外に移し、延焼防止のために火除地(ひよけち)や広小路(ひろこうじ)を設け道幅を広げるなど、江戸の町を大きく改造し、家屋の規模を定めるなどの措置をとりました。その後、広小路と名のつく街路は、延焼を防ぐ目的で全国各地に広まりました。明暦の大火による江戸の大改造(江戸建設開府400年、菊岡倶也): http://token.or.jp/magazine/g200309/g200309_1.htm

○ 本因坊家の菩提寺

 本因坊家の菩提寺の墓地、京都の寂光寺(じゃっこうじ、法華宗、左京、東山仁王門)には、初代算砂(さんさ)から第3世道悦(どうえつ)まであります。 

 また、東京の本妙寺(ほんみょうじ、法華宗、明暦の大火で本郷丸山は焼失、6年後本堂復興、のち豊島、巣鴨へ移転)には、第4世道策(どうさく)から第15世秀悦(しゅうえつ)までは本郷丸山本妙寺の墓地、第16世秀元(しゅうげん)から第21世秀哉(しゅうさい)まで巣鴨本妙寺の墓地において歴代本因坊が永遠の眠りについています。なお1910年(明治43年)本郷丸山本妙寺は豊島、巣鴨に移転しています。 その頃、本郷丸山本妙寺の本因坊家の墓地も2,3年かけて巣鴨本妙寺に移されたと言われています。本妙寺(ホームページ、法華宗、巣鴨、豊島区、東京): http://www6.ocn.ne.jp/~honmyoji/index.html.

 日本棋院は、1924年(大正13年)4月に創立され、秀哉名人は、300年伝承の本因坊の名称を日本棋院に提供することによって引退しました。その後、新たな実力棋戦、本因坊戦(毎日新聞社支援)が出来上がり、そのタイトル獲得者に本因坊名が与えられ、現在に至っています。本因坊家(google画像、丈和含む): http://www.hudong.com/wiki/%E6%9C%AC%E5%9B%A0%E5%9D%8A%E5%AE%B6. 日本棋院(ホ-ムページ、市ヶ谷、千代田区、東京): http://www.nihonkiin.or.jp/

 私は、本因坊ゆかりの寂光寺(京都)と本妙寺(東京)、日本棋院(高輪、のち市ヶ谷)など何度か訪れたことがあります。特に、本妙寺と本因坊の歴史伝承については、1999年(平成11年)の頃、日本棋院棋道編集部の方から囲碁史研究をされている堀越輝登氏(川崎市、神奈川)を紹介され、いろいろご教示いただきました。

(参考文献) 井口昭夫; 本因坊名勝負物語、三一書房(1955); 安藤如意(改補社者渡辺英夫): 坐隠談叢(新編増補、囲碁全史、新樹社(1955); 堀越輝登: 渡辺英夫先生を偲んで、棋道、日本棋院(1998)、特別寄稿、秀哉忌と本因坊の法名、棋道、日本棋院(1999); 永原慶二監修: 日本史辞典(初版)、岩波書店(1999); 竹内誠監修・市川寛明編: 地図・グラフ・図解でみる 一目でわかる江戸時代、小学館(2004).

(参考資料) 囲碁と歴史(烏鷺光一、菩提寺、墓地含む): http://uro.blog.ocn.ne.jp/blog/cat11529563/

(追加説明) ○ 江戸時代の消火活動は、風下の家屋を壊して燃え広がらないようにする破壊消防が中心でした。竜吐水(りゅうとすい)と呼ばれた放水ポンプは、火災を消すというよりは、消火活動にあたる火消しに水をかけてその身を守るものでした。

 火消し整備されても1657年(明暦3年)1月18~20日、明暦の大火後に、1772年(安永元年)2月29日、行人坂(ぎょうにんざか)の大火、また1806年(文化3年)3月4日、丙寅(へいいん)の大火が発生しており、焼失面積や死者の数が少なくなっているものの、大火をなくすことは不可能でした。

○ 1612年(慶長17年)、徳川家康(1542~1616)は本因坊算砂(1558~1623、加納算砂、日海とも)に50石5人扶持の俸禄を与えました。のち、徳川幕府は棋士の入段・昇段、御城碁の運営などのための役職を設置し碁所(ごどころ)と呼び、歴代の名人が就任、江戸時代を通じて、本因坊、安井、井上、林4家元の争奪の的になりました。碁所(ごどころ、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A2%81%E6%89%80

 

2012年4月20日 (金)

囲碁(国際大会)、世界の囲碁人口(約70ヵ国、3800万人)、プロ棋士の世界棋戦(10タイトル)、プロ棋士の世界ランキング(韓国、中国が上位独占)、とは(2012.4.20)

