カテゴリー「● 天災(地震、津波、台風、洪水、一発雷、豪雪、春一番、フェーン現象、火山、大火、黄砂、PM2.5)」の20件の記事

2015年2月25日 (水)

黄砂(2月23日)、早くも、中国大陸の砂漠、黄土地帯から飛来した黄砂(こうさ)を観測、春一番(2月22日)も一足早く、とは(2015.2.25)

https://www.facebook.com/honjo1003

 石川県内では、先日、2015年2月23日夕方から24日にかけ、今年初めて、中国大陸の砂漠、黄土地帯から、偏西風に乗って運ばれてきた、黄砂(こうさ)が観測されました。 金沢市では、高層ビルや遠くの山が霞かす)んで見えました。これは、昨年(5月30日)より約3ヵ月早い現象でした。

 金沢気象台によると、3月に入る前に黄砂が観測されたのは、1999年(平成11年)以来16年ぶり、また、1967年(昭和42年)に気象観測を始めてから4番目の早さとのことです。

○ 金沢気象台(西念、金沢市、石川県): http://www.jma-net.go.jp/kanazawa/menu/sitemap.htm

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黄砂観測実況図(日本とその周辺の気象観測所、北緯20度~50度,東経110度~150度、気象庁、環境省) 黄砂情報(気象庁、環境省): http://www.jma.go.jp/jp/kosa/

(解説) 黄砂を含む小さな砂やちりが大気中に浮遊している状態を、観測者が、目視で観測したとき、その地点は、視程(水平方向の見通し)により区分して表示しています。(北陸中日新聞: 黄砂にかすむ 昨年より3ヵ月早く、2015年(平成25年)2月25日(水朝刊より)

(Link) 黄砂

 ○ 黄砂(こうさ)、中国大陸(砂漠、黄土地域)から飛来した大気エアロゾル(微粒子)で霞む金沢市内の景色(2014.5.30): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-3d08.html

  黄砂情報提供ホームページ(気象庁、環境省): http://www.data.jma.go.jp/gmd/env/kosateikyou/kosa.html

 2017年(平成29年)、大型連休明けの8日、7日に続いて、金沢市内で黄砂が観測されました。街は白くかすみ、車のボンネットには砂がうっすらと付着しました。 金沢気象台によると、黄砂は7日午前5時20分に今年はじめて観測されました。黄砂は中国大陸で巻き上げられた砂が、偏西風などによって日本に運ばれてきたものです。(2017年5月9日(火)北陸中日新聞より)

(Link) 春一番

  春一番(3月12日)、立春(2月4日)から春分(3月21日)までの間に初めて吹く暖かい南よりの強い風、三寒四温、中国では冬季、日本では春先の頃の寒暖の周期的変化、春一番(キャンディーズのヒット曲)、とは(2014.4.1): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-3e20-1.html

 金沢気象台は22日、北陸地方の春一番が、昨年(2014年3月22日)より18日早く、2015年2月22日に吹いたと発表しました。日本海上空の低気圧が発達しながら東北東へ進み、強い南風が吹きました。また、金沢では、最高気温が18.2℃、最大瞬間風速は13.8mでした。

2014年10月11日 (土)

白山、現在は休火山、江戸時代、1659年(万治2年)まで噴火、頂上近くには、今も翠ヶ池(みどりがいけ)など7つの火口湖、溶岩の塊、とは(2014.10.11)

  白山連峰は、石川、岐阜、福井、富山の南北に連なる大きな山脈です。主峰は、御前峰(ごぜんがみね、2702m)、その北の剣ヶ峰(けんがみね、2677m)、さらにもう一つ北に聳(そび)える大汝峰(おおなんじがみね、2680m)などから構成されています。

 現在、主峰の白山は休火山ですが、江戸時代、1659年(万治2年)まで噴火を続けていました。現在、頂上近くには、翠ヶ池(みどりがいけ)など7つの火口湖溶岩が見られます。

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白山の火口湖群(かこうこぐん、翠ヶ池、紺屋池、千蛇ヶ池ほか、白山手取川ジオパーク、白山市、石川県、Google画像)

○ 白山火口湖群: http://hakusan-geo.main.jp/areaintro/site01_01-02.html ; 白山火山ジオサイト: http://hakusan-geo.main.jp/library/index.html (白山手取川ジオパーク、ライブラリー、白山市、石川県

(解説) 翠ヶ池(みどりがいけ)は、平安時代、1042年(長久3年)の噴火活動で誕生した新しい火口とのことですまた、この火口湖に加えて、新白山火山期の溶岩や火砕流堆積物を見ることができます。

(参考文献) ○ 白山と火口湖翠ヶ池、紺屋池、千蛇ヶ池、油ヶ池、血ノ池、百姓池、五色池など、ウィキペディア):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E5%B1%B1 

 白山のマグマだまり(地震から探る白山火山の地下、平松良浩、金沢大学): http://hakusan.s.kanazawa-u.ac.jp/~yoshizo/official/japanese/shiryou_pdf/hakusan/hakusan.html: http://hakusan.s.kanazawa-u.ac.jp/~yoshizo/official/japanese/shiryou_pdf/hakusan_magma.htm

(参考資料) ○ 白山、噴火(気象庁): http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/313_Hakusan/313_index.html

 10 万年より新しい新白山火山が乗り、最高峰御前峰(ごぜんがみね)は新白山成層火山体頂部の東向き崩壊壁の最高所です。剣ヶ峰は崩壊跡に生じた新しい山体です。最新期の活動は山頂部に多くの小火口を生じ、室町時代、1554 年(天文23年)、翠(みどり)ヶ池から小規模な火砕流を生じました。

