カテゴリー「● 文字(漢字、仮名文字、ローマ字の起源)」の3件の記事

2012年5月10日 (木)

漢字の歴史、甲骨文字(殷、中国)、象形(しょうけい、物の形をかたどった字形)と指事(しじ、事柄や数などの抽象的な概念を記号化した字形)から発達した表意文字、とは(2012.5.10)

   漢字の起源は、3000年以前(紀元前16~11世紀)、古代中国文明の発祥地、今の河南省を中心に黄河(こうが)下流域を治めた、中国史上、実在の明らかな最古の王朝、(いん、開祖は湯王)においてつくられた甲骨文字(こうこつもじ)と言われています。 そこで、興味ある漢字の歴史について、改めて調べてみました。

○ 甲骨文字(漢字の祖型、殷、中国)

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甲骨文字(こうこつもじ、亀甲文字、亀甲獣骨文字とも、漢字の祖型、おもに占いに使った亀甲や獣骨に刻まれた文字、左 甲骨 右 、東京大学総合研究博物館デジタルミュージアム、東京、google画像) 甲骨文字(こうこつもじ、東京大学総合研究博物館デジタルミュージアム、東京): http://archive.fo/ksjd

(解説) 漢字の特徴は、象形(しょうけい)と指事(しじ)から発達した表意文字(ひょういもんじ)で、一字一字が一定の意味をもっています。 象形(しょうけい)は、物の形をかたどって字形とする方法、指事(しじ)は、事柄や数などの抽象的な概念を象徴的に記号化して字形とする方法で、「一」「二」「上」「下」「本」の類です。

○ 漢字の書体

現在、書籍などに使用されている多くの漢字の書体は、明の時代に確立された明朝体(みんちょうたい)が中心で、その起源は、後漢末期に確立された楷書(かいしょ)です。

甲骨文金文大篆書小篆書隷書楷書
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漢字の書体 (字体) 

 漢字(かんじ、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E5%AD%97#.E6.9B.B8.E4.BD.93

(解説) 漢字書体(しょたい)は、筆者の個人的な風格を越えて、時代や用途に応じてさまざまに変化しています。中国には、周泰の篆書(てんしょ)、漢魏の隷書(れいしょ、八分とも)、六朝以後の楷書(かいしょ、今隷、正書とも)などの正体があり、また漢で興った章草、草書(そうしょ)、行書(ぎょうしょ)などのくずした書体もあります。また南朝末期には装飾性の濃い雑体書(ざったいしょ)が流行しました。

 飛白書(ひはくしょ)は、漢字の書体の一つで、刷毛(はけ)筆でかすれ書きにしたもので、広く解釈すれば雑体書(ざったいしょ)の一つと言えます。後漢の蔡邕(さいよう)の作と言う。宮殿、神社などの扁額(へんがく、横に長い額)に用いられました。

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雑体書(十如是、部分) 

 日本へは1世紀頃に伝来、唯一の文字として漢字による言語活動が行われ、以来、国語(日本語、和語、やまとことば)表記の文字としても、語彙(ごい)の面でも国語の上に多大の影響を及ぼしました。漢字訓読(くんどく、漢字に国語をあてて読むこと)や万葉仮名(まんようがな、漢字の音訓を借りて国語の音を表記した文字)の用法が発達しました。

 また、草書(そうしょ)から仮名(かな)を創案し、万葉仮名の簡略化により日本独自の表音文字(ひょうおんもんじ、一字一字は意味をもたず、言語音を表すだけの働きをする文字)の平仮名(ひらがな)、片仮名(かたかな)を生むに至りました。そして、平安時代以後、優雅な書芸術を展開しました。

 現代の中国では、多くの簡体字略体)が用いられています。日本では一般に、「峠」「榊」「辻」「畠」(ふつう訓のみで音がない)等の、いわゆる国字(こくじ、中国にはなく、日本で作られた漢字、倭字とも)を含めて漢字と称しています。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第4版)、岩波書店(1991).