   日本は、20年ほど前までは、囲碁の世界最強国であったが、その後、中国韓国に追い上げられ、最近では、プロ・アマともに全く歯が立たなくなっているなど、よく耳にするようになってきました。その原因は、中韓との違い、特に若手の層の厚さといわれていますが、実情はどうなっているのか、改めて調べてみました。

○ 世界の囲碁人口分布(約70ヵ国、3800万人)

 世界中で囲碁を打って楽しむ人々は、約3800万人いるといわれています。囲碁人口の多い国(10ヵ国)は、①中国(2000万人)、②韓国(900万人)、③日本(500万人)、④台湾(60万人)、⑤アメリカ(20万人)、⑥ロシア(10万人)、⑦ドイツ(5万人)、⑧イギリス(4万人)、⑨オランダ(3万人)、⑨ブラジル(3万人)、⑨フランス(3万に)、となっています。

 また、囲碁の各国間の交流も次第に盛んになり、1955年(昭和30年)、5ヶ国のアマチュア棋士が参加しての国際囲碁トーナメント大会、1963年(昭和38年)~1964年(昭和39年)、9ヶ国によるインターナショナルアマチュア•碁•トーナメントの開催がありました。1979年(昭和54年)、世界アマチュア囲碁選手権戦となり、15ヶ国の参加で開始、2007年(平成19年)、68ヶ国•地域が参加するまでになっています。 棋戦(囲碁、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%8B%E6%88%A6_(%E5%9B%B2%E7%A2%81).

○ プロ棋士の世界棋戦(10タイトル)

 囲碁は、現在では約70ヵ国・地域にまで広がりを見せています。 プロ棋士が出場する最も伝統のある世界戦は、1988年(昭和63年)創設の世界囲碁選手権・富士通杯です。その後、テレビアジア(1989年)、応氏杯(1989年)、東洋証券杯(1992年)、三星火災杯(1996年)、LG杯(1997年)、春蘭杯(1999年)、トヨタ&デンソー杯(2003年)、中環杯(2005年)、BCカード杯(2009年)などが創設されました。

 また、世界戦(世界棋戦)各国優勝回数は、1988年(昭和63年)~1994年(平成6年)まで、日本11,韓国7,中国0など、日本は世界一の囲碁強国でした。 が、1995年(平成7年)~2005年(平成17年)まで、韓国40,日本9,中国7など、韓国1強時代となり、2006年(平成18年)~2011年(平成23年)では、中国18,韓国15,台湾1,日本0など、現在中韓並立時代となっています。