○ 白山、冬の白山連峰を遠望、現在は休火山、江戸時代、1659年(万治2年)まで噴火、とは(2014.1.8): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-edcd.html

○ 白山火山帯(大山火山帯とも)、白山山麓の温泉と噴泉塔(中宮温泉、岩間温泉、岩間噴泉塔、白山温泉など)、とは(2014.1.14): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-5160.html

〇 白山初冠雪 (北国新聞ニュース、2015.10.14):

  金沢地方気象台は14日、白山で初冠雪を観測したと発表した。白山市の白山白川郷ホワイトロードでは観光客が雪化粧した白山と紅葉の共演を楽しんだ。

 初冠雪は平年より3日、昨年よりも4日、それぞれ早い。金沢市の気象台から職員が午前8時ごろ、山頂付近がうっすらと白くなっているのを確認した。



2014年10月 9日 (木)

手取川大洪水の遺跡、白峰百万貫の岩(白山麓、石川県の天然記念物)、手取川の氾濫を防いだ霞堤(かすみてい、辰口橋付近,、選奨土木遺産)、とは(2014.10.9)

○ 白峰百万貫の岩: 白山麓の手取川大洪水の置き土産(おきみやげ)!  

 1934年昭和9年7月10日から11日にかけて加賀地方を襲った集中豪雨手取川氾濫(はんらん)しました。加賀地方一帯に被害が及び、死者行方不明109名、家屋被害750戸等、未曾有(みぞう)の大水害となりました。

 手取川支流宮谷川からは土石流とともに大岩が3km離れた白峰の手取川まで流出しました。 大岩は「白峰百万貫の岩」と名付けられ、1995年(平成7年)の計測で高さ16m、重さ4839トン(129万貫)と判明しました。 2001年(平成13年)、大洪水の象徴として、石川県の天然記念物に指定されました。

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白峰百万貫の岩(県指定天然記念物 、白峰地内、白山市、石川県、Google画像) https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/siseki/ken3-17.html

○ 辰口橋付近の手取川霞堤(かすみてい): 手取川大洪水の氾濫を防ぐ先人達の手法!

 石川県下最大の河川である手取川は、白山(2702m)下、その豊かな水量から水力発電、農業用水、工業用水に利用されるなど、地域の暮らしに深く結びついています。が、急流河川のため、大洪水により人命や資産が失われた歴史があります。

 そこで、先人達は、大洪水から生命や財産を守るため霞堤(かすみてい、平面的に不連続な堤防)を築きました。 これは万一氾濫した場合、次の堤防でその流れを食い止め、氾濫流を本川に戻す役割を果たすものです。  

 この手取川霞堤は、扇状地上に築かれた前近代の治水技術を伝える貴重な土木遺産で、現在もその機能を有するとともに、見事な不連続堤を遺しています。というわけで、2012年(平成24年)度、選奨土木遺産(土木学会)選定されました。http://committees.jsce.or.jp/heritage/node/724

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手取川霞提(てどりがわかすみてい、辰口橋付近、70km、能美郡川北町~能美市、石川県、、Google画像

(参考資料) 

○ 手取川の霞堤(かすみてい、2012年(平成24年)度、選奨土木遺産認定、土木学会):http://www.hrr.mlit.go.jp/kanazawa/mb2_jigyo/river/dobokuisan/dobokuisan.html; http://www.hrr.mlit.go.jp/press/2012/10/121004kanazawa.pdf

○ 百万貫の岩(ふるさと紹介コーナー、鶴来信用金庫、白山市、石川県): http://www.shinkin.co.jp/tsurugi/huru100/hu10030/hu10030.html

○ 百万貫の岩まつり(白山砂防、国土交通省 北陸地方整備局 金沢河川国道事務所 流域対策課、西念、金沢市、石川県): http://www.hrr.mlit.go.jp/kanazawa/hakusansabo/07osusume/event02.html

○ 梅雨明け(2011年7月9日、晩夏)、犀川の河川敷(桜田、金沢)のオギ(イネ科)の草刈り、手取川の川北大橋(川北、石川)道路法面の草刈り、手取川大洪水で運ばれた百万貫の岩、とは: http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/192.html

(追加説明)

〇 川北町と周辺の地名には、与九郎島、船場島、田子島、下田子島、中島、お隣の白山市にも、源平島、出合島、森島、漆島、島田、上島田、など、島の付いた地名が多い

 これは、この地域が水と闘ってきた歴史の表れという。川北町史編纂に携わる元教諭の高鍬敏之さん(87)によると、手取川が氾濫を繰り返した結果、島が時代ごとに場所を変えながら出来ては消えてきた結果だという。

 すなわち、川の流れが変わるたび、その時々で高かった場所に集落ができたが、そこは周りが水に囲まれた島のような場所であった。土砂が押し寄せ盛り上がった場所に人が避難して暮らす。その集落もやがて水没し。また次の島ができる。それが近世まで繰り返し、地名として残った。

 その原因として、川北町のあたりは地質がもろく、さらには大量の水が押し寄せる、水害に襲われやすい地形となっている。手取川扇状地の地盤は砂と泥でできており、地質がもろい。そこに流れ込む手取り川の源流は一般と比べ急勾配で水勢が激しく、水も旧鶴来町に向けて北、東、南の三方から集まる。これが暴れ川になる要因で、緩い地盤に大雨のほか雪解けや梅雨、台風のたび激流が押し寄せることになった。

 能美市手取川展示室によると、手取川は縄文中期には現在より北側の白山市内を流れていた。水害を繰り返しながらだんだん南下し、江戸初期に現在の流れに整備されたという。

 高鍬さんは、与九郎島は、与九郎という人が高台を開いた集落、舟場島は、船着き場があり、森島は、森があり安定して水害から逃れることができた、を意味し、島の前に付く言葉からも、各地の特徴が見て取れる地名の付け方だという。(2017年(平成29年)1月17日(火)、北陸中日新聞、朝刊より)