2012年5月 8日 (火)

ローマ字(アルファベット)の歴史、フェニキア文字(22字、フェニキア)から発達したギリシャ文字(24字、ギリシャ)に由来する世界的なローマ文字(26字、イタリア)、とは(2012.5.8)

   ローマ字(アルファベット)とは、広辞苑によれば、ラテン語を表記する単音文字。フェニキア文字から発達したギリシア文字に由来し、現今は主として欧米諸国で用い、ラテン文字と称する。英語では、26文字。

 フェニキア文字は、セム語族の西北セム語派に属したフェニキア語を表した文字(表音文字で、子音を表す22字からなる)。パレスチナ地方に石刻のものが遺存。現行アルファベットの祖という。そこで、改めてアルファベットの歴史について調べてみました。

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○ フェニキア


(解説) フェニキアは、レバノン山脈の西、シリア地方の地中海沿岸に沿う狭長な地域の古代オリエントにおける呼称。また、そこにセム民族の一派フェニキア人が前3000年頃に建てた、シドン・ティルスなど都市国家の総称。商業・航海に長じ、前13世紀から海上貿易を営み、西は地中海から大西洋まで進出、東はペルシア・セイロンにまで到達。ギリシアの台頭によって次第に衰え、前64年ローマに併合されました。

○ アルファベトの成り立ち

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アルファベット(A~Z、物からフェニキア文字ができ、現在のアルファベットに変化していく様子) 

(解説) フェニキア人アルファベットを作ったのは、今から約3500年前といいわれています。一文字目を「アレフ」、二文字目を「ベータ」といい、「アルファベット」の語源にもなっています。

 関西外国語大学の橋本功教授(英語の歴史、聖書に書かれた古代の言葉の研究者)の説明によると、ローマ字の原型ををつくったのは、今のシリアやレバノンのあたりで、フェニキアと呼ばれていた地域に住んでいたフェニキア人です。漢字もそうですが、文字大きな川のそばで生まれるものです。大きな川のそばでは農業が発達し、やがてなどの支配者が誕生します。文字は、人を支配するために必要でした。

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楔形文字(くさびがたもじ)の粘土板(イラク)と聖刻文字(せいこくもじ、ヒエログリフ)が刻まれた石碑(エジプト)古代オリエント博物館(ホ-ムページ、東京): http://www.sa.il24.net/~aom/josetsu.html

(解説) 古代に高度な文明を築いたメソポタミア文明(チグリス・ユーフラテス川流域)とエジプト文明(ナイル川流域)も、川沿(ぞ)いに発展し、それぞれ楔形文字(くさびがたもじ、字画がくさびのような形の文字)や聖刻文字(せいこくもじ、神聖文字、ヒエログリフとも、物の形をかたどって字形とした文字)という複雑な文字を持っていました。

 フェニキア人の祖先は、この二つの進んだ文明を体験しました。それは、祖先たちは何世代もかけて広い地域を移動した民族だったからです。きっと、二つの文明の良いところを撰(えら)んで、自分たちの文字を創造したものと考えられます。

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ギリシャ文字(goo辞書: http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/58304/m0u/、google画像)

(解説) 船の貿易が得意だったフェニキア人は、地中海各地と交流があったので、フェニキア文字はやがて海を越えてギリシャに伝わり、ギリシャ文字がつくられました。今から2700年ぐらい前のことです。フェニキア文字には、アイウエオの音を表す母音(ぼいん)はありませんでした。そこで、ギリシャ人は、フェニキア文字のうち、自分たちの使わない文字を母音にあてる改良をし、字の形も書きやすいように変えました

 ギリシャ文字ができてから200年ぐらいして、さらに海を隔(へだ)てたイタリアローマギリシャ文字が伝わり、私たちにもなじみのあるローマ字がつくられました。もともと20字しかありませんでしたが、CからGが分かれ、IからJがつくられ、もの掛(か)けからできたFから、UとVとWとYという4文字ができて加わり、現在の26文字に定着しました。

 ローマ字のアルファベットは、ローマ帝国が国の宗教と定めたキリスト教が広がると同時に、まずヨーロッパ全体で使われるようになり、さらにアフリカやアメリカの言葉も書き表すようになるなど、世界的な文字となりました。

 日本語にローマ字をはじめて適用したのは、室町時代(16世紀末)のポルトガル人宣教師です。江戸時代の1859年(安政6年)来日したアメリカの宣教師ヘボンが用いたヘボン式が主に普及しました。

 その後、ヘボン式は日本語表記に適しないという意見が出て、論争の末、訓令式が採用されました。1922年(対象11年)5月20日、日本ローマ字会が創立されました。戦後再び混乱がおこり、1954年〈昭和29年)の内閣告示で、原則として訓令式を用いることにしました。

 現在、ローマ字の綴(つづり)法には、標準式(ヘボン式)、日本式、訓令式(くんれいしき)の3種があります。日本の学校教育では訓令式を採用しています。 訓令式では、チ、ツなどをタ行とし、ti, tuのように二字で書き、ヘボン式では発音通りchi, tsuと三字で書きます。

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第4版)、岩波書店(1991); 樋口清之監修:生活歳時記〈第2版)、p.289、ローマ字の日、三宝出版(1994); 北陸中日新聞: なるほどランド、絵からできたABC・・・、ローマ字 フェニキア人が生んだ、2011年(平成23年)4月3日(日)、朝刊より.