 主要国際プロ棋戦の囲碁世界タイトルの獲得者一覧表

年 度富士通杯三星火災杯LG杯春蘭杯トヨタ杯中環杯[2]応氏杯東洋証券杯TVアジア備考
1988年 武宮正樹 日本の旗
1989年 武宮正樹 日本の旗 曺薫鉉 韓国の旗 武宮正樹 日本の旗
1990年 林海峰 日本の旗 梁宰豪 韓国の旗 武宮正樹 日本の旗 東洋証券杯は日本2、台湾2名が招待
1991年 趙治勲 日本の旗 徐奉洙 韓国の旗 武宮正樹 日本の旗 東洋証券杯は日本3、中国3、台湾2名が招待
1992年 大竹英雄 日本の旗 李昌鎬 韓国の旗 武宮正樹 日本の旗 東洋証券杯が本格的な国際戦に移行
1993年 劉昌赫 韓国の旗 徐奉洙 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗 依田紀基 日本の旗
1994年 曺薫鉉 韓国の旗 曺薫鉉 韓国の旗 大竹英雄 日本の旗
1995年 馬暁春 中華人民共和国の旗 馬暁春 中華人民共和国の旗 李昌鎬 韓国の旗
1996年 李昌鎬 韓国の旗 依田紀基 日本の旗 劉昌赫 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗
1997年 小林光一 日本の旗 李昌鎬 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗 曺薫鉉 韓国の旗 兪斌 中華人民共和国の旗
1998年 李昌鎬 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗 王立誠 日本の旗 李昌鎬 韓国の旗 依田紀基 日本の旗
1999年 劉昌赫 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗 曺薫鉉 韓国の旗 依田紀基 日本の旗 東洋証券杯が終了
2000年 曺薫鉉 韓国の旗 劉昌赫 韓国の旗 兪斌 中華人民共和国の旗 王立誠 日本の旗 曺薫鉉 韓国の旗
2001年 曺薫鉉 韓国の旗 曺薫鉉 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗 劉昌赫 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗 曺薫鉉 韓国の旗
2002年 李世乭 韓国の旗 曺薫鉉 韓国の旗 劉昌赫 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗
2003年 李世乭 韓国の旗 趙治勲 日本の旗 李世乭 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗 周鶴洋 中華人民共和国の旗
2004年 朴永訓 韓国の旗 李世乭 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗 朴永訓 韓国の旗 兪斌 中華人民共和国の旗 中環杯準決勝~決勝は2005年1月
2005年 李世乭 韓国の旗 羅洗河(中) 張栩 日本の旗 李昌鎬 韓国の旗 李世乭 韓国の旗 崔哲瀚 韓国の旗 常昊 中華人民共和国の旗 張栩 日本の旗
2006年 朴正祥 韓国の旗 常昊 中華人民共和国の旗 古力 中華人民共和国の旗 王檄 中華人民共和国の旗
2007年 朴永訓 韓国の旗 李世乭 韓国の旗 周俊勲 台湾の旗 古力 中華人民共和国の旗 李世乭 韓国の旗 李昌鎬 韓国の旗 李世乭 韓国の旗
2008年 古力 中華人民共和国の旗 李世乭 韓国の旗 李世乭 韓国の旗 BCC杯 李世乭 韓国の旗
2009年 姜東潤 韓国の旗 孔傑 中華人民共和国の旗 古力 中華人民共和国の旗 常昊 中華人民共和国の旗 古力 中華人民共和国の旗 崔哲瀚 韓国の旗 古力 中華人民共和国の旗 孔傑 中華人民共和国の旗 トヨタ杯が終了
2010年 孔傑 中華人民共和国の旗 古力 中華人民共和国の旗 孔傑 中華人民共和国の旗 李世乭 韓国の旗 孔傑 中華人民共和国の旗
2011年 朴廷桓 韓国の旗 朴文尭 中華人民共和国の旗 李世乭 韓国の旗 李世乭 韓国の旗 孔傑 中華人民共和国の旗
2012年 江維傑 中華人民共和国の旗
年 度富士通杯三星火災杯LG杯春蘭杯トヨタ杯中環杯応氏杯BCC杯TVアジア備考
  1. 囲碁の国際棋戦に厳密な「主要」「公式」の定義は無いため、ここでは日本棋院ホームページのプロ棋戦情報に掲載されている棋戦を「主要」として扱う。
  2. 中国棋士は政治的理由のため不参加。

囲碁世界タイトル獲得者一覧(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%B2%E7%A2%81%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%AB%E3%81%AE%E7%8D%B2%E5%BE%97%E8%80%85%E4%B8%80%E8%A6%A7.

 ○ プロ棋士の世界ランキング(韓国、中国が上位独占)

 2012年(平成24年)4月でのプロ棋士の世界ランキングが発表されています。囲碁棋士世界総合レーティング: http://sports.geocities.jp/mamumamu0413/total.html.によれば、世界の上位10名は、①(韓国、19才)、②(韓国、29才)、③(中国、27才)、④(中国、22才)、⑤(中国、15才)、⑥(中国、29才)、⑦(中国、20才)、⑧(中国、24才)、⑨(中国、29才)、⑩(韓国、23才)となっています。

 日本の棋士は、30位井山(日本、22才)、56位(日本、32才)、57位山下(日本、33才)、67位河野(日本、31才)、73位高尾(日本、35才)、81位羽根(日本、35才)、106位結城(日本、40才)、114位依田(日本、46才)、123位(日本、55才)、127位村川(日本、21才)、131位坂井(日本、39才)など、となっています。ということで、残念なことですが、現在では、中国と韓国の若手の台頭がめざましく、日本は大きく立ち後れていることが分かりました。

 なぜ日本は勝てないのか。井山は答えた。「日本は中国、韓国に比べ、僕より若い世代に強い棋士が少ない。僕も含め、もう少し頑張らなければいけない」。いまは日本が中国、韓国に学ぶ時代になっているという。

(参考文献) 朝日新聞: 囲碁界 中韓2強時代、若手育成遅れ、落日の日本、国家チームで養成(中国)、逸材出現でブーム(韓国)、2011年(平成23年)9月6日(火)朝刊より.

(追加説明) 近年は、世界中の人々と、インターネットと電子メールを使って囲碁を楽しむことができます。電子のメール碁は、インターネト囲碁(日本棋院): http://u-gen.nihonkiin.or.jp/; 日本メール碁会(JMGS): http://e-mail-go.sunnyday.jp/など、時代の流れを感じます。

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