2014年5月30日 (金)

黄砂(こうさ)、中国大陸(砂漠、黄土地域)から飛来した大気エアロゾル(微粒子)で霞む金沢市内の景色(2014.5.30)

 今日(5月30日)は、好天気ですが、朝方から外の景色が白く霞(かす)んで見えました。これは、金沢地方気象台によると、中国大陸から飛来した黄砂(こうさ)によるものです。そこで、黄砂で霞(かす)む金沢市内の景色をデジカメで撮影しました。

 この黄砂の本体は、大気エアロゾル微粒子、固体粒子や小粒の液滴が大気中に分散している状態)というものです。発生源は、中国大陸乾燥地帯(ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠など)、黄土地域(黄土高原)で、上空の偏西風に乗って運ばれて来ます。

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中国大陸(砂漠、黄土地域)から飛来した大気エアロゾル(微粒子)で霞む金沢市内の景色(桜田、金沢、2014年5月30日撮影)

(解説) 一昨日、5月28日、石川県内は高気圧に覆われて晴れ、金沢地方気象台は、金沢で今年初めて黄砂を 観測したと発表しました。昨年は3月9日でした。

黄砂(北國新聞ニュース): http://www.hokkoku.co.jp/subpage/TR20140529701.htm

(参考資料)  PM2.5、大気中に漂う直径が2.5μm(マイクロメートル、1ミリの千分の一)以下の微小粒子状物質、PM2.5でかすむ犀川近くの金沢市内の風景、とは(2014.3.8): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/pm25mpm-d487.html

2014年4月 1日 (火)

春一番(3月12日)、立春(2月4日)から春分(3月21日)までの間に初めて吹く暖かい南よりの強い風、三寒四温、中国では冬季、日本では春先の頃の寒暖の周期的変化、春一番(キャンディーズのヒット曲)、とは(2014.4.1)

 立春以後、初めて吹く強い南よりの風は「春一番」と呼ばれています。この頃からいよいよ春の近づいた暖かさを感じられるようになります。が、その後は、本格的な春の到来まで、低気圧と高気圧が交互にやってきて、寒暖を繰り返す「三寒四温」の日々が続きます。そこで、改めて、冬から春への季節変化について調べて見ました。

 春一番

 春一番(はるいちばん、はるいちとも)は、気象庁によれば、立春(2月4日)から春分(3月21日)までの間に、日本の広い範囲(関東甲信・北陸から九州地方)で初めて吹く、暖かくて、やや強い南よりの風、と説明されています。この言葉は、古くから壱岐(いき、長崎)の漁師が使っていたという。 

 
 2月も中旬を過ぎると、低気圧が日本海側を通って発達し、北東に進み、これに向かって太平洋側から強い南風が吹き込み、その後には強い北風が吹いて、突風を伴うことも多いようです。 

 この時、気温が上がるので、雪崩や融雪による洪水などの気象災害、また、低気圧や寒冷前線の接近と通過に伴う、大雨、雷、突風、竜巻などによる海難事故警戒する必要があります。

 金沢地方気象台は、3月12日(水)、全国で最も早く北陸地方で「春一番」を観測したと発表しました。昨年より33日遅かったようです。南よりの暖かい風の影響で、石川県内各地で最高気温が前日より5℃以上も上回り、4月上旬並みの陽気となりました。

 また、関東および四国地方では、18日(火)、昨年より17日遅れて、「春一番」が吹き荒れたとの発表がありました。

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春一番が発生した時の天気図(2009年(平成21年)2月13日15時、Google画像)

(解説) 2009年(平成21年)は、2月13日、低気圧が発達しながら日本海を北東に進み、各地で春一番が観測されました。この日、東京では最大風速(秒速)が南南西9.6メートル(最大瞬間風速20メートル)、最高気温は翌14日にかけて23.9℃まで上昇し、5月下旬の陽気となりました。

 2013年(平成25年)は、2月7日、日本海を低気圧が北東に進み、北日本の日本海側で雪となり、低気圧に吹き込む南寄りの風により北陸地方で春一番が観測されました。この日は、新潟県佐渡市両津で最大瞬間風速は30.5メートルでした。

風に関する用語春一番含む、気象庁、国土交通省、東京): http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/kaze.html; 春一番気象庁、国土交通省、東京): http://www.google.com/cse?cx=016796445706378902463%3Aisv-jgw0mhw&ie=Shift_JIS&q=&imageField.x=34&imageField.y=11&siteurl=www.jma.go.jp%2Fjma%2Findex.html#gsc.tab=0&gsc.q=%E6%98%A5%E4%B8%80%E7%95%AA

○ 三寒四温

 三寒四温(さんかんしおん)は、3日ほど寒い日が続くと、その後に4日ほど暖かい日が続き、これを交互にくりかえす現象のことです。中国北部東北、朝鮮方面冬季に見られます。これは、シベリア高気圧1週間位の周期強くなったり、弱くなったりするためと解釈されています。

 が、日本付近天候は、シベリア高気圧だけでなく、太平洋の高気圧影響も受けるので、三寒四温が日本でははっきりと現れることはなく、一冬に一度あるかないかという程度です。

 そのため近年では本来の意味から外れて、春先低気圧と高気圧が交互にやってきたときの気温の周期的な変化、という意味合いで使用されることが多くなっています。 

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991); 樋口清之監修: 生活歳時記(第2版)、p.100 春一番、三宝出版(1994).