(参考資料) ローマ字(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E5%AD%97

ローマ字のヘボン式、日本式、訓令式の違い(Nitta’sホームページ): http://www.tcct.zaq.ne.jp/nitta/monolog/028/hep_kun_jap.html

 

2009年8月19日 (水)

仮名文字、いろは歌にまつわる歴史説話、無常(覚鍐、涅槃教)、鳥啼歌(坂本百次郎、明治、懸賞第1位)、高野切(伝 紀貫之筆、古今和歌集)、とは(2009.8.19)

   日本語を表音的に書き表す仮名文字として、万葉仮名(奈良時代)、平仮名、片仮名(平安初期)が、漢字より、我国に独自の音節文字として生まれました。 

 いろは(伊呂波)歌は、手習(てならい)歌の一つで、音の異なる仮名(かな)47文字、いろはにほへとちりぬるを わかよたれそつねならむ うゐのおくやまけふこえて あさきゆめみしゑひもせず、の歌からできています。末尾に、、また、京、を付けることがあります。

 平安末期以降、この歌は空海(弘法大師)作と信じられていましたが、その後の調査(い・ゐ、え・ゑ、お・を、同音の区別など)で、空海入定後の平安中期以降に作られたものと考えられています。 

 この歌は、色は匂へど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ 有為(うゐ)の奥山今日越えて 浅き夢見じ酔ひもせず、という意味の七五音四句、今様(いまよう)の和讃形式の歌謡となっています。

 新義真言宗の祖である覚鍐(かくばん)、1095年(嘉保2年)~1144年(天養元年)は、密厳諸秘釈(みつごんしょひしゃく)の中で、いろは歌を、もとは涅槃教(ねはんきょう)第13聖行品の世の無常偈(むじょうげ)、諸行無常(しょぎょうむじょう)、是生滅法(ぜしょうめっぽう)、生滅滅巳(しょうめつめつい)、寂滅為楽(じゃくめついらく)、の意味であると説明しています。 覚鍐(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%9A%E9%91%81

 ところで、いろは歌には1903年(明治36年)、万朝報という新聞で、新しいいろは歌について、全国に懸賞つきの募集があり、一位には、坂本百次郎の有名な鳥啼歌(とりなくうた)が選ばれ、戦前には、いろは歌と共によく使われたそうです。

 この歌については、1969年(昭和44年)4月より金沢大学に勤務してまもなく、木羽敏泰教授との歓談でいろいろ教えていただいたことがあり、朝靄(あさもや)につつまれた帆船の幻想的な風景が目に浮かぶようで、なつかしく思い出されます。

 とりなくこえすゆめさませ みよあけわたるひんがしを  そらいろはえておきつへに  ほふねむれゐぬもやのうち、 鳥啼く声す夢覚せ  見よ明け渡る東を  空色栄えて沖つ辺に 帆船群れ居(ゐ)ぬ靄の中

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紀貫之(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%80%E8%B2%AB%E4%B9%8B

 仮名文字が流麗な美しさを発揮しはじめるのは、平安時代中期、古今和歌集(こきんわかしゅう)撰者紀貫之(きのつらゆき)、862年(貞観4年)~946年(天慶9年)が登場してからです。その真蹟は残っていませんが、伝 紀貫之筆と言われている、高野切(こうやぎれ、高野山に伝来の写本)古今和歌集、寸松庵色紙、桂本万葉集などがあります。

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(解説) 古今倭歌集 巻第九 羈旅哥(歌)(きりょのうた)  あまの(能)はら ふ(不)りさけ(介)みれば(盤) かす(須)(川)(奈)る み(美)(可)さのやまに(尓) いでしつ(徒)(支)(可)(无)  この(能)うた(多)はむか(可)しなか(可)まろを、ーーー   も(毛)ろこしに(尓)て(弖)つ(徒)き(支)をみてよみ(見)ける  あべのなか(可)まろ(呂)