(参考資料) ○ 春一番(はるいちばん、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E4%B8%80%E7%95%AA 

気象庁は、気象用語になっている「春一番」の語源について、諸説があるが、石川県能登地方や三重県志摩地方以西で、昔から使われていた、と説明しています。

 その中で、長崎県郷ノ浦町では1859年(安政6年)旧暦2月13日(新暦3月17日)に長崎県五島沖に出漁した漁師53人が、春の強い突風にあい全員遭難しました。このときから郷ノ浦の元居地区では、春の初めの強い南風を「春一」または「春一番」と呼ぶようになったそうで、今では町内の岬に「春一番の塔」が建てられています。

 また、宮本常一(1907~1981、民俗学者)は、1775年(安永4年)に刊行された越谷吾山(1717~1788、俳人・国学者)の「物類称呼」の中に「ハルイチ」が掲載されていると指摘しています。

○ 春一番(キャンディーズのヒット曲):  この楽曲は、1976年(昭和51年)3月1日、作詞・作曲 穂口雄右(1948~ )、 唄 キャンディーズとして、CBSソニーから発売された作品です。 YouTube: http://www.youtube.com/watch?v=KJYPpSLIdoA

春一番

.雪がとけて川になって 流れて行きます
つくしの子が恥ずかしげに 顔を出します
もうすぐ春ですねえ
ちょっと気どってみませんか
風が吹いて暖かさを 運んできました
どこかの子が隣の子を 迎えにきました
もうすぐ春ですねえ
彼をさそってみませんか
泣いてばかりいたって 幸せはこないから
重いコートぬいで でかけませんか
もうすぐ春ですねえ 恋をしてみませんか

.日た゜まりには雀たちが 楽しそうです
雪をはねて猫柳が 顔を出します
もうすぐ春ですねえ
ちょっと気どってみませんか
おしゃれをして男の子が 出かけて行きます
水をけってカエルの子が 泳いで行きます
もうすぐ春ですねえ
彼をさそってみませんか
別れ話したのは 去年のことでしたね
ひとつ大人になって 忘れませんか
もうすぐ春ですねえ 恋をしてみませんか

.雪がとけて川になって 流れて行きます
つくしの子が恥ずかしげに 顔を出します
もうすぐ春ですねえ
ちょっと気どってみませんか
別れ話したのは 去年のことでしたね
ひとつ大人になって 忘れませんか
もうすぐ春ですねえ 恋をしてみませんか
もうすぐ春ですねえ 恋をしてみませんか

2014年3月 8日 (土)

PM2.5、大気中に漂う直径が2.5μm(マイクロメートル、1ミリの千分の一)以下の微小粒子状物質、PM2.5でかすむ犀川近くの金沢市内の風景、とは(2014.3.8)

 大気汚染を引き起こす微小粒子状物質、PM2.5の濃度が、2014年(平成26年)2月26日午前5時から正午にかけ、西日本を中心に日本の各地で上昇しました。

 昨年3月、環境省が定めた判断基準により、1立方メートルあたり80µg(マイクログラム)を超えると、ぜんそくなどの呼吸系の病気など、健康への影響が考えられました。

 そこで、各府県(山口県、兵庫県、香川県、大阪府、三重県、島根県、鳥取県、福井県、石川県、富山県など)は、外出や屋外での激しい運動を控え、防じん性の高いマスク、空気清浄器などが有効との、注意喚起情報を発表しました。

 石川県では、PM2.5は、大陸からの偏西風に乗って飛来し、例年3月~5月、観測値が高くなります。大陸からの高気圧の張り出しが影響している可能性もあるという。

 PM2.5、大気中に漂う大きさ(粒径)が2.5マイクロメートル以下の粒子状物質、ぜんそく発作の増加、花粉症のリスクを高める! とは(2013.3.29): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-15d9.html

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PM2.5でかすむ犀川近くの金沢市内の風景(2014年(平成26年)2月26日(水)撮影、桜田、金沢)

(参考文献) 北陸中日新聞; PM2.5 県が初の注意喚起、「長時間外出抑制を」、2014年(平成26年)2月26日(水)夕刊; 朝日新聞: PM2.5 西日本襲来、初の注意喚起各地で、2014年(平成26年)2月27日(木)朝刊. 

2014年2月20日 (木)

豪雪、豪雪地帯の対策特別措置法、1962年(昭和37年)制定、豪雪の記録、1963年 (昭和38年)- 2014年(平成26年)、三八豪雪の金沢駅、1963年(昭和38年)1月27日)、とは(2014.2.20)

 

 今年は異常気象で、2014年(平成26年)2月8日頃から、豪雪地帯になったような大雪が、関東地方(山梨、埼玉、群馬、栃木、東京、横浜、千葉など)を立て続けに襲っています。2月15日の積雪は、甲府市114cm、秩父市98cm、前橋市73cm、熊谷市62cm、宇都宮市32cm、東京都心27cm、横浜市28cm、また、千葉市33cm(2月9日)でした。

 東京都心で45年ぶりの積雪27cmを観測したのは、2月8日深夜と2月15日の未明でした。気象庁によると、この期間、本州の南岸付近が、北からの寒気と南からの暖気の境目(前線帯、低気圧の通り道)になっていたという。 

○ 豪雪地帯

 豪雪(ごうせつ、大雪とも)地帯は、大量の降雪のある地域で、日本では北海道、東北、北陸、山陰の一部が指定されています。大雪影響として、家屋の屋根の損壊、雪おろし中の事故、雪解けによる雪崩、洪水、また、山間部道路の通行止め、集落の孤立、農業被害など、多くの雪害が出ます。

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豪雪地帯地域指定図国土交通省、東京、Google画像):https://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/chisei/crd_chisei_tk_000010.html

 1962年(昭和37年)、豪雪のため産業の発展が停滞的で生活水準の向上が阻害されている地域につき、雪害防除、産業等の基礎条件改善に関する総合対策を樹立、推進することを目的とする法律、「豪雪地帯対策特別措置法」が制定されました。

 その具体的な支援措置として、豪雪地帯対策基本計画の円滑な達成を図るとともに、地域産業の振興等による雇用機会の創出と地域経済力の強化に 資するため、財政、金融、税制等様々な側面からの支援措置が講じられています。その後の豪雪(1963 - 2014)には、この法律が適用されました。

○ 豪雪の記録 (1963 - 2014) 

  • 昭和38年1月豪雪三八豪雪):1963(昭和38年)1月 - 2月
  • 四八豪雪(昭和48年豪雪、秋田豪雪):1973年(昭和48年)11月 - 1974年(昭和49年)3月
  • 五二豪雪(昭和52年豪雪):1976年(昭和51年)12月 - 1977年(昭和52年)2月
  • 五六豪雪(昭和56年豪雪):1980年(昭和55年)12月 - 1981年(昭和56年)3月
  • 五九豪雪(昭和59年豪雪):1983年(昭和58年)12月 - 1984年(昭和59年)3月
  • 六一豪雪(昭和61年豪雪):1985年(昭和60年)12月 - 1986年(昭和61年)2月
  • 平成18年豪雪〇六豪雪、一八豪雪):2005年(平成17年)12月 - 2006年(平成18年)2月
  • 平成23年豪雪(北陸豪雪、山陰豪雪):2010年(平成22年)12月 - 2011年(平成23年)1月
  • 平成24年豪雪(北海道豪雪):2011年(平成23年)12月 - 2012年(平成24年)3月
  • 平成25年豪雪(東北豪雪):2012年(平成24年)12月 -2013年(平成25年)2月
  • 平成26年豪雪:2014年(平成26年)2月  太字気象庁命名 

  豪雪(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%AA%E9%9B%AA

○ 三八豪雪の金沢駅 (1963)

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三八豪雪の金沢駅1963(昭和38)年1月27日、Google画像) 38豪雪(通称サンパチ豪雪、中日新聞フォトサービス): http://www.chunichi-photo.co.jp/photozo/sample08.html

 1963(昭和38)年1月27日、金沢市内積雪181cmとなり、1882年(明治15年)の金沢地方気象台開設以来の最深雪量を記録しました。北陸線は全線不通となり、自衛隊や消防団、金鉄局職員の700人が懸命に除雪作業をし、さらに防衛庁が特設師団(第10師団)1300人を動員して除雪にあたりました。 

 市民生活では、非戦災都市の金沢には細い曲がった道が多く、車が通れず、し尿汲み取りが不可能になり、市民は食料、燃料不足に陥りました。さらに、降り積もった雪で玄関が使えず、2階の窓から出入りしたという。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991); 北陸中日新聞: 核心 雪雲進路に高気圧の壁(ブロッキング高気圧)、大雪 大気に異変? 南岸に「前線帯」、気圧低下が誤算、温暖化の影響は、2014年(平成26年)2月18日(火)朝刊; 東四柳史明、宇佐美孝、本康宏史、出越茂和編: 図説 金沢の歴史(第1版)、p.160~161 三八豪雪と市民の暮らし、積雪量最深の181センチ、死者15人、生活も被害、北国新聞社(2013).

(参考資料) 〇 雪は天から送られた手紙である、という言葉の生みの親、中谷宇吉郎(雪氷科学者、随筆家)、とは(2010.6.14): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/kagakufudoki87.html

2014年1月14日 (火)

白山火山帯(大山火山帯とも)、白山山麓の温泉と噴泉塔(中宮温泉、岩間温泉、岩間噴泉塔、白山温泉など)、とは(2014.1.14)

 白山火山帯(はくさんかざんたい)は、大山火山帯(だいせんかざんたい)とも呼ばれ、石川・岐阜県境の白山の東端から始まり、福井県大日岳、中国地方の鳥取県大山・島根県三瓶山(さんべさん)を経て九州にわたり、大分県両子火山・同九重山を経て九州西縁、佐賀・長崎県の多良岳・雲仙岳に至る火山帯のことです。

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日本列島の火山帯とプレート(地震と火山帯が横たわる日本列島、google画像)

(解説) 火山帯は、火山(主として活火山休火山および比較的新しい死火山)が分布する細長い帯状の地域です。わが国では東日本火山帯と西日本火山帯とに二大別され、さらに細分して那須火山帯・富士火山帯大山火山帯などがあります。

○ 火山帯(かざんたい、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E5%B1%B1%E5%B8%AF

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岩間噴泉塔(いわまふんせんとう、1988年(昭和63年)、白山市、石川県)  噴泉塔は石灰華が大きく成長したもので、噴き上がる湯量は火山活動と関係が深く、その日によって変動します。

(解説) 白山火山帯の白山山麓地域には、中宮、岩間、白山などの白山温泉郷があります。温泉は、地下深部の片麻岩層を流紋岩層が抜いていて、その接触部分に沿って走る亀裂から泉源が湧き出していると考えられています。 泉温は、50~97.5℃で、泉質は弱食塩泉または含重曹・弱食塩泉で、中宮、岩間、白山(千丈、白峰口の湯、白峰中の湯など)の温泉があります。

 私は初めて、1982年(昭和57年)9月4~5日、岩間温泉、岩間噴泉塔、中宮温泉などの温泉水および温泉水中の藍藻などを採取し、白山火山脈と温泉源、温泉植物相とのつながりを調べたことがあります。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 自然人編集委員会(代表矢島孝昭)編: 自然人、特集、温泉王国、十月社(1988); 新村出編: 広辞苑(第四版)、岩波書店(1991).