 1053年(天喜元年)頃に書かれた 高野切古今和歌集では、平仮名文字は能筆家によって洗練され、芸術の域まで高められました。筆者は3人の寄合い書きで、その書風の違いによって、第1種から第3種に分けられています。第1種と第3種の筆者は特定されていませんが、第2種の筆者は源兼行と考えられています。高野切は,豊臣秀吉が連歌を好む木食応其(もくじきおうご、高野山)にその断簡(だんかん)を与えたこと(高野山文殊院伝来した、きれ)にちなんで名付けられたそうです。

(参考文献) 平凡社小百科事典編集部編: 小百科事典、平凡社(1973); 新村出編: 広辞苑(第4版)岩波書店(1991); 古谷稔解説: 日本名筆選1 高野切第一種 伝紀貫之筆、二玄社(1993); 永原慶二監修、石上英一ほか8名編: 岩波日本史事典、岩波書店(1999); 木本南邨: 弘法大師空海・人と書、朱鷺書房(2003).

(参考資料) ○ 高野切(こうやぎれ、解説): http://www.kanashodo.jp/kanashodo-files/kouyakire.html

○ いろは歌(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%82%8D%E3%81%AF%E6%AD%8C

(追加説明)○ 仮名(かな)という名の語源は、漢字を真名(まな)と呼ぶのに対する言葉、仮字(かりな)で、それが、かんな、かな、に変化したと言われています。平仮名(ひらがな)は、平易な、かな、とか、貴賤男女を問わず平均して用いられる、かな、の意味を持つと言われています。

 いろは歌末尾に、、を付けるのは、いろはかるた歌の最後の諺が、京の夢大阪の夢(江戸)、京に田舎あり(上方、京、大阪)など、となっているからです。  

○ 平安時代、紀貫之(きのつらゆき)が書いた土佐日記は、日本最初の仮名文字日記で、四国の土佐(高知)の国守(こくしゅ、今の県知事)であった紀貫之が、土佐の国から京都へ帰るまでの紀行文です。

 土佐から大阪までの海上の旅は順調に来ているのですが、大阪から京都までに20日近く要しています。当時の大阪周辺は低湿地帯が多く、葦(あし)がたくさん生えていて、その中に行く先の標識が立っていました。これが葦の背丈が高いためによく見えず、あちこち間違え、やっと淀川(よどがわ)を見つけて京都に帰ったようです。これは、大阪周辺に葦が生い茂っていたと同時に、淀川は水上交通路が迷うくらいに発達していた、と見るべきです。(樋口清之: 完本、梅干しと日本刀、日本人の知恵と独創の歴史、祥伝社(2000)より)

土佐日記(紀貫之): http://www.aozora.gr.jp/cards/000155/files/832_16016.html

○ 弘法大師講聖典(四国六番安楽寺、弘法大師講本部)、弘法大師御入定千百五十年御遠忌記念出版、1983年(昭和58年)10月21日(新版)、講員(こういん)のよるべ、涅槃経(ねはんきょう)、弘法大師訳(こうぼうだいしやく)によれば、

涅槃経 諸行(しょぎょう)は無常(むじょう)なり  是生滅(これしょうめつ)の法(ほう)なり 生滅(しょうめつ)を滅(めっ)し已(おわ)りて 寂滅(じゃくめつ)を楽(らく)と為(な)す

弘法大師訳 色(いろ)は匂(にお)へど散(ち)りぬるを 我(わ)が世誰(よたれ)ぞ常(つね)ならん 有為(うい)の奥山今日越(おくやまきょうこ)えて 浅(あさ)き夢見(ゆめみ)じ酔(え)いもせず

○ 方丈記(鴨長明、鎌倉時代) 序 ゆく河の流(なが)れは絶(た)えずして、しかも、もとの水にあらず。淀(よど)みに浮(う)かぶうたかたは、 かつ消(き)えかつ結(むす)びて、久(ひさ)しくとどまりたる例(ためし)なし。世中(よのなか)にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし。

○ 平家物語(作者不詳、鎌倉時代) 冒頭 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし たけき者もついには滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ

○ 古今和歌集は、平安前期の歌集で、勅撰和歌集の最初、20巻、歌数約1100首である。905年(延喜5年)、醍醐天皇のを受けて紀友則、紀貫之、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)、壬生忠岑選者になって編纂しました。紀貫之作の仮名序紀淑望作真名(まな)があり、春、夏、秋、冬、賀、離別、羈旅(きりょ)、物名、恋など13種に分類されている。平明優雅な歌風古今調として後世和歌の範とされ、整然とした体裁は基準としてその後の勅撰集ににも踏襲された。(小百科事典、平凡社より)

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