(参考資料) ○ 白山の麓の岩間の谷底から噴き上がる熱水(岩間噴泉塔)、噴泉塔の表面を色どる藍藻の温泉水浄化、とは(2009.7.14): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/hakusann.html

2013年4月20日 (土)

巨大地震(活断層型、海溝型)、活断層研究(地道に発展50年)、地震学(基礎段階、予知の理想と現実に悩)む)、とは(2013.4.20)

 日本の内陸巨大地震は、比較的新しい時代に繰り返しずれ、将来もその可能性がある活断層によって起こるという。数百~数万年間隔で地震を起こし、地表に段差となって表れることもあります。 言葉自体は、1920年(大正9年)代から研究者が使っていました。

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日本の活断層研究の歩み活断層研究、地道に発展50年、朝日新聞、2010年(平成22年)1月12日)

(解説) 1891年(明治24年)、濃尾地震根尾谷断層で、地表がずれる現象が確認されました。 その後、このような活断層の発見が相次ぎ、研究が開花したのは1960年(昭和35年)代になります。1995年(平成7年)、阪神大震災野島断層のほか、2004年(平成16年)、新潟県中越地震を引き起こしたのも活断層でした。

 活断層を見つける基本は、空撮写真を立体的に見て特徴的な地形を探す空中写真判読です。戦後に米軍や国土地理院が撮影した写真が入手しやすくなっていました。

 2011年(平成23年)3月、東日本大震災発生福島第1原発の事故(レベル7)のこともあり、各地の原子力発電所の地域で、活断層の現地調査が盛んに行われています。

 東京大学地震研究所で長年、活断層の研究と取り組んできた松田時彦(まつだときひこ、1931~ )東京大学名誉教授は、2009年(平成21年)11月、日本活断層学会で、「この15年、調査の量は増えたが、研究は足踏み。次の時代は、突破口を開く研究が出て欲しい」と講演しました。  

 日本では、1962年(昭和37年)、地震予知計画が提唱され、1965年(昭和40年)、地震予知研究計画がスタートしました。1995年(平成7年)、活断層型阪神大震災が起こり、1999年(平成11年)、地震予知のための新たな観測研究計画に衣替えしました。 地震を直前に予知することは難しいので、まず基礎研究を重視しようという趣旨でした。のち、2009年(平成21年)、火山噴火予知計画一本化されました。

 2011年(平成23年)、海溝型東日本大震災が起こり、マグニチュード(M)9の地震を想定できず、甚大な被害を出し、国などがこれまで取り組んできた対策を根底から見直す契機となりました。

 東日本大震災は、海側のプレート(岩板)が陸側のプレートにもぐり込む場所で起きる海溝型地震で、1923年(大正12年)、関東大震災もこのタイプの地震でした。将来、これと同じ海溝型の地震で、南海トラフ巨大地震の発生が懸念されています。 

 2000年(平成12年)以降も、未知の断層による比較的大きな地震が相次いでいます。が、今は観測データを蓄積し、地震予知の基礎的な理解をめざす段階で、予知という目標と地震学の実力差は極めて大きいという。

 例えば、活断層型の地震として、鳥取県西部地震(2000)、新潟県中越地震(2004)、岩手・宮城内陸地震(2008)、兵庫県・淡路島地震(2013)、また、海溝型地震として、十勝沖地震(2003)、福岡沖地震(2005)、能登半島地震(2007)、新潟県中越沖地震(2007)、東日本大震災(2011)など、いずれも予知できなかった地震です。

 普通の人が抱く地震予知のイメージは、いつ、どこで、どんな地震が発生するか、直前に警報を出す、といったことだろう。が、こんな予知は可能かどうかも分からないという。

 天災は忘れた頃にやってくる! 普段から、震災に対する備えを忘れないよう、心がけたいものです。

(参考文献) 朝日新聞: 活断層研究、地道に発展50年、地表のずれ探して備える(2010.1.12)朝刊; 北陸中日新聞:巨大地震、震災と日本(2011.6.26)朝刊; 朝日新聞: 科学、地震学 転換続いた130年、日本の地震学を変えた地震(2012.3.12)朝刊; 朝日新聞: 予知の理想tと現実に悩む、地震学 まだ基礎段階(2012.8.16)朝刊.

 

2013年4月12日 (金)

震災の遺物、各地に残る震災の石碑、津波を記録した古文書、妖怪による厄災の民話、大津波の痕跡(南海トラフ付近、三陸海岸、関東南部周辺)、とは(2013.4.12)

 東日本大震災大津波による被害をきっかけに、日本の各地に残る津波被害を刻んだ石碑古文書などに注目が集まっています。そして、昔から伝わる震災遺物などを防災に生かそうとする試みが、日本各地の自治体で始まっています。

 日本各地に残る震災の遺物(石碑、古文書など)

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日本の各地に残る震災(大地震による津波被害)の記録(朝日新聞、2012. 2.17.朝刊)

① 大津波記念碑岩手県宮古市 1933年(昭和8年) 昭和三陸地震  住民が「此処より下に家を建てるな」の碑文を守り、東日本大震災で家への津波被害を免れました。

② サイカチの木千葉県館山市 1703年(元禄16年) 元禄地震  人々が登って津波を免れたとの言い伝えがあります。高さは約8mでした。(館山市提供)

③ 安政の大地震鎮めの碑愛知県豊橋市 1854年(安政元年) 安政南海地震  住民が災害防止を願って建立しました。墨の字が薄れたため住民が2008年に碑文を彫りました。(豊橋市提供)

④ 康暦碑(こうりゃくひ、徳島県美波市) 1361年(南朝、正平16年、 北朝、康安元年) 正平南海地震  太平記にも記されている地震です。津波の犠牲者とみられる60人分の人名が刻まれています。(美波町提供)

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広八幡神社(ひろはちまんじんじゃ、広川町有田郡、和歌山県、google画像) 広八幡神社(楼門、舞殿、拝殿、本殿、瀬藤禎祥、古代史街道、紀ノ国編): http://kamnavi.jp/ki/nanki/hiro8man.htm

(解説) 1854年(安政元年)に発生した安政南海地震では、津波により339戸のうち125戸が流失しました。「稲むらの火」のモデル、浜口悟陵(はまぐちごりょう、1820-1885)が築いた広村堤防の南東約1.4キロ、小高い森を背に、楼門、舞殿、拝殿、本殿階段状に並ぶ広八幡神社(ひろはちまんじんじゃ) があります。江戸期の舞殿以外は、いずれも室町時代に作られた国の重文で、中世に1700戸を数えた広荘の総鎮守にふさわしい風格が見られます。

 地元に伝わる「50年から100年ごとに必ず津波がくる」という伝承の通り、何度も津波被害を受け、1707年(宝永4年)に起きた宝永地震による波高14mの津波では、850戸のうち700戸が流出し、その後、1854年(安政元年)、浜口悟陵が遭遇した安政南海地震では、339戸のうち125戸が流出しました。 

 神社境内は昔からの避難場所、勝海舟(かつかいしゅう、1823-1899)が浜口悟陵をたたえたも立っています。300m北西の線路脇には、宝永津波で舟が跳ね上がったという「ハチアガリ坂」があり、15世紀末の津波では波が楼門石段3段目まで来たという。

  また、民俗学の視点から、日本各地に残る伝承の多くは、先祖たちが、身に降り掛かる厄災河童(かっぱ)や天狗(てんぐ)の仕業と受け止め、語り継いできたことをうかがわせます。 これは、自然災害民俗学的見地から捉え直すことの重要性示唆しています。

○ 妖怪(河童、天狗、一つ目小僧など)の民話と災害(水害や飢饉、火事など)

 日本人は古来、自然との関係の中で命や心が育まれ、自然と人間との狭間(はざま)で神や妖怪を考えてきました。そして、私たちは人間と自然をつなぐ神々や妖怪が実在すると考えています。

 昔の震災を民俗学的見地から捉えると、柳田国男(やなぎたくにお、1875-1962)の「遠野物語」「一つ目小僧その他」「妖怪談義」の三つの著書では、河童、天狗、一つ目小僧などの妖怪、水害飢饉、火事などの災害深く結びついているという。

 例えば、濃尾平野に残る「やろか水」の伝承は教訓的です。これは、上流から聞こえる”やろか”という怪異な声を軽んじた人が死んでしまうという妖怪譚(ようかいたん、妖怪の話)です。やろか水(やろかみず、妖怪、ウィキペディア):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%AD%E3%82%AB%E6%B0%B4

 東日本大震災後、高台移転や防波堤の建設を通じ、人間と土地の結び付きが課題として浮上しましたが、日本人は妖怪譚を通じてこの関係を理解してきたのではないかという。

(参考文献) 朝日新聞: 新防災力、先人に学べ、国が提言、歴史学者も調査参加、石碑や古文書 被害想定作りに活用、「この下家建てるな」警鐘、津波重なった所に地蔵、2012年(平成24年)2月17日(金)朝刊; 朝日新聞: こころ、祈りに出あう おとなの遠足、広八幡神社、「必ずくる津波」に備えて、2011年(平成23年)4月26日(火)朝刊; 北陸中日新聞: 畑中、災害に民俗学の視点、妖怪が記憶継ぐ、「災害と妖怪 柳田国男と歩く日本の天変地異」(亜紀書房); 北陸中日新聞: 石井正己、津波と高台移転、ある民俗学者の視点、山口弥一郎(1902~2000)による津波調査、津浪と村(発行、1943)、津波常習地三陸海岸地域における集落の移動(学位、1960)、2012年(平成24年)10月夕刊.

(追加説明) ○ 地震津波に関する古文書(明応、慶長、安政の津波)

 1605年(慶長9年)2月の暮れ、南海トラフ動き大津波日本を襲ったのですが、伊豆半島の仁科の里(現・静岡県西伊豆町役場付近)も地震と津波に襲われ、近くの佐波神社(さわじんじゃ)も被害を受け、年明けに再建されたのですが、その再建記念の「棟札」に願栄という僧侶日本防災史上に残る文章を書いたのが残っています。

「戌午(1498)年の津波は寺川の大堰まで。またその後99年にして甲辰年12月16日(1605年)には垣ノ内の横縄手まで(津波が)入った。末世にその心得がありますように」

 この文章の調査、研究により、仁科という「地形津波計」で計った津波の大きさは、明応津波1498年、仁科の里を2キロ内陸まで浸水、津波は10mを超える高さ)>慶長津波1605年、海から1.4キロの地点まで浸水、標高約7.5m)>安政津波1854年、1キロ程度内陸まで浸水、標高4.5m)の順番であることを読み解くことできるという。

磯田道史(いそだみちふみ、1970~、歴史学者):備える歴史学、100年前の僧侶が残す、500年後に一度の津波へ警告、朝日新聞、2013年(平成25年)4月13日、朝刊)

○ 南海トラフ付近の大津波の痕跡 (6000年に15回、300~400年に1回

 国内最大級、江戸時代の宝永地震(1707年、M8.6)と同規模以上の巨大地震による大津波が、過去6000年で15回以上起きていた可能性があることが、岡村真特任教授(高知大学、地震地質学)の研究チームの調査で分かりました。

 研究チームは、自然にできた高さ6mの堤防に守られた蟹ケ池(かにがいけ、土佐市、高知県)で過去の堆積物を測定し、約2000年前から300~700年間程度の間隔で、東海、東南海、南海地震が連動した宝永地震を含む、5層の津波の痕跡を確認していました。

 その後さらに、池の底から約6mの深さまでパイプを突き刺し、堆積物を採取、放射性炭素(C14)を計り、最深部で6300~6390年のものと判明しました。津波で大量の海砂が流れ込み、平時の泥と積み重なってできる特有のしま模様が見つかりました。

 蟹が池には単独で発生した安政南海地震(1854年、M.8.4)、昭和南海地震(1946年、M8.0)の痕跡はほとんどないので、この池に残る津波の痕跡は、宝永地震と同じ連動型の巨大地震によるものと考えられる、とのことです。

 岡村氏のチームは、約2000年前の巨大地震による津波堆積物を、尾鷲市(三重県)、阿南市(徳島県)、須崎市(高知県)、佐伯市(大分県)などの池でも発見しており、現在、宝永地震から300年以上たち、次の南海地震が連動型の巨大地震になる可能性が高いと警笛を鳴らしています。

(大津波 6000年で15回、高知大、地質調査で可能性確認、朝日新聞、2013年(平成25年)1月30日、朝刊)

○ 三陸海岸の巨大津波の痕跡(6000年に6回、1000年に1回)

 巨大津波が約1000年に1回、三陸海岸を繰り返し襲っていた可能性を示す砂や石の堆積物を平川一臣特任教授(北海道大学)が見つけました。

 平川さんは、気仙沼市(宮城県)で、海岸付近の高さ1~5mほどの切り立った崖に津波で運ばれた6層の砂石の地層を発見、また、宮古市(岩手県)では、東日本大震災(2011年)の津波が32mまで達した地点の近くでも複数の地層を見つけました。

 切り立った崖の上に痕跡が残っていたことから、巨大津波と考えられ、地層に含まれる火山灰や土器から、6000年間で6回の津波が押し寄せたと推定しました。平安時代、869年の貞観津波を起こした地震は、仙台や石巻平野の堆積物の調査からM8.4と推定され、発見した地層の一部が該当するとみています。

(三陸 巨大津波 6000年で6回、北大教授発見、崖の上地層に跡、朝日新聞、2011年(平成23年)8月22日、朝刊)

○ 関東南部周辺の大津波の痕跡(2000年に5回、400年に1回)

 関東南部周辺を震源とするM8級の巨大地震「関東地震」が約2000~4000年に少なくとも5回起こっていることを示す津波堆積物を筑波大と東京大などのチームが、神奈川県の三浦半島で発見しました。震源は相模湾から延びる相模トラフ沿いと考えられています。

 チームは、三浦半島の南側にある江奈湾で、干拓や湿地から地層を採取、長さ3m前後の柱状の地層試料に、海から運ばれて堆積したとみられる砂や珪藻の化石などを含む厚さ約5~20cmの地層を計6層見つけました。

 一番上の層は関東大震災の津波で、残りの5層は約2000~4000年前に起きた地震の津波で運ばれたと推定されました。

 一般に、津波堆積物は、巨大地震による津波で残ることが多く、新しいほど浅いのですが、そこでは、2000年前より新しい地層はきれいに残っておらず、1923年の関東大震災以外のものは見つかりませんでした。

 ほかの場所で過去に見つかった地盤隆起の跡や、地震の繰り返す性質を合わせると、関東地震は、数百年おきに発生したと考えられるという。

(関東地震 2000年間に5回、東大・筑波大チーム、M8級 津波堆積物を発見、北陸中日新聞、2012年(平成24年)9月24日、朝刊)

○ その他、7世紀にも東海地震 として、静岡県磐田市の太田川河口から約2.5キロの元島遺跡、さらに500m上流の河川改修工事現場でも、最古の南海地震「白鳳地震」(648年)と同じころ、記録にはない東海地震が発生したことを示す津波堆積物を、藤原治主任研究員(産業技術研究所、つくば市、茨城県)らが確認しています。(北陸中日新聞、2012.8.21、朝刊)

 また、琵琶湖平安期に津波か として、平安時代末期の1185(元暦2)年8月、滋賀や京都に甚大な被害をもたらしたM7超の大地震で、琵琶湖に津波が起きた可能性があることが分かりました。考古学の調査員が琵琶湖北端の滋賀県長浜市にある塩津港遺跡の神社跡発掘調査から、地震による津波が神社を襲ったと分析しました。(北陸中日新聞、2012.12.24、朝刊)

〇 1512年 徳島の永正津波、謎の大津波  徳島県南部で多数の死者(一説に3700人)を出した1512年の「永正(えいしょう)津波」は、海底の地滑りが原因で局地的に起きた可能性が高いー」。馬場俊孝教授(徳島大、地震学)などの研究グループが、そんな調査結果をまとめた。古文書「震潮記」の記述などから、海岸から約500mの家屋が流され、津波による浸水の深さは2m以上と推定した。

 馬場さんらは海底地形図を調べ、徳島県南部の宍喰(ししくい)地区(同県海陽町)の24㎞沖に幅約6㎞、高さ約400mの崖があることに注目。昨年、海洋研究会開発機構などと共同で、海底の地形を詳しく調べた。その結果、崖は海底地すべりでできたと見られることが判明した。海底地滑りは小さな地震がきっかけでも発生する可能性があるという。一般に大きな津波は、強い揺れを伴う地震とセットで起こると考えられがちだ。(朝日新聞、2017..9.13、朝刊)

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